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些細なひと言がじんわりした話。

もうずっと自身のないまま「お母さん」をやっている。
そんな私が些細な一言に救われた記憶の話。
ふと思い出してはちょっと泣きそうになる言葉がある。
きっと少し心が疲れている時に思い出すのだと思う。


二人目が生まれて、まだ職場復帰していない頃。
抱っこ紐で子供を抱えて歩いていた時のこと。

通りすがりのおじいさんに声をかけられた。

「かわいいね、何ヶ月かな?」
赤ちゃんがいるとよく声をかけてもらうことがある。
少しお話しして、その話の流れで、
「一人目かな?」
と聞かれた。
上の子は保育園で一緒ではなかった。
「いえ、二人目なんです」
と答えると

「そう。頑張ったねぇ。」

と返してくれた。

「頑張ったねぇ」

あれ。なんか沁みるぞこの言葉。なんだろう。
お話が終わった後、
しばらく一人で歩いてるとじわじわ。

そうだよね。頑張ったよね。
なんか妊娠して出産してそのまま怒涛の育児生活に突入するから、
頑張った。って言う区切りがなくて。
子供を産んだことに「頑張った」と区切りをつけてくれたこの言葉が
とても胸に沁みた。

「上手な出産でした。」
なんて助産師さんに褒められるくらい、
とても安全に普通分娩で二人とも産んだ。
周りの出産の話を聞いていると、
30時間の陣痛と闘ったりとか、
帝王切開とか、出産時出血が多くてとか、
出産前後でもいろいろいろいろそりゃ多種多様に
言葉の通り赤ちゃんを命をかけて産んでる人がたくさんいる。
だから自分は苦労して産んでない感もなんだかあって。
でも絶叫するぐらい痛かった。
そりゃそうだ。あのサイズをお腹から出してるんだから。

もっと言えば妊娠中の悪阻だって、
腰痛だって、膝の痛みだってあって、
産んだ後だって、どんだけ安産だって無傷なワケじゃない。
後陣痛とか、傷口の痛みににいてててといいながら、
赤ちゃんと向き合うわけで。

だから、どんなに安産の人でも、難産の人でも、
「頑張ったねぇ」
なのだ。
思いっきり出産という功績を
打ち上げしなければいけなかったのだ。
たくさんたくさん、
「頑張ったねぇ」
って。
たくさんたくさん。
自分自身から、そして周りからも伝えられることができたら
もっと頑張れるし優しい気持ちになれるんだと思う。

#やさしさに救われて

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