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「結婚したい」と思える日が来るまで

一年振りに高校の同級生と会った。彼女と自分の関係は少し不思議で、高校三年間で同じクラスにも部活にも委員会にもなったことはないが、卒業して数年が経った今でも定期的に連絡を取り続けている。

彼女との出会い方は珍妙だ。自分が高校生になった当時はTwitter全盛で、例に漏れなくツイ廃だった自分は「#春から○○高校」と進学先高校のハッシュタグが付いたツイートをふぁぼりつし、片っ端からフォローしていた。その中に常にTLを賑わしている奇怪なアカウントがあり、それが彼女だった。

彼女と初めて会った時のことは今でも覚えている。Twitter上で連絡を取り合い、中庭で待ち合わせをした。彼女は俺を見るなり「なんか禿げてない?」とこめかみの上辺りを指差した。当時の自分は短い前髪をワックスで練り上げたオールドヤンキー然とした髪形をしていた。言われて初めてこめかみ上部の髪が薄い箇所が露わになっていることに気が付いた。彼女の指摘に「は?禿げてないし」と震え声で否定をするも、思春期真っただ中の森林少年がすぐに髪形を変えたのは言うまでもない。


2021年の上旬、どういう経緯だったか忘れたが二人で「交換日記」をする運びとなった。我々以外が閲覧できないようにはてなブログにアクセス制限をかけ、日常や日々の事情、思考や目標などを書き合う「交換日記」を始めた。更新頻度は2ヶ月に一度くらい。交互に書きたいことを記し「更新しました!遅れてスマソw」と各々に連絡する。お互いの近況はSNSで何となく把握しているが、SNSに載せるでもない話、もしくは、SNSに載せられないような話を交換している。それがここ2、3年の自分と彼女の話。


先週、一年振りに彼女と再会した。とりあえずどっか店に入ろう、と適当な居酒屋に数件入ったが、どこも満席だった。結局我々はシックでリーズナブルな超有名イタリアンに入店した。隣のテーブルに座る高校生カップルの制服姿が眩しい。そんな彼らを横目にアラサーに差し掛かった大人二人は間違い探しに没頭していた。

社会人になってからの彼女の人生は中々にパワフルだ。交換日記を始めてから今日までの二年間で住所は悉く変わっているし、これを書いている頃には東京からも居なくなっている。さらに年度が明ける頃には日本にすら居ない予定だと言う。次にこっちに帰ってくるのは一年後と教えてくれたが、それも疑わしい。

やたらと軽いプラスチックのコップを傾けながら、様々な話をした。これまでに起きた人生イベントの話。これからの仕事の話。料理中にした奇行の話。サイゼリヤの卓上調味料が無くなった話。サイゼリヤの間違い探しはイラストを寄り目で重ねると一瞬で解ける話。

断っておくが、自分と彼女との間にはロマンスは一切無い。二人の会話には小学生レベルの下ネタや流行りのネットミームが飛び交い、この日に至っては何故かずっとちょんまげ小僧の声真似をしていた。ロマンスがありあまるどころかドン引きして逃げ出す始末だ。


ドリンクバーのおかわりが三杯目を迎えた頃。恋愛の話をする中で、ずっと気になっていたことを彼女に聞く。「今の人と結婚するって言ってたじゃん。あれ、本当なの?」
彼女は「うん。今の人と結婚すると思う」を口にした。入籍こそ未だではあるものの、彼女はその意志を固めているようだった。

俺は彼女が結婚を決めたことを祝福する一方で、彼女自身が結婚を決意したことに驚いていた。数年前、「交換日記」の中で彼女は「結婚願望が全くない」と書いていた。恋愛でも仕事でもそれ以外でも本当に色々なことが彼女の身の回りに起こっていたので、彼女の人生プランに「結婚」が出現するのは当面無いと想像していた。そんな彼女が、結婚を決めているなんて。

「ちなみに、結婚を決めた理由ってある?」と彼女に質問する。「それがさ、私でもビックリなんだけど」と前置きをした彼女が滔々と言葉を続けた。

「この人と結婚したいなって、思ったんだよね。すごく、自然に」

自然に湧き上がった自身の感情について、自分でも不思議に思っている様子だった。「結婚したい」と感じた理由もうまく説明できない程に。
けれどその分、その言葉には嘘が無いように思えた。

身の回りで結婚を決めた人には、少なからず理由があったように思う。ずっと一緒に居たから。これからも一緒に居たいから。子どもが欲しいから。子どもが出来たから。親を安心させたいから。経済力、価値観、タイミング。
もちろん、彼女が「結婚したい」と感じた理由だって細かく分析を重ねていけば発掘できるのだろう。ただ、感じてしまったことには嘘が無いし、彼女の本音であることには間違いない。それがすべてだと思う。

そして何より、彼女にとって結婚を考えられる相手が出来たことが嬉しい。自分と同じ場所に居た人たちが、無事に次の盤面へと駒を進めていった事実。同じ舞台で生きていた人たちが舞台袖へと捌けていくような。嬉しさも寂しさも感じるが、なんだろうか。おそらく、「安心感」かもしれない。そうか、あなたは社会の循環に入れたのだね。良かったね。と。皮肉でも恨みでも自虐でもなく、心から本当にそう思う。

それにしても、俺自身が「結婚したい」と自然に感じることなんてあるのだろうか。そのセンサーは自分にも備わっているのだろうか。自分のすべてを託せるパートナーを認識したタイミングで浮かび上がるのだろうか。少なくとも、人生がままならない今の自分には到底及ばない感情なことは確かだ。


某大衆サイゼリヤを出ると12月になったばかりの空気は冷え込んでいた。気温は10℃に近い筈だが、繁華街の様相は華やかな温さをまとっている。ピンク色に光る安直なネオンで囲まれたスナックを「めちゃくちゃクラブでは???」と軽口を叩きながら通り過ぎる。

駅の改札前で別れる際に、次に会う時までの目標を決めた。次回までにそれが達成できるかどうか、今から楽しみだ。また暫く会わないだろうけど、無事に帰って来れますように。ずっと寒いだろうから、血行不良と日照不足に気を付けて。日記もたまにで良いから書いてくれたら嬉しいです。また来年会えるのを楽しみにしているよ。どうか、健やかに。


高校大学と乗っていた電車で最寄り駅に着く。駅から家までにあるコンビニで甘いものを買おうとするもティラミスを食べたことを思い出し、結局何も買わずにコンビニを出た。
細くて高い階段を上り、自分の家へと着く。扉を開けると部屋の中は当然暗い。換気扇が点けっ放しだったせいで空気が冷えている。父親と同じ築年数をしたアパートの一室で暖房を付けながら、来年はどこか別の家に住んでいたいと感じる。引っ越し先の最寄り駅や部屋の間取りを想像しようとしてみたが、具体的なことは何も思い浮かばなかった。

洗面所で手洗いとうがいを済ませる。試しに、前髪を上にあげてみた。「なんか禿げてない?」と彼女の声がリフレインするが、絶対に禿げてはいない。


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