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『ユメのあおぞら』第1話

【あらすじ】
会社員のユメは、小さい頃からの夢である『アイス屋』を始めるために会社を辞め、同僚に誘われた田舎で格安家賃の家を見つけて移住をする。
移住先で、さらにキッチンリフォーム可の物件を探し、通販でアイスを売り始める。最初は失敗続きで、商品もほとんど売れない。
生活費をアルバイトで稼ぐはめになるが、友人が増えて行く。最初にユメを心配して開業を反対した不動産屋の男とも、距離が縮まる。
誘われた地元のイベントにアイスを出店したところ、少しずつ売れ始める。そして店舗を作るため、友人の手を借りて家のリフォームを始める。店舗が完成し、遠方からも客が来る人気店となる。


【シナリオ形式で作成】
N:ナレーション
M:モノローグ

【登場人物】
日野春ユメ:主人公 25歳会社員 
青柳涼子:ユメの同期 地味で真面目
松野:婚活主催者 中年男性
柚木誠:不動産屋
土田栄作:農家

第1話
〇深夜 都内の駅
  ホームに最終電車が到着する。
  電車から、たくさんの人が降りて来る。
  ユメもその中の一人。
  疲れた様子でとぼとぼ歩きだす。
ユメ「疲れたなぁ……」
  ユメ、歩きながらスマホでスケジュールを確認する。
  仕事の予定がぎっしり。
ユメM『明日は朝イチで会議、その前に先輩に資料見てもらって、午後は打ち合わせに同行……』
ユメM『あれ?あたしってば懇親会の幹事じゃん。店予約してない‼』
  ぐったりしながら駅を出る。
ユメ「あ~、やること多すぎ……」
  駅前に出たユメ、キッチンカーが一台止まっていることに気づく。
ユメ「アイス……?」
  電飾のついたキッチンカー、まるで幻のように、光り輝いている。
  車には『ドリームアイス』の看板。
  誰も客はいない。
  ユメ、吸い寄せられるように近寄って行く。
ユメM『アイス屋さんか……』
ユメM『小さい頃から夢だったなあ……』
ユメM『休みのたびに食べ歩きしたし、ブログも毎日更新した』
ユメM『デザート教室にも通ったけど、いつの間にかやめちゃった……』
  ユメ、キッチンカーの前に立つ。
  ユメに気づいた女性店員が中から言う。
店員「いらっしゃいませ。何にします?」
ユメ「あ……バニラをコーンで一つください」
  店員、バニラアイスをすくって、ユメに渡す。
  ユメ、ゆっくりとスプーンで一口食べる。
ユメM『お、おいしい……‼』
  ユメ、おいしさに立ち尽くす。
ユメM『牛乳本来のさわやかさを、バニラの香りが引き立ててる。舌ざわりもいい……』
  ユメ、目を閉じる。
ユメM『これは—』

【イメージ 始まり】
  目を開けたユメ、さわやかな草原にいる。
ユメ、心地よい風に吹かれている。
ユメM『まるで草原にいるみたい……‼』
  再びアイスを食べるユメ、ふわふわのひつじとヤギが周りで遊び出す。
ユメM『口の中で、甘さとこってり感が交互に飛んで跳ねていく!』
ユメM『でもそれだけじゃない……』
ユメM『体がすごく楽になるこの感じ—』
  カッと目を見開いたユメ、空を見上げる。
  そこには晴れて爽快な青空。
ユメM「あおぞらだ‼」
【イメージ 終わり】

  そして現実に戻るユメ。
ユメ「はっ!」
ユメ「……」
  ユメ、食べかけのアイスをじっと見て、
ユメM『すごいな、このアイス……』
  そして思わず声に出してつぶやく。
ユメ「あたしも、こんなアイス作ってみたい……」
店員「作れますよ」
  驚いて顔を上げるユメ。
  店員が外の看板をしまいながら、何の気なしに言う。
店員「私も三年前は会社員でした」
店員「ある日、思ったんですよ。人生一度だけ。好きなことをしてみようって」
  ユメ、その言葉にカミナリに打たれたような衝撃を受ける。
  ユメ、スプーンを強く握る。
  そして目を輝かせるユメ、
ユメ「あたしも—」
ユメ「アイス屋さんになる‼」

〇翌日 カフェ 昼休み
  同僚四人(ユメ、青柳、同僚1,2)でランチを食べている。
  ひどく驚く同僚1と同僚2、
同僚1「辞表を出した?」
同僚2「辞めるって、急にどうしたの!」
  しーっと、人差し指を口に当てたユメ、
ユメ「二人とも声が大きいよ」
同僚1「まさか結婚⁉」
ユメ「違うよ。あたし、アイス屋さんになるの」
  目が点になる二人。
同僚1&2「は?」
同僚2「ユメ……あんた、そこまでバカだったの?」
ユメ「ちょっと、アイス屋は立派な職業だよ」
同僚1「誰もアイス屋が悪いなんて言ってないわよ。あんたの計画性の無さがバカだって言ってんの」
  そして同僚1、ユメを詰問する。
同僚1「開店資金と場所は?自分で会社作るの?従業員はどうするの?」
  青ざめるユメ、
ユメ「うっ」
同僚1「ほら、何にも考えてないじゃない」
同僚2「無謀もいいとこ」
同僚2「青柳さんだって、無理だと思うでしょ?」
青柳「え、ええ……」
  青柳、なぜか答えづらそう。
  ユメを心配する同僚二人、さらに言う。
同僚1「せめて具体的な計画を立ててから辞めなよ」
同僚2「そーだよ。次の仕事見つけるのも大変だよ?」
  ユメ、小声で言う。
ユメ「だって……夢なんだもん」
同僚1&2「え?」
  ユメ、真剣な様子で言い直す。
ユメ「アイスを作るのが、あたしの夢」
ユメ「今ここで挑戦しないと、あたし、絶対に後悔する‼」
同僚1&2「……」

〇夜 ユメの部屋
  散らかったユメの部屋。
ユメ、部屋で冷汗を垂らしながら預金通帳とにらめっこしている。
ユメ「……」
  今度は通帳を横から見てみる。
  次に薄目で下からも見てみる。
  そして気づく。
ユメM『お金、ない‼』
  ユメの通帳が見える。預金残高283万円。
ユメ「あたしにしては頑張って貯めてる……でも会社辞めてアイス作るの  に、これだけじゃ足りない……‼」
  ユメ、恐る恐るスマホを検索する。
  飲食店開業、と調べると、具体的な数字が画面に現れる。
  【店舗取得費200万、内装費100万、設備費50万、家賃30万円】
  それを見たユメ、目を回す。
ユメ「どうしよう、もう辞表出しちゃった……!」
  するとスマホが鳴る。電話。
  発信者は青柳。
ユメM『青柳さんから電話なんて、初めてだ……』
  ユメ、電話を取る。
ユメ「はい、ユメです!」
青柳「青柳です。深夜にごめんなさい」
青柳「あの……実はユメさんにお願いがあって」
  青柳も一人暮らし。
  ユメとは違い、整理整頓された几帳面な部屋。
  青柳、勇気を出して言う。
青柳「あたしと一緒に、婚活パーティーに行って下さい!」
  突然の話に意味が分からないユメ、目が点になる。
ユメ「えっ???」
  青柳、真剣に説明する。
青柳「ユメさんがアイス屋になるって聞いて、私気づいたんです」
青柳「私も、やりたいことを始めなきゃって」
ユメ「青柳さん……」
青柳「もちろんユメさんは計画性がないから、あんまり見習いたくないんですけど」
  青柳の言葉がユメにぐさぐさ刺さる。
青柳「自分の気持ちに素直にならなきゃって思ったんです」
  そして青柳、照れながら、
青柳「実は私、田舎で好きな人と暮らすのが夢だったんです」
青柳「だからぜひ一緒に田舎の婚活行ってください!一人じゃ心細くって‼」
ユメ「わ、分かったけど、あたし今、お金を節約しないといけなくて—」
  青柳、メガネを光らせる。
青柳「もちろん、費用は私が全部出します」
ユメ「乗ったーッ!」

〇特急の車内 婚活に向かう途中
  ユメ、車窓から畑や山を眺めている。
ユメM『本当に、来ちゃった』
  アウトドア用の格好をしたユメ、外を眺めて思う。
ユメM『こんなことしてる場合じゃないんだけど』
ユメM『でも、きれいな所だな……』
  ユメが手にしたチラシには、『田舎で婚活!お山でクッキング☆』の文字。
  チラシに目を落としたユメ、隣の青柳に声をかける。
ユメ「青柳さん、婚活は初めて?」
  隣の青柳、やはりアウトドア用の服を着て、ぶ厚い本を読んでいる。
  すると本から青柳がぬっと顔を出す。
  その目の下にはクマ。
青柳「もちろんです。朝までこれで勉強して来ました」
  読んでいた本は、『異性の心をつかむ方法決定版!』。
  青柳の真剣さに恐れをなしたユメ、
ユメ「そ、それより、外見てごらんよ。すごくきれいだから」
  青柳、外を見る。
  すると素直に感激する。
青柳「うわあ!すごくキレイ!」
青柳「緑って、こんなにたくさんの色があるんですね」
  珍しく笑顔になる青柳。その笑顔がとても素敵で、どきっとするユメ。
青柳「どうしたんですか?」
ユメ「べ、別に……!」
  車内にアナウンスが流れる。
アナウンス「次は大淵沢、大淵沢~」
  アナウンスを聞くなり、青柳が真面目な顔で立ち上がる。
青柳「ユメさん、準備できてますかっ⁉」
ユメ「は、はいっ!」
  そして電車が止まり、扉が開く。
青柳「いざ、出陣‼」
  ユメ、あわてて青柳について行く。

  駅前に、婚活の主催者松野が待っている。
松野「こんにちは~!」
  手には『婚活クッキング♡参加者様』とでかでかと書いてある。
松野「婚活クッキングの青柳様と日野春様ですね~‼」
  ユメ、ちょっと恥ずかしい。
ユメ「は、はい……」
松野「ではこちらの車にどうぞ~」
  ワンボックスカーに乗る二人、先にいた三人の女性に会釈をする。
  三人とも、都会から来たきれいな女性。
青柳、ユメにそっと耳打ちする。
青柳「手ごわそうな敵ですね」
ユメ「敵じゃないってば……」
  松野が運転席に座り、車が発車する。
松野「それでは出発します!」
  目的地のキャンプ場へ向かう。
  松野が説明をする。
松野「私は松野と申します。生まれも育ちもこの大淵沢で、市公認の移住応援隊の隊員をしています」
松野「いつでもあなたをまつの(・・・)、と覚えて下さい」
  あはは、と笑い声がもれる。
  車は田舎道を走って行く。
  道の両脇には古い集落。瓦屋根に平屋の家、田植えの終わった田んぼ。
  青柳、うっとりと外を見ている。
青柳「こういうところに、住みたいのよ~♡」
  車窓から、「貸家」の看板が見える。
  松野、その家を見ながら、
松野「ああいった古民家は、比較的家賃が安い事が多いので、お試し移住におススメです」
松野「家主との交渉次第で、家賃二万円台、なんていうのも聞きますからね」
  おお~、安い!と感嘆の声が漏れる。
  ユメ、そこではっとする。
ユメM『もしかして、田舎でアイス屋っていうのもアリ?』
ユメM『お客さんが少ないか……』
  ユメ、腕組みをしてアイス屋のことを考え始める。
ユメM『でも家賃が安いのは魅力的。住居と店が一緒なら、家賃と店舗代を節約できるし—』
  考えに集中していたユメ、青柳に肩をゆすられる。
ユメ「わっ!」
青柳「ユメさん!着きましたよ!」
  そして車を降りるユメ、そこにはキャンプ場の広い草原。
  林の向こうに、三千メートル級の山脈が遠くに見える。
ユメ「おおおおっ」
松野「南アルプス、ステキでしょ~」
松野「そしてこちらが山に負けず劣らず、ステキな地元の男性たちで~す!」
  五人の男性が、はにかみながら女性達の前にやってくる。
  そして人の良さそうな、体格の良い青年が自己紹介をする。
土田「初めまして、土田栄作です!」
土田「先祖代々畑作をやっています!土の匂いが大好きです‼」
  すると青柳が目をハートにしてユメに言う。
青柳「私……ひと目ぼれ……」
ユメ「えっ、もう⁉」
  そして松野が言う。
松野「それではお互いを知るために、さっそくゲームといきましょう‼」
  ゲームタイム開始。松野がクイズを出す。
N「「すき」はどっち?」
  鋤と鍬のパネルの前で悩む参加者。
N「アカゲラを探せ!」
  男女で組んで、双眼鏡でバードウォッチングをしている。
N「いもの種類を当ててみよう!」
  じゃがいも持った女性、三種類のカゴ(キタアカリ、男爵、メークイン)の前で悩む女性。女性たちを応援する男性たち。
  みんな笑顔でとても楽しそう。
  そして昼になる。
松野「それではお待ちかね、クッキングでフリータイム‼」
  参加者、たき火を起こし、飯盒でご飯を炊いてカレーを作る。
  さっそく青柳、野菜を切ろうとしている土田に近寄る。
青柳「土田さーん!一緒に—」
  すると逆側から、もう一人の女性参加者がスススと土田に寄って来る。
女性1「土田さん、一緒に野菜切りましょう♡」
  青柳、女性に言う。
青柳「ちょっと、あたしが先よ!」
女性1「あらやだ、そんなこと誰が決めたの⁉」
  二人の間に火花が散る。
  一方、ユメは薪に火をつけるグループにいる。
ユメ「あたし、小枝拾ってきます!」
  そしてみんなの輪から外れて、キャンプ場の藪へと入って行く。
ユメ「小枝、小枝っと」
  そして藪を抜け、一件の小さな平屋の古民家の敷地に出てしまう。
ユメ「わ……」
  家は雨戸が閉まり、無人で庭は草だらけ。
  ユメ、思わず家に近づく。
ユメM『誰も住んでなさそう……』
  家は古いが状態は良い。
  隙間から中を覗こうとするユメ。
ユメM『ここも家賃二万円台で借りれるのかな……』
  すると後ろから声がする。
声「なにしてるの?」
  どきっ、としたユメ、振り返る。
  後ろには、スーツを着たスマートな男性(柚木誠)。
ユメ「あ、あたし、怪しい者じゃありませんっ!」
  柚木、ユメのアウトドア用の服を見て、ぷっと笑う。
柚木「その格好で盗みに来るヤツはいないだろうね」
ユメ「……」
  そして柚木、ユメを見て言う。
柚木「もしかして、婚活の人?」
ユメ「はあ、一応……」
  すると柚木、玄関の鍵を開けようとする。
柚木「せっかくだから中、見てみる?」
ユメ「はいっ!」
  柚木、先にずんずん家に入って行く。
  ユメ、玄関で靴を脱いで急いで後をついて行く。
  柚木、畳の部屋の雨戸を開ける。
柚木「よいしょっと」
  すると部屋に光が入り、向かいの林の間から南アルプスが見える。
ユメ「わあっ」
柚木「ここからの眺めは最高でしょ」
  そして柚木、次に台所へ行き、窓を開ける。
  古い水回りだが、清潔で、なにしろ広い。
ユメ「広い……!」
柚木「料理好きな人にはおすすめだよ」
ユメ「もしかして、この家の持ち主さん?」
柚木「持ち主兼、貸す仕事もしてるって感じかな」
  そして柚木、ユメに名刺を渡す。
柚木「駅前の不動産で働いてるんだ」
柚木「もしかして、ここ気に入った?」
ユメ「はい!」
  ユメ、広い台所で、アイスを作っている妄想をする。
  たくさんのフルーツや牛乳にかこまれ、オシャレなエプロンをつけたユメがキラキラ輝きながらアイスを作っている。
ユメM『ここでなら、あたしの夢もかなっちゃうかも……!』
  柚木、冗談で言う。
柚木「今なら家賃二万五千円にしておくけど、どう?」
ユメ「借ります‼」
  速攻で返事をするユメ。
  逆に驚く柚木。
柚木「えっ」
ユメ「あたし、ここでアイス作りますっ‼」
柚木「アイス……?」
ユメ「アイス屋さんになるんです!そのために会社も辞めたんです!」
  すると突然、柚木の表情が硬くなる。
柚木「だめだ。君には貸せない」
ユメ「えっ、どうして⁉」
  柚木、硬い表情で窓を閉めながら言う。
柚木「お金、いくら貯めたの?」
ユメ「さ、三百万弱……」
柚木「話にならない」
  柚木、ため息をついて台所を出て行ってしまう。
  ユメ、柚木を追いかける。
ユメ「でもここの家賃なら、なんとかなると思うんです!」
  柚木、硬い表情のまま和室に戻る。
  そして雨戸を閉めようとしながら、振り返る。
柚木「飲食店営業許可申請にあたって、必要な条件は?」
ユメ「そ、それは……」
  冷汗をかいて目をそらすユメ。
  柚木、ユメに言う。
柚木「夢を見るなら、きちんと現実も見るんだ」
柚木「こんな田舎で失敗して有り金全部スッてみろ、東京に戻れなくなるぞ」
  むっとしたユメ、ムキになって言い返す。
ユメ「戻らないもん!成功するもん!」
  柚木もムキになって言い返す。
柚木「その自信の根拠は?初年度の売り上げの目標金額は?」
ユメ「うっさいわね!なんとかするわよ!」
  ヒートアップする二人。
柚木「全然何にも考えてないじゃないか!」
ユメ「どーせあんたには関係ないでしょ‼」
  そしてユメ、最後に捨てゼリフを吐く。
ユメ「こんな家、こっちから願い下げよ‼」
  そしてユメ、ぷりぷり怒りながら家を出る。
  その姿を家の中から見ている柚木。
柚木「……」

  婚活イベントに戻って来たユメ、松野があわてて寄って来る。
松野「よかった~、迷子になったかと心配しましたよ」
  素直にあやまるユメ。
ユメ「す、すみません!」
  そしてユメ、松野に言う。
ユメ「ちょっと向こうで、空き家を見せてもらって……」
松野「ああ!柚木不動産の物件ですね」
  すると松野、にやりとして、
松野「柚木不動産は、跡継ぎ息子が最近東京から戻って来たんです。確かまだ独身だったはず……」
  すると周りにいた女性陣の目がぎらりと光る。
ユメ「はは……」
  松野、ユメに耳打ちする。
松野「あの家、どうでした?」
ユメ「ちょっと不動産の人が感じ悪かったので、他の家を探そうかなーって」
松野「もしかして、移住する気になっちゃいました?」
ユメ「はい!」
松野「それなら、おすすめ物件が一件あるんです!」
  松野、鼻息荒くスマホを開く。
松野「移住応援のために、市が三か月だけ家賃を半額負担してくれるプランがあるんです」
  松野、ユメに古い一軒家を見せる。
松野「ちょうどさっき、今住んでる人が退去するという連絡があって、二階建てで庭と畑付きの家が、月二万円で—」
  ユメ、食い気味に答える。
ユメ「借ります」
松野「えっ」
ユメ「借ります。絶対にその家、借ります‼」
  柚木を見返したいユメ、絶対に移住する気。
  さすがにたじたじの松野。
松野「ええと……じゃあとりあえず一度見に行って—」
ユメ「見に行かなくても大丈夫ですッ‼」

〇夕方 大淵沢駅前
  婚活が終わり、駅前で車から降りる参加者の女性たち。
松野「またいらして下さいねー‼」
  そして松野、ユメに言う。
松野「では日野春さん、今度契約に必要な書類をお持ち下さい。家はキープしておきますから」
  ぺこりと頭を下げるユメ。
ユメ「お願いします!」
  そして松野、ちょっと真面目に言う。
松野「キャンセルしたくなっても、遠慮しないでご連絡下さいね」
ユメ「そんな!あたし、絶対に戻って来ます!」
松野「お気持ちは本当にうれしいんですが、さすがにもう一度、ゆっくり考えてみてください」
ユメ「はい……」
  そして駅に入り、ユメ、青柳に言う。
ユメ「ごめんね青柳さん、あたし自分の事ばっかり……」
  青柳、キリっと言う。
青柳「ご心配にはおよびません」
  そして青柳、頬でスマホをすりすりして、
青柳「五人全員の連絡先、教えてもらっちゃいましたから~♡」
ユメ「すごい……」
青柳「ユメさん、本当に移住するつもりですか?」
ユメ「うん。ここに来たのも、何かの縁だと思うんだ」
  すると青柳がずいっと近寄り、
青柳「家、借りたらぜひ泊めてくださいね」
ユメ「も、もちろん!」
  そしてユメ、スマホを取り出し、
ユメ「さて、さすがにお父さんとお母さんに、会社辞めた事を伝えないと」
青柳「え……まだ言ってないんですか」
ユメ「うん!」
  ユメ、自信たっぷりに、
ユメ「二人とも、いつもあたしの味方なの。だから今回も、絶対に応援してくれるはず!」
  
〇翌日 ユメの実家マンション
  マンションの居間。
  ユメの母親の、大きな怒鳴り声が響く。
母「このバカ娘ッ‼」
  母親の怒鳴り声に、小さくなるユメ。
母「貯金がないのに会社辞めてどうすんのッ!子供じゃあるまいし、アイス屋始めるなんて—」
  膝に犬を乗せた父、慣れた様子で母に言う。
父「まあまあ、お母さん落ち着いて」
父「ダメだったらウチに戻ってくればいいじゃないか」
  母の怒りの矛先が父に向かう。
母「この子はもう二十五歳なのよ、甘やかさないでッ‼」
  ユメ、小さくなりっぱなし。
  母親、じろりとユメを見て、
母「そりゃ自分の子だもの、できたら応援してあげたいわ」
  希望がわくユメ。
  しかし母親、がっかりして言う。
母「まさか、ここまでバカだとは……」
父「お母さん、一度ユメの話も聞こうじゃないか」
  ユメ、めちゃくちゃ言いづらそうに、
ユメ「な、何の計画も立ててません……」
母「やっぱり!」
父「ユメ、まだ時間はあるんだろう?事業計画書を作ったらどうだい」
  ユメ、ぽかんとして、
ユメ「じ……事業計画……?」
父「うん。人に仕事を説明するための書類だよ」
父「一度作ってみるといい。自分のやりたいことが整理できるはずだよ」
ユメ「や、やります‼」
  そしてどたどたと部屋を出て行くユメ。
  その背中を見て母親、
母「まったく、誰に似たのかしら……」
父M『お母さんの若い時にソックリ……』

〇ユメの部屋
本屋から自室に戻って来たユメ。
手には、たくさんの本(『会社を起こす本』『起業ってどうするの?』『飲食店の始め方』)を抱えている。
本を机に勢いよく置き、
ユメ「よーし、がんばるぞ‼」
  そしてユメ、本を開く。
  すぐに眉間にシワが寄る。
ユメ「競合の分析……?」
ユメ「シェア……?」
  机の上に置いた、「事業計画書」は白紙のまま。
ユメ、頭を抱える。
ユメ「うううう……」
  そしてついに勢いよく机に手をついて立ち上がる。
ユメ「ちょっと外でアイス食べよう‼」

〇公園
  ユメ、ブランコに座ってコンビニ新商品のアイスの包装を取る。
  ユメ、アイスを一口かじる。
ユメ「う~ん、おいしい♡」
  そして真面目な顔で考える。
ユメM『ふむ……脂肪分の少なさを、香りでカバーしてる感じ』
ユメM『おいしいけど、これはあたしが目指すジャンルじゃないな……』
  ユメ、首をひねって、
ユメM『でもあたし、どんなアイスが作りたいんだろう?』
  そしてユメ、柚木に言われた事を思い出し、不安になる。
ユメM『このままじゃ、確かに失敗しちゃうかも……』
  すると公園の向こうから声をかけられる。
まみ「もしかして……ユメ?」
  見ると、そこには高校の同級生のまみがいる。
  まみは美人。清楚な雰囲気。
  ユメ、嬉しくて駆け寄る。
ユメ「まみりん⁉」
ユメ「まみり~ん‼久しぶり~」
  ユメ、まみを思い切りハグする。
  するとなにかお腹に違和感を感じる。
ユメ「おや?」
  体を離してまみの腹を見る。
  おなかがふっくらと出ている。
ユメ「もしかして……」
  まみ、少し照れながら言う。
まみ「来月、出産予定なの」
まみ「ユメには、生まれてから伝えようと思ってて」
  すごく喜ぶユメ。
ユメ「すごいすごい!おめでとう‼」
  うっかりまたハグしてしまい、あわてて離れるユメ。
ユメ「ごめん!」

  ブランコに座って話をする二人。
ユメ「みんなのあこがれの、あのまみりんがお母さんか~」
  まみは高校生の時、男子たちのあこがれの人だった。
まみ「ユメはまだあの会社にいるの?」
  ユメ、恥ずかしくて思いっきり目をそらしながら、
ユメ「あたし?あたしはね~」
  そしてとても小さな声で言う。
ユメ「か、会社辞めて……自分でアイス屋さん始めようかと……」
まみ「すごい‼」
  まみの大声に、目をまるくするユメ。
  まみ、興奮して立ち上がって言う。
まみ「それ、ユメにぴったりだよ‼」
まみ「だってユメ、アイス好き過ぎて、勝手にアイスの食べ歩きマップを校内中に貼ったの覚えてる?」
  高校生のユメ、アイスを評価したマップを学校中に壁に張っていた。
まみ「あれ良かったよ……先生たち、怒ったフリしてたけど、実はこっそり楽しみにしてたんだよ」
ユメ「ほんと⁉」
まみ「ほんとだよ!私もあれ見て、とんかつ屋さんまでアイス食べに行っちゃった!」
  ユメ、目をきらきらさせて、
ユメ「『とんぺい』でしょー?あそこのレモンアイス、絶品だったねーっ!」
まみ、ユメを見てにっこり笑う。
まみ「だからユメなら成功するよ。あたしが保証する」
  ユメ、まみのやさしさに感動する。
ユメ「まみりん……」
まみ「アイスできたら、いちばんに教えて。子供と一緒に買いに行くから」
ユメ「絶対来てよ、約束だからねっ⁉」
  そして指切りで約束する二人。

〇ユメの実家マンション
  家に戻ったユメ、玄関の床に、紙が一枚置いてある。
ユメ「?」
  紙には人気アイス店の情報。
ユメ「うわ、ここまだ行ってない……」
  すると家の廊下に、同じように紙が点々と落ちているのに気づく。
  一枚ずつ読みながら、拾って行くユメ。
ユメ「おっ、ここも知らないぞ……」
ユメ「これは食べなきゃだ……」
  そしてユメ、最後に台所でカレーを作っている母親の足元にたどり着く。
ユメ「お、お母さん……」
  ユメ、また怒られるかと身構える。
  母親、カレーを作りながらつぶやく。
母「まずは人気店のアイスを食べてしっかり勉強したら?」
  母親が後押ししてくれていることに気づき、嬉しいユメ、
ユメ「お、お母さん!」
母「その代わり—」
  母、じろりとユメを見て、
母「この家にいる間は料理洗濯掃除に買い出しと、しっかり働いてもらいますからね!」
ユメ「はいっ!なんなりとお申し付けを‼」
  ユメ、敬礼で応える。
  そして自室に戻ったユメ、紙の情報を見て、闘志を燃やす。
ユメ「よーし、久しぶりに食べまくるぞ‼」

〈第1話 了〉


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