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【演劇脚本】六花


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※こちらのお話は、2020年に、舞台演劇用の脚本として書いたものですが、当時の世界的な御時世の影響を受け、舞台を公演することは叶わず、本日まで日の目を見ることなかった未発表脚本です。

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【登場人物】
・りっか              22歳。大学四年生
・二兎(にと)           22歳。大学四年生
・いのり              24歳。実家の書店手伝い
・リッカ              22歳。いのりの妹
・待鳥 蓮(まちどり れん)    24歳。イラストレーター
・沓掛 信吾(くつかけ しんご)  35歳。誘拐犯、工場勤務
・伊藤 六花(いとう りっか)   22歳。誘拐された少女


○待ち合わせ場所の駅前広場(昼)

 人混みの中、二兎(22歳)が待っている。

 離れた場所から、りっか(22歳)が二兎の様子を窺っている。りっかは前髪が両目をすっぽり隠すほどに長く、白い使い捨てマスクをしている。

 声をかけることを躊躇っていたりっか、深呼吸して、二兎の背中に近づく。

りっか 「……二兎」

二兎 「(振り向こうとする)」

りっか 「待って。こっちを見ないで」

二兎 「?」

りっか 「振り向かないで」

二兎 「りっか、だよね?(また振り向きかける)」

りっか 「お願い。そのままで」

二兎 「でも、」

りっか 「ごめんなさい。変なことを言っているのはわかってる。なんで、って思うのもわかる。でも、お願い」

二兎 「わかった。わからないけど、わかったよ(降参のポーズ)」

りっか 「遅くなってごめんなさい。本当は、待ち合わせの時間には着いてたけど。でも、どうしていいのか……。三年間、私は二兎を騙していたのかも」

二兎 「騙す? りっかが? 僕を?」

りっか 「顔を見たら、二兎は私を嫌いになる」

二兎 「嫌いに? どうして? ならないよ」

りっか 「ごめんね、勝手に決めつけて。でも、絶対なる。だって、私ブスだから」

二兎 「僕たちはネットで知り合った。たしかに、僕はりっかの顔を知らないよ。でも、お互いさまじゃないかな。りっかだって僕の顔を知らない。顔を見たら、がっかりするかも」

りっか 「そんなことない(と首を振る)」

二兎 「僕も。ずっとネット上の文字と声のやりとりだったけど、僕たち、つきあって三年になるね。僕はね、今日、初めてりっかとリアルで会えるのを楽しみにしてたんだよ。楽しみすぎて、昨日は眠れなかったくらい(と笑う)」

りっか 「私は……怖くてたまらなかった。今日が来なければ良いのにと思った」

二兎 「会いたいと言ったのは迷惑だった? りっかは、僕にとって、誰よりも話が合うし、映画の趣味も音楽の趣味も――。僕と空気がおんなじで、だから、僕はりっかのことが、」

りっか 「二兎は、三年間、一度も写真をみせてと言わなかった。私、それに甘えてた。本当は、今日が来る前に、もっと早く言うべきだった。私はブスなの。二兎に甘えて騙してた」

二兎 「自分をそんなふうに言わないで」

りっか 「だって、本当のことだから」

二兎 「僕がそう思うかは、りっかにはわからないだろ? そんなふうに決めつけられると悲しいよ。会うのが怖かったって言ったけど、だったら、こうして約束どおり来てくれたのは、どうして?」

りっか 「…………」

二兎 「りっか、きいてる?」

りっか 「……来なきゃ良かったって思ってる?」

二兎 「(首を横に振る)少しは僕を信用してよ。りっかは、僕の自慢の彼女だよ」

りっか 「こっちを向いて」

二兎 「良いの?」

りっか 「…………」

二兎 「向くよ」

 二兎、振り返る。

 前髪が長く、マスクをしていて、ほとんど素顔がわからないりっか。

二兎 「初めまして。どうかな、僕は?」

りっか 「想像どおり」

二兎 「そいつは良かった。ねえ、マスクをとって」

りっか 「これだけはわかって。二兎のこと、信用していないわけじゃない。そういう問題じゃないの。私、もう十年くらい、人前でマスクをとったことがない」

二兎 「十年……本当に?」

りっか 「(頷く)」

二兎 「ごめん」

りっか 「どうして謝るの?」

二兎 「今の僕は失礼だった。今のは忘れて。そのままで良いよ。さっきは会うのが楽しみだったって言ったけど、本当言うと、待ってる間、すっげえ不安だった。もしかして、誰も来ないじゃないかと思った。それこそ僕は騙されていただけで、物陰から知らない誰かにクスクス笑われてるんじゃないかと思った。来てくれてありがとう。会えて、うれしいよ。寒いし、あそこのお店に入らない? 座ってコーヒーでも飲みながら話そうよ」

りっか 「うん」

 二人、カフェに入る。


○カフェ・中

 テーブル席に、いのり(24歳)とリッカ(24歳)が横並び、対面に待鳥(24歳)が座っている。リッカの前にだけ、コーヒーがない。

 いのりがリッカから手帳を受けとり、待鳥に渡す。

待鳥 「これは? リッカの手帳?」

いのり 「うん。ね?(とリッカに)」

リッカ 「(頷く)」

いのり 「ここんとこ、読んで」

  以下、待鳥は手帳のメモを読み上げる。いのりは頷きながら聞いている。

待鳥 「天秤座の始まりの日に、開かずの踏切の前に立つ。踏切が上がったら、呪文を三回。黄色い泉、午前二時にきさらぎ駅、古いコイン。これを三回繰り返す。呪文を唱える間、白い車を見たら、やり直し。乗り物で行ってはいけない。必ず、三人以上で行くこと。歩き始めたら、途中で立ち止まってはいけない、振り返ってはいけない。途中、アサガオという言葉を口にしてはいけない。まっすぐ歩くと、やがて、四つ角に蝶々が現れる。蝶々を追うと、その場所に辿り着く。帰るときには、赤い鳥居をくぐること。――これ、なんだっけ。なんかきいたことある」

いのり 「天使踏切の噂。踏切を渡って、その場所に行くと、天使に会える」

待鳥 「あー懐かし。それか。覚えてる。僕が通ってた高校でも流行ったよ。へええ、ずいぶん細かく書いてある」

リッカ 「私が足で調べたの」

いのり 「ねー。噂自体はみんな知ってても、ディテールが人によって言うことがまちまちで……。調べてみると、噂が広まっていくうちに、あっちこっちで派生型がめちゃくちゃパターン生まれてて、そのへん、だいぶん曖昧で……。リッカと私は、地味にコツコツ、苺摘みのように丁寧に情報を集めていった。集めた情報を、更に調査して精査した。んで、それが、やっとわかった大元の本物、原型バージョンってわけ。つまりは、本物のルール」

待鳥 「ついこの間までは、黒魔術?魔女狩り?みたいな分厚い本を読んでなかったっけ? 二人とも、ほんと、そういう話が好きだよね」

いのり 「でもね、この話は特別。だって、ほかでもないここ、この町にまつわる噂なんだよ。ローカルもローカル。だから、ネットにも情報がほとんどないし。それに、待鳥くんも好きでしょ、こういう話」

待鳥 「いや別に、特にそんなには……」

いのり 「これ、やってみない? 今から」

待鳥 「えっ。今から?」

いのり 「なによー。天使に会いたくないの? いいじゃん、どうせ祭日でやることなくて暇なんだし。今日がちょうど天秤座の始まりの日で、一年に一回しかないチャンスなんだよ」

待鳥 「んー、今日は徹夜で寝てなくて」

いのり 「また朝まで絵を描いてたの?」

待鳥 「今回、締め切りヤバくって……。っていうかさぁ、これ、なんかヤバい系の話じゃなかったっけ? いわくつきの。なんだっけ? ほらこれ、こことかこことか、○○してはいけない、○○してはいけない、って文言がやたら出てくるのとか、なんか怖いんデスけど」

いのり 「うん、そ。ルールを破った人たちは、その場所に辿り着けず戻っても来れずに行方知れずに」

待鳥 「ダメじゃん。そういう話は先に言って。あっ、あー、だんだん思いだしてきた。友達の友達が試して行方不明になったとか、そーいう……。うちの高校では、それで、やるなって学校で禁止令がでたっけな。で? 行方不明になった人たちは、そのあと、どうなったわけ?」 

 話の途中で、りっかと二兎が店内に入ってくる。空いている席を探す。店内は賑わっていて、空いている席は一つだけ。コーヒーの紙カップを持って、いのりたちの隣の席に二人は座る。

いのり 「さあ。リッカ、知ってる?」

リッカ 「私もそこまでは……」

いのり 「だってさ」

待鳥 「あ、ごめん。今きいてなかった。リッカは、なんて?」

いのり 「もぉ。ちゃんときいててよ。大丈夫? ちゃんと起きてる? リッカも、そこまでは知らないってさ」

待鳥 「そう……。なんだかなぁ」

いのり 「乗り気じゃないのね?」

待鳥 「二人は、ずいぶん乗り気なんだね」

いのり 「だって、おもしろそうじゃん? ほら。ちゃんとしっかり調べてあるんだから、ルールどおりに手順を間違えなければ大丈夫だいじょーぶ」

待鳥 「そういうの以前の問題なんだよなぁ。きっと試したところで、なんにも起きないと思うよ?」

いのり 「だったら良くない? なんにも起きないなら危険もないし。危なくないでしょ?」

待鳥 「……そう来たか」

  隣の席で、りっかと二兎が会話している。

二兎 「あ。お砂糖は?」

りっか 「大丈夫デス」

二兎 「敬語はやめよ? これまでどおりで……。今までは文字と声だけだったから変な感じするけどね。りっかは、家はこの近く?」

りっか 「地下鉄で十五分……?」

二兎 「そ。僕よりも近いね。遠くはないと感じていたけど、思った以上に僕たち、近くに住んでいたんだね。もしかして、今までもどっかで一度や二度はすれ違っていたのかも。あ、もう呼んじゃってるけど、呼びかたは、りっかで良い?」

りっか 「(頷く)」

二兎 「僕もいつもどおり、二兎で」

りっか 「うん」

二兎 「呼んでみて」

りっか 「……二兎」

二兎 「うわ。ちょい照れた。通話のときとおんなじ声だ。目の前にいるのが、りっかだって今実感できた。その靴も、かわいいね」

りっか 「今日のために用意したから。変、じゃないかな?」

二兎 「靴も服もかわいいよ」

りっか 「二兎は青が好きだって言ってたから」りっか、青い服を着ている。

二兎 「(隣を横目に、小声で)ねぇ、あの人たち、今、リッカって言ったよね。きみと同じ名前だ」

りっか 「(も、チラッといのりたちのほうをみる)」

二兎・りっか「(目を合わせ、小さく微笑む)」

二兎 「今日の映画、楽しみだね。僕、あの監督、好きなんだ。今までの作品は全部観ている。どれも最高だよ」

 二兎とりっかの会話は続く。

 いのりたちの会話もまだ続いている。

いのり 「もー、まーだ悩んでる……。行く? 行かない? いいかげん決めてよ。待鳥くんって、そういうところあるよねえ。いっつもそう。スパッて決断しないよねー。さっきも、このお店に入ったときにカフェラテかココアかで迷って……、メニューを眺めたまま一生決まらないかと思っちゃった」

待鳥 「違う。迷っていたのは、カフェラテかココアかじゃなくて、カフェモカかココアか」

いのり 「どっちでもいい。ねえ、で、どうすんの?」

待鳥 「んー、なんか止めても無駄な気がしてきた……。行かないって言っても、どうせ行くんでしょ?」

いのり 「まあまあ。暇つぶし暇つぶし」

待鳥 「(溜息。言っても無駄だと諦める)」

  三人、立ち上がり、移動を始める。

二兎 「ごめん、僕、ちょっとお手洗い」

 立ち上がった二兎の椅子が後ろにズレて、ちょうど通りかかったいのりの身体に当たる。

 同じタイミングで、リッカが持っていた手帳を落とす。

 いのり 「痛っ」

二兎 「あ。すみませ、」

いのり 「(軽く二兎を睨んで素通り)」

 いのりたち三人は店を出る。

二兎 「ちゃんと謝ったのに。感じ悪っ……」

 落ちた手帳に気づいて拾おうとしたりっか、そばにしゃがみこんで、偶然開かれたそのページをじっと見ている。

りっか 「黄色い泉、午前二時にきさらぎ駅、古いコイン」

二兎 「ん、今なんて?」

りっか 「ここに、そう書いてある」

二兎 「なにそれ。あ、落とし物? さっきの人たち?」

りっか 「これ、天使踏切だ」

二兎 「テンシフミキリ? 天使? 天使ってあの? 背中に羽の?」

りっか 「知らない? 有名な噂なの。天使に会えると、願い事を一つ叶えてくれる。でも、失敗すると、二度と戻って来られない。それで、友達の友達が行方知れずになったってきいた」

二兎 「どれ?(と手帳を拾う)ふうん、ずいぶんと眉唾だなぁ。友達の友達ってところが、いかにも都市伝説っぽくはあるけれど。往々にして、この手の話の『友達の友達』は実在しない。友達、じゃなくて、友達の友達ってところがミソなんだ。いかにもそれらしく聞こえるけどね」

りっか 「そうなの?」

二兎 「こっくりさんも、花子さんも、友達の友達が体験した噂は耳にしても、実際に体験した友達は周りにいなくない?」

りっか 「そうかも」

二兎 「けど、この話は全然初耳。有名なの?」

りっか 「この町では……。多分みんな、中学か高校のときに一度はきいたことがある」

二兎 「へえ。僕、大学で出てきたから、地元こっちじゃないからさ」

りっか 「天使って、どんな姿なのかなぁ……。やっぱり白い服を着て、マンガにでてくるああいうかんじ?(と羽のジェスチャを)」

二兎 「(くすっと笑う)」

りっか 「ん?」

二兎 「やっと、りっかがいっぱい喋ってくれた。ネットと同じりっかだ」

りっか 「(少し恥ずかしい)」

二兎 「あの人たち、これ、試すつもりなのかなぁ。だってほら、(手帳を指差して)この天秤座の始まりの日って、たしか、秋分の日のことだから、つまりそれって今日じゃない?」

りっか 「この手帳、返してあげないと」

二兎 「まだ近くにいるんじゃないかなぁ。行こか」

りっか 「あ。でも、映画の時間……」

二兎 「急げば間に合うと思うよ」残ったコーヒーを一気に流しこむ。「熱っち……。さあ、行こ」

 二人、荷物を持って外に向かう。


○沓掛の部屋(半年前・昼)

 広さは六〜七畳、青いカーテンが昼でも閉めてある。ベッドはない。

 六花(22歳)、壁際にもたれて三角座り、文庫本の小説を読んでいる。

 布団で寝ていたパジャマ姿の沓掛(35歳)が目を覚ます。

六花 「おはよう」

沓掛 「(窓の外を見て、頭をかいて)今、何時?」

六花 「もうすぐ、お昼です」

 壁際に二人、肩を並べて座る。やや距離がある。沓掛も近くにあった本をペラペラめくる、表紙カバーがない中原中也の詩集本。二人にとって、長い沈黙は苦痛ではない。なにも話さない時間があるのが自然で、無理に間を埋めようとはお互いしない。

沓掛 「……おんなじ本ばかり読んでて飽きない?」

六花 「ううん。おもしろい」

沓掛 「今度新しいの、買ってくるよ」

六花 「ありがとうございます」


○路上・開かずの踏切近く

 いのり、リッカ、待鳥、歩きながら。

 リッカは鞄を持っているが、いのりは手ぶら。

いのり 「待鳥くんは、天使に会ったら、何をお願いするつもり? 待鳥くんにほしいものなんてないでしょ。想像つかない。だって、絵の才能もあって、それを仕事にできて……。待鳥くんみたいにイラスト一本で食べていける人なんて、ほとんどいないんだからね。才能もチャンスも手に入れて、おまけに、こんなかわいい彼女までいるんだし」

待鳥 「うん」

いのり 「チョットチョット……。そういうときは、自分で言うな、ってちゃんとツッコんで。真顔で肯定されると恥ずいから。妹の前でマジやめて。あー暑い暑い」

リッカ 「(クスクス笑っている)」

待鳥 「ここだ。着いたよ。開かずの踏切」

 踏切の前で、三人立ち止まる。

二兎 「あ。いた」

 二兎とりっかが三人に追いつく。

二兎 「これ、落としましたよ(と、いのりに)」

いのり 「え?(リッカのほうを向く)」

リッカ 「(鞄を探す。手帳を落としていたことに気づく)」

 二兎、手帳をいのりに渡す。

いのり 「あ。ありがとう(いのり、手帳をリッカに渡す)」

二兎 「今から試すんですか、それ? すみません。偶然、中、見えちゃって」

りっか 「私たちも、まぜてください」

二兎 「え?」

りっか 「試すには三人以上必要なんですよね?」

いのり 「どういう意味?」

待鳥 「僕は構わない。人数は多いに越したことはないと思う」

りっか 「二兎……」

二兎 「オーケー。突然だったから、ちょっとびっくりしただけ。りっかがやりたいなら、僕に異論はないよ」

いのり 「うそ? あなたも名前、りっかって言うの?」

りっか 「はい」

いのり 「偶然……。おんなじ名前ね」

りっか 「リッカさん(と、いのりに向かって)」

いのり 「違う違う。私は、いのり。リッカは妹のほう」

リッカ 「(目で会釈)」

二兎 「二兎って言います」

待鳥 「僕は待鳥」

 踏切の手前に横並び。全員、スタートラインに並ぶ。心の準備。

二兎 「待ってストップ。危な。踏切が上がる前に、ルールをもう一回確認させてください。さっき一回流し読みしただけで、自分で試すとは思わなかったから。正直、内容が頭に入っていない」

いのり 「踏切が上がったら、呪文を三回。黄色い泉、午前二時にきさらぎ駅、古いコイン。呪文を唱える間、白い車を見たら、やり直し。乗り物で行ってはいけない。歩き始めたら、途中で立ち止まってはいけない、振り返ってはいけない。途中、アサガオという言葉を口にしてはいけない。まっすぐ歩くと、やがて、四つ角に蝶々が現れる。 蝶々を追うと、その場所に辿り着く」

二兎 「覚えた。多分オーケーです」

 電車が通る。

 遮断器が上がる。

いのり 「誰も白い車は見ていない?」

全員  「(無言。誰も見ていない)」

いのり 「準備はいい?」

五人 「黄色い泉、午前二時にきさらぎ駅、古いコイン。黄色い泉、午前二時にきさらぎ駅、古いコイン。黄色い泉、午前二時にきさらぎ駅、古いコイン」

 五人で歩きだす。

 しばらく歩く。

いのり 「ねえ、今って、どこらへん? ここ、こんな道あったっけ? 私、この道、知らない気が……」

待鳥 「やっぱり、やめといたほうが良くない?」

二兎 「もう遅いですよ。途中で立ち止まってはいけない、振り返ってはいけない。ルールは守らないと」

いのり 「(先頭を歩いている)みんな、いる?」

二兎 「(最後尾を歩いている)全員います」

いのり 「……今、何か音しなかった?(と後ろが気になる)」

二兎 「立ち止まらないで。――蝶々だ」

いのり 「うそ……。本当に?(ひらひら舞う蝶々を目で追う)」

 先頭の黒い蝶を追うように、二十頭、三十頭と増えていく。蝶道を通って――。

 全員、蝶の大群を追って歩く。


○デパート・中・婦人服売場

 前シーンの直後、場所が変わっている。

いのり 「え! ここ、どこ?」驚いて立ち止まる。

二兎 「ここは? 服がいっぱい。……服屋さん? いや、デパートかな」

いのり 「急に景色が変わった? どういうこと?」

二兎 「蝶々たちも消えた……。化粧品のにおいがする。見て、あっちには鞄と靴も並んでる」

りっか 「(段々と、りっかの顔色が悪くなる。このデパートに見覚えがあることに気づき始めている)」

二兎 「どうかした?」

りっか 「……なんでも」

待鳥 「もう着いたってこと?」

いのり 「ここに天使が?」

二兎 「多分そういうことかと。(振り返る)多分、着いてますね。その証拠に、振り返っても何も起こらない」

いのり 「天使は? どこ?」

二兎 「いませんね」

いのり 「意味がわからない……」

待鳥 「静かだね」

二兎 「りっか、大丈夫? やっぱり顔色悪いよ」

りっか 「私、この場所を知ってる気がする……」と走りだす。

二兎 「?」

 りっか、そのまま走ってどこかに行く。

二兎 「待って!」あとを追う。

 残された三人。

いのり 「ねえ。どこなの、ここ?」

待鳥 「デパートだと思うけど」

いのり 「なんで、デパート?」

待鳥 「さあ。僕に言われても……」とスマホを開く。「ダメだ。圏外」宙にスマホを構える。

いのり 「なにやってんの」

待鳥 「んー、写真に撮っておこうと思って。仕事の資料に使えるかもと……」

いのり 「あっそ。意外に余裕あるんだね」

待鳥 「そうでもないけど、せっかくだし。誰もいないデパートって不気味だね」

 リッカ、いのりと手を繋ぐ。

 三人、歩く。

 待鳥はあちこち写真を撮りながら歩いている。

 しばらく歩く。

 あちらから小走りしてきた二兎と会う。

いのり 「あの子は?」

二兎 「(首を振る)こっちにも戻って来ていないんですね?」

いのり 「なんなんだろ、この場所……」

待鳥 「僕たち以外、誰もいない」

二兎 「あっちにも誰もいませんでした」

 二兎たちは、赤い鳥居を発見する。が、壊れている。朽ちて割れた木製の鳥居。通れない。

いのり 「……うそ。どうするのよ? 帰るときには、赤い鳥居をくぐれって……。出口でしょ、これ。私たち、ここから帰れないってこと?」

待鳥 「だから、やめておこうって言ったのに」と、まだスマホで写真を撮り続けている。

二兎 「(この人は何をやっているんだろう……という目)」

いのり 「ああ、気にしないで気にしないで。その人、ちょっと変わってるから。さっきから仕事の資料に、ああやって写真を……。彼、仕事、イラストレーターなの。有名なライトノベルの表紙とか担当してて、一応、そっちの世界では売れっ子なんだけど」

二兎 「へええ。若いのに、すごいですね」

全員 「(改めて鳥居を眺めて、沈黙)」

二兎 「ここにいたって、しかたがない。まだ行っていないところが、いっぱいあるし。ほかも歩いてみませんか?」

待鳥 「それしかないね」


○沓掛の部屋(半年前・夕/前の沓掛と六花のシーンの数日後です)

 雨の音がBGMのように降っている。

 六花は三角座り、本を読んでいる。

 仕事帰りの沓掛が帰ってくる。沓掛は灰色の作業着姿。

六花 「おかえりなさい」

沓掛 「ただいま。……これ」とコンビニのビニル袋を差しだす。「おにぎり、先に好きなの選んで」

六花 「(受けとって)ありがとう。いいの、私が先に選んで?」

沓掛 「おれは別にどれでもいいから」

六花 「あっ」袋からプリンを出す。

沓掛 「それは、あんたのぶん。あんた、好きだろ。プリン」

六花 「ありがと」

沓掛 「(笑顔でプリンを眺める六花を見て、少し嬉しくなる)」

六花 「ん?(と、その視線に気づく)」

沓掛 「別に。なんでもない(と視線をそらす)」

六花 「ねえ、沓掛さん。イルカは哺乳類だよね? 人間と同じで肺呼吸だよね?」

沓掛 「今日は、なに読んでたの?」

 六花、立てて本の背を見せる。読んでいたのは、児童向けの魚の図鑑。

六花 「イルカは、お鼻で呼吸するんでしょ?」

沓掛 「そうだね。そのために、鼻が頭の上にある」

六花 「寝ている間に溺れない?」

沓掛 「イルカは、右脳と左脳と交互に眠るんだ。両方の脳みそが同時に眠ることはない。だから、溺れることはない」

六花 「沓掛さんは、なんでも知ってるね」

 コンビニのビニル袋を漁ったり作業しながら。 

六花 「水族館って、どんなとこ?」

沓掛 「今度はなに? 六花は、水族館も知らないの?」

六花 「んーん、水族館は知ってる。でも、行ったことないから。魚の臭いがする?」

沓掛 「えっ」

六花 「動物園は動物の臭いがするから。水族館は魚の臭い?」

沓掛 「臭いはないかな。みんな、水槽の中にいるから」

六花 「へえええ」

沓掛 「テレビがあれば、水族館の映像がみられるのに。悪いな……、テレビもない部屋で」

六花 「大丈夫。本がいっぱいあるから。本は私にいろんなことを教えてくれる。私、本が好き。沓掛さんは何が好き?」

沓掛 「本はおれも好きだよ。あとは、雨」

六花 「雨?」

沓掛 「雨の音が好きだ。雨は、汚いものを全部流してくれる。雨の間だけは、自分が少し綺麗な透明になれた気がする」

六花 「それだけ? 好きなもの。ほかには? 本と雨以外」

沓掛 「本と雨以外……。思いつかない」

六花 「沓掛さんは、好きな人、いる?」


○デパート・中・どこか

いのり 「どうなってるの? 私たち、ずっと、まっすぐ歩いてるよね?」

待鳥 「どこまで歩いても壁がない。いくらなんでも広すぎる。絶対おかしいよ」

いのり 「私、もういい加減歩き疲れちゃった」

待鳥 「エスカレーターもない。エレベーターも見当たらない」

リッカ 「……おねえちゃん。私、この場所を知ってる」

いのり 「え?」

待鳥 「どうした?」

いのり 「この場所を知ってるって」

二兎 「(考え事をしている。会話には加わらない)」

待鳥 「実は、僕も……。でも、そんなはずは、」

いのり 「?」

 チクタクチクタク……と針が動いて、時計が二時ちょうどに。カラクリ時計がオルゴールのメロディを奏でだす。

待鳥 「この音……。やっぱりそうだ。ここは、あのデパートだとしか思えない。ほら、ねえ、地元の人間なら、みんな来たことがある」

二兎 「ごめんなさい。僕、地元こっちじゃないんで……」

待鳥 「この町には、昔、大きなデパートがあったんだ。でも……。あのデパートは、何年も前に閉店したはずで……。駅のむこうに新しいショッピングモールが出来て、最後のほうは赤字続きだったときいた。閉店した建物は取り壊されて、今はマンションが建っている。けど、見た目がそっくりなんだよなぁ。まあ、こんなデタラメにだだっ広くはなかったはずだけど」

いのり 「私たち、取り壊されたデパートにいるって言いたいの?」

二兎 「えっ(と視線を止める)――誰か、いる。(目をこらして)見間違いじゃない。りっかかも」

 全員、そちらのほうへ走る。

○デパート・中・オモチャ売場へ

 オモチャ売場に、沓掛が立っている。

 沓掛は真っ白な服を着ていて、宗教画に出てくる天使の服装のように見えなくもない。見様によっては、入院患者の患者衣のようにも見えるが。 

いのり 「この人が天使? なんかイメージと違う……」

沓掛 「驚いたな。この場所に、おれ以外の人間がいるなんて……。あんたたち、何者?」

いのり 「羽は?(沓掛の背中側に回って、羽がないかをじろじろ見る。羽はない)」

リッカ 「(も、控えめに沓掛の背中を確かめる)」

いのり・リッカ「(顔を見合わせて『どういうこと?』という風に、同時に首を傾げる)」

二兎 「もしかして、あなたもあの儀式をやって、ここに?」

沓掛 「(ストップ、のジェスチャ)まったく話についていけない。今日は何が起きているんだ? 頼むから説明を」

二兎 「わかりました。じゃあ、僕が(と挙手)」

× × ×(時間経過)

 沓掛 「なるほど。あんたたちは、その儀式とやらで、踏切を渡って、この場所に……。不思議な話だ。にわかには信じがたい話だけど、この場所では、どんなめちゃくちゃもありえない話じゃない気はする」

二兎 「この場所は何なんですか?」

沓掛 「さあ」

いのり 「ちょっと!」

沓掛 「待った待った。本当に、おれにもわからないんだって。生憎、おれはあんたたちが探している天使なんかじゃないし、そもそも、ここは、そんなイノセントな場所じゃない。ここは、おれの牢獄だ」

待鳥 「牢獄? 今、牢獄って聞こえた気がするんですけど……」

沓掛 「聞き間違いじゃない、そう言った。おれは、もう半年、このデパートにいる」

いのり 「半年?!」

待鳥 「えっ。半年間ずっと?」

沓掛 「(頷く)」

二兎 「りっかが心配だ……。りっかを探さないと」

沓掛 「りっか?」

二兎 「僕の恋人の名前ですよ。名前と言っても、本名じゃなくてハンネですけど」

いのり 「ハンネ?」

二兎 「ハンドルネームです。僕たち、ネットで知り合ったんで。ずっとそう呼んでて。会ったのは今日が初めてで、本名はお互い知らないけれど」

いのり 「本名も知らないのに、つきあってるの?」

二兎 「そうだよ。つきあって、もう三年になる。それが何か? いろんな形の恋愛があっても良いと僕は思うけど?」

いのり 「別にダメって言ってるわけじゃ……」

二兎 「りっかは僕の大事な恋人だ」

沓掛 「……六花。おれはつくづく、その名前に縁があるらしい(と独り言気味に)。おれがどうやって、ここに来たかを話そうか。おれに話せることは、それくらいしかないし。長くなるけど良い?」

いのり・リッカ・待鳥 「(頷く)」

沓掛 「今更知られたところで、別にどうなるわけでもない……。驚かずにきいてくれ。おれは、誘拐犯だ。十五年前に、この場所、このオモチャ売場で、七歳の少女を誘拐した。当時のおれは高校を卒業してすぐに就職して、慣れない仕事に……周りの環境も最悪で、ひどい不眠で眠れなかった。寝てもすぐに目が覚める。毎朝、朝は気分が最悪だ。そんな日が毎日続いて、もう、一年はまともに寝ていなかった。精神的に追い詰められて、病んで――。誘拐した。おれは、少女を自宅に監禁して、ある命令をした。毎日おれに、おはようとおやすみを言うこと。おれは人の声に飢えていた。自分以外の声と体温が部屋にほしかった。実家の二階の狭い部屋で、おれと六花の時間は、透明に過ぎていった。家族でもない。友達でもない。ただの他人同士が同じ部屋にいる。六花を誘拐してからは、ちゃんと眠れるようになった。……十五年。気が抜けたサイダーみたいなぬるい日が十五年続いて、この先も続くと思ってた。なのに、六花は絶対に許されない、言ってはいけないことを口にした」

 

○沓掛の部屋(半年前・昼)

 青いカーテンのむこうでは、雨の音がBGMのように鳴り続けている。 

六花 「沓掛さんは、好きな人、いる?」

沓掛 「なんだよ急に」

六花 「いるのかなーって」

沓掛 「(鼻で笑う)」

六花 「(何かを言おうとして、やめる)」

沓掛 「雨、強いな」

六花 「(話を聞いていない)」

沓掛 「(天井を見る。雨漏りを気にしている)な?」

六花 「え?」

沓掛 「雨」

六花 「あ、うん」

沓掛 「どうした?」

六花 「なにが」

沓掛 「どうかした?」

六花 「んーん」

沓掛 「そ」

六花 「……ねえ。沓掛さんにとって、私は特別?」

沓掛 「まあ、ほかでは替えがきかない存在だよな」

六花 「話したいことがあるの」

沓掛 「どうしたの――」

六花 「好き」

沓掛 「(六花の「好き」とカブって)――なんかめずらしい」

 喋るタイミングがカブって、六花が何を言ったかききとれなかった。

沓掛 「えっ?」

六花 「私、沓掛さんが好きです」

沓掛 「は? ちょっと待て。は。ちょっと待てちょっと待て。何を言っているんだ?」

六花 「(まっすぐに沓掛の目を見る)」

沓掛 「意味がわからない」

六花 「沓掛さんは、優しいし」

沓掛 「優しい? 優しいだって? おれが? 優しくした覚えなんて一度もない」

六花 「沓掛さんはいつも私に、いろんなことを親切に教えてくれる」

沓掛 「あんた。おれのこと、怖くないのか?」

六花 「怖い? なんで?」

沓掛 「どうかしている……。おかしいよ」

六花 「……ダメ?」

沓掛 「いいとか、ダメとか、そういう次元の話じゃない。ありえない。第一、なんで今、急に?」

六花 「急なんかじゃない。私は、ずっとずっと好きだった」

沓掛 「……本当に?」

六花 「(頷く)」

沓掛 「おれを好きだなんて……、気持ちが悪い……。本気でどうかしている。頭がおかしい。悪い冗談はやめてくれ」

六花 「(冗談なんかじゃない、というふうに首を横に振る)」

沓掛 「好きになられる資格なんてない。おれは、あんたに恨まれるべき相手だ」

六花 「恨んでないよ? 沓掛さんと出会ったのは、私の運命だったんだよ。私、この部屋にいられて幸せだよ?」

沓掛 「正気じゃない。マジで狂ってる。おれは、あんたを誘拐した犯罪者だ。昔、本で読んだことがある。ストックホルム症候群だ。心的外傷後ストレス障害……だったっけ。それだ、間違いない。おれが言っていることが理解できるか? とにかく、その感情は、まやかしで、ただの思いこみ、ただの錯覚だ」

六花 「違う、違うよ。私の気持ちを勝手に決めつけないで。私のことは私がちゃんと知ってる」

沓掛 「あんたは十五年間、一度もこの家の外にでていない。自分のことも、世界の在り方も、なにも知らないこどものくせに」

六花 「知ってる。私、こどもじゃないもん。私、この部屋の本は全部読んでる」

沓掛 「小説と現実は違うんだ。現に、あんたは水族館にさえ行ったことがないし。……ああ、そうか。あんたの魂胆がわかったぞ。デタラメ言っておれを騙して油断させて、その隙に、この部屋から逃げる気か」

六花 「そんなこと、」

沓掛 「うるさい」

六花 「きいて!」

沓掛 「……出て行け」

六花 「えっ」

沓掛 「今すぐ出て行け。二度と、ここには戻ってくるな」

六花 「どうして……」

沓掛 「うれしいだろ? これで自由だ。お望みどおり、家に帰れる。もう、こんな狭い部屋に閉じこもっていなくても良い。家族と感動の再会。めでたしめでたし、ハッピーエンドだ」

六花 「もしも私が家に帰ったら、沓掛さんはどうなっちゃうの? もしも私のせいで、沓掛さんが警察に捕まっちゃったら、私は私を一生許せない」

沓掛 「おれのことなんてどうでもいいさ。別におれが明日いなくなったって困る人間なんて、最初っから、この世界に一人もいない。そもそもが、おれは、この世界にいてもいなくても、どっちでもいい存在なんだ」

六花 「私のこと、嫌い?」

沓掛 「……ああ、嫌いだよ。ていうか、別に誰でも良かったんだ。淋しさを埋めてくれるなら、あんたじゃなくたって誰だって」

 六花、目元を抑え、部屋を出ていく。

 階段を駆け下りる足音。

 沓掛ひとりが残される。

沓掛 「これでいいんだ……。これでいい……。これで……、」

 短い暗転。(時間経過)

 沓掛、首にロープを巻く。椅子に立つ。

沓掛 「……ごめん」

 沓掛、天井に首を吊って自殺を図る。

 椅子が倒れる音――。

 暗転。

 

○(戻って)元のシーンのオモチャ売場

沓掛 「首を吊った次の瞬間、おれはここにいた。何故かはわからない。死んだと思ったのに……。死んだ感覚は、はっきりあったのに」

全員 「(沈黙)」

二兎 「とにかく、僕はりっかを探す。こんなわけがわからない場所で、ひとりぼっちにはさせておけない」

 二兎、去る。

いのり 「なんか不思議な偶然……。『りっか』という名前の女の子が三人も……」

沓掛 「三人?」

待鳥 「あの……。あの赤い鳥居は、いつから、ああなんですか?」

沓掛 「赤い鳥居?」

待鳥 「あの壊れた鳥居ですよ。ルールでは、帰るときには赤い鳥居をくぐれと。あれが、ここの出口なんです」

沓掛 「鳥居が出口? このデパートに出口があるのか? あの鳥居は、おれが来たときから壊れているよ」

待鳥 「……そんな」

沓掛 「鳥居が壊れていようが、そうでなかろうが、どっちだって構わない。おれは、ここを出たいなんて思ったことは一度もない。この場所にいることは因縁だと思ってる。この牢獄に出口はいらない」

待鳥 「僕たちは、そういうわけには……。どうしよう」

いのり 「どうするの?」

待鳥 「ちょっと待って」悩む。しばらく悩むが、答えは出ない。

いのり 「また出た。きみはまたそうやって……。その点、二兎はすごいよねぇ。こんな状況なのに、りっかちゃんを探すと決めて、まっすぐで。どうしようなんて、いちいち迷わない。誰かさんとは大違い」

待鳥 「今、言う? 今、そんなことを言わなくても良くない? なにをそんなにカリカリしてるの?」

リッカ 「ちょっと……。二人とも……」

待鳥 「……いや、いのりの言うとおりだ。僕は、またこの期に及んで……。カフェモカかココアか迷っているのとはわけが違う。そうだね。迷っている場合じゃない。僕たちも、りっかちゃんを探そう。……あなたは?」

沓掛 「おれは、いつだって、このオモチャ売場にいる」

 待鳥、頷いて行く。いのりとリッカも待鳥の後を追う。

 リッカ、いのりと手をつなぐ。

リッカ 「お姉ちゃん。お姉ちゃんは、私がいなくても大丈夫だよね?」

いのり 「なに。どうしたの、急に?」

リッカ 「この先何があったとしても、お姉ちゃんは悪くない。それだけは覚えておいて」

 

○同・中・別の場所

  りっか、ぼうっと立っている。

 二兎、りっかを見つける。

二兎 「りっか! 良かった」

りっか 「(ぼうっとしていた様子から徐々に目の焦点が合っていくかんじ)」

二兎 「いよいよおかしなことになってきたよ。むこうに人が……」

りっか 「ねえ、二兎……。ここは何?」

二兎 「そのことだけど、きいてくれる? 僕はこの場所に着いてから、ずーっとそれを考えてた。目の前のこれをどう解釈すべきかを。で。これは、集団催眠じゃないかな、と考えた」

りっか 「集団催眠?」

二兎 「そう。催眠におちるときには、なにかしらのきっかけがある。テレビの催眠術ショーを思いだしてみて。目を閉じて……リラックスして……あなたはだんだん眠くなる……眠くなる……眠くなる……。あなたは今から犬になります(と言って、指をパチンと鳴らす)――ね? よくあるでしょ、こういうの。こんなふうに、言葉やリズム、みているもので、催眠状態に入るきっかけを作るんだ。僕たちも、それと同じことをした」

りっか 「(首を振る)私たち、何もそんなこと……」

二兎 「やったじゃないか。僕たちは、どうやってここに来た?」

りっか 「え。どういうこと?」

二兎 「天使踏切。あの手帳に書いてあったルールだよ。開かずの踏切の前に立つ。全員で、同じ呪文を三回唱える。立ち止まらず、振り返らず、全員でまっすぐ歩く。催眠術への導入と似てると思わない? ルールの手順をやったことで、僕たちの非暗示性は高まっていた。そして、僕たちは全員、催眠術にかかった――――と、ついさっきまでは、そんなふうに考えてた。だけど、どうも違う。辻褄が合わなくなった。それだと沓掛さんの存在が説明できない。あの人は、呪文も儀式もやっていない。気づいたら、ここにいたと言っていた(と、後半だんだんと独り言のようになっていく)それよりも、僕たちがやるべきことは、ほかにある。出口をどうにかしないと……。りっかは見ていないと思うけど、出口の赤い鳥居がぶっ壊れてて通れないんだ。このままだと帰れない」

りっか 「ねえ、二兎……。私がここに来たのは偶然なのかな? 私、やっぱり、この場所知ってる。十五年前、このデパートで、女の子の誘拐事件があったの。当時七歳の女の子が誘拐された」

二兎 「どうして、その話を……?」

 待鳥たちも来る。が、二人の会話に入れない。少し離れた場所から、三人はそのまま立ち聞きする格好になる。

りっか 「あの日は、私もお父さんとお母さんとこのデパートに買物に来てた。伊藤六花ちゃん誘拐事件。次の日テレビでそのニュースを観て、そこに映った伊藤六花ちゃんの顔写真を見て、私、驚いたの。私、伊藤六花ちゃんの姿をこのデパートで見かけていたから。伊藤六花ちゃんと私は同い年で、当時、私も伊藤六花ちゃんも七歳だった。あの日、オモチャ売場で、背の高い男の人と目が合ったのをはっきり覚えてる。だけど、その人は、私には声をかけなかった。私の横を素通りした。そして、私よりも奥にいた伊藤六花ちゃんに声をかけた。二人は、少しだけ話をしていたと思う。そのまま二人は手をつないで、どこかへ行った」

二兎 「その話は、誰かに?」

りっか 「警察にも話したよ。だけど、こどもが言うことだと本気では取り合っていなかったんじゃないかと今は思う。犯人は見つからず、一瞬で消えた神隠しの女の子みたいに騒がれた。毎日、テレビで伊藤六花ちゃんの名前をきかない日はなかった。でも、時間が経って、だんだん名前をきく回数が少なくなって……。テレビはほかの目新しいニュースばかりをやるように変わっていって、誘拐事件を話題にしなくなった。伊藤六花ちゃんは見つかっていないのに……。こどもの私には、それがどうしようもなく怖かった。私が誘拐されなかったのはなんでだろうって毎日考えた。わかったの。私の見た目がかわいくなかったから。誘拐する価値がない、かわいくないこどもだったからだって。伊藤六花ちゃんは、選ばれなかった私の身代わりになったの。もしも私がかわいかったら……私が誘拐されていれば、あのコは助かったのに」

二兎 「簡単にそんなことを言っちゃダメだよ……」

りっか 「世間があの女の子を忘れても、私は一生忘れちゃダメだと思った。だから、私はネットの世界で、りっかを名乗るようになった。あの子の名前を絶対に忘れないように。今日は、カフェで、私以外の『リッカ』さんの名前をきいて驚いた。笑わないでね。私、その名前をきいた瞬間、伊藤六花ちゃんが私を呼んでいる気がしたの」

二兎 「笑わないよ。いのりの妹のリッカさんの話だね。だから急にあのとき、天使踏切にまぜてほしいって……」

りっか 「(頷く)」

二兎 「いのりの妹さんにも会ってみたかったね。今日は、残念ながら会えなかったけど」

 立ち聞きしていたいのりの様子がおかしい。その場にしゃがみこむ。

 二兎とりっか、いのりたちがいることに気づく。

待鳥 「ごめん。先に行ってて」

 二兎とりっかはオモチャ売場の方向へ先に行く。 

いのり 「今の話って……」

リッカ 「まだ、ここがどこだかわからない?」

いのり 「こんな場所、知らない」

リッカ 「本当に?」

いのり 「本当だよ」

リッカ 「私は知っている。私が知っているんだから、知っているはずでしょう?」

いのり 「何を言ってるかわからない」

リッカ 「私は誰?」

待鳥 「(心配して、そばに寄る)」

リッカ 「伊藤六花は、」

いのり 「伊藤六花は、私の、妹……? 私の妹は、十五年前に誘拐され……(頭を抑える) この場所で、私たちが目を離したちょっとの間に……。いなくなった……。何日経っても、帰ってこなかった……。警察が何回もうちに来て……、(振り返る)リッカ! リッカ?!」

 振り返るよりも早く、リッカの姿がスウッと消える。持っていた鞄だけが地面に残る。 

いのり 「リッカ、どこ?」

 いのりは必死で探すが、リッカの姿はもう見えない。

いのり 「そんな……」

待鳥 「まさか、見えなくなったの?」

いのり 「リッカは……いつも私の隣にいた妹は、最初から存在しなかった……」

待鳥 「うん。リッカは、きみが見ていた幻だよ。きみにしか見えていなかった。リッカは最初からどこにもいなかった」

 

○同・中・オモチャ売場へ戻る途中の通路

 りっかと二兎が歩いている。

りっか 「ごめんね。私のせいで、変なことに巻きこんで」

二兎 「気にしなくて良いさ。僕は、僕が決めてここに来たんだ。そんなことよりも、りっかに話しておくことがある。むこうに人がいるんだ。伊藤六花ちゃんを誘拐した犯人だよ。僕は、もう一度、あの人に会いに行く。ここから出るヒントになるかも。りっかは、どうする? ここで待ってる?」

りっか 「……行く」

二兎 「わかった。大丈夫。何かあったら僕が守るから」

りっか 「(頷く)」

 オモチャ売場に到着。

 沓掛と再会。

沓掛 「……ああ。まだ、ほかにもいたんだ?」

 りっか、沓掛の姿に怯える。沓掛の顔を覚えている。二兎の後ろに半分隠れる。

二兎 「(心配している)」

りっか 「(深呼吸。大丈夫、と示して前に出る)私のことを覚えていますか?」

沓掛 「?」

りっか 「私は、あなたの顔を覚えています。十五年前も、ここで、こうして目が合った。(意を決し)私、ずっと、もしもあなたに会ったら、どうしてもききたいことがあったんです。あの日ここで、あなたは私の前を素通りした。私じゃなくて、伊藤六花ちゃんを誘拐した。どうしてあのとき、私を選ばなかったんですか? 私じゃあダメだったんですか? 私では不都合があったんですか?」

沓掛 「悪いけど、覚えてないな」

りっか 「そんな……」

沓掛 「多分、意味はなかったんだと思う。誰でも良かったんだ。誰にするかなんて選ぶ理由もなかったし、そんな精神的な余裕もなかった。おれは毎日が、ただつらかった。それだけだ」

りっか 「私がかわいくないこどもだったから……」

沓掛 「こどもなんて、みんな大差ないだろ」

りっか 「誰でも良かった?」

沓掛 「ああ、誰でも良かった。どうにもならない地獄の中で、六花は、やっと掴んだ平穏だった。六花は、おれに睡眠を与えてくれた。なのに、六花は……。想定外だった。おれは、あの言葉をきいた瞬間、急に怖くなって全身が震えた。自分がとんでもない本当に取り返しがつかないことをやってしまったんだと急に気がついた。後悔が一気に押し寄せて、絶望を味わった。それで、手放す以外になかった。部屋から解放して家に帰すしかなくて。あの子が全部喋って、おれの罪が明るみに出るとわかっていても……。一番最初で間違えたんだ。おはようとおやすみを言ってくれるなら誰でも良いと思ったのは間違いだったんだ。あの子を選んだのが、失敗だった。あのとき、六花以外の誰かにしておけば良かったんだ」

りっか 「……何の話? 何の話をしているの?」

沓掛 「?」

りっか 「解放されて家に帰った? 誰がですか? 伊藤六花ちゃんは、まだ見つかっていません」

沓掛 「?」

りっか 「私はあれからずっと、誘拐のニュースが出ていないかはチェックしてます。伊藤六花ちゃんが見つかったなんてニュースは一度も出ていない」

沓掛 「まさか……家に帰っていない? なんで? じゃあ、六花は、今どこに……?」

 

○病院・中・病室

 六花は、沓掛の病室にいる。ベッドの上で、昏睡状態の沓掛。

 六花、鞄から沓掛の着替えを出して、畳んだ状態で机に置く。

六花 「着替え、ここに置いとくね」

 当然、沓掛は返事をしない。声が聞こえているのかもわからない。

 ベッドのそばに椅子を近づけて、座る。表紙カバーがない中原中也の詩集本を読み始める。

 病室の外の廊下で、看護師二人が噂話をしている。

看護師A「あのコ、今日も来てるみたいよ。六○三号室、沓掛さんのところの」

看護師B「ああ、妹さん?」

看護師A「あのコ、妹じゃないんだって」

看護師B「ええっ、そうなの? やだ私、てっきり……。妹さんじゃないなら、どういう関係?」

看護師A「それが、きいても答えないらしいのよ。自分の名前も言わないの。でも、すごいよねえ。半年間眠ったままの患者さんに、毎日毎日一日も欠かさずに、ひとりで、朝から夜まで付きっきりで、ああやって……。よっぽど大切な人なのかしら」

 看護師たちが廊下で話している間も、六花はずっと本を読んでいる。きりが良いところで栞を挟み、顔を上げ、沓掛の顔を眺める。

六花 「沓掛さん。私ね、沓掛さんのおばさんと友だちになったんだよ。……話したいこと、いっぱいあるよ。沓掛さん。起きて。もう一度、私に、おはよう、を言わせて……」

 

○デパート・中・オモチャ売場

二兎 「待鳥さんたち、遅いね。ごめん。ちょっと、あっちの様子を見てきて」

りっか 「う、うん」と去る。

 二兎と沓掛、二人きりになった後で。

二兎 「……気に入らないな。さっきから黙ってきいてれば、あなたのその、徹頭徹尾とことん自分勝手で被害者ぶった口振りが。あなたは許されないことをした。被害者じゃなくて、加害者だ。伊藤六花さんだけじゃない。あなたが、そのズルいエゴで、どれだけの人間の人生をねじ曲げたのか、わかってるんですか?」

 

○同・中・オモチャ売場へ戻る途中の通路

いのり 「リッカは、最初からいなかった」

待鳥 「…………」

いのり 「リッカはいない、リッカは私が見ている幻だって、どうして今まで言ってくれなかったの? 言うチャンスはいくらでもあったでしょ?」

待鳥 「……言えなかった」

いのり 「待鳥くんには見えていないのに、ずっと見えているフリをして……。私のこと、笑っていたんでしょ。かわいそうなやつと思ってたんでしょ」

待鳥 「何か事情があってのことだとは思ってた。きみは自分の中で整合性がとれなくなるような都合の悪い情報は、無意識に遮断してた。リッカが幻だと気づいた瞬間、いのりの何かが壊れてしまう気がして……」

 いのり、膝から崩れ落ちる。

 リッカがいた場所には、鞄だけがポツンと残っている。

いのり 「全部、思いだしたよ……。私の本当の妹は、このデパートで、十五年前に誘拐された。ある日突然、それまではいた妹がふっと消えたことが、こどもの私には理解できなかった。妹はどこに行ったの、とお父さんとお母さんに何度もきいた。お母さんは『いるよ』って。『六花はちゃんといるよ』って。お母さんは泣いていた。だから私、それ以上は聞けなかった。妹はいないのに、お母さんはいるって……。私は、わけがわからなくなった。そのあとは覚えてない……。気がつけば、あのリッカがいつも私の隣にいた。本当の妹のことは全部忘れて、あの幻のリッカが代わりに隣にいてくれた。小学校でも、中学でも、高校も、大学も、大人になっても、ずっと今日まで隣に、」

 いつもリッカがいた側を見るいのり。

 だが、そこにもう、リッカはいない。

待鳥 「でも。もう見えなくなったんだね? いのりが全部思いだしたから……。いのりは何も悪くない。リッカが消えたことは、僕にとっても悲しいよ。姿は見えなかったけど、リッカのことは大事な友達だと思ってた」

いのり 「待鳥くんだけじゃない。お父さんもお母さんも友達も、みんな、私に何も言ってくれなかった。みんな、私のこと、頭がおかしいと思ってたんでしょ? みんなみんな私を……」

待鳥 「それは違う。みんな、いのりを大事に思っていたからこそ、」

いのり 「私、もうわからない。信じてきたものが、ここに来て全部崩れ去った。私、なにを信じたら良いのかな……」

待鳥 「(手を伸ばす)」

いのり 「やめて! 触らないで!」立ち上がる。

 待鳥、後ろから、いのりを抱きしめる。

待鳥 「結婚しよう」

いのり 「なに言ってるの。冗談言ってる場合じゃ……(と笑う)」

待鳥 「いのりは、僕はなんでも持ってると言ったよね。そんなことないよ。僕の父親は、とんでもないプレイボーイだった。プレイボーイなんて言葉は死語かもしれないけど、僕はあの人を形容する言葉をほかに知らない。あの人はいつも外に恋人を作ってた。母さんも、あの人の浮気を知ってからは、対抗するみたいに男遊びを続けてた。きっと、あの人の気を引きたかったんじゃないかな。そんな母さんを捨てて、あの人は、僕がまだ小さかった頃に家を出ていった。出ていったあの人は再婚して、そこでまた別の恋人を作って、三番目の家で死んだらしい。僕はその最後にも立ち会っていないよ。僕は毎日家の鍵を自分で開けて、誰もいない部屋でごはんを食べて、朝は、家の鍵を締めて学校に行った。そんな日がほとんどで、家に帰ったときに電気がついていたことなんて、滅多になかったよ。こどもの頃から、僕はひとりで絵ばかり描いていた。ほかの家族が羨ましかった。こんな僕がそれを望んで良いのか、自信がなくて、ずっと前から言うか迷ってた。僕は、幸せな家族をつくりたい。僕の願いをかなえて。いのり、僕と家族になって。僕は、いのりじゃなきゃダメなんだ。僕と、結婚してください」

 りっかが来る。

りっか 「あっ……(見てはいけないところを見て気まずい)」

 二人、バッと離れる。

待鳥 「違っ。いや違わないけど、これはその……」

 りっか、逃げるように去ろうとする。

いのり 「ストップストップ。行かないで。余計気まずいから!」

 合流し、リッカの鞄は待鳥が持って三人歩きだす。待鳥が先頭。

いのり 「(小声で)さっきのことは、二兎には秘密に……」

りっか 「ぐふふふふふ」

いのり 「ちょっと、りっかちゃん? なにその怖い微笑みは」

りっか 「(構わず進む)」

いのり 「りっかちゃん? ちょっと! りっかちゃん?!」

 いのり、りっかを追って小走り。待鳥もその後に歩いて続く。

 

○同・中・オモチャ売場

 初めて全員が集合する。

待鳥 「それにしても……。僕たち、いつまで、ここにいなきゃいけないのかなぁ」

二兎 「帰ります?」

いのり 「いやいやいや。それができたら苦労はしないんだって」

二兎 「帰れるよ、多分(あっさりと)」

いのり 「は?」

待鳥 「だって、出口の赤い鳥居が……」

二兎 「うん。あれはさすがに通れません。僕はずっと、この場所が何なのかを考えてた」

りっか 「集団催眠?」

いのり 「なにそれ」

りっか 「さっき、二兎がそう言ってたの」

二兎 「うん。さっきはそう言った。でもね、実際には違った。まあ、そのまま集団催眠と思ってくれていても良いけどね。そんなにニュアンスは、遠くはないよ。ここは、多分、無意識の世界」

いのり 「あのさあ。いちいち難しくてわかんないんだけど。もっと簡単に話せない?」

二兎 「じゃあ、催眠術に例を戻そう。そっちのほうが説明しやすいし。りっかには話したけど、催眠術にかけるには、誘導が必要だ。それと同じで、催眠術を解くにも手順がある。私が指を鳴らすと、あなたの催眠が解けます。スリー、ツー、ワン……(指をパチンとさせる)ってね」

いのり 「んで?」

二兎 「まあ、今のは半分冗談として。赤い鳥居は、あらかじめ用意されたわかりやすいアイコンに過ぎないってこと。つまりはね、出口はなければ、新しく作れば良い」

いのり 「作るって、どうやって?」

二兎 「そんなの何でも良いよ。そこらへんにあるもので。たとえば、これとか……。これをこうして(と大きなオモチャの箱を縦に重ね始める)」

いのり 「本当にー? 本当にうまくいくの?」

二兎 「信じるか信じないかは、あなた次第」

いのり 「うさんくさっ」

 二兎、出口を作っていく。オモチャの箱をテトリスみたいに何個も積み上げて、門の形にしていく。

 りっかと待鳥も加わる。

 しばらく遠目に見ていたいのりも参加する。

 高いところに手が届かないりっかに、沓掛が近づく。

沓掛 「手伝うよ」

 沓掛も加わり、全員で協力して即席の門を作る。

 完成。

いのり 「ふう。本当に、これで大丈夫? 見た目、だいぶ不安なんだけど……」

二兎 「大切なのは、全員が、これは出口だとちゃんと心の底から信じることだよ。一人でも疑っていたら、うまくいかない」

りっか 「私は二兎を信じる」

待鳥 「僕も乗る」

いのり 「まあ、それ以外に方法はないみたいだし?」

 全員で意識を合わせる。帰りたい、と願う。

 いのり、門をくぐる手前で。

いのり 「(沓掛に)あなたが誘拐した女の子は、今どこに?」

沓掛 「本当に知らないんだ」

いのり 「一発、いや百回殴っていい? 私と、妹と、私たちの家族の十五年ぶん」

沓掛 「あんた、名前は?」

いのり 「伊藤祈(いとう いのり)」

沓掛 「あぁ……。六花は、よくあんたの話をしていたよ。優しい自慢のお姉ちゃんだと言っていた。殴りたきゃ好きなだけ殴ればいい」

いのり 「……。(溜息)やめた。あなたが本物の天使だったら良かったのに。そしたら、私の本当の妹をうちに返して、とお願いできたのに」

 いのり、門をくぐる。――姿が消える。

 待鳥、りっかもあとに続く。――姿が消える。

二兎 「うまくいったみたいだ(と一安心)」

 二兎と沓掛だけが残っている。

二兎 「行かないんですか?」

沓掛 「…………」

二兎 「僕は、あなたが嫌いだ。僕は、僕のりっかを傷つけた人間を一生許すつもりはない。だから、あなたのことなんて心底どうでもいいけど、だけど、ずっと、ここにいるのは卑怯だと思う。誘拐された女の子がまだ見つかっていないというのなら、あなたには、やるべきことがあるんじゃないですか?」

 言い残し、二兎はゲートをくぐる。――姿が消える。

 残された沓掛。

 それでも尚、躊躇う。

 心を決めて、一歩前に足を踏みだす。

 ステージ上を、黒い蝶の群れが所在なく、ゆっくりと舞っていく。
 

○病院・中・病室 

 ベッドの上、沓掛の指先がピクッと動く。ゆっくりと目を覚ます。(沓掛は、前シーンと同じ白い服=入院患者衣)

六花 「(息をのむ。言葉にならない)」

沓掛 「……六花、」それ以上は言葉が出ない。身体を起こそうとする。が、力が入らない。

六花 「(沓掛の手に手を重ねる)おはよう」

 

○元の世界・開かずの踏切の前(夕)

 りっか、いのり、待鳥が立っている。 

いのり 「戻ってこれたの?」

りっか 「そうみたい」

 二兎も遅れて現実の世界に戻ってくる。

二兎 「ただいま」

りっか 「おかえり」

 全員、しばらく無言。色々あって疲れたように、あるいは帰還を噛みしめるように。

 振り返っても、デパートはない。

 陽が暮れ始めている。

いのり 「なんだか長い夢を見ていた気分……」

りっか 「おかしな一日だったね」

待鳥 「(両腕を挙げて伸びをする)僕たち、行くね」

二兎 「はい。お元気で」――二人、握手を交わす。

 いのりと待鳥、歩きだしてから。

いのり 「待鳥くん。さっきの話……。いろんなことがありすぎて、今は答えが出せない。考えさせて?」

待鳥 「すぐに答えを出さなくていい。いつも僕が迷って、いのりを待たせてばかりだったから。今度は僕が待つよ。好きなだけ考えて」

 いのりのほうから待鳥と手をつなぐ。いつも、いのりとリッカが手をつないでいたのと同じように……。手をつないだまま、二人は去っていく。

二兎 「僕たちも帰ろっか。駅まで送るよ」

 残された二兎とリッカも二人歩きだす。

 一緒に歩く。

 無言のあと、二人同時に――。

りっかと二兎「「また会ってくれる?」」

 二人、くすっと笑う。

りっか 「待って(と、ゆっくりマスクを取って、初めて素顔を見せる)私の名前は、河津恵(かわづめぐみ)」

二兎 「僕の名前は、戸田兎貴雄(とだときお)。恵、またね」

りっか 「うん。またね」

二兎 「今度の休みの日は、一緒に映画を観にいこう」

 (了)


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