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非日常

使用機材の到着遅れを理由に出発が遅れた搭乗便は、その影響をそのまま引き継ぐ形で15分遅れて伊丹空港に着陸した。
それは乗り継ぐ予定だった高速バスの出発時刻でもある。
電子機器の使用制限が解除されるや、すぐに代わりの経路を検索する。
元々余裕のない旅程だったので、いよいよ綱渡りを強いられる事になった。
バスにさえ乗ってしまえば京都までは1本で行かれたんだが。
調べてみると3つの路線をうまく乗り継げば、なんとか約束の時間までにたどり着ける算段はついた。
少しホッとするものの、土地勘のない場所で、一つでも乗り換えをミスるとアウトとなる状況に緊張感が高まる。
待ち合わせの駅へは京都からさらにローカル線で5駅ほど要するのだが、おおよそ15分に一本の列車に乗り遅れれば、約束の時間には到底間に合わない。
若い頃は遅刻しても平気だったのが、いつからか時間には余裕を持たせるようになってきた。
間に合う、間に合わないの、あのハラハラした感じに耐えられなくなってきたわけです。
成長したのか、弱くなったのか?
なので久々のハラハラ感である。


還暦を過ぎてしばらく経つ。
身体が満足に動くうちにやりたい事をやっておこうと切実に思うようになった。
行きたい場所はたくさんあるし、食べてみたい料理や、観ておきたい映画もあれば、撮影にだって出かけたい。
まだまだやり残したことはたくさんある。
そんな中で、ふと、まだ日本五大色街を制覇してなかったなぁと思いだした。
誰が言い出したのか、すすきの、吉原、金津園、雄琴、中洲をそう称するのである。
良い子の皆さんは何のこっちゃ?な感じでしょうが、紳士の皆さんはお分かりになるでしょう。
例のアレです(noteなんで自粛)
まぁ制覇したからどうって事でもないんですが。
まだ若かりし頃、憧れとともに、きっともっと大人になったら全国制覇してるんだろうなぁ!なんて考えてたんですが残念ながらこの歳になっても未達成でした。
吉原はお膝元なんで訪問済です。
仕事先の付き合いで金津園へは行ったことがありました。
もう30年くらい前だから朧げな記憶しかないんですが(遠い目)
すすきのは数年前、野望達成のために訪れています。
残るは雄琴と中洲ですが、距離的なこともあり残されたハードルは高い。
特に雄琴なんて名前は知ってても、具体的な場所すら知りませんでした。
調べてみると琵琶湖のほとり、京都から15分程度の場所であることが判明。
他の色街が歴史的な背景もあるのに比べて、雄琴は比較的新しく、意図的に作られた街であることがわかる。
なかなか興味深いです。
アクセスも他とは比べ物にならないくらい悪い。
最寄駅からは車でないと辿り着けない場所です。
逆に言えば、男たちが欲望を果たすためだけに作られたその一角は、今となっては唯一無二の場所とも言えそうです。
さらに調べると日本三大の称号を得るお店が、ここ雄琴にある事を知るわけです。
となると行かない理由は少ない。
お財布事情くらいだな(それが一番でかいんだけど)


指定された駅に、指定された列車で到着し、山と湖に挟まれたホームに降り立つ。
なんとか無事辿り着いた。
すでにちょっと達成感すらある。
降りる客はまばらだ。
地元の人と思しき人たちと、多分俺と同じ目的と思われる男性が数人。
改札を抜けるとロータリーにタクシーが客待ちの列を作っている。
駅の大きさに比べると明らかに不釣り合いな台数だが、それなりに需要はあるのだろう。
少し離れた場所に指定の高級ワンボックスが見えた。
名前を告げ乗り込むと、先客が2名、後から1名が程なく到着し車は出発した。
ドライバーも含めてみんな無言だ。
ジャズの曲が静かに流れる。
郊外の住宅地のような街並みを抜けて幹線道路に出る。
琵琶湖は直接は見えないが、その存在を感じる風景を眺めながら、有名メーカーの工場を超えてしばらく走ると雄琴の一帯に到着する。
通称「川筋通り」へと右折すると店の外観が見え始める。
心地よい緊張感を久しぶりに味わう。


さて遠征となるとクリアしなければならない事がいくつかある。
予算や時間を含めて本当に実現できるのか、検討することにした。
さすがに無茶はできない。
京都へは新幹線で行くか、空路伊丹へ飛んで戻るルートがいいか迷ったんだが、マイル利用すると足代がかからないので空路を選択。
お店のホームページを見ると、初めての来店客限定で太っ腹な割引設定があり、トータルの出費もなんとか実現可能な範囲に収まりそうだ。
日本三大の一角を担うだけあってキャストさんもみんな素敵そうです。
割引適用の条件として二日前から予約可能となるので、人気のキャストさんは埋まってることは想像に難くない。
さらに、ここのお店は独特のシステムで、スタート時間があらかじめ設定されている。
演劇や映画とおなじスタイルです。
なので、そもそも希望の枠に入り込めるかすら危うい。
すでに休暇は取得済で、帰りの便を考えるとピンポイントでひと枠しか行けない状況なので、ここがダメなら諦めるしかない。
予約当日。
予約開始の時間は電話がつながりにくいだろうから、しばらく待ってからコール。
まぁダメ元な気分ではあります。
何事も縁だからね。
恐れていた通話中ではなくコール音にホッとしつつも、なかなかつながらない。
数コール目でやっとつながると、女性の声で案内が始まる。
男性スタッフを想定していたのでちょっと照れ臭い。
初めての来店である事を告げ、希望の日時を伝えると枠が取れるとの事(心の中でガッポーズ)
この時点で2名のキャストから選べるがどうするか聞かれる。
多分名前を聞いてもわからないのと、HPで当日の出勤メンバーを見ると率直に言って誰が担当でも満足できそうだったのでお任せすることにした。
そう告げるとスタッフの女性も我が意を得たりとばかりに、当店のキャストは全員ご満足いただけると思いますと自信の程を窺わせた。
その後丁寧にシステムや注意事項を案内してくれます。
スタッフの電話応対だけで、さすが日本三大を謳うだけの事はあるなぁと感心しました。
あとは当日、指定時間に遅れないだけだな。


「川筋通り」をしばらく走り、突き当たりが見え始めた頃、車は店の駐車スペースへと滑り込む。
リゾート感のある玄関から4人のスタッフが現れて、到着したゲストにマンツーマンで店内へと案内されます。
入り口で消毒を促されて奥へ進むと、照明を落とした高級ホテルのようなラウンジが現れる。
正面奥にはバーカウンターがあり、別のスタッフが飲み物の準備をしている。
一体スタッフだけで何人いるんだろうか?
壁際に並んだソファに案内され、ドリンクの注文を聞かれる。
どうやらアルコール類もOKのようで、ビールを注文しているゲストも見えた。
スタート時間よりだいぶ早い時間の集合で、アンケートに答えたりしながらも正直手持ち無沙汰ではある。
とはいえ、非日常感満載のこの空間にいること自体がある種のエンタメでもあり、待っている時間も楽しくもある。
もしかするとこれも演出なのかもしれない。
次第にワクワク感が高まり、時間が近づいたところでスタッフが現れる。
「もう間も無くご案内となります。スマホ・携帯電話などの電源をお切りください」
確かによこしまな行為を牽制する意味もあるんだろうけど、スマホの電源を切ることで、完全に日常から切り離されることになる。
見知らぬ高級ラウンジで、見知らぬ女性との出会いを待つ時間。
今までに味わった事のない感覚だ。
やがて照明が落ちあたりは一瞬真っ暗になる。
正面のバーカウンターの手前にサイドライトが点き、そこだけステージのようになる。
すると奥から白のドレスに身を包んだ総勢8名のキャストさんたちが現れると、前後2列に並んで深々とお辞儀をする。
照明の関係ではっきりとは見えないが、皆とても素敵な女性達だろうという事が伺える。
まるで舞台を見ているようだった。
ふわふわとした心持ちで、現実感のないひと時を味わっていると、やがてキャストさん達は、それぞれのゲストのもとへと散る。
多分顔馴染みなのだろう、小走りに手を振りながらゲストに駆け寄るキャストをぼんやり目の端にとらえながら、こちらへと歩を進める今日のお相手が目に入る。
黒髪ショートカットが印象的な掛け値なく美しい女性が名前を名乗り、丁寧に挨拶をする。
スリムで均整の取れたプロポーションがドレスの上からでも推しはかれる(心の中でガッポーズ)
顔をあげて一瞬見つめ合う。
切れ長の目、綺麗に通った鼻筋、果物の名前を冠したアーティストにも似たオーラを纏いながら、ふと人懐っこそうな笑みを浮かべると「失礼します」と言って頬を寄せた。

非現実の幕開けです。

(妄想diary)

※画像はAI生成イメージ画像です。

創るのが好きな妄想系中年。写真、旅、映画