2016-0409-インソムニアカバー

■怪奇的世界へ誘う十の御題

お題配布所:リライト http://lonelylion.nobody.jp/

01 ふと現れた不思議な依頼人
「やあ」
 その男は一見、優しげに笑った。
 タオ――蘆屋道摩はしげしげと、その男を眺めた。
 銀髪。紫の目。知的な顔立ち。細身の長身だが、脆弱さは感じられない。白い立襟のシャツに濃灰のズボン、白灰のジャケット。殆ど色彩がない。タオも大して変わりないが。
 そこまで観察し、タオはぐるりと周囲を見回した。――岩山の頂上。頭上には月。眼下は雲海が埋め、月光を反射している。いつも通りだ。いつもの、夢の光景。
「……人の夢に、無断で入って来るとはな。どちら様」
 タオは笑い顔で、そう投げ掛けた。その間に、シュッ、と黒い袖口から掌の中に、【針】を落とす。それが見えたか、男は微笑んで両手を上げた。
「不躾なのは承知してるよ。すまないね。取り敢えず話だけでも、聞いてくれないか。その物騒なものを投げるのは、その後でも遅くないだろう?」
 タオは苦笑した。見破られる程雑な動きをしたつもりはないが、この男も相当目敏いようだ。針を指に沿わせたまま、軽く肩を竦める。
「まあ、話をしたいなら、どうぞ」
「ありがとう、タオ。――自己紹介が遅れたね。私はハルアキ」
 男――ハルアキはにこりと笑い、パチンと指を鳴らした。
 途端に二人は、図書室にいた。いや、書斎か。周囲を高い本棚が埋めている。天井は見えない。高さと暗さで。そして二人は対面で、革張りのソファに掛けていた。絶妙な掛け心地である。成程、ここはハルアキの夢≪フィールド≫か。タオは再び苦笑する――他に表情選択の余地がない。
「夢は便利だな」
「まったくだね。何か飲物でも?」
「そうだな――ウイスキー」
「残念だがアルコールは用意してないんだ。寝られては困るからね」
「寝てるだろ。【今】」
「【更に】寝られてしまっては、話も出来ない」
「……ああ」
 そうか、とタオは肩を竦める。今はレム睡眠中か。
「それじゃ珈琲」
「了解した。私は紅茶にするよ」
 パチン、と指が鳴る。テーブルにカップが二つ、現れる。湯気の上がるカップからは、芳醇な香り。タオはカップを取りながら、もう一度呟いていた。
「本当に、夢は便利だぜ。――で?」
 ブラックのまま口を付けながら、タオはハルアキを見やった。上目遣い気味に。
「俺に話って」
 ハルアキは真顔になった。
「まず結論から云う。仕事を手伝わせて貰いたい」
 タオは眉根を寄せた。
「話がわからない」
「だろうね。では順を追って説明する」
 ハルアキは紅茶を一口飲み、口火を切った。
「私は夢≪ここ≫から出られない」
 タオは首を傾げた。
「あんた、夢魔≪インキュバス≫じゃないのか」
「それは違うね。ただ、では何かと問われると、非常に困るんだ」
「そもそもあんた何者なんだ」
「それがよくわからないんだよ。覚えていなくてね」
「ふうん」タオは肩を竦めた。「それは、あれだな。何かやらかして、閉じ込められたとかだな」
「そんなところだろう。記憶はないけれどね。事実私には、使命が課せられている」
「どんな」
「六六六、人の願いを叶える事」
「……それはそれは」
「勿論、悪事は除いて」
「そりゃそうだろうな。で、六六六の願いを叶えると、夢≪ここ≫から出られるのか。でもそのカウントは、誰がやってるんだ」
「それもわからない。ただ、電話が掛かって来る」
 ハルアキはデスクを指差した。PHC≪ピック≫(パーソナル・ハンディ・コンピュータ)が伏せられている。なかなかハイカラだ。
「カウントとジャッジが告げられる。時には、カウントされない事もある」
「……永遠に、無理なんじゃないか。その務めを果たすの」
「私もそう思わないでもないが、それでもだいぶ積み上がって来た。先日、六〇〇を超えたよ」
「それはおめでとう」
「しかしそれ以後、依頼人が減って困っている」
「依頼人?」
 タオは改めて、書斎を見回した。
「来るのか? 夢≪ここ≫に?」
「ああ。困り事がある人間なら、ここに来られる」
「ふうん。それが減った?」
「困っている人間が減ったのならいい事なんだろうがね」
「同感だね。ただ、そうも思えないが」
「ここへの道≪ルート≫が若干、難しくなったんじゃないかと推測してる。私は。管理側は余程、私を自由にしたくないらしい」
「……相当の問題児なんだな、あんた」
「君が云うかな」
 ハルアキはさらりと返しておいて、続けた。
「そこで、だ。最初に戻る。君の仕事を、手伝わせてくれないか」
 タオは目を眇めた。
「残念だが手は間に合ってるよ」
「知っている」
 ハルアキは少し、身を乗り出した。タオを凝視する。
「通り名はタオ。本名は蘆屋道摩。拝み屋としての腕は一級品だ。ただ些か、強過ぎるきらいはあるようだね。むしろ抑制するのに苦労している」
「……よく御存知で」
「情報収集と調査も適切。しかし一考の余地もないかな? 私なら、君にない手段を持っているよ」
「人の夢を盗み見する訳か」
「盗み見とは人聞きの悪い。――まあ、その通りだけれど」
 いっそ悪びれずに、ハルアキは笑う。タオはそれ以上追及しない。タオとて、人の事を云えた義理ではない。その無言に食い付くように、ハルアキは更にメリットを挙げた。
「それに君の力。制御するのに、協力出来ると思うよ」
「……」
 カップを持つ指に、僅かに力が入った。
 それは確かに、かなり強力な餌だった。しかし食い付くには大き過ぎる。このハルアキという人物が、どこまで信用出来るものやら。下手をすればタオの命――どころではない、広範囲を巻き込んだ大惨事だ。そもそもまず、信用出来る人物ではあるまい。【何か】やらかして、夢に【収監】されているのだから。
「……ありがたい申し出だけど、それは丁重にお断りする」
 露程も表情を変えず、タオは返答した。珈琲をすする。
「旨いなこれ。――情報収集に関しては、確かに、手があれば助かる事はあるだろうな。けど報酬払ってまでって程、困ってはいない」
「報酬は不要だよ。そもそも金銭を貰っても、私には無意味なんだから」
「そうだな。あんたにとっては課題のクリアが報酬って訳だ。でも人の仕事を手伝って、それで仕事としてカウントされるのか?」
「さあ、そこは何とも云えない」
「不確実過ぎないか」
「まあ、駄目なら仕方ない。という事で話が前後したが、まずはお試しで一回、組ませて貰えないかと思ってる」
「それを先に云えよ」
「すると考えて貰えるのかな」
「それとこれとは話が別だ」
 澄ましてかわした後、タオは改めてハルアキを眺めやった。
「で、何で俺だ」
 ハルアキは「?」とタオを見返した。短過ぎたか、とタオは言葉を補って再度尋いた。
「他にも拝み屋はいるだろう。それも、あんたの申し出を喜んで受けそうな、【困ってる】拝み屋が。何でわざわざ、俺に話を振って来たんだ」
「そりゃあ――」ハルアキは真顔で云った。
「顔だね」
 タオは僅かに、姿勢を崩した。
「……寝言は寝てから云えよ。寝てるか。寝言だな」
「生憎と私にとってはリアルな時間だよ。まさか君、自覚がないのか」
 ハルアキは目を丸くした。
「君は美しいよ。鴉のようだ」
「誉め言葉になってないぜ」
 タオは溜息混じりに返した。
 ――漆黒の髪と、柘榴のような紅い目。スラリとした、筋肉質の長身と相まって、拝み屋らしい――と評される事はある。だが〝美しい〟とまで云われる様相ではないと思う。同じ業界人の頼信≪ヨリノブ≫などは誉めてくれる(事もある)が、それは友人としてだ。黒ずくめの服装も手伝って、〝不吉〟と思われる事の方が圧倒的に多い。実際不吉なのだ。お前は出歩くな、歩くと死体に当たる――と馴染みの刑事に言われた事もある。俺に云われても困る、とは思うが。
「何を云ってる。知らない筈がないだろう。鴉は太陽の意味を持つんだぞ。それに鴉の濡れ羽色と云えば、黒髪としては最上級の――」
「俺の容姿の話はどうでもいいだろうが」
 ぶっきらぼうに、タオはハルアキを遮った。――ハルアキは、やれやれ、と首を振った。
「鈍感も度を越すと腹立たしいね。君の友人はさぞかし、気を揉んでいる事だろう」
「だから訳のわからない話で煙に巻くな」
 タオは憮然と珈琲をすすった。
「それで。俺に話を持って来た理由は何だ。冗談じゃなく本当に」
「冗談ではないんだが」
 ハルアキは不本意そうだったが、押し問答をしても仕方がないと思った――のかどうか。更に理由を挙げた。
「そうだね……こんな事を云うと、矛盾しているようだが。正直、私の申し出に喜んで食い付くような二流には、興味が持てなかった」
「成程ね」タオは天井を仰いだ。「その方がむしろわかるよ。でもそうすると、申し出は受けて貰えない――可能性が高い、か。二律背反だな」
「困っているんだよ、私も」
 タオは視線を戻した。ハルアキへと。――夢の囚人は、確かに、困り果てたような顔をしていた。それが演技でないという保証は、どこにもないが。
 タオは半眼で、猶もハルアキを凝視した。――ぽつりと尋く。
「情報収集、と云ったっけか。具体的には何が出来るんだ」
「占いと、夢見だね」
 ハルアキはにこりと笑った。
「まあ、出来ない事も多いが。でも占いはかなりの精度だよ」
「そいつはありがたいね。――あんたと会えるのは、俺が寝てる間だけか」
「基本的には。方法はないでもないけれど」
 ハルアキは立ち上がると、デスクの抽斗から何か取り出した。イヤーカフスだった。血のように赤い。片耳分しかない。
「これを着けていれば意思疎通は出来る。ただ、あまり気持ちのいいものではないよ。電話……と云うよりテレパスだからね」
「そいつはゾッとしないね」タオは肩を竦めた。
「もう少しいい方法はないか」
「そうだね。考えてみてもいいが」ハルアキはやや視線を強めた。
「受けて貰えるのかな」
「もう一つ。あんたいつ寝てるんだ」
 直答はせず、タオは更に尋いた。ハルアキはすぐ答えた。
「日の辻を挟んで、約三時間程」
 やや古風な云い方を、ハルアキはした。日の辻とは正午の事だ。タオは頷いた。
「その間は連絡不可か」
「そうなるね。――私も寝ないと持たないんだ。自分でも不思議だがね。だが、私が悪魔ではない、という傍証にはなるだろう」
 ハルアキは微かに、片頬を上げた。
「寝ない生き物はいないからね」
「道理だな」
 タオは珈琲を飲み干すと、カップを置いた。立ち上がる。
「明日、仲介屋と会う事になってる。どの程度の案件か、話を聞いてみないとわからない。手を借りる程じゃないかも知れないが、とにかく、明日もう一度来る」
 ハルアキは正直に、目を大きくした。
「本当かい。――ありがとう、タオ」
「云っとくけど」
 タオは釘を刺すように、人差指をハルアキに突き付けた。
「お試しだ。この先の事は何も約束しない。いいな」
「勿論」
 にこりと笑うハルアキに、タオは素っ気なく背を向けた。
「それじゃ帰る。俺も寝ないと持たない」
「――ああ。ちょっと待ってくれ」
 行きかけたタオの腕を、ハルアキは取った。再び、ソファに座らせる。
「そう急がなくていい。私がちゃんと送り返すよ。――大丈夫。睡眠不足にさせたりはしない」
 そしてハルアキは、すっとタオに顔を寄せた。タオが何か反応する前に、唇を額に触れる。
「おやすみ、タオ」
 すうっ、とタオの意識は遠のいた。
〈了〉

■ハルアキ(安倍晴明)とタオ(蘆屋道摩)のコンビです。何かのパロではなくて、オリジナルです。一応。
■本編として想定していたものとは違いまして、セルフパロというか別バージョンというか。キャラを固定化するための習作、という意味もあります。長年書きたいと思って来た割には、決まらなかったんだこの2人……。
■プロローグ(と云うか設定説明)なのでちょっと長めになりました。次からはSSです。

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