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森見登美彦氏とわたし

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森見登美彦氏との出会いによって、大きく人生が変わったと思っているわたしが、森見登美彦氏について語るエッセイ
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森見登美彦氏とわたし【聖地に住む編】エピローグ

京都へ移り住む前。 まだ東京に暮らしながら、京都のパートナー宅へ通っていた頃。 金曜の夜に新幹線に飛び乗って京都に着き、JRと京阪を乗り継いだり、バスに乗って出町柳界隈のパートナー宅へ向かう。 ある時、 試しに京都駅から歩いてみた。 三月の、しとしととした雨が降る夜。 自然と口からこぼれる「迷子犬と雨のビート」 あの夜のにおいとか、湿った空気の冷たさとか、濡れた路面を照らす街頭の侘しさとか、ざわざわとした気持ちとか。 いつまでだって思い出す。 京都への移住を決意したのは、あ

森見登美彦氏とわたし【聖地に住む編】恋文の技術の巻

今年の暦が、「恋文の技術」と同じってこと、お気づきですか? 劇中と同じで、11月11日が土曜日です。 いいですか、14時に大文字の火床。 または、13時に銀閣寺です。 さて、いつものように、森見的聖地に引っ越したことをテーマとしたエッセイ。 私は学生時代には東京に住みつつ、京都に住む年上のパートナーと遠距離恋愛をしていた。 社会人になってから、遠距離恋愛の雲行きが怪しくなった。 遠距離恋愛とはとても難しいものなのだ。 音を上げたのは私の方で、パートナー宅へ転がり込むように

森見登美彦氏とわたし【聖地に住む編】有頂天家族 二代目の帰朝の巻

東京から京都へ移住した私は、いくつかの温泉と出会った。 なにしろ、私は温泉好きだったのだ。 くらま温泉や北白川ラジウム温泉といった京都市内の温泉、お隣の奈良県や三重県など、ハイキングに絡めて多くの温泉を知った。 兵庫県の城崎温泉、西伊豆の堂ヶ島温泉と並び、私がたびたび足を運んだ温泉がある。 兵庫県の有馬温泉だ。 六甲山ハイキングとセットで訪れることがほとんどで、疲れた身体を癒すにはとてもよい温泉だったことを覚えている。 この有馬温泉。 ちょっと不思議な温泉地だ。 暗

森見登美彦氏とわたし【聖地に住む編】聖なる怠け者の冒険の巻

私は、年上のパートナーとの東京と京都の遠距離恋愛に耐え切れずに京都へ移住してから京都を離れるまで、祇園祭の宵山見物は毎年欠かさなかった。 7年ほど前だっただろうか。おそらく私は、24~25歳だったはずだ。 ある宵山の日の朝、私とパートナーは本能寺のそばにある喫茶店で朝食をとった。 充実した土曜日の朝は、熱い珈琲とタマゴサンドウィッチから始まるのだ。 その日の私は、濃紺の浴衣を着ていた。 パートナーはワンピース姿。 アンバランスな二人で並んで歩きながら、いつもとは様子が違う

森見登美彦氏とわたし【聖地に住む編】宵山万華鏡の巻

学生時代から続いた東京と京都との遠距離恋愛に終止符を打ち、半同棲というゼロ距離恋愛をすべく京都へ移住してからおよそ3か月。 初めての祇園祭で訪れた宵山の喧騒を、思い出してみる。 まだ、四条通の歩道が狭かった頃。 四条寺町あたりから人の波に飛び込んだ私たちは、人の波に飲まれながら長刀鉾を見上げ、四条烏丸交差点でも波から逃れることはできず、西へ西へと流されていた。 ようやく本流から抜け出して新町通りを下がってみるも、さらに密度を増した人の波に飲みこまれていた。 その間、私たち二

森見登美彦氏とわたし【聖地に住む編】〈新釈〉走れメロスの巻

京都には桜の名所がいくつもある。 蹴上インクラインの桜のトンネルもよく知られているし、円山公園は桜の季節となれば黒山の人だかりだ。谷崎潤一郎「細雪」でも言及される平安神宮の枝垂桜は言うまでもない。賀茂大橋近くの鴨川沿いにも桜並木が続き、学生たちが花見の宴を貼る。 その中から「哲学の道」の桜並木を取り上げてみる。 私は京都と東京の遠距離恋愛がうまくいかず、パートナー宅へ転がり込む形で京都へ移り住んでゼロ距離恋愛を開始した。 ある春の日、パートナーと花見に行こうという話になった

森見登美彦氏とわたし【聖地に住む編】きつねのはなしの巻

遠距離恋愛をするには、東京と京都では遠すぎた。 そこで私は、会社を辞めて京都のパートナー宅へ転がり込んだのである。 左京区に住むパートナー宅から、一乗寺界隈へは頻繁に足を運んだ。 オモチロイ書籍を取り揃えた書店があったからだ。 いろいろ買ったけれど、建設中のダムや橋梁の写真集なんてマニアックなものが一番「買って良かった」と思っている。 たびたび書店で開催される文芸フリマイベントも好きだった。いつか出店しようと思いながら、それは叶わなかった。 今住んでいる金沢で、いつか実現し

森見登美彦氏とわたし【聖地に住む編】有頂天家族の巻

もりひろが東京と京都の遠距離恋愛に耐えかねて上洛したときのこと。今日、京都で過ごした数年間の始まりを思い出す。 だが待て、しばし。 上洛したばかりの頃に私の頭を悩ませたものがある。 言うまでもなく、「仕事」である。 新卒で入った某有名企業を早々に辞めてしまったような人間にできる仕事なんてなく、仕事がないと住むところもないのだ。パートナー宅へ転がり込んだとはいえ、そのままのうのうと暮らすわけにはいかない。 だが待て、しばし。 仕事がないものが家賃を払える保証などないのだから、部

森見登美彦氏とわたし【聖地に住む編】夜は短し歩けよ乙女の巻

東京と京都の遠距離恋愛に耐えかねたわたしが京都へ移住した話。 学生時代から交際していた歳上のパートナーは、吉田山の麓にある某国立大学に在籍していた。 そんなパートナーに誘われて訪れた学園祭。 ステージでもないところで開催されるロックバンドのライブ演奏を眺め、 学生寮に暮らすというクジャクに小銭を払って餌をやり、 アーチェリー部のブースでは知らなかった自分の才能に気づき、 落語研究会が主催する大喜利大会に飛び入りで参加し、 ゲリラ的に開催される路上漫才に腹を抱え、 像の尻を

森見登美彦氏とわたし【聖地に住む編】四畳半神話大系の巻

東京と京都との遠距離恋愛に耐えかねたわたしが、京都の恋人宅へ転がり込むように移住したことは、これまでに書いてきたとおりだ。 転がり込んだ先は、某西日本の最高学府のご近所で、まさしく『四畳半神話大系』の聖地であった。 東一条通りに、わたしたちのライフを支える大型スーパーができるまでは、出町桝形商店街へ食材の買い出しをしていた。 とはいえ、まっすぐ行って、まっすぐ帰るなんてことはなかった。 加茂大橋を渡ることもあれば、鴨川デルタに立ち寄ることもある。 ある時、一匹の我がちょ

森見登美彦氏とわたし【聖地に住む編】太陽の塔の巻

わたしが東京と京都との遠距離恋愛に耐えかねて、京都の恋人宅へ転がり込むように移住したことは、前回の「森見登美彦氏とわたし【聖地に住む編】プロローグ」で記述した通りだ。 その転がり込んだ家というのが、出町柳の界隈にあった。某関西最高学府もご近所と言える場所であり、鴨川に面した素敵な立地である。 そんな立地で暮らせば、ありとあらゆる森見作品を感じながら暮らせた。 今回は「太陽の塔の巻」と称して、当時の思い出を振り返っていきたいと思う。 まず、転がり込んで間もなく、わたしは出

森見登美彦氏とわたし【聖地に住む編】プロローグ

わたしは大学を卒業後、東京にある某企業へ就職した。 当時のわたしは、東京と京都で遠距離恋愛をしており、週末ごとに恋人宅へ新幹線で通っていた。 【出会い編】で登場していた年上の恋人である。 しかしそんな生活は長くは続かず、恋人宅へ転がり込む形で京都へ移住した。 出町柳界隈での新生活がスタート。 当時は東一条通りの大型スーパーマーケットがなく、神宮丸太のフレスコか、枡形商店街のスーパーで日常の買い出しを済ませていた。 それだけで「有頂天家族」の世界へ想いを馳せた。 鴨川デ

森見登美彦氏とわたし【本当の出会い編】

わたしは学生時代に京都に住む年上の恋人からオススメされて読んだ「夜は短し、歩けよ乙女」により、森見毒の餌食となった。 借り物だった「夜は短し、歩けよ乙女」を読み終えたところで書店へ行き、自分用の「夜は短し、歩けよ乙女」と「四畳半神話大系」を購入した。 これでさらに強い森見毒に侵された。 森見毒とは恐ろしいもので、依存性が強いことで知られる。 タバコ、アルコールと並ぶ、依存性嗜好品。 ぐんぐんと読み進めていき、「四畳半王国見聞録」「有頂天家族」と次から次へと購入してい

森見登美彦氏とわたし【出会い編】第三回

前回記したように、わたしは遠距離恋愛中の恋人と会うために京都へ訪れた。 修学旅行を除けば、これが初めての上洛だった。 「ひろくんはどこへ行きたい?」 と聞かれて、大真面目に 「四条烏丸の交差点」 と答えたのち、わたしは彼女の案内により四条烏丸交差点へとたどり着いた。 そして、わたしは車が行き交う中、四条烏丸交差点へと歩み寄ろうとしていた。 まだ、四条通の歩道が拡張される前で、今よりも交通量があったような記憶がある。 もらい物の懐中時計を手に、「鴨川ホルモー / 万城目学