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Nawal Al Zoghbi 顔面変遷史

Nawal Al ZoghbiのCD、筆者所有。

■Plastic Surgery天国のアラブ歌謡界。

本稿の主人公であるNawal Al Zoghbi(Nawal El Zoghbiとも表記)の動画を観たのがきっかけで、いろいろとアラブ歌謡を聴くよう(観るよう)になりました。でも痛切に感じたことがあるんです。

中東の女性歌手って、Plastic Surgery(以下PS)でこしらえた人が多いなあと。もうPS天国と言っていいくらい、”形を成している”人がほんとに多いと個人的に思う。中央アジアのスタン国家歌謡界でも同様の傾向が見られるんですけどね。

アラブ歌謡の場合、男性歌手はむくつけき中年男、女性歌手が超美人という”美女と野獣”の組み合わせが典型という印象を受けますが、その女性の多くはPSじゃなかろうか。

もちろん、その歌唱、芸術としての価値、事の善悪とは無関係ですよ。でも下世話な話、つい想像しちゃうわけです。

『The Very Best of』(2001)

そういう点でも先進国だったアメリカ芸界では、1950年前後からアフリカン・アメリカンの芸能人の中でPS化する人がポツポツ出てきました。たとえば私が敬愛しているDorothy Dandridgeとか。中東ではいつ頃からPSが始まったのか。実際は欧州で施術していたんでしょうけれど。

で、観ているファンの側の意識は? そう思ってAl Zoghbiの動画にぶら下がっているアラビア語のコメントを訳したことがあります。私が調べた範囲ではPSについて云々している人はまったくと言っていい程いなかった。歌手の栄光を讃える人がほとんどです、当たり前ですがね。

◇  ◇  ◇

ところがたまに「なぜ顔に手を入れたのか?前のままで良いじゃないか」みたいな書き込みがあって、見るとそれが実は英語圏Westの人だったりする。そこに西と東で”求めているものの差”があると私は感じました。

さて。中東アラブの歌謡の中心地といえばエジプトとレバノンとされます。その片方の聖地レバノン出身のNawal Al Zoghbiは、1990年代後半から2010年代にかけて中東圏で最高の人気を誇った歌手でした。そんな彼女の各時代の御尊顔を拝しながら、”求めているものの差”なるものについて考えてみたいと思った次第。

■中東歌謡界の女王だったNawal Al Zoghbi。

彼女は1971年6月29日生まれの、現在53歳。英wikiによれば、

ゴールデンスターと呼ばれ、伝統的なアラビア音楽をポップな感覚で歌うことで人気を博し、さまざまな音楽ジャンルやシーンの最新トレンドも取り入れた。彼女は1990年代に最も人気のあるアラブ人アーティストの一人となり、アラブ世界でスターダムにのし上がった。

Al Zoghbiは、革新的なビデオクリップ、ルックス、スタイルで、90年代のナンバーワン女性スターになりました。1994年から2002年まで、彼女はほぼ毎年アルバムをリリースし、8年連続でアラブ世界のナンバーワン女性ポップスターとして君臨しました。1994年から2002年まで、毎年少なくとも1曲はAl Zoghbiの大ヒット曲がありました。

Wikipedia

とあります。

その人気にあやかって、海外の有名ブランドからのオファーも多く、ペプシ、LG、Classy Lenses、Bonja Bagsといった企業のイメージキャラを務めたほど。さすがに音楽嗜好の変化や若手の台頭などで2010年代以後からは往時の勢いは無くなったようです。

ということで、本題である”顔面変遷史”に分け入ってみたいと思います。ただし医学的裏付けはなく個人の感想に過ぎないことをお断りしておきます。

以下、長くなりますが、Al ZoghbiのDiscographyも兼ねています。

■Archaeology1:1993〜94。デビューと最初期の御面相。

1st『Wahiaty Eindak』CD(L:Original 1993, R:Reissue 1995)

調べたところ、画像検索では幼少から少女時代のものは発見できず。上左のオリジナル盤CDと下記カセットのジャケ写がいまのところ最も古いAl Zoghbiの御尊顔と想定されます。私が見たところ、以後と比較して”形を成した”点は、まず両目・目尻、頬、唇あたりかと思いました。

Cassette Cover( L:Middle East、R:Syria 1993)

中東圏とシリアで発売になったカセットのジャケでは、目尻が上がった感じで頬にふくよかさが漂います。ちょっと垢抜けない感じ?

『Wahiaty Eindak』再発盤CDのジャケ裏(REL CD596  Egypt 1998 筆者所有)

ところが、私が持っている『Wahiaty Eindak』再発盤(1998年)の二つ折りのジャケットの裏側(上記画像)に、再発当時と覚しい垢抜けた顔がありました。これで見ると、両目尻が下がり上唇が薄くPS化されたような印象を受け、デビュー盤ジャケとは明らかに異なっていると思います。

ここで一曲。デビューアルバムのタイトルソング「Wahiaty Eindak」

初々しいながらも以後の活躍を予感させるいい声です。私は、趣味としてはスローバラードよりもアップテンポのナンバー、かつWest臭が薄いものが好みなので、この曲はお気に入り。


2nd 『A'iza Radd』(1994)

翌年出た2ndアルバムのジャケ写を見ると、顔貌が以後とはまったく違うように見えます。目尻が上がっているようだし、唇も厚い感じ、頬もぷっくりとして子供ぽい。本当はこれが考古学的にAl Zoghbiの一番古いショットではないか。女性の場合メイクやアングル違いで印象が変わるので断定はできませんが。

上動画は2ndアルバムのタイトル曲「A'iza Radd」です。歌詞の意味が分からないのでなんとも言えませんが、クリップの中でやたらとサングラスで目を隠す仕儀が気になるなあ。受ける印象は2ndのジャケ写に近い。全体的に次の段階に見られる”洗練”された顔貌とはなっていない。

PS化に踏み切ったのはこの年か?

■Archaeology2:1995〜02。スターダムと御尊顔の完成期。

Al Zoghbiは、前年の94年から2002年まで毎年アルバムをリリースし、年1曲は大ヒットナンバーを放つという黄金時代を迎えました。

3rd 『Balaqih Fi Zamany』(1995)

まず3rdのジャケ写、2ndと比べてください。頬もすっきり、やはりポイントは目と唇。鼻はそんなには”形を成して”いない気がするのですが。

下記動画は3rdのタイトル曲、「Balaqih Fi Zamany」

前作のクリップとは違って、顔全体がすっきりとして”洗練”された印象です。Al Zoghbiの歌の全盛期は、すなわち御尊顔の完成期とsynchroしていくと考えていいようです。そこに何らかの関連性があるのかも知れません。


4th『Oalnalak Habinak』(1996)

4thアルバムを出した1996年、男性歌手Wael Kfouryとのデュエットでリリースした「Meen Habibi Ana」は大ヒット。wikiには「このデュオは年間最優秀曲、そして10年間最優秀曲となった」とありますが、確かにこのアラブ相聞歌は傑作、ふたりのボーカルも素晴らしい。私はこの曲が一番好きです。

以下は全盛期のアルバムとそのタイトル曲・代表曲のクリップを列挙します。御尊顔の進化過程をご確認下さい。


5th 『Habeit Ya Leil』(1997)

Live「Kuwait Concert」 1997

6th『Mandam A'leyk』1998

「Mandam A'leyk」、いい曲ですね。ヒットしたのも当然か。このアルバムはAl Zoghbiの作品の中で最大の売上を記録しました。


7th 『Maloum』(1999)

Al Zoghbiを知ったのは、このアルバムに入っている「Dal'ouna」のクリップを偶然見かけたから。見目麗しく歌も素晴らしい。中東圏で絶大な人気を誇ったのは納得です。


8th 『El Layali』(2000)

9th  『Toul 'Omry』2001

気のせいかも知れないけれど、唇が心なしか厚みを増してきたような印象を受けます。


10th 『Elli Tmaneito』(2002)

全盛期の最後の年にリリースしたクリップ「Elli Tmaneito」。明らかに唇回りから変化が出始めました。この曲、音的にもなにか吹っ切れていないような印象を受けるんですよね。

■Archaeology3:2004〜08。まだまだ続く活躍と顔貌変化の進行。

11th 『Eineik Kaddabeen』(2004)

全盛期だった02年以後も活躍は続きます。wikiはこの時期についてこう記しています。

2年間の休止の後、次のアルバム「Eineik Kaddabeen」が2004年夏にリリースされた。このアルバムには「Eineik Kaddabeen」と「Bi'einek」という2つのシングルが付随していた。(中略)
ビデオと歌は大人気となり、ファンやメディアがエル・ゾグビを「ゴールデン・スター」と呼んだことから、エル・ゾグビの継続的な成功が証明された。

まだまだ成功は続いていました。しかし御尊顔にはジャケットやクリップでも見られるとおり、明かに変化が進行しています。


12th 『Yama Alou』(2006)

唇の厚みが増し、頬も変化が顕れている。目の周囲は辛うじて維持されているようですが。


13th 『Khalas Sameht』2008

13枚目の『Khalas Sameht』は母国レバノンを始めエジプトでも人気となり、エジプトではチャートのトップに3ヶ月ランクインし続けたとwiki。

しかし離婚など私生活も波乱に見舞われて、3年間の沈黙期間へと陥ります。

■Archaeology4:2011〜現在。御尊顔に決定的変貌が。

14th 『Ma'rafsh Leh』(2011)

前作から3年のブランクがあったため、一時代が終わったかに思われたAl Zoghbiですが、まだまだ健在ぶりを示します。

14作目のアルバム『Ma'rafsh Leih』とカットされたシングル「Alf W Miye」が、年間最優秀アルバムと最優秀ソング賞を受賞。さらにアルバムは「レバノン、エジプト、アラブ首長国連邦のヴァージンメガストアのアルバムチャートで4か月以上1位を維持したため、Al Zoghbiの人気が戻ったとみなされた」(wiki)という大成功を収めました。

さて御尊顔ですが、特に口唇部の肥大化と変形が目立ってきました。私が当初想定していた目や瞼よりも、頬と鼻から下の部分を重点的に”形を成していた”のかも知れません。

正直なところ、ジャケ写を見た時、え!と驚きました。私が実際に購入したAl Zoghbiの、これが最後のCDになりました。


15th 『Mesh Mesamha』(2015)

前作から4年経過した15枚目の『Mesh Mesamha』では、とうとう表を向いてくれなくなります。カットされた『Ya Gadaa』のクリップでも、マイクで口元を隠しつつシーンが激しく入れ替わる引目のカメラワークと編集。御尊顔をじっくり見せない強い意志を感じます。


16th『Keda Bye』(2019)

アルバムでは現時点では最後となる『Keda Bye』。そのオフィシャルなクリップを見つけることが出来ませんでした。またwikiの記述も『Keda Bye』がリリースされる前のシングル群とともに、見出しはあるものの本文が書かれていません。特記する内容も無かったのか。全盛期から20年、一抹の寂しさを感じさせるのは確かです。

■なぜ非Westの芸能人は、PSに走るのか?

故三井徹氏の『マイケル・ジャクソン現象』 (新潮文庫、1985)でしたか、アフリカン・アメリカンにおけるPS化の理由についての考察が書かれていたと記憶してます。

冒頭でご紹介したDorothy Dandridgeですが、1930年代から芸能活動を始め、最初は歌とダンスで黒い同朋の内部で人気となります。しかしWW2後は白人マーケットへの進出を図り、主流文化に受け入れられやすいPS化=白人風顔貌にして映画などに出演、アカデミー主演女優賞にノミネートされるまでになりました。

でも私は、昔のDorothyのままで充分可愛いし、「なぜ顔に手を入れたのか?前のままで良いじゃないか」と今でも思うんです。

ここで、Al Zoghbiの動画にコメントを書いたWestの人と同じになりました。彼の場合はオリエンタリズムを求めているのに、西欧の焼き直しはNo Thxという気持ちだったのかもしれません。

アジア人の場合は芸能人に限らず、西洋人・白人に対するコンプレックス、劣等感から白人と同じような容貌に憧れる、ゆえにPSで形を成すという心理だったと思います。今はどうなんだろ。

かつてのアフリカン・アメリカンもそうでした。コンクという薬剤でカーリーヘアを伸ばしたりして白人に近づこうとした。さらに一歩進んで、ビジネスとして白人主流文化に食い込むために、PSで白人に近い顔貌にし白いマーケットに受け入れられやすいように形を成した。その最大のタレントがMJでしょう。

さて中東ではどうなのか? レバノンはフランスの植民地でしたが、たとえばアジアと同じような白人コンプレックスが存在するのだろうか。それは現地の人に尋ねてみないとなんとも言えませんが。

改めてNawal Al Zoghbiの軌跡を追ってみると、”Arab is Beautiful”という言葉を今一度噛み締めてみたいと、私は思いました。

2020年の御尊顔(wiki

(了)


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