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秘儀宗教(イシス、ディオニュソス、エレウシスなどの秘儀とは)

「神秘主義思想史」「神話と秘儀」に書いた文書を編集したものです。



秘儀宗教とは


秘儀宗教(密儀宗教、ギリシャ語で「ミステリオン」、英語で「ミステリーズ」)は、主に神の「死と再生」というテーマの神話を演劇的・儀式的に再現し、それを信者に体験させる宗教です。

それを特別なイニシエーションとして行い、死後に神のもとや天国に行くことを予習的に体験したり、復活する神と一体化することで、神的な生と、死後の祝福を保証しました。

ですが、その秘儀の部分は非公開なので、その実体は知られていません。

秘儀の内実は、秘儀体験者によって書かれた文学や哲学などの中に部分的に表現されていますので、これをもとに推測するしかありません。

秘儀宗教は、オリエントとヨーロッパ世界でおおむね紀元前後の1000年間に盛んだった宗教のスタイルです。

秘儀宗教は、歴史的に2~3段階を考えることができます。

地域共同体、あるいは神殿国家に根ざしていた段階と、ヘレニズム時代以降に、地域を越えて広がり、さらには普遍宗教化していく段階です。

地域共同体に根ざした段階では、秘儀宗教は、季節循環を反映した神の死と復活の神話を持ち、国家や共同体の「豊穰」を祈る宗教でした。

ですが、秘儀宗教は、徐々にその神話を、神的な魂の死と復活と再解釈して、個人の霊魂の「救済」を目的とすることに変化させました。

秘儀への参入者が象徴的で神秘的な儀礼によって、神的なものとの直接的な交流をして、個人の霊魂に眠る神性を覚醒させて、死後の不死性を目指したのです。

代表的な秘儀宗教は、エジプト起源のイシス=オシリス秘儀、セラピス秘儀、ギリシャのエレウシス秘儀、オルペウス秘儀、クレタ起源のディオニュソス秘儀、サモス島のカビリ秘儀、トルコ起源のアッティス=キュベレ秘儀、ペルシャ起源のミトラス秘儀などです。

中でも、ローマ期のイシス秘儀、セラピス秘儀、ミトラス秘儀は、普遍宗教化しました。

秘儀宗教の祭儀には、一般の信者が参加して公に行われる、地域共同体としての性質を持つ祭儀と、選ばれた者だけが参加する個人的なイニシエーションとしての「秘儀」の2種類がありました。

そして、秘儀は「小秘儀」、「大秘儀」、「奥義秘儀」というように、2~3段階で構成されていました。

また、ミトラス秘儀では、7惑星の対応する7段階の秘儀が存在したようです。

「秘儀」では、個人が順を追って様々な象徴的な行為を行ったり、象徴的な事物を見せられたりすることを通して、直接的な霊的体験をしました。

秘儀の最も基本的な象徴は「死と再生」ですが、秘儀によっては複雑に体系化されていました。

ヘレニズム・ローマ期の普遍宗教化した秘儀の場合、カルデア的な階層宇宙論の象徴を取り入れています。

「聖餐」も重要な意味を持ち、古くは牛や羊の肉や血でしたが、肉はパンに、血はブドウ酒などに置き換えられていきました。

幻覚性の飲料水が使われることもありました。

これらは、死する神そのもの、つまり神的なものの象徴でした。

「秘儀」、特に「大秘儀」や「奥義秘儀」には単なる演劇的象徴以上の部分もあったと思います。

つまり、長期的な観想の訓練をもとにした、脱魂的トリップや実際的な霊的な力の操作が行われていたと推測されます。

秘儀宗教、特にエレウシス秘儀やイシス秘儀は、プラトン主義哲学など、ギリシャの哲学にも大きな影響を与えました。

また、儀礼においては、当然、神降術も行われたはずなので、魔術にもつながります。

キリスト教の神話、儀礼にも決定的な影響を与えました。

イエスの死と復活というキリスト教神話は、秘儀が現実の場で人類的規模で行われたものと解釈された側面があります。


神話の秘儀的解釈


秘儀宗教にとって重要なのは、神話の再現だけでなくその秘教的な解釈です。

ほとんどの秘儀神話は前の節で紹介した自然の死と再生の循環を現す豊穰の神話をベースとしています。

旧石器時代の狩猟・採集文化の宗教的核心は、冥界の地母神への一体化としての死と再生でした。

神的なものはこの大地的な生む力です。

そして、死後、冥界の地母神のもとへ行くことを求めました。

一方、新石器時代の農耕・牧畜文化の宗教的核心は、復活した穀物神への一体化でした。

神的なものは冥界と地上を循環する純粋な魂です。

あるいは、復活した太陽神への一体化でした。

神的なものは天上の生ませる力です。

伝統的な宇宙論では、通常の死者は冥界へ降ります。

新石器時代以降の農耕・牧畜文化では、死後の魂は個性を喪失してまた現世に生まれ変わります。

ただ、一部の悪者は地獄のような場所へ、英雄やシャーマンは天や彼方の楽園へ行ってこの再生の循環からはずれます。

王国化した文化では、王族がこの天や楽園への権利を独占すると同時に、一般の人間の魂が行く冥界も、あまり暮らしやすくない場所になって、再生するという思想もなくなっていきます。

本来の秘儀宗教は、この忘れ去られた伝統的な不死と復活の思想を実体験させるものだったのでしょう。

ですが、エジプト起源の復活の思想、インド起源の輪廻思想、バビロニア起源の星辰信仰と階層的宇宙論、ペルシャ起源の善悪2元論、ギリシャの神秘哲学などの思想によって、時代を追うごとに高度に神秘主義的で象徴的、神学的な解釈がほどこされるようになりました。

秘儀宗教は古来の神話・儀礼を新たな解釈によって再創造したのです。

ヘレニズム期は、宇宙論や死後観が大きく変化した時期でした。

特にバビロニア起源の階層的な宇宙論が、徐々にヘレニズム世界全体に広がっていきました。

これは一般的にはカルデアのマギ(占星学に詳しい神官達)の世界観と考えられていましたが、正しくはズルワン=ミトラ教の宇宙論として作られたものです。

エジプトのアレキサンドリアではヘルメス主義の宇宙論として広がりました。

これによると、通常の死者の魂は、地下冥界へ下降するのではなく、天に向かって上昇します。

地下世界で経験すると考えらた様々な試練、つまり煉獄の体験は、4大原素でできている天球の下、「月下の天空」に移されます。そして、通常の冥界に当たる魂の世界は、その上の「天球(惑星天)」と考えられるようになりました。

人間と宇宙とは照応する関係にあります。

そして、人間の霊魂の本質は、本来は神の世界に存在する霊的なものですが、7惑星に対応する7重の魂をまとって、地上に墜ちてきたのです。

ですから、人間の霊魂は死後、魂の様々な性質を7惑星に返しながら天球を上昇していくのです。

最後には楽園である天球(宇宙)の最上部の「恒星天」、人によっては天球(宇宙)の外の神の世界である神々の世界にまで戻っていくのです。

秘儀宗教のいくつかも、徐々にこの宇宙論を取り入れて、従来の神話の解釈を変容させていきました。

それを行った代表的な秘儀は、イシス秘儀、ミトラス秘儀です。

こうしていくつかの最創造された秘儀宗教は、死して再生して再生する神を、物質的な地上に捕らわれてしまった神的な霊魂の解放として解釈しました。

神の死は人間として地上に生まれた霊魂の、その神的な部分(この部分を「ダイモン(守護霊、指導霊)」として半ば外的な存在として考えることもありました)が眠らされてしまうことを、神の再生はこれを目覚ませることを象徴するのです。

秘儀宗教のいくつかの最終形では、魂は冥界という物質的な領域で死と再生をへて、天球の惑星天を越えて、恒星天、あるいは天上の神の領域にまで戻(り輪廻から解脱す)ることを目指すと考えるようになりました。

つまり、シャーマンの冥界下りや、その象徴としての洞窟儀礼などに単を発する「冥界下降&地上復帰」は、霊魂の「地上下降&天上復帰」の象徴になったのです。



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