見出し画像

ユダヤ教神秘主義カバラの瞑想法

「世界の瞑想法」「神秘主義思想史」に書いたいくつかの文章をまとめて編集し、ユダヤ教神秘主義のカバラ系の古今の瞑想法について紹介します。


逆向き瞑想


「逆向き瞑想」は古代から伝わる瞑想法で、紀元前1世紀のユダヤの神秘主義者フィロンも行っていました。
これは、日常の思考や行動を意識化するための訓練として行われます。

「逆向き瞑想」は毎日寝る前に、その日の自分の行動を、時間を遡って、朝起きた時の体験まで、さらには夜に見た夢にまで、順に思い出していく修行です。

まるで夢を思い出すかのように漠然としたことしか思い出せないなら、あるいはそういう時間帯があれば、それは受動的、機械的、無意識的に生きていた証拠です。
一日の時間を例えば、朝家を出るまで、会社に着くまで、午前中…といった具合に分けて、それぞれの思い出した事項の数を比較すると、どの時間帯に自分が無意識的な行動をしているかをチェックできます。

「逆向き瞑想」は、通常の時間軸に沿った因果関係、目的意識-結果とは逆の順に出来事を眺めることになります。
ですから、そのような因果関係をなしにして思い出し、それを眺めることで、新しい発見ができるかもしれません。

また、「逆向き瞑想」では、その日の自分の倫理的な反省、つまり、懺悔も行います。

また、「逆向き瞑想」を行うことで、意識が受け入れきれずに、無意識に未完了な状態で存在していた記憶を、意識化することで、心のエネルギーを有効に使うことができるようになります。
それによって、その夜に見る夢も変わってきます。


メルカーバーの幻視


「メルカーバーの幻視」は、カバラへとつながるユダヤ教の神秘主義思想の潮流で、紀元前後から中世にかけて行われた瞑想法です。
これは当時の修行の奥義にあたるもので、その細部に関しては準備のできた者以外には厳重に秘密にされていました。

「メルカーバーの幻視」は、旧約聖書の「エゼキエル書」や旧約外典の「エチオピア語エノク書」に出てくる、戦車(メルカーバー)の玉座に乗る神を幻視する方法です。
観想法の一種ですが、意識的にイメージを形作るのではなくて、霊的なヴィジョンが現れるのを待つので、夢見に近い方法です。

具体的な方法としては、まず、数日間の断食の後、両膝の間に頭を低くたれた状態で聖書などの言葉を唱え続けます。
それによって、恍惚状態に入り、ヴィジョンを見るのです。

まず、7つの天界の門を通り、さらに7つの宮殿(広間)を通り抜けて、天を上昇していきます。
それぞれの広間には門番や天使などの守護者がいるので、護符を見せたり神の性質を唱えたりすることによって通り抜けます。
その一つ一つを通り抜けるにしたがって、物質的なものを脱ぎ捨てていくのです。

これは7惑星天を順次通過していくという、メソポタミアからヘレニズムまでの神秘思想に共通するヴィジョンのユダヤ教版です。

そして、王の宮殿に到ります。そこには神の玉座のある戦車があります。
それらは天使達によって守られていて、近づく者を炎で焼き殺そうとしています。
そして、戦車はライオン、雄牛、鷲、人間の4つの頭を持つ聖なる生き物によって引かれています。
神と天使の間にはあらゆる被造物を織り込んだ宇宙的な幕があって、両者を隔てています。

17Cイギリスの聖書より

こういった恐怖の守護者を恐れることなく、神の玉座に意識を集中させます。
そして、玉座の神を見ます。
玉座の下からは炎の川が流れ、神は太陽のように輝く光の衣を身につけています。

次に、神の顔を見ます。
さらに髭、そしてその脂といった具体に、より細部に集中していきます。

そして、最終的に神と合一します。

一般のユダヤ、キリスト教では考えられないことですが、カバラでは、男性の姿の神と共に女性の姿の神をも見ます。
女性の神は男性同様、脂ぎった巻き毛の髪を持っています。

また、別のヴィジョンでは、神自身を見るのでなく、戦車がまばゆい光の中、天に上昇していくのを見ます。
その光が眼で見ることができないほど強烈になって、最後には、自分自身も光そのものに溶け込みます。


生命の樹の瞑想


中世にはスペインを中心にして、ユダヤ神秘主義のカバラの新しい思想、新しい瞑想法が生まれました。
その一つが、モーゼス・デ・レオンが書いた『ゾーハル』に代表される、セフィロートの「生命の樹」の象徴体系に関する観想法です。

セフィロートの象徴体系は、紀元前後からありましたが、「生命の樹」として現在につながる象徴体系が作られたのは、『ゾーハル』が著された中世の頃です。
「生命の樹」の象徴体系は、純粋な観想以外に、魔術や、イニシエーション的な夢見の技術としても利用されます。

ゾーハル写本より


セフィロートの観想法にも様々な方法があったようです。
『ゾーハル』によれば、その著者として仮託された伝説的な人物であるラビ・シメオンは、多数の方法でセフィロートの観想を行ったとされます。

各セフィラの象徴の瞑想はもちろんですが、身体に「生命の樹」のセフィロートを対応させ、光の観想と共に気をコントロールすることも行われましたようです。

こういった観想法の多くは、キリスト教系の西洋魔術結社ゴールデン・ドーンの魔術にも引き継がれているようです。
ゴールデン・ドーンの観想法は「中央の柱」、夢見の技術は「パスワーキング」で紹介しました(下記参照)ので、ここでは、ゴールデン・ドーンには見られない方法を簡単に紹介します。


・踊る光

その一つは、「生命の樹」を照らす「踊る光」の観想で、次のように観想します。
観想は、多くの場合、両膝の間に頭を入れて座るという、伝統的な方法を使っていると思われます。

まず、各セフィロートがそれぞれの色で発光しながら脈打ちます。
次に、各セフィロートが、それぞれの聖なる文字とともに輝きます。
そして、各セフィロートがそれと象徴的に照応する金属、惑星、天使、肉体の部分を照らします。

次に、各セフィロートの光が様々に移動します。 
左側のセフィロートの光が上昇し、右側が下降します。

また、各セフィロートの光が分裂したり融合したりします。
2つのセフィロートからそれらを統一するセフィラが生まれて3つが融合し、そこから多数の色彩を流出します。
6つの光が下降して12に分かれ、22に分かれ、また、10に、6に、1つに融合します。

これらのプロセスで、各セフィロートの象徴の間の動的な関連を理解します。

また、ラビ・シメオンが説いたされる他の方法では、セフィロートを玉ねぎのように多重構造を持ったものとして観想します。
つまり、上位のセフィロートの光の膜を、下位のセフィロートの光の膜が包んでいます。
その多重構造を順次に観想していきます。


・セフィロートの紐帯

次に、イサク・ルーリア派の方法で、「イクディム(セフィロートの紐帯)」と呼ばれる方法です。

それぞれのセフィロートを固有の色を持ったものとして観想します。
例えば、第5セフィラ「ディン」は赤、第4セフィラ「ヘセド」は白です。

同時に、特別な発声法でセフィロートに対応した天使名を唱えます。

このように順に「生命の樹」を上昇して、最も高いセフィラまで至ると、今度はその光を物質世界まで引き降ろします。

各セフィロートは、多重の膜から成り立っていて、外から「魂の源の光」、「天使の源の光」、「殻の源の(暗い)光」、宇宙の「広間」という多重構造になっています。

また、各セフィロートは、10の光から構成されていて、それぞれの光はさらに10に光から構成されている、この入れ子の構造が無限に続くと観想します。

あるいは、それぞれのセフィラがさらに10の光で出来ているとも観想します。


文字置換と神名の瞑想


中世スペインで生まれたカバラの新しい思想、新しい瞑想法のもう一つが、アブラハム・アブラフィアによって作られた、ヘブライ文字と神名に関わる瞑想法です。

アブラフィアは、人間が預言を受ける受容体になることを重視し、自らの思想を「予言カバラ」と表現しました。

彼が重視した実践方法は、神の名の要素としての文字と、その置換、組み合わせを対象とした瞑想です。
これは「ツェルフ(文字置換法)」と呼ばれるもので、彼はそれを、「ホクマス・ハ=ウェルーフ(結合の知恵)」とも表現しました。

文字置換の実践は、一種の瞑想法であり、特定の呼吸法、姿勢で行い、忘我の状態に入ります。
それによって、置換の作業は瞑想となり、無意識的・直観的に行われるようになります。
それを通して、文字をその根源的な意味、神的な状態に戻します。

そによって、一切の感覚的な対象から離れた、純粋な思考の調和的な運動となります。
この時、瞑想者は、文字を操るのではなく、文字を受け入れる存在になります。

アブラフィアは、様々な瞑想法を説き、段階的にそれを弟子に果たしましたました。
これらの方法は、大きく2つ段階の門、「天の門」と「聖者の門(内なる門)」に分けられます。


・天の門

最初の「天の門」では、自分を諸天使として順に観想します。

そして、まず、アルファベットや、単語の構造、結合、創造について実習します。

次に、文字と単語の「音価」の計算を実習します。
ヘブライ語のアルファベットは、子音のみで、22文字ありますが、ローマ数字がラテン文字を使う(I=1、V=5、X=10…)のと同じで、各文字は数字としても使用されます。
そのため、文字や単語は数値として計算できます。

最後に、アルファベットの逆綴り、音声系列の技法などを実習します。

一般に、文字置換法としては、「ゲマトリア」、「ノタリコン」、「テムラー」があります。

「ゲマトリア」は、単語や文章を数値に置き換え、さらにまた文字に置き換えます。
同じ数値をもった単語同士は、高い次元から見れば同じ意味であって、それぞれを暗示し合うと考えます。
「ノタリコン」は、文章を作る各単語の頭文字をとって一つの単語としたり、その反対の作業を行います。
「テムラー」は、一定の方法で、特定の文字を特定の文字に置き換えて、暗号化したり、符号を作る方法です。

置換法の実践においては、文字に対して、「メヴタ(文字の循環)」→「ミクータヴ(筆記)」→「マシャヴ(観照)」と進めます。
また、一組の語群に対して、自由連想によって観念を観察する「ディルルグ(跳飛)」を行ないます。

・聖者の門

「聖者の門」と呼ばれる第2段階の瞑想は、神名の発声です。

ユダヤ教では神の名前は、第一に「テトラグラマトン」と呼ばれる4文字で表されてきました。
英語のアルファベット表記では「YHVH」です。
古来、ユダヤ語の文字では母音が表記されないので、正確な表現は不明ですが、一般に、「ヤーヴェ」とか「エホヴァ」と言われています。

「テトラグラマトン」のそれぞれの文字を、順次、母音を付けながら、発音するのが、神名の発声の瞑想法です。
4文字に他の文字を組み合わせることもあります。

これらの発声時には、特定の呼吸法や観想法や姿勢を伴ないます。
また、特定の母音に対して特定の頭の動かし方があり、文字に対応する身体の部分を振動させます。

具体的には、「YHVH」の4文字に、5つの母音を順につけて唱えます。
例えば、まず、「Y」に「aah」を付けて唱えます。
次に「H」に、次に「V」に、「H」に「aah」を付けて唱えます。
その次には「ooh」と付けて唱えます。
そして…といった具合です。

また、各母音に対応する発声を行う時には、特定の頭の動かし方があります。
「o」、「i」を付ける時は、頭を上下に動かします。
「u」の時は、頭を前後に動かします。
「a」、「e」の時は、頭を左右に動かします。

また、4文字のそれぞれで、身体の対応する部位を順に集中し、振動させます。
各部位への集中・振動は、頭から心臓…基底部まで体の中心軸に沿って降ろしていきます。
例えば、まず、頭では、「Y」では頭頂を、「H」では顔の中央を、「V」では後頭部を振動させます。
同様に、心臓では、「Y」では心臓の上、「H」では心臓の中心、「V」では心臓の裏側…といった具合です。

また、4文字に、他のアルファベットの文字を組み合わせて、順に唱えることも行います。
例えば、「Y」+母音に、アルファベットの最初の「A」を付けて、「Aooh Yooh」から順に…といった具体です。

このようにして、波動としての文字を、神の基本属性として体験していくわけです。

また、瞑想が進むと、心臓に白熱する感覚が生まれますが、これを「シェファ(聖なる流入)」と呼びます。
この時、天使が現れて作業を助けてくれるヴィジョンを見ることも多いようです。


*参考書
「カバラーの世界」パール・エプスタイン(青土社)
など



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?