3. 新大陸での変容

2001年に書いた「アフリカン・アメリカンの宗教と音楽」の第3回目です。


ヨルバの宗教は奴隷達によって新大陸に持ち込まれ、各地で弾圧を受けながらも、キリスト教やインディオの宗教と習合しながら生き延びてきた。

当然、ナイジェリアであったような社会組織と結びついた体系性は失った。それぞれの神は氏族や村の守護神ではなくなったが、各個人や特定の教会の守護神になった。

また、弾圧から逃れるために、それぞれのヨルバの神はそれらと似たキリスト教の聖人達に見立てられ、聖人達の背後でヨルバの神に祈った。

また、アフリカ・ルーツのドラムの演奏やダンスは、抵抗運動と密接に関係しながら発展してくることになった。

ヨルバの宗教は、キューバでは「サンテリア」、あるいは「ルクミ」、ハイチでは「ヴードゥー」、あるいは「ヴォドゥ」、ブラジルではバイーアで「カンドンブレ」、リオで「マクンバ」、レシーフェで「シャンゴ」、他の地域では「カンドンブレ」、「カンドンベ」などと呼ばれるようになった。

1989年時点のある統計では、南北アメリカ大陸全体でヨルバ系の宗教の信者は1億人と推定されている。

そして、アフリカ・ルーツの儀式音楽をバックボーンにして、アフリカ色を濃く残すストリート・ミュージックが生まれてきた。

サンテリアからルンバが、カンドンブレやマクンバからサンバが生まれたように、カリプソ、メント、メレンゲ、メラング、ボンバ、クンビアなどなどが各地でそれぞれに生まれてきた。 

そんな大陸を超えて伝わった新大陸のアフリカ・ルーツの音楽の全体像を聴くには、以下のCDなどがいいだろう。

『The Yoruba/ Dahomean Collection - Orishas Across The Ocean』(RYKO DISCS)は、ヨルバ族とダホメ、つまりフォン族系の儀式音楽のコンピレーションで、ハイチ、トリニダード、ブラジル、キューバで30年代から50年代に録音された学術的な内容のものだ。

また、『Africa In America』(CORASON)は、アフリカ色の濃い19ケ国の儀式音楽とストリート・ミュージックを収録した大辞典的な3枚組のコンピレーションだ。

ここで少し宗教的に深い話になるが、新大陸でのキリスト教とジュジュなどのアフリカ系宗教の習合(ミックス)のあり方に関して私見を書いてみる。

新大陸でのキリスト教とジュジュなどの習合は、オリシャ(神々)をキリスト教の聖人と重ねることが中心になっていた。

これは、表面的にキリスト教を装おって隠れてジュジュを信仰していたという側面が強く、本質的な神話・宇宙観のレベルで習合が行なわれていたわけではないだろう。

実際、一神教で終末論的なキリスト教と、多神教で神々との直接的な交わりを誰にも認めるジュジュとの習合は、容易ではない。

しかし、ユダヤ/キリスト教のルーツには終末論以前の多神教があるし、オリエントの多神教や秘儀宗教、そしてそれらに由来する哲学(新プラトン主義などのギリシャ系神秘主義哲学)からも影響を受けてきている。

ユダヤ/キリスト教の非公式なレベルで存在する多くの天使とその神話もその一例だ。

また、マリア信仰はイシスやアルテミスといったオリエントの女神信仰を吸収して生まれたものだし、キリスト信仰もオシリス=ホルス、アッティス、ミトラなどの太陽神、穀物神の信仰を吸収してきた。

ただ、キリスト教の歴史はそういった多神教的要素や神性を直接体験する神秘主義的要素を弾圧して否定してきた歴史だ。しかし、今世紀に入って、それらの復活が新たな時代的要請となってきているように思える。

まず、基本的にオリシャは、天使達と習合させることが妥当だ。

例えばキリスト教でも4大天使を4方位に対応させるなど、天使の象徴体系は豊富なので、オリシャ達との対応を考えることができる。

実は、新大陸でもオリシャを一部では聖人以外のものに習合させている。

キリストと造物主オバタラ、聖母マリアと海の女神イエマジャ、道化神エシュとデヴィル(堕天使ルシファー)の習合だ。

ここにはより本質的なレベルでの習合の可能性があると思う。

ただ、神話学・神学的に考えれば、イエマジャはイヴに近く、オシュンはマリアに近く、また、神の言葉(ロゴス)であるキリストは神託神イファ(オルンミラ)に近く、道化神エシュは智恵の木の実を食べさせたエデンの蛇や聖霊に近く、オバタラやオドゥドゥアはメタトロンやサンダルフォンといった最高位の熾天使(セラフィム)に近いだろう。


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