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スフラワルディーの照明学(イスラム神秘哲学)

「神秘主義思想史」に書いた文書を少し編集して転載します。


イスラムでは神智学、神秘主義哲学を「イルファーン」あるいは「ヒクマット(叡智)」と呼びます。

また、イスラムでは「東方神智学」と言うようによく「東方」という表現が付けられます。

「東方」というのは地理的なものではなく、太陽が昇って光が現われる方向という象徴的な表現で、純粋な形・性質だけの天使的な世界を表わします。

ここでは宇宙は象徴的な言語によって修行者に語りかけます。

シーア派同様、象徴的な霊的想像力、創造的な想像的知性の領域を重視することがイルファーンの特徴です。

このイルファーンの基礎を作ったのが12世紀のスフラワルディーとイブン・アラビーです。

シハーブッ・ディーン・ヤフヤー・スフラワルディー(1155-1191)は11Cのペルシャの神智学者で、「照明学派(イシュラーク派)」の祖です。

彼は啓示によって著作し、あらゆる宗教、哲学、神秘主義の伝統を統合しようとしました。

特に古代ペルシャの智恵(ズルワン主義、ミスラ教、マズダ教)の復活を重視しました。

彼によると、神智学的な智恵はまず、ヘルメスらに与えられ、その後はペルシャ(ゾロアスター、バスターミー、ハッラージなど)とエジプト、ギリシャ(ピタゴラス、プラトンなど)の2系統に分かれて伝えられてきました。

スフラワルディーはこの2系統の統合者なのです。

彼によれば、イブン・スィーナーが十分な東方神智学を生み出せなかったのは、ペルシャの古代神智学を知らなかったからです。


光の強度としての存在の階層


彼はゾロアスター教の霊性を受け継いで宇宙を様々な強度を持つ「光」の階層であると考えました。

そして神を「光の光」と表現しました。

また、このアフラ・マズダ的な「光」の他方には、アフリマン的な「闇」があります。

ですが、彼にとっての宇宙は、光である形・性質と闇である素材・混沌が合成されて作られるものではありません。

光は強度を持った創造的な運動体であって、闇は単なるその欠如なのです。

ギリシャ哲学のところで、プラトン、アリストテレスらのアテナイ哲学が「形・性質の哲学」であるのに対して、オリエント的なソクラテス前派やストア派が「生成の哲学」であると比較しましたが、スフラワルディーも後者に当てはまるのです。

 

また、彼はゾロアスター教(ズルワン・ミスラ教を含む)の天使学を受け継ぎました。

新プラトン主義のヌースの世界は、彼にとっては天使(大天使)の世界です。

そして、天使に縦(経度)と横(緯度)の2方向の系列を考えました。

スフラワルディーの宇宙論によれば、まず、神から天使の縦の階層の世界が生まれます。

最上部の光は「至近の光(至大の光)」と呼ばれます。

これから生まれる縦の系列は大天使の女性的・素材的な側面で、「母達の大天使」と呼ばれます。

上位の大天使が下位の大天使を順に生み出しますが、この時、光が徐々に強度を弱めていくのです。

この縦に貫く光は「勝利の光」と呼ばれます。

これは上位と下位の架け橋であって、ヴェイルの働きをします。

また、縦の序列からは「恒星(天)」も生まれます。

一方、大天使の横の系列の世界(多様性)が生まれます。

これは多数の恒星としての知性体であり、宇宙の原型としての働きをするイデア的存在で、「種の主達」とも呼ばれます。

ですが、これは普遍概念ではなく光として実体を持つ個体なのです。

そして同時に、これらはゾロアスター教の大天使アムシャ・スプンタでもあります。

つまり、プラトン的なイデア論とゾロアスター教の天使論が統合されているのです。

能動的知性や聖霊もここに位置するとされました。

また、これらは魔術的存在でもあって、下位の世界のイメージや物質的個体と象徴的に関連するのです。

つまり、スフラワルディーは主知的なプラトン、プロティノスだけではなく、想像力や象徴を重視する魔術的な『カルデア人の神託』やイアンブリコス、プロクロスの影響を強く引き継いでいるのです。

次に、横の系列からその下位に「天使」が生まれます。

これは「主長的光(光の司令官)」とも呼ばれます。

この天使は人間の本来の霊魂、つまり「理性魂」でもあります。

横の系列の大天使が種的存在であるのに対して、天使は個的存在です。

また、恒星天の下に「中間的な世界」が生まれます。

これは、「吊るされた映像の世界」とも呼ばれる根源的なイメージの世界、象徴的な世界です。

これは感覚世界とイデア的世界の中間にあるのですが、「悪の闇の世界」とも表現されます。

でも、この世界は感覚の世界から解き放たれた想像力の領域で、人間が霊的世界に至るにはこの世界での象徴的な旅を通って行きます。

この世界には、克服すべき対象も現れる煉獄的側面があるので、「悪の闇の世界」と呼ばれることもあるのでしょう。

このように、スフラワルディーはイブン・スィーナーの宇宙論に重要な修正をしました。

イブン・スィーナーが霊的、知性的存在を惑星天以上の世界としたのに対して、スフラワルディーは恒星天(と中間世界)以上に位置づけたのです。

また、恒星が多数存在することと関連させて知性体に横の系列を考えたのです。

そして、イブン・スィーナーが直観的知性と直感的・想像的知性を階層を貫く別系列と考えたのとはと違って、スフラワルディーは直観的知性(と直感的知性)の下に創造的想像力を置いたのです。

ですが、すでに書いたように、直観的知性には象徴的な側面があって、創造的想像力とも連鎖するのです。

最後に物質的な2つの世界です。つまり、諸惑星天の世界と、月下の地上世界です。

諸天は縦の序列が物質化して生み出されます。

通常、物質世界の4元素は湿・乾/重・軽といった性質から語られますが、スフラワルディーは光の透す度合いとして語ります。

彼にとってすべては光との関係が重要だからです。


秘儀伝授の象徴的物語


イブン・スィーナーも秘儀伝授をテーマにする象徴的物語を表わしていましたが、スフラワルディーはイブン・スィーナーのこの物語が終わるところから始まる物語を表わしました。

ここには様々なオリエントの伝統的な象徴が現われます。

彼は人間の霊魂の西方(物質的宇宙)への流刑と東方(大天使の世界)への帰還を語りました。この象徴的物語は中間界で体験されるものです。

スフラワルディーは、人間は物質的に受肉するに時、その霊魂の天使的・理性的な中核が2分されて、一方が個人の守護天使として天使界に残ったと考えました。

ですから、人間の完成はこの守護天使と合体しなければならないのです。

ある物語では、感覚世界を象徴するカーフ山の頂に昇り、そこにある根元的イメージ界の象徴であるエメラルドの街で天使の探究が始まります。

天使は永遠の青年の姿(ミスラ)で現れます。

スルラワルディーは異端宣告を受けて殉死しましたが、彼の神智学は照明学派として受け継がれ、次に紹介するイブン・アラビーの神智学、スーフィズム、シーア派とも結びつけられていきました。

また、ペルシャからインドに移住したアーザル・カイヴァー率いるマズダ教(パルシー教)徒達にも現代に至るまでの絶大な影響を与えました。


*イスラム哲学については、以下のページもご参照ください。


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