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US Hip Hop "Lil/リル"多過ぎ問題

Lil ◯◯が多過ぎる。

約1年間Hip Hop コミュニティーから遠ざかり、最近になって色々と目新しいラッパーを物色しているが、私が年を取ったせいかラッパーの名前をなかなか覚える事が出来ない。特に覚えられないのが "Lil"が付いているラッパー達である。一体全体、何人のLilがいるのであろうか。今回の記事では、そんな"Lil"が付いているラッパー達に対するUS Hip Hopリスナーの反応や、歴史を振り返ってみたい。これであなたもLil通になれる!?(適当です)

 1. 世の中の"Lil"に対する反応
(1年前に投稿されたRap Genius Archive ベース)

質問:「なんでこんなに"Lil"が付いているラッパーが多いの?」

コメント:①Wikipediaがこれに対する回答がないのが残念だ。(Lilの)リストを見る限りとんでもない数のアーティストがいるよ。
"Lil"を付けてるラッパー達は創作力が乏しいからね。ただ名前のトレンドを追ってるだけでしょ。
③「想像力が乏しい」ってのは一部のラッパー達には合っているかもしれないけど、幼少期のニックネームが由来の人もいるよ
④流行なだけでいずれ廃れるよ。
⑤でもHip Hopが誕生した当初から"Lil"を使っている人はいる訳で、流行ではないと思うのだが。
あいつらはHip Hopじゃねえよ
⑦"Lil"だけじゃなくて、"Big"をMCネームにしてる人も多いよね。Big Punとか、Big Lもそうだった。
Chance "the" Rapperとか、Sage "the" Gemini みたいに、"the"を付けるのが最近のトレンドな気がする。
Tyler, "the" Creator も確かにそうだね。
⑩奴らのラップキャリアの量がめちゃくちゃ"lil"だからだろ。
⑪Lil Wayne>>>>>Lil Yachty>>>>>Lil Scrappy>>>>>Lil Uzi Vert>>>>>Lil Dicky>>>>>>>>>>Lil Pump>>>>>>>>>>>>>>>他のラッパー達。
⑫そりゃ、背の高い黒人は野球選手になるかアフリカにいるんでしょ。他の奴らは大抵背が低いし、ラッパー達は基本細い。だから"Lil"を付けてるんだよ。
⑬大体の奴らがLil WayneLil KimLil Ceaseのパクリ。
⑭別のスレッドで同じような質問をした事があるけど、結局"Lil"を誰が初めに使ったか答えが出なかったな
⑮"Lil"は南部の"Jr/Junior = ジュニア"が始まり。それを色んな人が使うようになった。Lil Wayne の本名は Dwayne Carter Jr だしね。

①〜⑮のコメントはRap Genius内にある掲示板の一部を抜粋し、私が翻訳したものである。彼らの思考力の無さが分かるコメントだらけだが、それは日本のネット掲示板の多くと変わらないであろう。ただ楽しめればそれでいいのだ。ここで書きたいのは、日常的に英語を話し、ある程度のラップであればリリックを読まずとも理解出来る彼らも真剣にLilについて考えた事などさらさらない ということである。

2. そもそも"Lil"って何?

Lil は Little = 小さい/少ない/若い を短くした単語である。littleという単語の小さい/少ないの部分を考えて欲しい。Hip Hopの世界ではネガティブな単語をポジティブな意味合いに変える事が非常に多い。一番単純なものは"bad"であろう。bad は 悪い の意味であるが、I'm a bad guy (= 俺は悪い奴だ)なんていうフレーズも「俺は(色々な悪さをしてここまで成り上がってきた)最高の奴」なんて言い方が出来る。まぁ、bad は bad なのだけれど...

Masculinity (=男らしさ)がUS Mainstream Hip Hopでは2000年前半まで必要とされてきた。"女々しい"ことをせず、男らしい肉体、行動、強さがHip Hopには必要だった。アメリカの刑務所で録音した音源をリリースする輩がいれば、銃弾を9発受けても死なない鋼鉄の肉体をアピールする事で強さを示したラッパーもいる (そしてそれは大きな反響を呼んだ)。しかし、その"男らしい"というのも非常に曖昧であり、"Lil" = 小さい→それでもここまで伸し上がる事が出来た。チビでも銃をぶっ放せるし、ドラッグもやりまくって、女と遊ぶ事も出来る。もうこの記事を書いている私が混乱してくる。

①でも登場したように決してLil だけの話ではなく、一部のラッパーはBig を使ったり、男らしいとか女々しいとかを完全に抜きにして the をMCネームに用いるラッパーも増えてきた。では次に、それぞれのラッパー達がなぜ"Lil"をMCネームとして用いたのか、その由来を確認するとしよう。

3. なぜあなたは"Lil" なの?

①Lil Jon(本名: Jonathan Smith): Hip HopのサブジャンルであるCrunkを世に知らしめた張本人。メジャーリーグのAtlanta BravesよりもAtlantaのベースボールキャップを流行らせた人物である(たぶん)。現在はEDM界でも話題。

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「高校時代、俺はSpike Lee(というアメリカの映画監督)がかけてるような眼鏡をしてて、周りの奴らが俺の事をLil Spike って呼ぶようになった。それから俺が別の John って奴と遊ぶようになったんだけど、そのJohnには別のJohnって友人がいてね。その別のJohnがマジで体がデカくて、Big Johnって呼ばれるようになった。俺の知ってるJohn界隈で、俺が一番背の低いJohnだったから、Lil Jonって名前になった。この名前は一生変えるつもりはないよ。リスナーもその呼び方に慣れてるかなら。Mr. T(というモヒカンがトレードマークのアメリカの俳優)がモヒカンを無くすぐらいありえない。」

②G Herbo(本名: Herbert Wright III):元々はLil Herbの名前で活動。ChiraqことChicagoで2012年よりラップキャリアをスタート。俗に言う"Drill Music"を牽引する人物。

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「俺の正式な名前はHerbertで、親父の名前もそれだった。だから家族や友人も、俺がラップを始める前からLil Herbって呼んでた。Lil HerbからG Herboに変えた理由は、単純にガキから大人へ成長したからさ。GはGeneral(= 指揮官/司令官)を表してる。それは周りからの尊敬とリーダーシップの象徴なんだ。」

③Lil Durk(本名:Durk Banks):G Herbo同様"Drill Music"を普及した立役者。

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「俺の父親のニックネームだったんだ。彼の本当の名前はDanteだったけど、その後でDurkに改名した。親父のニックネームを俺が継承した。俺の本名はDurk Banksだが、このMCネームを変えるつもりはないね。」

④Lil Uzi Vert(本名: Symere Woods):Philadelphia出身のラッパー。Mumble Rapというジャンルを有名にした人物の1人。Uzi(= サブマシンガン)をMCネームに入れているにも関わらず、友人のXXXTentacion(という一部のHip Hopファンにカルト的人気を誇ったFlorida出身のアーティスト)が首に銃を数発浴びて殺された後に、XXXTentacionの遺族と銃社会を無くす為の基金創設を訴えた人物。

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「お前のラップはマシンガンみたいに早口だ。Lil Uziみてぇだ!って言われたのが由来。」

⑤Lil Yachty(本名:Miles Parks McCollum):Lil Uzi Vert同様、Mumble Rapを全世界に広げた功労者。2016年に「The Notorious B.I.G.(別名Biggie)は過大評価されてる」という発言で、私を含めたUS Hip Hopリスナーから総攻撃を受け、その後「2週間前までBiggieを聴いた事がなかった」と発言し、全米のHip Hopリスナーに衝撃が走った事で一躍有名になった人物。

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「俺はYacht Clubっていうグループのメンバーで、他のメンバーが全員俺よりも年上だったんだ。俺はガキみたいなもんで、それでLil ってのを付けたんだ。Lilはただの流行だよ。」

一応、彼らは適当にLilを付けた訳では無いらしい。昔の友人から言われたから、グループの中で一番若かったからなど、その由来は多岐に渡る。

4. "Lil" の歴史

Hip Hop界に"Lil"が登場したのは1976年と言われている。Funky 4 + 1のメンバーであるLil’ Rodney Ceeがその始まりとされる。このFunky 4 + 1はHip Hopグループで初めて女性MCを起用。1980年に発表したThat's The Jointで注目を集めた。Lil' Rodney Cee本人の写真を下に掲載する。なお、彼は現在でもラップ活動をする傍らでモデルのプロダクション会社を運営しているらしい。

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1980年代にはBoogie BoysのLil' RaheimやHuston出身のLil Troyなどが登場。だが、"Lil"が本格的にUS Main Hip Hopに参入するのは1990年からである。

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1990年。New Orleansから13歳の超新星、Lil' Macが登場。彼はMaster P率いるNo Limit Recordsと契約し、その後2枚のアルバムを発表している。そんな彼、実は2001年から現在に至るまで殺人容疑で刑務所に収監されている(懲役30年らしい)。1992年にはGroup Home(というNY出身ラップデュオ)の片割れであるLil' DupがGang Starrのアルバムに参加。こちらも同じくNY出身のM.O.P.のLil Fameが現れ、徐々に"Lil"がHip Hopリスナーの脳裏に焼き付いてきた。その決定打を打ったのはUS Hip Hopを語る上で避けては通れないNYC, BrooklynのBedford-Stuyvesant地区で育ったJunior M.A.F.I.A.である。

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Junior M.A.F.I.A.は1995年にアルバム Conspiracy でデビュー。1週目で約7万枚を売り、一躍Hip Hop界の名声を掻っ攫った。このグループの中にはLil' KimやLil Cease、故人のThe Notorious B.I.G.が名を連ねている。1990年代からのラップトレンドであるSex、Drug、Moneyをテーマにしているラップにも注目だ。

1997年には現"Lil"界の頂点に君臨するLil Wayneが登場した。

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Lil Wayneは1997年にJuvenile、B.G.、Turkと共にHot Boyzを結成。2枚目のアルバム Guerrilla Warfare が全米ビルボードチャート Hip Hop/R&B部門で1位になり人気者の仲間入りを果たす。おそらく、Lil LeaseやLil' Macを知らない中高生読者の諸君も、Lil Wayneの顔や名前はどこかで見聞きした事があるはずだ。グラミー賞を獲得するなど、最早Hip Hopだけではなくアメリカ音楽界の超有名人である。

1990年代までは数えるほどしか出て来なかった"Lil"であるが、2000年代から爆発に増える事になる。アメリカ南部を中心に、Lil JonやLil' Bow Wow(彼は後にSnoop Doggからの命令でBow Wowに変更)、Lil RomeoにLil' Flip、Lil Keke、Lil Scrappyなどなど、2000年代のUS Hip Hopリスナーからすると「あぁ!いたいたそのラッパー!」と血圧が上がってしまう今や昔のラッパー達が現れては消え、現れては消え、現れては消え...

後は現US Mainstream Hip Hopリスナーがご存知の通り、多くのLilが登場する。2000年代と2010年代の違いと言えば、人種であろうか。誰しもが自分の音楽をネットで配信出来るようになり、SNSで物議を醸せば醸すほど人気が出てしまう世の中になってしまった。Gucci Maneが顔にアイスクリームのタトューを入れたのは今や昔。多くの"Lil"の名がつく白人ラッパーが顔にタトューを入れている。それに憧れを持った若者が顔にタトューを入れたり、彼らの様にSNSでばか騒ぎをして問題になるのはアメリカの社会問題であるが、日本の「バイトテロ」も承認欲求と考えればあまり違いは無いかもしれない。音楽ストリーミング配信サイトのSpotifyによると、サイト内で"Lil"という名前が付くアーティストは8000名を超えるそうだ。読者の好きな"Lil"は今回の記事で出て来ただろうか。これからも人種を超えて登場するであろう"Lil"達の動向に目が離せないかもしれない。

                            Article by YA

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