心を鬼とせよ

 八華拳道場、修行の庭。まさに今、卒業試験が行われていた。一人の弟子の門出に立ちふさがる、四人の師範代。
「わかりません……っ!」弟子は音を上げるが、「心を鬼とせよ。それでわかる」見守る師匠が許さない。

 連打の熱血漢。技の美丈夫。石頭の料理人。鶴紋様の脚使い。弟子は苦悩する。
「ムリだ。どの方にも、殺気など……見えない!」
「うーん」師匠は腕組みを解く。「君やっぱ優しいのがなあ。いいやもう、合格ね」

「えっ。隠れた刺客とは一体……?」「そうねー。正解は」皆が構えを解く。

 あらためて、鉄爪、青龍刀、流星錘、脛当で身を固めた。「全員敵」「えっえっ」
 師匠はと言えば、群輪の構え――奥義予備動作である。都で最強の女が。「えっえっえーっ!」

 師匠、構えを流動させながら。
「本当に殺気わかってないよねー。良いけどさ、そこに君自身も入ってて」
「て言いますと」「殺気だけ鬼のそれなのよ。君がね、気を張るでしょ。飛ぶ鳥が落っこちるし、牛馬がブッ倒れてるから。ヤバいのは君でした


 弟子は修行の日々を回想する。道半ばで消えた面々。
「じゃあ同室の弟弟子の怪死は……?」「君が夢にまで型の練習してるから、その……さ?」
「ふざけん坊で、失踪した」「あの子か。帝の暗殺者だよ?百種の魔技を三周して、田舎帰っちゃった。君相当のは、狙う方を狂わすよね」

 弟子は地面に手をついた。「お……俺は、情けない!」
 道から悲鳴が。「あっ、興奮しないよ。……帝がうるさかったけど。卒業までに治す約束で、伸び伸びにしてたんだ。結局は……」師匠たちは見えない何かを去なす。


「……どうすれば」「立ちな。私はもう十分」師匠はぐぐ、と拳を引いた。
 弟子は仕方なく。二者を相手取る、双璧の構え。
 師範代たちが、武器を鳴らしてたじろぐ。

「逆にさ。君が勝っちゃったら、旦那頼むわ。帝の所」「俺に、あなた方を殺めろと?」

「いやいや」師匠は吹き出した。「心の方を鬼にしてよ」

【続く】

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