歯医者さん

昔住んでた家の近くに看板の可愛い歯医者があって、二回の引っ越しを経た今も通っている。

週に平日2日しかやってなくて家にも職場にも特段近くないから不便ではあるんだけど、妙に信頼できる先生なので他の歯医者を探す気にもなれず今に至っている。

私はなぜか永久歯が半分くらいしか生えてこず乳歯が未だにたくさん残っているんだけど、乳歯というのは永久歯よりずっと弱いらしく、少しずつ溶けて言ってしまう。初めて訪ねたときにそこに被せ物をしてもらって以来、それが割れたり取れたりしたとき、年に1回とか、そんなペースでたまにお世話になっている。

どう見ても自宅を兼ねたその歯医者は、古いながらに可愛らしい外観をしていて、そこら中にある細い路地でも、見方によってはそこだけオシャレな外国の町並みにも見えてくる。助手のようなものはいないらしく、いつ行っても中年の女性の先生が一人だけ、他の患者さんに出くわしたことも一度もない。

虫歯になったことがないせいか歯医者に苦手意識がなく、昨年末にラムネを食べてたら被せ物が割れた時も、すぐに先生に電話して次の診察日に予約を入れた。当然のごとく夜間診察などしていないので、歯医者に行くときは会社を早く出て、終わったら昔の家の近くを少し散策してどこか近くの飲み屋になだれ込むのだ。自分の中で歯医者はむしろ楽しみなイベントになっている。

当日は職場を出るのが少し遅れてしまい先生にお詫びの電話を入れつつ駅から走って向かい、到着20分後には思惑どおり、順調に治療が完了した。被せ物が外れにくいように、歯の表面に傷をつけるのだけど、先生はいつも、頑張ってる乳歯をなるべく大事にしたいと言ってくれている。乳歯は永久歯より昔から頑張っているおじいちゃん、またはおばあちゃんなので労ってあげなければいけない、とのこと。なんとなく乳歯=赤ちゃん、というイメージだったので目からうろこだった。乳歯はおしゃぶりをした赤ちゃんの歯キャラではないのだ。

お会計の時、区内の休日診療についてのチラシをくれようとして(正月休みは区内の歯科医院が持ち回りで診察に当たるらしい)、「お住いはお変わりないですよね?」と聞かれたので、実は今は近くに住んでいない旨を伝えた。わざわざ遠くから通っているのがバレて気恥ずかしかったが、だからと言って特別に感謝される訳でもなく、促されるままに書類に今の住所を記入していると、先生がカウンター越しに覗き込みながら意味ありげにそれを復唱してきた。「1」とまで書いたところで「良かった1丁目か〜」と言うのでもしやと思ったら、先生は2丁目の住民なのだそうだ。

なんでも先生はうちから徒歩2分くらいのところにある、いかめしい外観の歯医者さんに嫁いで、実家であるここの歯医者も閉めずに続けている、ということらしい。これからは都合に合わせてどちらの医院でも診察すると言ってくれて、我が家に至近のおすすめの飲み屋まで教えてもらった。

後日、おすすめされた飲み屋に配偶者と行ってみたら満席で、仕方なく他所で夕飯を済ませて帰るときに、歯医者の先生とその旦那さんと思しき二人組が、同じく満席で飲み屋に入れず踵を返すところを目撃した。その場では話しかけるのをためらってしまったので、今度また詰め物が取れた時にでも、目撃しましたよ、と言ってみようかと思っている。キモいだろうか。看板と外観がかわいいので、家からは遠いけどとりあえずこれからも今までと同じ方に通う予定でいる。

歯医者と飲み屋に関するエピソードとしては他に、立ち飲み屋で女装歯科医にナンパされたことがあります。

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