見出し画像

オリジナルストーリー:「大陸の迷蝶」Episode:-(マイナス)1

東京から電車で1時間、車窓にずっと並んでいたマンションや住宅の明かりが、ところどころ途絶え始め、その隙間に、ポツリポツリと草木が茂っているのがわかる。
やがて、窓の外が漆黒の闇に包まれるが、よく目を凝らすと、その闇の向こうには、広大な田んぼや畑が広がっているのがわかる。
遠くの道沿いに、街灯がポツンと灯っていて、さらに遠くには、コンビニエンスストアの明かりが見えた。

それでもまた駅が近づくと、「ここはまだ首都圏だ」と強く主張するように、駅前には、昔ながらの商店街や、大きなスーパーマーケットのビルが立ち並び、その下にはネオンが輝く夜の街を形作っている。

電車が駅に着くと、思っている以上に多くの人がその駅で席を立ち、ホームに降り立つ。

午後8時。
電車を降りた人々は、足早に家路を急ぐ。
ここはベッドタウンだ。それぞれ安らげる家があり、待っている家族もいるかもしれない。
スーパーマーケットの閉店時間が近付いている。生鮮食品や惣菜が割引きになる時間だ。電車を降りた乗客の何人かは、今晩のお腹を満たす食事を買うために、駅前のスーパーマーケットに吸い込まれる。

スーパーマーケットから反対側に続く通りには、昔ながらの小さな個人商店が並ぶ、ささやかな商店街が続く。
中華料理店、魚屋、八百屋、不動産屋、眼鏡屋、美容院等々・・・

この時間になると、既にシャッターを下ろしてしまったお店もある。
その昔は、もっと賑やかだったはずだが、スーパーマーケットができてから、人の流れも変わった。さらには、駅から遠い国道沿いに、巨大なショッピングモールもできた。いくつかの店舗は、ここ数年で業態も変わった。シャッターを下ろしたまま、二度と開かなくなった店舗もある。

その商店街から続く路地を覗くと、居酒屋や、昔ながらのスナックの看板が灯っている。
今日は平日なので、人通りも少なく、店を覗くと閑古鳥が鳴くような状況だが、それでも週末にはそれなりに賑わう。
スナックからは、昭和に流行った歌謡曲のメロディが流れ始め、何時から飲んでいるのか、既に相当酔っぱらった、音程の外れた歌声が響く。

更にその奥まで歩くと、店舗は途切れ、シャッターを閉めた小さな会社の事務所や、個人の住宅やアパート、更に古びたマンションなどが立ち並んでいる。
コインパーキングの暗がりで、ジャージ姿の若い男が二人、タバコを吸いながら立ち話をしていた。

古びたマンションの1階に、緑色の小さな看板が出ている。

「中国式マッサージ憩 301号室」

その他には、営業時間も何も書いていない。
駅で降りても、ここまで歩いてくる人は少なく、その看板にはほとんどの人は気付かないだろう。

マンションから厚手のダウンコートを羽織りながら、ジーンズ姿の女性が降りてきた。

女性は、コインパーキングでタバコを吸っている二人をちらりと見るが、足早に、駅の方へ路地を歩いていった。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?