路面電車と女の子
久しぶりに地元に帰ってきた俺は高校の部活に顔を出した。数人の後輩たちが駆け寄ってきた「お久しぶりです!」「先輩、お元気ですか?」
「みんな頑張ってるか?もうすぐ大会やもんな!」俺はすこし先輩ヅラをしてみせた。後輩たちに混ざって何本か走り込みをした。グラウンドの土の匂い、校舎の向こうに見える土手の景色、何もかもが懐かしい。
一浪して地方の大学に進学した俺は、始めこそよかったものの2年の今となってはすでに劣等生の仲間入りだ。学校にはほとんど行かず部活かバイトに精を出している。こんなはずじゃなかった。五人兄弟の末っ子、姉たちに世話を焼かれ甘やかされて育ち、兄貴がいるので誰からも期待を寄せられていない。父親に他県の大学に行きたいと言ったらすんなりオッケーがでた。俺の存在が煙たかったんだろう。大学近くの風呂無し共同トイレ4畳半の下宿。まどを開けると一面に田んぼが広がる。夜になるとカエルの鳴き声がうるさく、夏前には紫陽花、秋にはコスモスが綺麗に咲く。
生活費はアルバイトで賄っている。それが父親との約束だった。しかし母親はときどき内緒でお金を送ってくれる。そして必ず手紙が入っている。「頑張ってますか。少しだけど生活の足しにしてください。くれぐれも体には気をつけて」父親は典型的な亭主関白で頑固モノの職人。父親が黒と言ったら全て黒になる。高校2年の頃そんな父親に苛立ちを感じ初めた。高3の夏、父親がいつもの様に母親に手を上げる様子を見て、止めに入り気がついたら父親を殴り倒していた。自分でも驚いたが、気づくと父親は俺の足元に倒れこみ眼鏡が無惨に割れていた。それ以来、父親とはまともに口を利いていない。そして俺の前で母親に手を上げることもなくなった。(陰ではされているかもしれない)
このGWは他県にでて初めて地元に帰省した。そして母校の部活に顔を出したのだ。部活には初々しい一年生の姿があった。この前まで中学生だった彼らはまるで自分とは別の世界に生きる者の様に目をキラキラ輝かせている。自分にもあんな頃があったのか、、、もう思い出せない。ランニングをしている一年生のグループをぼーっと眺めていると急にその中の女の子の一人が倒れた。すぐにほかのメンバーが集まり俺もその輪に駆けつけた。どうやら熱中症を起こしたようで真っ赤な顔をしたその女の子はぐったりと目を閉じていた。後輩たちをかき分け、俺はその子をひょいと抱えあげて保健室に向かった。後ろで冷やかしの声が聞こえたが振り返らず歩いた。念のためそのまま先生の車で病院に搬送されることになった。その後しばらく残されたメンバーはザワザワとしていたがその内に練習は再開された。一通りの練習を終え俺はひと足先に学校を後にしようとしたとき、後ろから誰かに呼び止められた。二人組の女子だった。「今からみっちゃんの病院へ行くんですが、もしお時間あったら先輩も付き合ってくれませんか?」どうやら彼女たちは知らない病院に行くことに不安があるようだ。どうせ実家に戻ったって父親とは気まずいんだし、俺は付き合ってあげることにした。
病院の処置室ではちょうど点滴を終えたところだった。俺はベッドから少しはなれたところで様子を見ていたが、女の子たちが駆け寄り一人の子はほっとしたのか泣き出したかと思うとすぐ笑顔になり、3人で何か楽しそう話している。さっき倒れていたその子が、ごめんねと言いながら微笑む姿をみて俺はホッとした。どうやらその子のご両親は病院にこられないようで、4人で病院を後にし駅まで歩いた。その子は友だちからみっちゃんと呼ばれていた。みっちゃんは突然俺の顔を覗き込んで「先輩こんなところまで来ていただいてすみませんでした!お噂は聞いてます。キャプテンをしていた小山先輩ですよね?国立大学に進学したっていう、、、」と話しかけてきた。俺は自分の名字や進学先をその子が知っていたことに面食らってすぐに言葉がでなかった。「女子の先輩たちもみんな話してますよ!面白くって優しくて憧れの先輩だって」「そんな小山先輩とお話できてわたしすごくラッキーですね!他の先輩に恨まれそうっ笑」と言いながらコロコロと笑った。今の俺は授業も受けず情けない劣等生でそんな格好いいもんじゃない、そう口にしそうになったが飲み込み「ありがとう」とだけ答えた。しばらく歩くと駅が見えてきた。すると2人の友達が「じゃ、私たちこっちの線なんで先輩みっちゃんをよろしくお願いします」と言って小走りで改札へ行ってしまった。俺とみっちゃんは顔を見合わせる。「わたし一人で帰れますから、大丈夫です」と言われたが、さっき倒れた後輩を一人で帰らせる訳にも行かない。「送っていくよ。みっちゃん、だっけ?帰る前に少し時間いける?」と聞くと、みっちゃんは「はい!」と元気に返事をした。俺はみっちゃんを行きつけの喫茶店に誘った。高校生のころよく友達と通ったその店で、みっちゃんはクリームソーダ俺はナポリタンを頼んだ。そこでみっちゃんが手帳を探してると話してくれた。高校生になったから手帳をもって日記を書きたいんだと言う。喫茶店を出てみっちゃんの手帳探しに付き合うことになった。がその日はこれといって気に入るものが見つからなかった。そうこうしてる内にすっかり日が暮れて空はオレンジ色になっていた。俺とみっちゃんは路面電車に乗り込み、夕日に背を向ける形で並んでシートに座った。みっちゃんがウトウトしてたまに俺の肩に寄りかかる。俺はみっちゃんを起こさないように肩に力をいれ、それとなく支えた。なんだか懐かしいような不思議な気持ちになった。何だろうこの感覚は・・・
『丘の上の駅』
はっきり覚えているのに それが何処なのかがわからない景色がある
路面電車のまどからの景色 小さな電車だった
改札口の無い小さな駅 丘の上の駅だった
丘の上には駅だけがある
前方は下り坂が大きくカーブしている
その後どんな駅で降り どこへ行ったのか判らない
小学校にも行かない頃 誰と一緒だったのか
プラットフォームに子供を抱っこしたおばさん
小さな女の子は嬉しそうに手を振る
手首が不安定で バイバイがオイデオイデに変わる
そしてまたバイバイに
私はそれがおかしくて見ていた
電車は信号待ちでもしているのか なかなか発車しない
小さな女の子は電車に手を振っていたのか
それとも私に手を振っていたのか 記憶はそこまでだ
何だか忘れてはいけないような記憶
意味も無く 胸が熱くなるような記憶
自分でもわからない
中学生になって友達と自転車で遠くまで行くようになったが
同じ景色には出会わなかった
高校生になって電車通学を始めたが
同じ景色には出会わなかった
あれは夢だったのだろうか いつしか景色のことを忘れてしまった
「今日は送っていくよ」他の都市の大学に進んだ私にとって
帰省中の練習場所は出身高校のグラウンドだった
後輩の女の子と仲良くなって地下鉄を途中下車して乗り換える
初めて乗る路面電車 車内ではおしゃべり
「次の駅で降ります」女の子は言った
駅は丘の上にあった
改札口の無い小さな駅 丘の上には駅だけ
前方は下り坂が大きくカーブしている
私は茫然として景色を見た
探していた景色がそこにあった 胸が熱くなった
「はやく はやく こっち こっち」
女の子はオイデオイデをしていた
私は確信を持った
~あとがき~
時代背景は昭和です。前半の物語は私が書きました。
後半の「丘の上の駅」は私の父が書きました。
そして父の文章は実話だそうです。
みっちゃんに当たる女の子は私の母です。そういうお話です。
父の夢は自分の小説を書籍にすることでした。父の49日法要の日
私は父の書いた文章を小さな書籍にして母や妹たちに配りました。
ここでも発表しておくで、お父さん。
おしまい
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?