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私は青春を「彼の後ろ姿」と訳すだろう


「私の青春には、すべて彼がいました」

いつか残したアイドルの名言は、今も記憶の奥底に深く刻まれている。

私の青春にも、すべて彼がいる。恋が何色で、何味か、どんな感情が付随してくるのかさえ知らなかったあの頃の私に、すべてを教えてくれた彼。そんな彼との長い物語。


出逢ったのは彼が中学3年の冬。ひとつ学年が違う私は、中学2年の14歳だった。

一目惚れしたのは私の方だった。彼は卒業式の日、在校生に背を向け卒業生代表で指揮者を務めていた。その後ろ姿に、私の人生初めての恋が始まった。

名前も知らないその後ろ姿。だけど、なぜか気になってしまう。勇気を振り絞って手に入れた彼の第二ボタンは、その後の私たちを繋ぐ大切な宝物になった。

彼が高校に進学して、卒業式からもある程度時間が経った頃、やっとのことで私は彼の連絡先を手に入れた。初めて誘った花火大会という名のデート。あの日から、私の青春は彼だった。

浮かれてアドレスはペアのものにして、少しでも時間が合えばデートして。夜道に2人で月を眺めながら散歩したり、自転車に乗るだけで幸せだった。

彼との恋人期間はそう長くはない。

誕生日が1年と1日違いの2人。出会ってから毎年、誕生日には誕生日のバトンタッチをしたし、私に何かあったとき、いつもタイミングよく現れるのは彼だった。

どれだけ遠くに家出しても、一番に見つけ出してくれるのは彼で、受験の日も、不安な夜も、特別な日にも、必ず彼はそばに居た。

別れてからもお互いの学園祭に招待したり、お祝い事があると一緒にご飯に行ったり、近況を報告しあったり。年に一度は花火をするのが恒例だったし、たまにはデートもする。大小問わず、悩み事はいつも彼に相談していた。

彼は私のスーパーマンだった。


そんな彼が大学に進学すると決まった日、私たちは初めて物理的に大きく離れることになった。地元で過ごす最後の日も知らされぬまま、彼は新たな地へと旅立つ。

「入学しました✌︎

というメッセージとともに最高の表情で映る入学式の写真が届く。私の大好きなクシャッとなった彼の笑顔だった。

それからしばらく、お互いに忙しく連絡を取ることもなく時が過ぎていたが、私が大学に進学して1年半ほど経った頃、大きな迷いが目の前に立ちはだかった。私は一番に彼に相談した。彼からの返事は電話だった。

久しぶりに聞く彼の声はどことなく元気がない。彼は、私の知らないうちに病に侵され療養していた。後日知った話だが、彼は療養のため、私の進学先のすぐ近くの病院に居たこともあったそうだ。あんなに笑顔だった彼に何が起きたのか。

久しぶりに会えたのは、最後に会ってから3年ほど経った頃。彼の病気はかなりよくなっていた。数年ぶりに花火をしながら近況を報告しあった。

ライターもロウソクも手に入らなくて、風除けのついたお墓参り用のライターを買って2人で花火を灯しあったが、最後の2本の線香花火を残して、そのライターは力尽きた。

「また来年のお楽しみにしよう」

そう言って、その日は解散。

次に会うことになったのは、彼の病気も落ち着いて、進学先に戻る前日。

その日も偶然に彼はその日乗るはずの高速バスを乗り逃し、何も上手くいかずに家を飛び出した私と奇跡のように準備された始発までの時間を過ごした。

「もう少しだけ待っててくれる?」

その言葉を残して、彼は改札を行く。後ろ姿とその言葉を信じて、私は彼を見送る。全てを捧げた彼との約束。またしばしのお別れ。

とはいえ、彼を見送ってから、私は会えない彼の姿を他の誰かに投影して、そこそこ恋をした。罪悪感と共に、少しの擬似恋愛を楽しんだ。


改札で彼を見送ったあの日からもう5年が経つ。


「元気ですか?そういえば、結婚しました。」


彼は、私ではない誰かと家庭を築いた。


あの時残った線香花火は今もあの頃使っていたお財布の中に入ったまま。勇気を出して貰った大事な第二ボタンも未だに宝物ボックスに残されたままだ。

今でも誕生日は心がザワっとするし、花火大会の日は切ない気持ちになる。
初めて付き合った日は今も数字の羅列として脳内の記憶に残されてしまっているし、彼の苗字を見るとドキッとしてしまう。

彼が私の青春だったように、私も彼の青春だっただろうか。
最後に選んだ人が私じゃなくても、彼の人生に私は深く関われただろうか。


いつからか、彼のLINEのアイコンはあの頃はこの世に生を受けていなかった彼によく似た赤ん坊に変わった。彼はパパになった。

あのアイドルのように、私はすべての青春を過ごした相手と一緒にはなれなかったけれど、それなりに今を楽しんでいるし、選んだ道に後悔はない。

運命は、あのまま彼の隣で人生を歩み続けることではなかったのだろうし、私はこれからも今そばに居る大事な人と、彼との思い出を持って生きていく。


幸せになってください。幸せにしてあげてください。
そして私も、幸せに生きていきます。たくさんの青春をありがとう。

これが私の14歳から25歳までの彼とのお話。
後ろ姿も、横顔も、不器用なところも全部全部、大好きでした。





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