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【取材した奇談29】場所を尋ねる男性

「こないだねえ、青白い顔したサラリーマンが店に来たのよぉ」

1990年代半ば、寿司屋で遅番のバイトをしていたKさんに、常連客である小料理屋の女将さんが話しかけてきた。女将さんによれば、そのサラリーマンぽい男性は店の引き戸を開けて少しだけ顔を覗かせて、こう聞いてきたそうだ。

「……すみません。この辺でいちばん高い建物は、どこでしょうか……」

そのとき、店には女将さん、男性店員一人、客三人が居合わせた。
彼女らは直感した。

このひと、飛び降り自殺するつもりかも──。

小料理屋付近にはマンションがいくつか建っており、なかには<自殺の名所>と呼ばれるほど自殺が多いマンションもあるためだ。

女将さんたちは男性の質問には答えず、努めて冷静に彼を店に迎え入れ、一緒にお酒を呑んだ……いや、呑ませた。彼は酒席には応じたものの、始終無言で何も語らなかったという。

その後、彼が店に姿を現すことはなかった。

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