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雨の土曜日、考えてしまうのは

退勤後に会社を出ると、ビルを囲う低木に、イルミネーションの電球が飾られている。暖かい金色のような、ぼんやりとした小さな無数の光。ただのサラリーマンの勤務先に、どうしてこんなイルミネーションの飾りを施すのか、心底疑問に思う。

ここ最近はあまり変わり映えのない毎日を送っている。平日は仕事でまっすぐ帰宅して、土日はたまに友人と会ったり、一人で過ごしたり。
一時期は、友人の結婚に刺激を受けて、週末に同じく刺激を受けた友人と出会いの場に足を運んで、そのあと反省会と銘打っては楽しくディナーを共にしたり、忙しい毎日を送っていた。そんな生活の中、あるイベントで出会った相手と、連絡先を交換した。その相手とは2回ほどデートを重ねたけど、2回目のデートの後、「なんか違う気がする...」としばらく連絡を絶っていた。それでもまだ結論を下すに早い、また会ったら好きになれるかも、と、なんとか自分を誤魔化し続けていた。まともに恋のひとつもしたことがないわたしは、今度こそ人を好きになりたい、と必死だった。結局、しばらくしてハッキリとあぁ、わたしはこの人のことを好きになれないな、と悟った後、ラインを消し、一方的にさよならした。

好きになれないと結論づけたのは、連絡を絶っている間、会ったときのことを思い返すうちに自分の気持ちがはっきりとしたからだった。
2回目のデートの時、好きだと言われた。好き?と、まるでわたしに告白を促すように問われた。わたしが黙って頷けば、すんなりと晴れて恋人を得られたはずだった。でも、なんとなくモヤモヤして好きとは言えなかった。駆け引きとかじゃなくて、素直に心から好きという言葉が出てこなかった。
今なら、その時感じたモヤモヤの理由がわかる。
好きだと言われたことも、わたしの告白を促すような問いも、その全てが嫌で嫌で仕方なかったんだ。わたしの何を知っている?たった2回会っただけで、いや、回数は問題じゃない。だってわたしは相当に猫をかぶっていた。出会ったばかりの頃なんて誰だってそうだと思うけれど、本当の自分とは程遠い、当たり障りのないいい子を演じていた。そのわたしを好きだと言われた。優しくて、気遣いができて、可愛いくて好きだと言われた。もう、その言葉のすべてが嫌で嫌でたまらなかった。わたしはちっとも優しくなんかないし、気遣いができるんじゃなくて気遣いのできる女を演じていただけだ。それに、わたしの気持ちはわたしだけのものだ。告白を促されるような問いは、わたしの本当の気持ちを尊重してくれてはいない気がした。
でも、悪いのはこの人じゃない。悪いのは、そんな風に受け取られるよう必死でいい子ちゃんを演じていた、わたしだ。なのに、思惑通りいい子だと勘違いされて、好きだと言ってくれた相手に嫌悪感を募らせる。一体わたしは、どうしたいんだ?

本当は、好きでもない人とのことを、迷走に迷走を重ねた自分のことを、こうして文字に綴って、記憶や記録として残すのはとてつもなく嫌だ。限りある人生と記憶力は、愛してやまないものやハッピーなもので埋め尽くしたい。でも、自分の気持ちを吐き出すにはこうするしかないし、こうすることで自分のことをまたひとつ理解できるなら、黒歴史を綴ることにも耐えてみせよう。




ところで、誤解されて本当のわたしじゃないのに好きだと言われることが嫌なら、最初から猫なんて被らなければいい話だ。じゃあ、まだあまり話したことはなくて、その上、距離を縮めたいと思っている相手にはどう接するのが正解なんだろう。互いのことをあまり知らない状態で、いきなり自分をさらけ出すのはあまりにもリスキーだと思う。だってもしもそれで拒絶されたら、恋が始まる前に終わっちゃうでしょ?できる努力だって、確かにあるはずなのに。何が正解なのか、まだ今はわからないけれど、いい子を演じすぎるのは初対面で自分をさらけ出しすぎるのと同じくらいリスキーだと学んだから、やめるよう心がけるつもり。できたら、ゆっくり相手のことを知って、自分のことも少しずつ知ってもらえるのがベストかな。なんて、気になっている相手のことを、ぼんやり思いながら結論づける。




休日の今日は、何をしているのかな。ここのところ毎日残業しているようだから、遅くまで寝ているのかもしれない。仕事中、よくブラックコーヒーを飲んでいるけど、あれは好きで飲んでいるのかな、それともただの眠気覚まし?コーヒーが好きなら嬉しいな、わたしも好きだし。どんなテレビ番組が好きで、どんな食べ物が好きなんだろう。行きたいところはどこで、どんな歌が好きなんだろう。
ここまで考えて、ハッとする。そういえば、連絡を絶った相手には、こんな風なこと、考えたこともなかった。どうしてこんな簡単なことに、気がつけなかったんだろう。


知りたいことは山ほどあるのにね。わたしから声をかける勇気なんて、これっぽっちも持ち合わせていないや。

知りたいことがたくさんあって、休日の日も思い浮かぶ相手がいる。恋と呼ぶには、あまりにも未熟で、不完全だけれど。好きになれたらいいな。好きになってくれたらいいな。そんな、奇跡みたいなことをぼんやりと考えながら、来週は少しでも話せますように、と、小さく願う。




雨の土曜日、考えてしまうのは、あの人のことばかりだ。








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