雨の日の渋谷

渋谷が苦手だった。
大学生の頃、数年ぶりに会う約束をした中学時代の友人と待ち合わせをしたのが渋谷だった。
暑い暑い、夏の昼間。
もともと暑さが苦手な私に夏の渋谷はあまりにも過酷だった。人の多さが相まって暑さが増している、と、街にいる全ての人に嫌気がさしたのを覚えている。
待ち合わせ場所に着いた途端、止まらない汗と崩れて意味をなさないメイクに、まだ肝心の友人に会ってすらいないというのにもう帰りたい...と思った。この時、初めて渋谷に苦手意識を抱いた。無意識のうちに、人と渋谷で待ち合わせをすることは避けていたような気がする。


それから数年後、大学院の卒業とともに就職を控えた12月のある日、会社から指定された資格試験の受験のために渋谷を訪れた。朝早い時間だった。
その頃のわたしは、人の少ない、空気も朝陽も新鮮な早朝の街というのは、総じて素晴らしいものだと思っていた。そして渋谷という街はそんな私を嘲笑うかのように軽やかに期待を裏切った。
早朝で人は少ないものの、前日の人の多さを物語るようなゴミだらけの道と、カラスで溢れかえる街。
汚ねえ街だな、とスタバで悪態をついたのを覚えている。

やっぱりわたしは渋谷という街が好きになれず、人とカラスとゴミで溢れかえった汚い街だと、そう結論づけた。用事があるのは、ヒカリエをはじめとした駅ビルのような商業施設のみで、渋谷はなるべく建物の外に出ないに限る、と。




この間、用事があって渋谷を訪れた。
雨が、激しく降る日だった。
寒くて、ゴンチャでホットチョコレートミルクティーを頼んだ。
初めて飲んだけれど、これ、美味しいな、好きだな、それにしても雨、すごい激しさだ...と、ふと激しい雨が降りしきる街に目をやった。
何があるわけでない。
ただの、激しい雨が降り注ぐ、渋谷。
でもその光景は、わたしをセンチメンタルな気持ちでいっぱいにさせた。
いつもは、人が多くて騒がしい街。
汚くて、暑くて、人が多くて、一刻も早く帰りたくなる街が、激しい雨で責め立てられるような光景に、おもわず立ち尽くした。
まるで、街の汚れが押し流されるみたいだと思った。街を歩く人はみんな、雨をしのげる場所に避難して、それから、すごい雨、と街を振り返った。
しばらくぼうっと、雨がたたきつける様を眺めていた。
それから、何事もなかったようなふりをして、ホットチョコレートを片手に帰路に着いた。何事もなかったわけじゃない。確かに、自分のなかの「渋谷」という街への情景が塗り替えられた瞬間だった。




あの日、激しい雨が降りしきる渋谷の街の情景は、わたしの中の「渋谷」に対する嫌悪感を知ってか知らずか、あまりにも簡単に、でも、充分すぎるほどロマンティックに、わたしの渋谷への印象を変えてしまった。


雨の日の渋谷は、悪くない。

渋谷に降る雨は、激しければ激しい方がいい。




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