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この世、最も壮絶な里帰り

 トンネルを抜けると、そこは雨に濡れた何もないクソ田舎だった。

「やめた方がいいって兄貴。嫌な予感するよ」

 弟の言葉を無視して、俺は電車のボックス席から立ちあがり、荷物棚からせいぜい三日分の着替えしか入っていない旅行鞄を取った。
 無人駅へ降りる。俺は自動改札にスマホをタッチして、ログハウスをテーマにした駅構内を出て五年ぶりに帰郷を果たした。ほかに改札を出る者はいない。
 コンクリートの地面が濡れていた。さっきまで雨が降っていたのだろうが、今は止んでいた。後には正月の寒さと、山間部特有の湿った霧だけ。
 正月といったが、元日まであと二日あった。予定では今日を含めて四日ほど実家に泊まって、三日には東京へ戻るつもりだ。
 五年ぶりの実家か、と思う俺の足取りは軽くない。
 両親との折り合いは悪い、というより音信不通だった。いつの頃からか、俺と両親には壁が出来ていた。それが俺に家庭での居場所を失わせたのだ。
 父親は残業で遅くにしか帰ってこないし、休日は町内会の集まりだとかで、夕方まで家にいないことが多かった。母親は母親で、平日はパートタイムで家を留守にしていたから、俺は家で一人本を読んでいる記憶しかない。
 昔はそうではなかった―――両親と俺には一緒にどこかへ出かける交流というものがあった。それが無くなった原因は、やはり弟が死んだからだろう。

「兄貴、ファミマだ。こんなところにもあるんだなぁ」

 そう言われて俺は顔を上げた。弟の指さす先に、緑の看板がある。
 本当だ、昔はなかったのに。
 実家に帰る前に菓子でも買おうと、ファミマの中に入る。
 そこには異様な光景が広がっていた。
 まず棚という棚に物がなく、レジの前には制服を着た血だらけの女性店員があおむけに転がっていた。
 店員の肌はペンキを塗ったように青い。死斑という奴だろうか? これが?
「お、おい」と、震える声で俺が呼びかけると、店員は起き上がり、白く濁った眼でこちらを見た。

【続く】

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