登山の目的
A rose by any other name...
登山の目的って、山に登る以外ないはずと思っていたわけだが、そう簡単な話しでもないようだということをオレは最近思い知った。
「これからの登山について語ろう」みたいな山関係の会合があった。「これから」にメッポウ弱いオレは一も二もなく出席した。
とある雑居ビルの一室に辿りついたオレは震撼したね。おじいちゃんが90パーセントをしめている。残りは40代のおっさんとオレとおばあちゃんという構成である。
通常、こうした会合では知り合いがいなくてもナチュラルにトークが始まるものだ。しかし、どうしたことかお通夜みたいだ。てか、お通夜って結構盛り上がったりするし、鉄球でももう少し弾むのではないか?重苦しい雰囲気の中で会合が始まった。
座長挨拶に続いて、自己紹介だ。
長い。
座長も、みんなも久しぶりに誰かと話したんじゃないかっつうくらいの勢いで話してる。
しかし、話には共通項がなさすぎる。健康のため、己と向き合うため、写真撮るため…エトセトラ。
どこかで似たような経験をしたのを思い出した。
本が好きという人の集まりがこんなだったな。読んでる本どころか好きなジャンルでさえもかすらなかった。結局、みんなが読んでる作家は村上春樹くらいしかいなかった。
薄れゆく意識の中でメスナーの言葉を思い出したね。
「自分自身のために登る」
結局はそこに行き着くのかもしれない。自由に登ればいいって事だろ?
そういうことか。
そういうことにしとこう。
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