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誰に向かって書くのか。

何かを上達させたいと思ったとき、ただ闇雲に練習しただけではうまくなれない。楽器だって何も考えず、ただ何回も何回も曲を繰り返しているだけでは進歩しない。何を意識するべきなのかちゃんと理解し、弱点克服の為にトレーニングを実践してこそ上達していく。今まで私はそれがわかっていても出来なかった。
今日ふとそれは文章にも同じ事が言えるんじゃないかと考えて不安になった。漠然と書いてしまっている自分は間違った方向に努力しているんじゃないか、自分は書いたという事だけで満足感を覚えているだけなんじゃないか、って。

文章でも、音楽でも、芸術でも伝えたい対象がはっきりしているほど伝わる気がする。伝えるということ自体が相手がいて初めて成立するものだから。であるならば私が「伝える文章」を上達させたいと願うなら、誰に伝えたいのかをなるべく明確に意識して書かないと意味が無いのではないか。そんな事を考えた。

私の文章には「誰に向けて」と言う意識がない。というか正直誰に向けて書いたらいいのか、誰に伝えたいのかまだよくわからない。どうしたらいいのだろうか。無理矢理見つけられるものでもないし。
でもこの問題はわからないなりに意識して、向き合っていた方がいい気がする。なんとなく。

結局考えに考えた末にまだまだ自分に足りないものはたくさんあるのだから頭の片隅では意識しつつ、まず誰に届けるでもない自分の気持ちをきちんと言語化するところから一歩ずつ進むしかないという結論に至った。焦ってもしかたないから地道に書いていくしか道はないのかも。

そんなことを悩んでいた今日一日だった。

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