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どうでもいいこと

 更新しようと書きかけてはやめているので「下書き」ばかりが溜まっている。テーマのあることを書こうとして全部中途半端になっている。だから思いつきで書く。

 コロナが続いたことで、それ以前からあった人々の分断がより一層可視化された気がする。私自身も自分の考えを伝えたりするけれど、周囲の人は割と考え方が近い人が多いので問題はない。悩むのは全く考えの違う人たちに対してのどのような言葉を選んでいくのかだ。昔はSNSの発達が人の垣根を取り払ってくれると楽観的に考えていた。しかし、どうやら違った。自分の考えに固執している人は、他者からの違った意見を攻撃だと受け取るようで、耳を傾ける前に自分を立て直す情報を探す。本来なら科学的な統計や論拠となる事実が客観的な事実を示してくれるはずなのだが、そのような統計すら別の理屈によって信じるものに値しないと見なす。そこには喧嘩はあっても対話はない。あるのは感情の応酬だけだ。本来、演劇を含めた表現活動には、そうした溝を埋める力があるはずなのにね。とにかく暗い気分になる。

 京都の自宅にこもって台本を書いている。全く遊びにも出かけていないし外に出るのもスーパーだけで人にも会っていない。オンラインでの打合せなどはめちゃくちゃ多く、画面越しには話しているけど。おかげでパソコン画面を拭いてばかりの毎日だ。私はどうも喋る時にはかなり唾が飛ぶらしい。……そういえば中学の時、卓球部の皆から唾がかかると文句を言われ、ラケットで口を隠して喋っていた時期があった。一ヶ月後、その部分だけ板が朽ちた。濡れすぎて乾く暇がなかったんだね。

 ずっと家にいるので家事だけは手早くなった。毎日洗濯も料理もする。コロナ期間ですっかり得意になった。フライパンのコゲを落とす方法やら、窓をピカピカにする方法などの動画を見ては試す。そんな中、一人で髪の毛を裾を整える動画を発見したので果敢に挑戦した結果、失敗して丸刈りになったりもしている。

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 家にいるのでこんなトピックがしかないのだ。いやいや……あれがあった。これも本当にどうでもいいことだけど。

 前から困っていたのがベッドマットレスだった。ダブルのコイルマットレスでセンターの一部分だけスポンジが入っている。そして、どうやらそのスポンジ部分だけが少しくたびれていてベッドの真ん中に窪みができるようになっていたのだ。サイトなどを見るとひっくり返せと書かれていて、それも試したのだが、どうにも寝心地が悪い。せっかくのダブルなのに毎日どちらかの端でひっそり寝る羽目になっていた。時々油断して寝返りを打つと知らない間に間に挟まってしまう。

 私は時々京都ファミリーというショッピングモールに行く。銀行もあるので振り込みなども済ませられるし、私が好きな葉巻も売っている。もちろん生活に欠かせないアーモンドや粒あんの大容量のものある。京都に戻って買い物に行った時。ふと気がついた。斜め前にはニトリがある。私はマットレス売り場を見て回った。ニトリだからとタカを括っていたがいいなあと思うものは結構な値段だ。そうだよな。マットレスって高いもんな。しかし睡眠は大事だし。

 店員さんに相談して買うものを決め、届けてもらう日などの相談。前のマットレスも引き取ってもらいたいとお願いした。すると「玄関先でのお引き渡しだと安くなりますよ」と店員さんはいう。どうしよう? 私が選んだものは下にベースを置き、さらに上に重ねるものなので二つに分かれているという。「しかも、今は圧縮されて段ボールに入ってますから」と言われたので「じゃ、玄関での引き渡しで」と頼んで帰って来た。

 当日。寝室は二階にある。私は古いマットレスを一人で抱えた。でかい。重い。そして階段に挟まって動かない。もうグイグイと押しまくってみた。少しずつ下ろし、なんとか玄関まで運んだ。時間通りにトラックは到着。屈強な二人が軽々と古いマットレスを運んでいく。そして新しいマットレスを持って来てくれた。配達の人が帰った後、玄関には段ボールが二つ。ベースともう一つ。どちらも私の背と同じくらいの大きさがある。

 まずはベースの方を持ち上げた。嘘だろ? 重い……。待ってくれ。これを、これを一人で二階まで運べと言うのだろうか? 実際に「これを運ぶの?」と声に出してみたが誰からも答えは返ってこない。運ぶしかないのだ。

 まずは持って階段を上がろうとした。無理だった。重いし狭いし。次に箱を横に倒し、下から底を押しながら上げて行った。これはいい。……しかしだ。途中で上の方が段に引っかかっているようで進まなくなった。少しずつ下がってくる。このままだと下まで落ちて、さらにはこの箱が私の上に降ってくることになる。不安定な体勢のまま、渾身の力を込めて箱を浮かし、一段ずつ上に体を上げていく。汗だくになりながらなんとか二階まで上がった。十五分ほどかかった。そこからは楽だった。箱を滑らせながら寝室に行き、段ボールをカッターで開く。ロール状になったものをベッドにどさっと乗せてビニールに切れ目を入れるとスルスルと形が膨らんでいく。そしてベースがセットされた。しかしすでに疲労困憊だ。

 もう一つあるのだ。しかしコツは掴んでいる。こうなったら一気に片付けてしまおう。……と、持ち上げてみて驚いた。ベースよりこっち方が重いのだ。それもかなりだ。同じ方法で下から押してもピクリともしない。コーヒーを淹れてしばらく考える。しかしいくら考えても答えは出ない。

 段ボールは立てると私と同じくらいの大きさ。それを「あなだだけを愛してます」というくらい抱きしめて持ち上げてみる。すると少しは浮く。こうなったら抱き合ったまま、一段ずつ共に上がって行くしかない。もう一緒に幸せになりましょうという感じだ。しかし手が滑る。なのでダンボールの横に少し切り込みを入れ、そこに右手を突っ込みながら持ち上げた。……おおおお。これはいい。私と段ボールはしっかりと抱き合ったまま、少しずつ天国に向かう。焦らず、一段ずつ。まあ、重い。この重みは愛の重さだ。少し前にNetflixでスパーダーマンを観た。恋人であるMJを抱きしめてニューヨークの摩天楼を颯爽と飛び回る彼。私は段ボールを抱きしめて狭い階段を上がる。残りは三段。もうすぐだ。

 ……その時だった。なぜか私のMJはズルリと下に下がった。え? どうして? 私は上がっているのに。段ボールに入れた切り込みが破れ始めていた。一段上にあげようと持ち上げると、その箇所の破れが大きくなりズルズルと下に下がってしまう。「もうあなたとは一緒にいられない」と言われているようだ。失恋するのは嫌だ。私は最後の力を振り絞った。ビリビリビリ。裂け目が広がり、とうとうMJは私にさようならを告げて下に落ちて行った。残念ながら私の手首からは糸も出ない。落ちて行くMJを見送ることしかできない。しかも階段の下にはテーブルがあり、そこにはロンドンで買った近衛兵たちが並んでいるのだ。

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 近衛兵たちは倒れた。戦いに敗れたのだ。私はまたしてもコーヒーを飲んだ。もう疲れ切っていた。シャワーでも浴びてベッドに横になりたい。しかしそのベットは横になれない状態なのだ。

 私は段ボールを起こし、別の面に切り込みを入れ、再度挑戦をした。慎重にことを進めたおかげで、今回は上まで到着。私たちの愛は成就した。ただ、今でも気がつくとベッドの端で寝ている。すっかり癖がついてしまっていたようだ。

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