He ain't got nothing at all.

 かのアンディ・ウォーホルが見出したことで伝説となったNYのロックバンド、ヴェルヴェット・アンダーグラウンド。退廃的なサウンドとタブーに切り込む歌詞は、後世に大きな影響を残した。

 基本的にヴェルヴェッツはフロントマンであるルー・リードのバンドであったと言える。それに対抗できる個性と感性の持ち主がベーシストでヴィオラ演奏者のジョン・ケイル。二人の激しい個性のぶつかり合いが、初期のヴェルヴェッツのサウンドを支えていたと言っても過言ではない。ウォーホルと、ウォーホルが連れてきた「素人の女」ニコの参加で後に評価される1stの「バナナ」、そいつらを追い出して作った2nd。大体のファンはこの頃の音源が好みのようだ。前衛的で、アグレッシヴで、クレイジーで、確かにすごく刺激的だ。ただし、全然売れなかった。

 個性が強すぎる者の宿命か。2ndアルバムを制作した時点でヴェルヴェッツのアグレッシヴで前衛的なサウンドを支えてきたジョン・ケイルが脱退する。「オレより目立ちやがって気に入らねーんだよ」という理由でルー・リードからクビを言い渡されたのだ。ルー、嫌な奴だな。あわれジョン・ケイル。

 さて、片翼を失ったヴェルヴェッツだが(たぶんルーはそんなこと思ってない)、新しいメンバーを迎える事になる。ヴェルヴェッツのファンだという男、ダグ・ユールの登場だ。珍しい事ではないとはいえ、ファンをメンバーにしてしまったのだ。このダグ・ユール、殆どすべての楽器を演奏する事ができ、歌まで唄える。けれども、これといった特長がない。サッカーで言うとスタメンには入らないけど超ユーティリティプレイヤーだからベンチには必ず入る男、みたいな奴だ。ルーは個性的で強烈なプレイヤーよりも、自分に従順で何でも器用にこなせる便利屋を選んだのだ。

 ダグ・ユールはその器用さをを如何なく発揮する。スタジオワークは勿論の事、ライブでは喉を酷使したルー・リードに代わって、ヴォーカルとして熱唱する事もあった。本当にベンチの交代要員みたいだ。どことなくルーに似せた歌い方をしているのも泣ける。そりゃそうさ。だって、ダグはヴェルヴェッツのファンだもの。

 そんなメンバーの交代劇のさなかに制作された3rdアルバムは、ルーの芸術的な個性が前面に押し出された、これまた素晴らしい出来のものだった。それはもう、ダグ・ユールどこにいたんだ……という程にルー・リードな作品だった。それでも、見事に、全く売れなかった。

 そして、ヴェルヴェッツはとうとうレコード会社をクビになる。3枚出して売れなかったから仕方がない事だ。なんとか移籍先は見つけたものの、そこでは「今度は売れるものを作れ。いいな」とクギを刺される事になる。

 4thアルバム「Loaded」。わがままなルーはなんとか曲を書いたものの、すっかりバンドに嫌気がさしてしまい、ヴォーカルの殆どをダグ・ユールに丸投げしてしまう。それだけではない。「売れ線モノ」なんかやってられるか!とプロデュースすら投げ出してしまう。何でもできるダグは、ルーが放り出した仕事を仕切り、なんとかこのアルバムを完成させた。「売れ線モノ」かどうかはともかく、前作までと比べると随分ストレートでポップな仕上がりにはなった。それがダグ・ユールのセンスなのかレコード会社の意向なのかはわからない。そして、やはり、全く売れなかった。

 かくして、これがヴェルヴェッツ最後のアルバムになったのは言うまでもない。バンドは崩壊、フロントマンのルー・リードが殆ど関わっていないという事でアルバムの評価は今に至るまで散々である。挙句の果てに「ダグ・ユールがバンドをダメにした」と言われる始末だ。おい、ダグ・ユールは悪くねえだろ!リリース後、妙に商業ロック的な仕上がりとなった「Loaded」を聴いて、ルーはこう言い放ったという。「これ、オレんじゃねえ」。

 当時、全く売れなかったヴェルヴェッツは解散後に評価され、ロックの殿堂入りを果たすことになる。例え不遇をかこつとも、自分たちのロックを貫いた「アンダーグラウンド」な彼らに陽が当たった瞬間だった。そこにはルー・リードはもちろん、喧嘩別れしたはずのジョン・ケイルの名前も刻まれていた。ところが……。いない!あいつがいないんだ!

 男の名はダグ・ユール。都合のいい男として扱われ、メンバーとしてはなかった事にされた存在。そして、ヴェルヴェッツの一番のファンであり、ヴェルヴェッツのファンから最も非難された。

 彼はヴェルヴェッツが崩壊した後も独りリーダーとしてアルバムを制作したもが、その作品はヴェルヴェッツのアルバムとしてすら認められていない。

 「Loaded」の最後に収録されている曲「Oh! Sweet Nuthin'」。ルー・リードが書いて投げ出したこの曲を、ダグ・ユールが歌っている。その歌詞はこんな風だ。

Say a word for Jimmy Brown (ジミー・ブラウンに何か言ってやってくれ)He ain't got nothing at all (奴は何もないんだ )Not a shirt right off his back(持ち物を全部取られてしまって )He ain't got nothing at all (奴は何もないんだ) And say a word for Ginger Brown(それからジンジャー・ブラウンに何か言ってやってくれ )Walks with his head down to the ground (頭を落として歩いてるんだ )They took the shoes right off his feet (一文無しにされてしまって )And threw the poor boy right out in the street (哀れな奴は放り出されたんだ ) And this is what he said (そして奴はこう言ったんだ )Oh sweet nuthin' (オー・スウィート・ナッシン )She ain't got nothing at all (何も持っちゃいないんだ) Oh sweet nutin' (オー・スウィート・ナッシン) She ain't got nothing at all (何も持っちゃいないんだ )

「ジミー・ブラウン」「ジンジャー・ブラウン」とは、ダグ・ユールその者のようにも思える。バンドの最後となるこの曲を、ルーが書いて、ダグに歌わせたのだ。そんな事は、誰も何も考えちゃいなかったのかもしれない。けれども……。

 彼はそのバンドが後に伝説になる事も、その伝説から「なかった事」にされる事も知らないでこの曲を歌っている。

He ain't got nothing at all.

 

 ダグ・ユールの事はいつか書かなければならないと思っていた。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?