【二次創作小説】密かに揺れる
2月の月報(2.趣味のイラスト)で、「ノシュアに密かに恋する女の子」の物語でも書きますか、というノリで発祥した、創作漫画の二次創作小説です。ノシュアは、ピクニャー部隊に登場する、主人公クイロスの子供の頃の世話係(故人)
クールで強い剣士に、密かに恋をする、食堂で働く女の子のお話。
【~設定こねこね雑談~】
ピクニャー部隊・チナミ支部の食堂で働く、19歳の女の子。ノシュア22~23歳、クイロス7~8歳。シュバリエ(ノシュアが持つ称号)は、班長と同等の地位なので、天と地くらいの身分差がありますね。
初めは食堂でクイロスといるところを見かけて、立ち姿の美しさ、シュバリエのオーラから感じる強さ、クイロスの面倒を見る優しさのギャップに、惹かれていったけど、まだ恋ではない。
彼女は、家事手伝いをしていて、料理くらいしかまともに出来ない、自分に自信のない子かな。(料理が出来るなら、絵描きよりよっぽど人間的価値がある)容姿、普通。印象に残らない感じ。お尻まである長い髪を三つ編みで一つにまとめている。
ある時、私は干し肉の保存箱を取りに、食料庫へ入った。食料庫は狭く、陳列棚や荷物がたくさん置かれていた。肉箱は、陳列棚の一番上、奥のほうにある。はしごをのぼり、手前の荷物をどかす作業に集中していた私は、長い髪が、棚の上にある強力なネズミ捕りの“のり”に、くっついてしまったことに気が付かなかった。
やっと肉箱を手に取り、はしごを降り始めた。しかし、三つ編みはネズミ捕りにくっついたまま、上にあがっていく。最後の三段を飛び降りた時、髪をひっぱられ、肉の箱と、近くにあったピクルスの瓶を、床に落としてしまった。ガシャン!と大きな音をたて瓶が割れ、肉箱が床に転がった。
「きゃ!いたいっ!;」
あわてた拍子に、はしごを床に倒してしまう。髪を引っ張られている私は、倒れたはしごにも、棚の上にあるネズミ捕りにも手が届かない。
「…誰だ、何をしている」
その声は心臓にスッと刺さり、ハッとして思わず手で口を覆う。その声は、いつも遠くから目で追っていた、ノシュアさんの声だった。悪いことをしているわけではないのに(瓶を割ってしまったけれど)何故か、見つからないよう声を潜めてしまう。
コツ…コツと、ノシュアさんの靴の音が自分に近づく。心臓がドキドキと早く鳴った。「お願い、見つからないで…!」と、心の中で念じたが、あっさりと、間抜けな姿を、見つけられてしまう。「あ…う…っ」と、声にならない、これまた間抜けな声が漏れた。顔が熱い。
ノシュアさんは、真っすぐに私を見つめている。任務帰りなのか、シュバリエの白いコートを着て、細身の剣を腰に差し、そこに立っていた。
憧れていたノシュアさんが目の前にいて、いつもはクイロスくんに向けられている視線が、自分に向けられている。(何も、こんなタイミングじゃなくていいのに…)穴があったら…いや、いっそ穴を掘って入りたいくらいに、恥ずかしかった。
一方ノシュアさんは、そんな間抜けな姿の私を、あきれているような、何も考えていないような、何を考えているのか分からせない表情で、見ていた。いっそ、あきれ顔をされたほうが、マシに思え「うぅ…」と情けない声が出た。
モゴモゴ何か言っている私を見て、状況を把握したノシュアさんが、ゆっくり私に近づいた。これ以上ノシュアさんに近づかれたら心臓がもたない。くわえて、怒られるのか助けてもらえるのかも分からない。緊張と不安を感じた時、初めて、ずっと見続けていたはずの、この人のことを、何も知らないのだと思い知った。
「あの…私、食材を取りに来て、怪しいものではありません…っ、棚の上の箱をとろうとして、そしたら、ピクルスの瓶を落としちゃって、あ、落としちゃったのは、髪が何かに引っかかってしまったからで、あの…;」
我ながら要領を得ていない説明だ。しどろもどろで説明するのを聞きながら、ノシュアさんは剣を外して脇に立てかけた。それから着ていた白いコートも脱ぎ、比較的綺麗な棚へ、畳んで置いた。はしごを立ててのぼり、ネズミ捕りを確認する。
「髪がネズミ捕りに、くっついている」
ノシュアさんは腰に差していた短剣を抜いた。
(あ…、切られる…)
やめて、と、止めようとした言葉は、喉に突っかかって出てこなかった。だって、知り合いでもない、隊員でもない、食堂で働かせてもらっているだけの私なんかを、助けてくれようとしている。あのノシュアさんが。それに、シュバリエの手を止めるなんて、きっと、おこがましいことだ。
私は静かに覚悟を決め目を閉じた。1分…3分……長い。一体、上で何をしているのだろう?髪を切られる感覚もない。
不思議に思っていると、ふいに、ノシュアさんの声が上から降ってきた。
「つらくないですか」
「え!?…あ、はいっ、寄りかかれるので、大丈夫です!」
「そうですか」
ツンっと、かすかに髪がひっぱられた気がして、ようやく気が付いた。
きっと、のりが付いてどうしようもない場所を、少しずつ切ってくれているのだ。丁寧に、より分けて、私の髪を、あまり傷つけないように。
私はその考えに至り思わず視線を落とすと、棚に立てかけられた剣が目に入った。
(あ…)
私は、はしごの左側にいる。剣を腰に差したまま、はしごを上ると私にぶつかってしまうこと、コートもきっと私にかぶさってしまうのを、防ぐために外してくれたのだと、思い至った。
都合のいい解釈かもしれない。けれど、自分の為に時間を割いてくれているノシュアさんの思いやりを感じて、また顔が赤くなった。
大丈夫だろうか。
気づかれていないだろうか。
私の猫耳は赤くなっていないだろうか。
何せ、ここはとても静かな場所なのだ。こんなに静かでは、察しのいいノシュアさんに、自分の心まで見抜かれてしまうのではないだろうか。
たまに引っ張られる髪。
その度に
今までノシュアさんを見つめていた日々が、色を変えていくような気がした。
恋になってしまったのだ。
* * *
「とれましたよ。ナイフで切ってしまったので、毛先はちゃんと切りそろえたほうがいいですね」
ノシュアさんの声に、急に現実に戻されたようで、目がチカチカした。
「ぅあ、ありがとう、ございます!;手を煩わせてしまい、申し訳ありません。全部…切ってくださって、よかったのに」
顔が赤くなっているのを誤魔化すように、へらっと笑い茶化した私をノシュアさんは変わらず見つめ
「私は、女性の髪をいきなり切るような、非道に見えますか」
「えぇ!!?あ、いえ、そういうことでは決してなく;も、申し訳ありませんっ;」
ノシュアさんは慌てふためく私に視線を送り、剣とコートをとり、そのまま無言で食料庫を後にした。残された私は、呆けてその場にへたり込んだ。
ノシュアさんが、クイロスくんに向けるような柔らかな表情を、自分に向けていたように見えたからだ。
からかわれて、笑われたのだろうか。まさか、そんなこと、ありえない。だけど、否定する気持ちを否定するかのように、胸の鼓動が高鳴る。恋は盲目…とは、こういうことなのだろうか。
この食料庫を出たら、きっと、違うって思い知るから。ちゃんと分かるから。分かるから、今だけは…。
髪をひっぱる、あの感覚を、私は繰り返し思い出していた。
― おわり ―
ノシュアがどんな人か知りたい人向けリンク▼
※「ピクニャー部隊」身寄りのない主人公が、周りにいる優しい大人に導かれ、時にクソデカ感情に守られ、愛情を学び、自身の運命に抗う話。
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