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台本「アメ喰い」(0:0:1)

タイトル:アメ喰い
ジャンル:昔話
上演時間:10分前後
登場人物:不問×1

鼈甲:不問。流しの飴屋、飾り飴が得意。


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0:橋桁で飴を売る声

鼈甲:「いらっしゃい!飾り飴ァいかがかねー!」
鼈甲:「ちょいとそこいく奥さん、可愛い坊ちゃんに飾り飴はどうだい、ほおらぼく、鶴に兎、狐もあるよォ。ささ、もっと近くで見ていきな」

鼈甲:「ちぇ、いっちまった。…まぁ空がこんなに真っ黒い雲に覆われてるんじゃ、直にざんざん降りになるだろうな。今日はもう諦めて店じまいにするか?…お。」
0:足早に歩く女性に目を止める
鼈甲:「ちょいと、ちょいとそこの別嬪さん!あぁ、そうそう、被衣(かずき)をかぶったアンタだよ。なぁ、飾り飴ァどうだい。もう今日は店仕舞いにするんだ、安くしとくよ」
0:迷いながら近づいてくる女性
鼈甲:「おお、そうこなくっちゃ!さぁ、どれがいい。ん、狐か。これは今日イチの出来だよ、アンタお目が高いね。へへ、毎度あり」
0:ゴロゴロと唸る空、雨が降りだす
鼈甲:「っと、あ〜。もう降り出しちまった。思ったより早かったね。どうだい別嬪さん、ちいとここで雨宿りしてくかい?あぁそれがいい」
鼈甲:「なぁに、心配しなくても直ぐにどっかいっちまうさ。こういう急に降り出すのはね、来るのも早いが、いっちまうのも早いのさ」

鼈甲:「アタシは流しの飴屋でね。この辺りで豊穣祭があるってんで、遥々やって来た鼈甲(べっこう)って言うんだ、よろしく。アンタはこの町の人かい?」

鼈甲:「へぇ、川向こうの茶屋か。そりゃご苦労なこった。どうりで口元だけでもえらく美人な筈だ。北斎のコレかい?はははっ冗談だよ、気を悪くしないでくれ。まぁ別嬪さんに睨まれるのもやぶさかじゃないがね」
0:さあさあとふり続ける雨
鼈甲:「そういやこんな日には…稲荷の狐を思い出すなぁ。あの日も確かこんな雨がふっていた」
鼈甲:「なぁ別嬪さん、暇つぶしに一つ、小噺聞かせてやろうか。どうだい?ああ、そうこなくっちゃ。それじゃ…。」

0:飴屋の語り

鼈甲:昔々。もう何年…何十年前か忘れたが、あの日は昼過ぎまで良い天気だった。売れ行きも悪くない、よしそんじゃあ場所を変えてもう一商売するかと思って、移動を始めた途端、桶をひっくり返した様な雨が降ってきてね。
鼈甲:流石の飴屋も、お天道様の雨にゃ勝てねぇ。大慌てで雨宿りできそうな場所を探した。
鼈甲:するとぱっと目についたのが、齢数百はあるだろう立派な桑の木だった。直ぐ近くに稲荷神社があったが、お参りは後でさせてもらう事にして、一先ずそこに飛び込んだ。案の定、ゴツゴツと膨れた枝に茂る葉が、立派な雨除けになってくれた。
鼈甲:「あ~あ、これじゃ商売あがったりじゃあねぇか」なんて独り言ち(ひとりごち)て、雨が過ぎるのを待っていると。
鼈甲:ふと、洞(うろ)の中から獣の耳がひょっこり飛び出ているのに気がついた。
鼈甲:「こりゃあ中に鼬(イタチ)でも潜んでるな?とっ捕まえて夕飯にしてやろう」
鼈甲:息巻いた飴屋はその耳をむんずと掴んだ。すると中から「きゃいん!」と高い声。
鼈甲:一瞬、白い腕がにゅっと出てきて、飴屋の腕を押し返す。これには驚いたが、ここで退いちゃいけねぇと負けん気が出て、思いっきりそれを穴の中から引きずりだした。すると…。
鼈甲:「これは、なんとも珍妙な」
鼈甲:出てきたのは、小さな子供だった。歳は4つか5つって所かね。だがどうも奇妙なのは、まるで陶器のように白い肌、銀の髪、尻にはたっぷりした毛並みの尻尾までついていやがる。目ん玉なんか金色さ。
鼈甲:まるで人と獣が混じったような姿に、流石の飴屋もたじろいだ。
鼈甲:じっくり観察してみても、どうにも解せねぇ。贋物かと思って頭をつつくと、獣の耳がぴくぴく動く。
鼈甲:「たまげた、こりゃあホンモノじゃねぇか…」
鼈甲:口をあんぐり開けて凝視する。引っ張りだしたそいつは、怯えてこちらを見ていたが、ちょっとの隙をついてまたさっと穴の中に戻っちまった。
鼈甲:「あ、こら待ちねえ!」
鼈甲:飴屋が慌てて声をかけるが、中から返事は返ってこない。それどころかすっかり奥に隠れた様で、姿も全く見えなくなった。
鼈甲:なんだか玩具を取り上げられたような、酷くつまらない気分になった飴屋は、どうにかもう一度出てこねぇかと、穴の中へと声かけた。
鼈甲:「おう、飴は好きか?」
鼈甲:暫く黙っていたが、やがて小さく声が聞こえる。
鼈甲:「……雨はきらいだ」
鼈甲:「そうかい、そりゃあよくねぇな。」
鼈甲:飴屋は腕組み、ウウンと唸る。子供がみんな飴嫌いになったりしたら、商売上がったりだ。
鼈甲:「あー、親御さんはどうしたい」
鼈甲:中から返事はかえってこない。どうも近くにおっかさんがいる気配はないし、そうすると、この子はこんな奇妙なナリで、苦労して生きてきたのかもしれねぇ。同情する気持ちになりながら、ぽっかりあいた穴を眺める。
鼈甲:「そうだ!良い物があるじゃねえか」
鼈甲:飴屋は羽織の袂から取り出したそれを、穴の中に投げ入れた。
鼈甲:「それやるから、飴嫌い治して今度は店に御出で」
鼈甲:投げたのは、その日の売れ残りが入った飴の包みだ。カサリと開く音が聞こえる。
鼈甲:「あまい……」
鼈甲:その一言のつぶやきが、どこか嬉しげに聞こえたっていうのは、きっと錯覚ではないだろう。飴屋はじんわりと良い気持ちになって「そりゃそうだろう」と笑って答えた。
鼈甲:それきり、中からは何の音も聞こえなくなった。
鼈甲:ふと足元を見てみると、いつの間にかすうっと光が当たっている。驚いた飴屋が顔を上げると、そこにはすっかりご機嫌になったお日様が、七色の虹をたずさえて、お空に煌々(こうこう)輝いていた、とさ。

0:語り終わり

鼈甲:「今思えばあれは、稲荷神社の狐だったんじゃないかと思うよ。雨が上がって明るくなった穴の中を覗いてみると、さっきまでいた筈の子は忽然と消えていなくなっていたし、その後何度そこへ行っても、もう二度と会うことはなかった」
鼈甲:「だが不思議なもんでね。たまに売れ残った飴を、その桑の木の穴の中にいれておくと、次の日にゃしっかりなくなってるんだよ」
鼈甲:「時にはピカピカに磨かれた桑やら団栗やらの実が置いてあった事もある。ふふ、礼のつもりかね。他の奴が盗ったのかもしれないが、アタシはきっと、狐が味を占めたんだと思っているのさ」
鼈甲:「そんでさ、この話をすると不思議なことに…」
鼈甲:「ーああ、ほら、見てみな。もう雨があがってきた」

0:雨の音が止む

鼈甲:「ふふ、ただの偶然だと思うがね」
鼈甲:「…そういやアンタ、随分白くて長い指をしているねえ。ちょいと、その布を上げて顔を見せちゃァくれないかい?……なんてね、へへへ。冗談さ」
鼈甲:「ああ、もう行くのかい?そうだね、アタシもぼちぼち店じまいにするとしよう」

鼈甲:「それじゃあ、またな。別嬪さん」
鼈甲:「今度はうまく耳を隠しなよ」

0:歩いていく姿を見送る

0:終わり



お疲れ様でした。

昔々のそのまた昔ざっくり書いた小話を、台本にできるのではないかと引っ張り出して書き直し。
鼈甲も作中に出る狐も単体の話があるので、いつかかけるといいなぁと思いつつ。。

ここまで読んでいただきありがとうございます。
ではまたどこかで。


昔っぽい言葉…(大した言葉は出てないです)
・ざんざん振り…土砂降り、豪雨
・被衣(かずき)…顔を隠すための被り布
・独り言ち(ひとりごち)…独り言
・洞(うろ)…自然に出来た木の穴

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