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スラヴ語エノク書(または第二エノク書)

義人エノクの被拳についての秘密の書より***

 義人エノク、賢者にして偉大な書記、主は彼を挙げさせられたが、それは、天上での生活と、全能の神のいと賢く偉大な揺るぎなき王国と、いと偉大にして数多の目を持ち不動なる主の玉座と、主の僕たちのいと輝ける座と、天の軍勢の火から生じた強力な位階と、多数の元素の言うに言われぬ組み合わせと、さまざまな光景と、ケルビムの軍勢の筆舌につくしがたい歌声との証人となるためであり、また無限の光の目撃者となるためである。

*) この一行をもって便宜的に題名とする。実際には以下「……ためである」までが題となる。なお、「……秘密の書より」の「……より」は伝統的な題名の書き方である。

第一章

 その時、とエノクは語った、すなわちわたしが三百六十五年を経た時、第一月に、第一月のある定められた日*1)のこと、わたしはひとり家にいた。泣きながら、わが目を悲しませながら*2)。わたしが寝台でまどろみつつ休んでいた時、地上で一度として見たこともない非常に大きなふたりの男*3)がわたしに現われた。ふたりの顔は輝く太陽、両眼は燃える松明のようで、ロからは火がほとばしり、衣服からは泡がひろがり*4)、両手は黄金のつばさのようで、わたしの枕もとに立っていた。そしてわたしの名を呼んだ。わたしは眠りから起きたが、実際にふたりの男がわたしの近くに立っていた。わたしは急いで立ち上がり、ふたりにおじぎをした。わたしの顔は恐怖から凍りついた*5)。 ふたりはわたしに言った。「エノクよ、しっかりしなさい。恐れることはない。 永遠なる主がわれわれふたりを汝のもとに遣わされたのである。 きょう汝はわれわれとともに天に昇るのだ。汝の息子たちと家の者たちに、地上で彼らがなすべきことすべてを命じておきなさい。そして汝の家では、主が汝をおもどしになるまで、だれも汝を捜したりしないようにさせなさい 」。わたしは彼らの言うことを聞くと出て行った。そして息子のメトセラ*6)とリギム*7)を呼び、ふたりの男が言ったことすべてを語って聞かせた。

1) 第一月はニサンの月のこと。ある定められた日とは、類似の用例(民28-18、レビ23-7)からして、過越の祭りの第一日または第七日をさすのであろう。 いずれにせよ、エノクは過越を守って家にとどまっていたのである。
2) これは来たるべき破滅(ノアの洪水)を予期していたからであろうか。
3) 天使のセメイルとラスイルのこと。
4) 意味のはっきりしない箇所。原文は泡のかわりに歌とある。校訂者(翻訳底本としたスラヴ語エノク書のテキスト校訂者アンドレ・ヴァイヤンのこと。以下同じ)に従って修正。
5) 原文は意味不詳、校訂者に従って修正。
6) 原文の読みではメフサロム。創5-21以下に言及されている。
7) 第十四章ではレギムとして出る。旧約のなかには現われない。

第二章

 さてわがふたりの息子よ、わたしは、わたしがどこへ行くのか、何が わたしを待ちうけているのか知らない。いまやわが子よ、神から遠ざかってはならず、主の顔前を歩み、主の定めを守りなさい。おまえたちの救いの(ための)犠牲を切りつめてはならない*1)。そうすれば主もおまえたちの手の仕事を切りつめたりされないであろう*2)。主から贈り物を奪ってはならない。そうすれば主もおまえたちの倉で獲得物を奪ったりされないであろう。羊の初子とおまえたちの牛をもって主をたたえなさい。そうすればおまえたちは永遺に主に祝福される者となるであろう。主から遠ざからず、天も地も創造しなかった空虚の神々をおがんではならない。主がおまえたちの心を主へのおそれのうちに強められんことを。いまやわが子よ、主がわたしをおまえたちのもとにおもどしになるまでは、だれもわたしを捜したりしないように」。

1) 原文は「そらしてはならない」。校訂者に従って修正。
2) 原文は「そらしたりされないだろう」。校訂者に従って修正。

第三章

 わたしが息子たちに語っていたとき、かの男たちがわたしを呼び、つばさにわたしをのせた。そしてわたしを第一天に運び上げ、そこにおろした。するとわたしの顔前に星辰の位階の長老たちが連れて来られ、かれらの運行と年から年への移動を見せてくれた。ついで、星をつかさどり、諸天の組み合わせ*1)をつかさどる二百人の天使を見せてくれた。次にそこで見せてくれたのは、地上の海よりはるかに大きな海*2)で、そこを天使たちがつばさで飛んでいた。次に、雪と氷の貯蔵庫とその貯蔵庫を守っているおそろしい天使たちを見せてくれた。次にわたしに見せてくれたのは、雲が出たりはいったりしている雲の貯蔵庫、オリーブの油のような露の貯蔵庫、それらを守っている天使たちと地上の花そのもののような彼らの姿である。

1) 星座のこと。
2) この海はエチ・エノク(60-21)では雨の貯蔵庫となっている。

第四章

 かの男たちはわたしを連れて、第二天におろした。そしてわたしに際限のない裁き*1)にとらわれた囚人たちを見せてくれた。またそこでわたしは、断罪された天使たちが泣いているのを見た。わたしはいっしょにいたかの男たちに言った。「なぜこの者たちは苦しめられているのですか」。男たちはわたしに答えた。「彼らは主にそむき、主のみ声を聞かず、自分たちの意志で談合した者である」。 わたしは彼らのことを大いに悲しんだ。 するとその天使たちがわたしにおじぎして言った。「神の人よ、わたしたちのことを主に祈ってくださいますように」。わたしは彼らに答えて言った。「わたしがだれであるとおっしゃるのですか。 死すべき人間で、 天使のことを祈るなどとは。わたしがどこに行くのか、何がわたしを待ちうけているのか、だれがわたしのことを祈ってくれるのかも皆目見当がつきませんのに」。

1) 際限のない裁きはのちにしばしば出てくる「大いなる裁き」のことではない。

第五章

 次にかの男たちはわたしをそこから連れて、第三天に昇らせ、天国の中央におろした。その場所は景色の美しさからしてはかり知れないものであった。すなわち、木々はすべてよく花咲き、果実はすべて熱れ、食物はすべていつも豊富で、風はすべて香りよかった。そして、静かな流れで庭園全体をめぐっている四本の川が食物となるすべてのよいもの*1)を生み出していた。また生命の樹がその場所にあって、そこは主が天国におはいりになるおりに休息される場所である。その生命の樹は香りのよさで言うに言われぬほどのものである。近くにもうひとつオリーブの木があって、絶えず油を注ぎ出していた。木はどれもよい実を結ぶもので、実を結ばない木はそこにはなく、そこはすべて祝福された場所であった。そして天国を守る天使たちは常に輝かしく、間断なき声と甘美な歌で日々神に仕えていた。わたしは言った。「これはなんときわだってよき場所であろうか」。かの男たちがわたしに答えた。「エノクよ*2)、この場所は正しい人のために設けられている。正しい人とは、生きているうちは苦悩に苦しみ、自分の魂を悩ませ、不正からは目をそらし、正しい判断をなし、飢える人にパンを与え、裸の人を衣服でおおい、また倒れた人を起こし、不正をこうむった人々を助ける人、さらに主の顔前を歩み、主のみに仕える人のことである。そのような人にこの場所は永遠に継がれるものとして設けられているのである」。
 男たちはそこからわたしを連れて、天の北方に昇らせ、そこで実に恐ろしい場所を見せた。その場所にはあらゆる苦しみと苛責があり、また闇と霧があって光はなく、暗黒の火がたえず燃えていて、炎の川がその場所全体に押しよせており、さらに寒さと氷があり、牢獄があり、残酷で無慈悲な天使たち*3)が武器をもって容赦なく苦しめていた。 わたしは言った。「これはなんときわだっておそろしい場所であろうか」。 かの男たちが答えた。「エノクよ、この場所は地上で不敬のことを行なった不信心者のために設けられている。それは、魔法や呪術*4)を行なったり、自分たちの業を自慢したり、人の魂をこっそり盗んだり*5)、結びつけられたくびきを解いたり*6)、他人の財産で不正に富を得たり、飢えた人を満腹させることができるのに飢えで減ぼしたり、裸の人に衣服を着せることができるのにそれを奪ったり、また自分の創造主を認めず、虚無の神々を拝し、偶像を作り、手で作ったものをおがんでいるもののことである。こうした人すべてにこの場所は永遠に継がれるものとして設けられているのである」。

1) 原文に乱れがあり、校訂者に従って修正。
2) 原文は与格になっているが、校訂者に従って、前後の文脈から呼びかけととる。
3) 悪魔のこと。
4) 原文は「中傷」。校訂者に従って修正。
5) エゼ13-18のように、男を誘惑することを言う。
6) エレ2-20で言われていることであろうか。

第六章

 次にかの男たちはわたしをそこから持ちあげ、第四天に昇らせた。そこでは太陽と月のあらゆる運行と移動、すべての光線を見せられた。わたしは両者の運行を計り、両者の光を較べた。そして太陽は月の七倍*1)の光を有することがわかった。両者の軌道があって、おのおのが乗る車は走る風のようであった。昼も夜も行って帰ってくる太陽と月には休息がない。四つの大きな星が太陽の車の右側につり下がり、また左側にも四つの星があって常に太陽とともに進むのである。さらに太陽の車の前を行く天使たち、すなわち飛ぶ精霊*2)は、おのおの十二のつばさがあって、太陽の車を引くが、太陽の光線とともに地上に降りるように主がお命じになると、露と暑さをもたらすのである。
 次にかの男たちはわたしを天の東方に連れて行った。そこでわたしに見せてくれたのは、定められた時ごとに、一年全体の月の運行に従って*3)、また昼と夜の減少と増加*4)に従って、太陽が昇る門*5)である。六つある大きな門のうち、三十スタディオン*6)のところにある*7)ひとつは開いていた。わたしは工夫して門の大きさ を計ろうとしたが、それを知るととはできなかった。太陽は昇るときの門を通って西へ行く。太陽が第一の門を出るのは四十二日間、第二の門は三十五日間、第三の門は三十五日間、第四の門は三十五日間、第五の門は三十五日間、第六の門は四十二日間である。そして、時の運行に従って、ふたたび第六の門からもとって、太陽が第五の門を出るのは三十五日間、第四の門は三十五日間、第三の門は三十五日間、第二の門は三十五日間である。かくして時*8)がもどって、一年の日々が終わることになる*9)。
 次にかの男たちはわたしを天の西方に昇らせ、そで六つの大きな門を見せた。それは向かいの東方の門の開閉*10)に応じて開くもので、太陽は、東方の門から昇る(回数と)日数に従って、この西方の門から沈むのである。このように太陽は西の門から沈むが、太陽が西の門から出るときには、四人の天使が太陽の光輪を取って、それを主のもとへ持って昇り、一方、太陽は車の向きを変え、光なしで進むのである。そして天使たちはふたたび太陽に光輪をもどすのである。彼らはわたしに太陽のこのような計算*11)と太陽の 出入りする門を見せてくれた のである。けだし主がこれらの門をお作りになって、太陽を一年の時刻盤*12)として示されているからである。
 他方、わたしはまた別の月の計算を示された。かの男たちはわたしに月のすべての運行と循環を見せ、さらにその門を示した。東方に光輪に包まれた十二の門と西方にも光輪に包まれた十二の門を見せてくれたが*13)、それらの門を通って月は通例の時刻に昇ったり沈んだりする。東方の第一の門を通って正確に三十一日間、第二の門は正確に三十五日間、第三の門は特別に三十ー日間、第四の門は正確に三十日間、第五の門は特別に三十一日間、第六の門は正確に三十一日間、第七の門は正確に三十日間、第八の門は特別に三十一日間、第九の門は正確に三十一日間、第十の門は正確に三十日間、第十一の門は特別に三十一日間、そして第十二の門を通って正確に二十二日間昇るのである*14)。西方の門からも同様で、それは東方の門の開閉*15)と門の数に従う。そのようにして月は同様に西方の門からもはいって、三百六十四日で一年を終えるのである。さらに特別の四日をもって一年にはいる。それゆえにとの四日は天と年から除かれ、日数には含まれない。なぜならば、この四日は一年の時を陵駕してしまい、期日のうち二日は月の満ちるほうに、また期日のうち他の二日は月の欠けるほうに来るからである*16)。月が西方の門を終えると、向きを変え、光を保ったまま東方の門に向かって行く。かくして月は昼も夜も円をなして進み、その軌道は天に似て、月が乗る車は走る風のようで、その車を引くのは飛ぶ精霊で、そのおのおのの天使には六つのつばさがある。以上が月の計算である。さてわたしは天の中央に、鼓と絶えざる音の楽器をもって神に仕えている軍隊を見た。そしてそれを聞いて心を楽しませた。 

1) イザ30-26 「日の光は七倍となり」を恣意的に解釈したもの
2) 精霊とは天使と多かれ少なかれ区別される自然の力を言う。エチ・エノクでは太陽の車を引くのは風である。ここに現われるつばさある天使は、ギリシア神話で太陽神ヘリオスの車を引く天馬を想像させる。
3) すなわち暦の月ごとに。
4) 原文は「到来」。校訂者に従って修正。
5) 原文は「太陽が出る」。校訂者に従って修正。
6) 約5700メートル。
7) 意味不詳の箇所で、30スタディオンという距離が何をさすのか不明。一応、校訂者に従って訳出する。
8) 四季のこと。
9) 日数の合計は364日である。なおこれについては、ェチ・エノク72-6以下を参照のこと。
10) 原文は「循環」。意味がとれないので意訳した。
11) 原文は「増加」。ただし異本に「太陽の運行の計算」とあるので、それに従った。
12) 意味不詳の語。校訂者に従って一応の訳語を示した。
13) この一節は原文が乱れている。校訂者の復元に従って訳出した。
14) この暦は8ヵ月の通常月(「正確に」と注記したもの)と4ヵ月の特別月(「特別に」と注記したもの)からなる。日数の合計は364日である。
15) 本章注10と同じ。
16) この暦法に従うと、1月1日の直前の新月から数えて、4月と6月の朔日は98日目と159日目に当たり、新月が89日目と148日目であるから、この2回の朔日はおのおの9日と11日あとにずれ、したがって月が満ちる時となる。他方、9月と12月の朔日は251日目と343日目に当たり、実際の新月が236日目と325日目 であるから、この2回の朔日はおのおの15日と18日あとにずれ、したがって月が欠ける時となる。

第七章

 次にかの男たちはわたしをそこから連れ、第五天に昇らせた。わたしはそこでたくさんの軍勢、エグリゴリ*1)たちを見た。彼らの姿は人間の姿と同じであるが、大きさは巨人よりも大きく、顔は悲しげで、ロは沈黙を守っていた。そして第五天にありながら*2)、勤務はなかった。わたしはそばにいたかの男たちに言った。「いったい何故、彼らはひどく悲しげで、顔は打ちひしがれ、ロは沈黙を守り、この天においてお勤めがないのであろうか」。男たちはわたしに答えて言った。「彼らはエグリゴリである。彼らエグリゴリから、ふたり*3)の君公とそれに従う二百人が別れてしまい、地上に降りて、人間の女とともに身をけがすためにヘルモン山の背で約束を破り、身をけがした結果、主の断罪するところとなったのである。それでこの者たちは自分の兄弟たちのことと彼らに加えられた侮辱のことを泣いているのである」。わたしはエグリゴリたちに言った。「わたしはあなたがたの兄弟に会ったし、彼らの行ないを知ったし、彼らの祈りを知っている。そしてわたしは彼らのことを祈った*4)。主は天と地が終わるまで彼らを地の下へと断罪されたのである。だから、なぜあなたがたは兄弟を待っているのか、あなたがたは主の顔前に仕えるべきではないだろうか。かつてのお勤めを始めなさい。主の顔前に*5)仕えなさい。あなたがたの神なる主の怒りを買って、この場所から追い出されたりしないように」。彼らは わたしの教えの なぐさめを聞いて、天において四つの隊形になった*6)。そして、わたしのいるところで、彼らはいっしょに四つのラッパを吹き、かくてエグリゴリたちはひとつの声のようになって主に仕えはじめ、彼らの声は主の顔前にのぼった。

1) 原文ではグリゴリイまたはエグリゴルイ、ギリシア語 egrēgoroi の音訳。ダニ4-13などに出てくる「警護者」のこと。
2) 原文にはないが、異本によって補う。
3) 原文は200人。校訂者に従って修正。
4) 第四章の最後では祈ることを断ったはずである。
5) 原文は「主の名に」。異本の読みに従って修正。
6) この一節は原文になく、異本によって補った。

第八章

 次にかの男たちはわたしをそこから連れて 第六天に 昇らせた。そこでわたしは集まっている七人の天使*1)を見た。輝かしく、いとほまれ高く、その顔は太陽の光線のように輝いていた。彼らは顔とか外形とか衣服の付属物の違いはない。彼らは支配し、世界のよき秩序と星、太陽、月の運行を、それらの指導者となる天使や天の天使たちに教える*2)。また天の生活すべてに和合を与える。同様に彼らは命令や教え、歌のよき声と名誉ある賞賛を支配する。さらに、時*3)と年を支配する天使、川と海を支配する天使、果実と草と湧き立つものすべてを支配する天使、またあらゆる民族の天使がいる。彼らは生活いっさいを支配し、それを主の顔前で記録する。彼らのあいだにはフェニクスが七人、ケルビムが七人、六つのつばさを持つもの*4)が七人いて、声をそろえて、またいっしょに歌っている。彼らの歌の話はない*5)。主は足下のものたち*6)のことを喜ばれる。

1) 大天使のこと。
2) 原文は「学ぶ」。校訂者に従って修正。
3) 季節のこと。
4) セラピムのこと。
5) 歌がどういう内容か語ることができないの意味。
6) 原文は「足下」。おそらく下の諸天の天使をさすのであって、「足台の上で」の意味ではないであろう。

第九章

 次に、かの男たちはわたしをそこから連れて、第七天に昇らせた。わたしは、偉大な光、体なきもの*1)の火の軍勢のすべて、大天使、天使、オパニムの輝かしいつどいを見た。そしてわたしは恐れ、ふるえた。かの男たちはわたしを彼らのまん中に連れていった。そしてわたしに 言った。「エノクよ、しっかりしなさい。恐れることはない」。彼らは遠くからわたしに玉座にすわられた主を見せてくれた。天の軍勢は すべて位階に分かれて進み、主におじぎをした。そしてまた引きさがり、限りない光に包まれ喜びと歓喜のうちに自分の揚所に行くのだった。また、主に仕えている栄光の天使たちがいて、夜も引きさがることなく、昼も離れず、主の顔前で主のご用を果たしていた。また、主の玉座のまわりのケルビムの軍勢すべては引きさがることなく、六つのつぼさの天使は主の玉座をとりまき、主の顔前で歌っていた。そしてわたしがこうしたすべてを見ているあいだに、かの男たちはわたしから離れ、その後わたしはこのふたりに会うことはなかった*2)。わたしはひとり天の端に置かれた。そして恐れ、ひれ伏した。
 そこで主は栄光の天使のひとりガブリエルをわたしにつかわし、ガブリエルはわたしに言った。「エノクよしっかりしなさい。恐れることはない。立って、わたしとともに来なさい。主の顔前に永遠に*3)立つのです」。わたしは彼に答えて言った。「ああなんたることでしょう。わたしの魂は恐怖のあまりわたしの身から離れてしまった。わたしをこの場所まで連れて来た男たちを呼んでください。なぜならわたしはあのふたりを頼っていましたから。わたしはあのふたりと主の顔前にまいります」。するとガブリエルは、あたかも風が木の葉を持ち上げるように、わたしを持ち上げ、連れて行き、主の顔前に置いた。わたしは主を、主の強くいとほまれ高く、おそろしいお顔を目にした。わたしはいったいいかなる人間であろうか、主の本質のひろがり*4)、主の強くいとおそろしいお顔、多くの目と声を持つ主の合唱隊、手の業によって作られたのではないいと大きな主の玉座、あるいは主のまわりにある台*5)、ケルビムとセラピムの軍勢、あるいは変わることなく言うに言われぬもの*6)、ロに出されたほまれある奉仕、こうしたすべてを物語るわたしは。そして、わたしはひれ伏して、主におじぎをした。
 そこで主は御ロみずからわたしを呼んだ。「エノクよ、しっかりしなさい。恐れることはない。 起き上がりわたしの顔前に永遠に*7)立ちなさい」。すると主の偉大な大天使ミカエルがわたしを立たせ、主の顔前に導いた。主はご自分の僕たちを試みて言われた。「エノクが永遠にわたしの顔前に立つために進むように」。すると栄光の天使たちはおじぎをして言った。「彼が進みますように」。主はミカエルに言われた。「エノクを連れて、地上の衣服をぬがせ、よき香油を塗り、栄光の衣服を着せなさい」。するとミカエルはわたしの衣服をぬがせ、わたしによき油を塗った。その油は見たところ偉大な光をしのぎ、油の質はよき露のようで、その香りは没薬の香りのようで、その光は太陽のようである*8)。わたしは自分自身を眺めた。すると栄光の天使と同じょうであって、外見の違いはなかった。

1) 原文に乱れがあり、このことばは次の「天使」にかけるべきであろう。
2) もちろん、第十八章ではこのふたりの天使がふたたび現われ、 エノクを天に導く。
3) このことばはすべての写本にあるが、誤った挿入と思われる。
4) 原文は「本質の把握」。校訂者に従って修正。
5) 前述の合唱隊の座のこと。
6) 原文では意味不詳の句。別の写本のように「主の美しさ」なることばを挿入し、それを限定する形容詞とするべきか。
7) 本章注3に同じ。
8) 校訂者は「その香りは太陽の光のように没薬をはなっている」と読んでいるが、原文のままとした。

第十章

 主は大天使のひとりヴレヴェイル*1)を呼んだ。彼は主のあらゆる事績を記録するのにすぐれていた。主はヴレヴェイルに言われた。「倉から本*2)を取って来て、エノクに葦ペンをわたし、彼に本を語りなさい*3)。するとヴレヴェイルは急いで行き、ミルラ樹の模様のある*4)本をわたしに持って来て、手ずからわたしに葦ペンをわたした。そしてわたしに語りだした。それは天と地と海のすべてのこと、あらゆる元素の運行と生成、年の移り変わりと日の運行と変化、命令と教えと甘美な歌声、雲の出現と風のおさまり、武装した 軍勢の歌のことばすべてなどである。そして学ぶに適することすべてをヴレヴェイルはわたしに三十日と三十夜のあいだ語り、彼のロは話すのをやめなかった。わたしも三十日と三十夜休むことなく、すべての記号*5)を書いた。わたしが終えるとヴレヴェイルはわたしに言った。「すわりなさい。わたしが語ったことを書き写しなさい」。そこでわたしは三十日と三十夜の倍のあいだすわって正確に書き写し、三六十冊の本を書きあげた。

1) この名は写本によって、ヴレテイル、ヴレヴォイルなどと綴られる。原文ではヴェレヴェイル。ここでは校訂者の解釈に従ってヴレヴェイルとした。ヘブル語では Breboel の形が予想されるであろうか。
2) 原文は「本」となっているが、文字の書かれている本ではなくて、書くためのノートの意味、ヴレヴェイルは本を読むのではなく、書き取らせるのである。
3) 「書き取らせなさい」の意味。
4) 原文は意味不詳。校訂者の推定に従って修正。
5) 「記号」とはエノクのメモであって、これを写し直すのである。

第十一章

 主はわたしをお呼びになり、ご自身の左、ガブリエルより近くに置かれた。わたしは主におじぎをした。主はわたしに言われた。「エノクよ、おまえが見たすべてのもの、静止しているものと動いているもの、わたしによって成されたもの、それをわたしはおまえに明らかにしよう。それは最初に万物が存在しなかった以前のこと*1)、わたしが虚無から存在へ、および見えないものから見えるものへと造り出したすべてのものである。わたしは天使に対してもわたしの秘密を明らかにしたことがないし、彼らの造り*2)を語ったことがない。彼らはわたしの無限にしてはかり知ることのできない創造を知ることはなかった。わたしはきょうそれを汝に明かそう。
 目に見える万物が存在する以前に、光が開いた*3)が、わたしは光のなかを見えないもののひとつとして走りまわった。あたかも太陽が東から西へ、西から東へ走りまわるように。太陽は休息を見いだすであろうが、わたしはあらゆるものが形をなしていなかったのだから、休息を見いだせなかった。創造物を目に見えるものにするための基盤を置くために、わたしは深淵のなかで見えないもののひとつが見えるものとして昇るようにと命じた。すると非常に大きなアドイル*4)が出て来た。わたしはそれを眺めた。それは腹の中に偉大な世を持っていた。わたしは言った。『アドイルよ、みずからを解き放て*5)、そして汝から解き放たれたものが見えるものとなれ』。アドイルはみずからを解き放った。すると偉大な世がそこから、わたしが造り出そうと望んでいたあらゆる創造物をもたらすものから*6)出た。わたしはそれをよしと見て、自分に玉座をしつらえ、それに すわった。わたしは 光に言った。『汝はより高みに昇って、確固としたものとなり、高みのものの基いとなれ』。そして光より上には他の何も存在しない。
 次にわたしは玉座から立ち上がり眺めた。 そして次には深淵の中で呼び かけ、言った。『見えないもののうちから固きもの*7)が生じて見えるものとなるように』。するとアルハズ*8)が出て来た。固く*9)、重く、いと黒きものである。わたしはそれをよしと見て、言った。『汝は下へ降りて、確固としたものとなり、下のものの基いとなれ』。そして暗闇の下には他の何も存在しない。
 わたしはエーテルを光で包み、それをふくらませ、暗闇の上にひろげた。そして水から 大きな石を固めて造り、奈落の霧*10)に干上がるように命じ、ふたたび落ちたものを奈落と名づけた。わたしは海を一ヵ所に集め、それをひとつのくびきで結んだ。また陸と海のあいだに永遠の境界を設けたが、それは水によって破壊されることはないであろう。わたしはおおぞらを固め、それを水の上に置いた。天の軍勢すべてのために偉大な光の太陽を造り、それが地上を照らすようにと天に置いた。わたしは石から大きな火を起こし、その火からすべての体のない軍勢と星の軍勢、ケルビムセラピムオパニムを作った。これらすべては火から生じさせたのである。また、大地に命じて、あらゆる樹木とあらゆる山*11)とあらゆる青草*12)、あらゆるまかれた種*13)を成長させた。生きものを造る前に、わたしは生きものの食物を用意したのである。また、海に命じて、魚とあらゆる地をはう蛇の類とあらゆる飛ぶ鳥を生ませた。 こうしたすべてをなしとげた時に、わたしはわたしの英知に命じて人間を造らせた。
 いまやエノクよ、わたしがおまえに語ったことすべて、おまえが天で見たことと地で見たことすべて、およびおまえが本のなかに書いたことすべては、わたしが英知に よって そのすべて を造り出そうとエ夫したことである。下の基盤から上のそれとその端までわたしが創造したのであって、助言者も後継者もいない。手の業によらない*14)永遠のわたし自身であって、わたしの不易の考えが助言者で、わたしのことばが行為である。わたしの目はすべてを見ている。もしわたしがそのすべてを眺めれば、それは静止し、もしわたしが顔をそむけると、すべては破壊されるのである。エノクよ、自分の心をそらさず、おまえに語っている者を認識しなさい。おまえが書いた本を持って行きなさい。わたしは、おまえをわたしのところに昇らせたセメイルラスイルをおまえに与えよう。地上に降りて、息子たちにわたしがお前に語ったことすべて、またお前が下の天からわたしの玉座まで見たことすべてを告げなさい。すべての軍勢はわたしが創造したのであって、わたしに逆らう者も服従しない者もない。すべての者がわたしの専制に服従し、単一のわたしの権力に仕えるのである。そしてお前の手で書いた本を息子たちに与えなさい。すると彼らはそれを読んで、すべてのもの*15)の創造主を認識するであろう。そして彼らもわたし以外に他のものがいないことを悟るであろう。彼らはお前の手で書いた本を子孫に、また子孫はその子孫に、親から親へ、世代から世代へと伝えるであろう。エノクよ、わたしはお前に仲介者としてわたしの天軍の長ミカエルを与えるだろう。なぜならば、お前の書きものと汝の父祖アダムとセツの書きもの*16)は最後の世まで破壊されないであろうから。わたしは、地上において地上を守り、時あるものに命令するようにわたしが置いた天使のアリオフマリオフ*17)に命じて、お前の父祖の書きものを保存し、わたしがお前の種族にもたらす次の洪水においても減びないようにさせよう。
 わたしは人間のよこしまさを知っている。彼らはくびき*18)を負うことに耐えられず、わたしが与えた種をまかず、わたしのくびきを捨てて他のくびきを取り、実らぬ種をまき、空虚な神を礼拝し、わたしの専制を退けるであろう。そして地上全体は不正と不義と姦通と偶像崇拝に襲われるであろう。その時わたしは地上に洪水をもたらし、大地そのものは大きな泥沼に沈むであろう。わたしはお前の部族からひとりの義人を全家族ともども残すであろう。その人はわたしの意志に従ってふるまい、その種から次に別の種族が起きるであろう。それは数多く、非常に大きな種族*19)である。その時、その種族のなかからお前とお前の父祖の手になる本が現われ、地の守り手*20)たちがそれを信の人々に示すがゆえに、その本はその種族に説き明かされ、最初の時以上にのちの世においてたたえられるであろう。
 いまやエノクよ、わたしは、お前がお前の家で過ごし、息子たちと家人たちにわたしの名において語るために三十日の猶予を与えよう。そして魂を保っている者だれもが、わたし以外に存在しないということを読んで理解するように。そして三十日後にわたしは お前に天使をつかわそう。彼らはお前を地上と息子たちのところからわたしのもとに連れて来るであろう。*21)〔お前には席が用意されており、お前はその後永遠に わたしの 顔前にいるであろう。お前はわたしの秘密を知り、わたしの僕たちの書記となるであろう。なぜならお前は地上のことすべてと地と天にあることを書くであろうから。そしてお前はわたしにとって偉大な世の裁きを証明するであろうから」。
 主はこうしたことすべてをあたかも人が隣人に語るようにわたしに語られた。

1) 原文に乱れがあり意味不詳。校訂者の解釈に従って修正。
2) 原文では「構成」。校訂者によれば「誕生させたこと」。
3) 論理的には「光が開いた以前に」と前の節にかかるはずである。
4) アドイルということばはエノク書の著者の創作であり、第十七章の「創造の世」のことである。
5) 分娩せよの意味。
6) 原文がはっきりしない箇所。「……もたらすもの」とは創世記の光のことか。
7) 原文は「おおぞら」(創1-8)。校訂者に従って修正。
8) 他の写本ではアルハス、アルハソ。ギリシア語 archas に相当。
9) 原文は「おおぞらをもって」。校訂者に従って修正。
10) 異本では「波」。
11) おそらく「あらゆる果実」の誤り。
12) 原文は「生命ある草」。校訂者に従って修正(創1-11)。
13) 原文は「種をまくあらゆる生きた種」。校訂者に従って修正(創1-11)。
14) 「みずから手を下したわけではない」の意味。
15) 原文は「彼らのJ。校訂者の解釈により、異本の読みに従う。
16) 『アダムの書』をさす。
17) この二天使については不詳。ギリシア語の形を想定すればアリオクとマリオク。なお、創14-9に出る アリオクの名は偶然の一致であろうか。
18) 原文は「わたしが彼らに負わせたくびき」。校訂者に従って修正。
19) 原文は「非常に飽くことを知らない」。校訂者に従って修正。
20) 前述のふたりの天使。
21) 以下、第十三章の冒頭まで〔  〕の部分は挿入箇所であるが、筋の続き方を示すために訳出する。なお、第十二章は、エノクが天からふたたび地上に戻される場面であるが、明らかに後代の挿入部分であるから省略する。

第十二章

 *明らかに後代の挿入であるから、本文には含めない。

第十三章

 わが子よ、いまや父の声を聞きなさい。わたしがきょう汝らに命じることは、主の顔前を歩めということである。〕主の意志によるすべてのこと*1)。わたしは汝らに、いま存在する限りのことおよび裁きの日までに存在するであろうすべてのことを語るために、主の御ロから汝らのもとにつかわされたのである。さてわが子よ、きょう汝らに語るのはわたしのロからではなく、わたしを汝らにつかわされた主の御ロからである。汝らはわたしのことばを、汝らに等しく作られた人間であるわたしのロから聞くのであり、一方、わたしは主の火の御ロからうかがったのである。というのは、主の御ロは火のかまどであり、主のみことばはそこから出る火の炎であるから。わが子よ、汝らは汝らに似て作られた人間であるわたしの顔を見るのであり、一方、わたしは火で熱せられて火花を放っている鉄のような主の尊顔を拝したのである。汝らは汝らに等しく作られた人間の目を見るのであるが、一方、わたしは、人間の目を恐れさせる輝く太陽の光線のような主の御目を拝したのである。わが子よ、汝らは汝らに似て作られた人間であるわたしの合図する右手を見るのであるが、一方、わたしはわたしに合図して天をも満たす主の御右手を拝したのである。汝らは汝らの体に似たわたしの体のひろがりを見るのであるが、一方、わたしは際限なく比類なく終わりのない主のひろがりを拝したのである。汝らはわたしのロからのことばを聞くのであるが、一方、わたしは絶えまない嵐の雲のなかの大きな雷のような主のみことばをうかがったのである。いまやわが子よ、汝らは地上の王の話*2)を聞くのである。地上の王の顔前に立つのはおそろしく、つらいことである。おそろしく、いとつらい。なぜなら王の意志は死であり、王の意志は生であるからである。諸王の王の顔前に立つこと、だれがその限りない恐れと大きな灼熱に耐え得るであろうか。しかし主は恐怖の長である*3)天使のひとりを呼び、わたしのそばに置いた。その天使の姿は雷で、手は氷であり、わたしの顔を冷やした。なぜならわたしは火の灼熱の恐怖に耐えられなかったからであり、このようにして主はそのみことばすべてをわたしに語られたのである。
 さていまやわが子よ、わたしは、あるいは主の御口からあるいはわが目が見て、初めから終わりまで、そして終わりからまた初め*4)まで、あらゆることを知っている。わたしはすべてを知っていて、本の中に諸天のはてとそれを満たすもの*5)を記録した。わたしはそれらの運行を計った。またそれらの軍勢を知っており、星の数を無数の多数としるした。いったいどんな人間が星の変動する循環、あるいは運行、あるいは導き手、あるいは導かれるものを考えつくであろうか。天使もそれらの数を知らないが、わたしはそれらの名まえを記録した。また、わたしは太陽の周期を計り、太陽の光と出ることと沈むこと、 およびあらゆる運行を計算し、その名まえを記録した。また、わたしは月の周期を計り、日々の運行と日ごとおよび時間ごとの月の光の減少*6)を計算し、本のなかにその名を記録した。雲の住まいとそのロ、つばさ、雨と水滴をわたしは調べ、雷のとどろきと稲妻の不思議を書きしるした。またわたしは雷の鍵番と雷が具合よく進む通り道*7)を見せてもらった。すなわち雷は綱によって上がったり降ろされたりするのであって、それはひどいはげしさで雲を引きちぎったり、地上のものを破壊したりしないためである。わたしは雪の倉と氷の貯蔵庫と冷たい空気を記録した。また、いかにしてある時間に鍵番が倉を雲で満たし、その倉が空にならないかを観察した。わたしは風の部屋を記録した。そして番人がいかにしておもりとますを持ってくるかを眺め、見た。すなわち最初に風をお もりにのせ、次にますに入れ、加減よく地上全体に送り出す。それは激しいひと吹きで大地をゆすらないためである。
 そこからわたしは連れられ裁きの場所に来た。わたしはロをあけた地獄を見た。またそこで牢獄のようなある種の原を見た。容赦のない裁きである。そしてわたしは降りて、裁かれるもののすべての裁きをしるし、すべての訊問を知った。わたしはため息をつき、不信心のものの減亡を泣き、心の中で言った。「幸いなのは 生まれなかった者、あるいは生まれたからには主の顔前で罪を犯さなかった者、この場所に来て、この場所のくびきを負うことがないために」。それからわたしはいと大きな門のそばに立っている地獄の鍵の 番人を見た。彼らの顔は大きなまむしの顔*8)のようで、彼らの目は消えた明かりのようで、彼らの歯は胸でむき出しであった。わたしは彼らに向かって言った。「いっそわたしがお前たちに会わずに、お前たちの行ないを見なかったらよかったものを。またわたしの部族のもののだれもお前たちのもとに来なければよかったものを」。
 そこからわたしは義人たちの天国に昇った。そこで祝福された場所を見た。あらゆる 被造物は祝福されており、あらゆる人は喜びと楽しさと無限の光と永遠の生命のうちに暮らしている。そのときわたしがロに出したことを、わが子よ、汝らに言おう。「幸いなのは主の名をおそれる者、また常に主の面前に仕え、生命の捧げものである贈り物をなして、生涯を生きて死ぬ者。幸いなのは正しい裁きをなし、裸の人に衣服を着せ、飢えた人にパンを与える者。幸いなのは孤児とやもめ女に正しい裁きを行ない、不正をこうむったあらゆる人を助ける者。幸いなのは変化の道*9)から身をそらし、正しい道を行く者。幸いなのは正義の種をまく者、その人は七倍に刈り入れるであろうから。幸いなのは隣人に真理を語れるように真理を持つ者。幸いなのは唇に慈悲と柔和 さを持つ者。幸いなのは主の御業*10)を理解し、それをほめたたえ、御業から造り主を知るであろう者」。
 そしてわが子よ、わたしは地上で導かれたこと*11)を試しつつ、それを 記録した。わたしは一年全体を組み合わせ、一年から月を集めて、一月から日を算出し、一日から時間を算定した。わたしは時間をはかり、記録した。また地上のあらゆる種子を区別した。それから主がわたしに命じられたように、あらゆるますとあらゆる正義のはかりをはかってためし、それらのなかに差異を見いだした。ある年は他の年より貴重であり、またある日は他の日より、ある時間は他の時間より貴重である。そのようにある人は他の人より貴重である。それは大きな富のゆえであったり、または心の賢さのゆえであったり、または知恵と弁舌の巧みさと沈黙のゆえである。だが主をおそれる者より大なる者はない。主をおそれる者は永遠に栄誉があるであろうから。
 主は御手みずから人間を造られた。しかもそのお顔に似せて、小さき者も大きな者も造られた。人間の顔を侮辱する者は主のお顔を侮辱することになり、人間の顔を嫌悪する者は主のお顔を嫌悪することになり、人間の顔を軽蔑する者は主のお顔を軽蔑することになる。人間の顔につばする者には怒りと大きな裁き*12)がある。幸いなのは、裁かれる者を助けるために、傷ついた者*13)をささえるために、困った者に与えるために、どんな人にも自分の心を向ける者。なぜなら大いなる裁きの日に人間の業すべては書きものによって新たにされるであろうから。幸いなのは正義のますと正義のおもりと正義のはかりを持つ者。なぜなら大いなる裁きの日にはあらゆるますとおもりとはかりが市場におけるように前に並べられ、各人は自分のますを知り、それによって自分の報酬を得るであろうから。主の顔前に捧げ物を急ぐ者*14)には、主はその受領を急ぐ*15)であろう。主の顔前で灯明をふやす者には、主はその人の貯蔵庫*16)をふやされるであろう。はたして主がパンやろうそくや羊や牛を必要とされるであろうか。しかし主はそれによって人間の心を試されるのである。なぜならその時、主は ご自身の 偉大な光をお送りになり、その光のなかで裁きがあるであろうから。そしてだれがそこで身を隠すことができようか。
 いまやわが子よ、汝らの心のうちに理性を置きなさい。そして汝らの父のことば、すなわちわたしが主の御ロから汝らに伝えるすべてのことに耳を傾けなさい。この本、汝らの父の手で書かれたこの本を取って、これを読み、このなかで、主の御業を認識しなさい。すなわち唯一の主のほかに存在するものはないのであって、その主は(目に見えない)はっきりしないものの上に基礎を置かれ、見えないものの上に天をのばされ*17)、大地を不定のものの上に基礎づけて*18)水の上にそれを置かれたかたで、またただひとり無数の被造物を造られたかたである。だれが大地のほこりや海の砂や雲の水滴を数えたことがあろうか。また主は大地と海を解けないかせで結びつけられ、火から理解しがたい美しさ*19)を切りぬかれて天を飾られ、またみずからは不可視でありながら、見えないものからあらゆる見えるらのを作られたかたである。この本を分かち与えなさい。汝らの子に、また子はその子に、汝らのすべての親族に、汝らのすべての世代に、また思慮があって主をおそれる者に。そうすれば彼らはこの本を受け取り、それはあらゆるよき食物よりも彼らを喜ばせるであろう。そしてそれを読み、そのとりことなるであろう。他方、思慮がなく、主を知らない者はそれを受けいれず、しりぞけるであろう。この本のくびきが重しとなるであろうから。幸いなのはそのくびきをにない、それを自分のものとする者。なぜなら大いなる裁きの日にそのくびきを見いだすであろうから。
 わが子よ、わたしは誓って言うが、人間が存在する以前にすら、その人に裁きの場が用意されており、そこではその人を試すますとおもりがあらかじめ用意されているのである。また、わたしはあらゆる人間の業を書きものにとどめるであろう。しかもだれもそれをのがれることはできない。だから、いまやわが子よ、忍耐と柔和のうちに汝らの日々の数を過ごしなさい。汝らが来たるべき終わりなき世を受け継ぐために。そしてもし主のゆえにあらゆる病気と傷と暑熱と悪ロがふりかかったなら、それに耐えなさい。またそれを返報できるときでも隣人に返してはならない。なぜなら返報するのは主であって、大いなる裁きの日に主が汝らにとって復讐者となるであろうから。兄弟のために金と銀を失いなさい。汝らが裁きの日に肉の宝*20)を受け取るためである。また孤児とやもめ女に汝らの手をさしのべなさい。また力に応じて貧しい人を助けなさい。そうした人々が試練*21)のときに防壁となるであろう。もし重く、苦しみとなるあらゆるくびきが主のゆえに汝らに現われたら、それをはずしなさい*22)。そうすれば裁きの日に汝らの報酬を見いだすであろう。朝に昼に晩に万物の造り主をたたえるために主の家におもむくのはよいことである。
 幸いなのは賞賛に自分の心を開き、主を賞賛する者。のろいあるのは隣人への侮辱と中傷に自分の心を開く者。幸いなのは主を祝福し、たたえつつ自分のロを開く者。のろいあるのは主の顔前で呪阻と謝誇に自分のロを開く者。幸いなのは主のすべての御業をたたえる者。のろいあるのは主の被造物を誹謗する者。幸いなのは自分の手の労働を高めるためにそれを眺める者。のろいあるのは他人の労働をそこなうためにそれを眺める者。幸いなのはいにしえの父祖の基盤を守る者。のろいあるのは自分の父祖の掟と境界を犯す者。祝福あるのは平和を植えつける者。のろいあるのは平和のうちにある人を滅ぼす者。祝福あるのは平和を語り、そして平和を持つ者。のろいあるのは平和を語りながら、心のなかに平和のない者。こうしたすべては大いなる裁きの日にますのなかと本のなかで証明されるのである。
 だから、いまやわが子よ、あらゅゆる不正から汝らの心を守りなさい。おもりのなかで永遠に光を受け継ぎなさい。わが子よ、「父が主とともにあるので、われわれの罪をとりなしてくださるだろう」と言ってはならない。汝らはわかるだろうが、わたしはあらゆる人間のあらゆる業を書きとめ、だれもわたしの手で書いたものを滅ぼすことはできない。なぜなら、主がすべてをご覧になるから。だから、いまやわが子よ、汝らの父のすべてのことば、わたしが汝らに言うことすべてに耳を傾けなさ い。それが汝らにとって休息を受け継ぐことにな るように。汝らに与えた本は隠してはならない。望む者すべてに語りなさい。彼らが主の御業を知るように。さてわが子よ、期限の日が近づいており、定められた時が迫っている。わたしとともに行く天使がわたしの顔前に立っている。わたしはあした、わたしが永遠に受け継ぐ上の天に昇るであろう。それゆえに、わが子よ、汝らが主の顔前であらゆる善意をなすように汝らに命じるのである。

1) 元来はこの章の題であったと考えられる。
2) 原文は「地上の王に関する話」。校訂者に従って修正。「地上の王」とはここではエノク自身をさす。
3) 意味不詳の箇所。校訂者によれば「寒さ担当」の天使、すなわち第一天の雪と氷の貯蔵庫の番人を意味するギリシア語の訳し違えであるという。
4) 原文は「帰ること」。
5) 原文は「充足」、ここでは星などをさす。
6) 原文では「減少」の語がなく意味がとれない。校訂者に従って補う。
7) 原文は「上昇」
8) 原文は「大きなまむしのようでJ。校訂者に従って修正。
9) 異本では「一時的な道」。
10) マタイによる福音書の真福八端と同じく八節から成る。
11) 意味不詳の語。校訂者に従って訳出。
12) もちろん主の怒りと裁きを意味する。
13) 原文は「くだかれた」。イザ42-3、マタ12-20の「傷ついた葦」に相当するもの。
14) 原文は「作る」または「行なう」。校訂者に従って修正。
15) 原文は「向ける」。校訂者に従って修正。
16) マタ6-20の「天の貯蔵庫」すなわち「財宝」。
17) 詩104-2。
18) 原文は「基礎づけた」。校訂者に従って修正。
19) 異本によっては「星の」と補う。
20) 意味不詳の語。校訂者は「肉によらない宝」とする。
21) 原文は「労働」。校訂者に従って修正。
22) なぜならば、これは「になうべき主のくびき」(マタ11-30)ではないから。

第十四章

 メトセラは父親エノクに答えた。「父上よ、何があなたの目を喜ばせるでしょうか。あなたが わが家と息子たちとすべての家人に祝福されるために、あなたの顔前に食物を作りましょうか。そしてあなたはこの人々を祝福して、それからお出かけになられるでしょう」。エノクは息子に答えて言った。「息子よ、聞きなさい。主がわたしに栄光の香油を塗られた日から、わたしのうちには食物がなく、食物はわたしにとって喜ばしくない。わたしは地上の食物を望まない。だが、汝の兄弟とわが家人すべてと民の長老たちを呼びなさい。彼らに語り、そして出発できるように」。そこでメトセラは急いで行き、兄弟のレギム*1)とアリイム*2)とアハズハン*3)と ハリミオン*4)、および民のすべての長老を呼んで、父親のエノクの顔前に連れて来た。彼らはエノクにおじぎをした。エノクは彼らを迎え、祝福し、彼らに答えて言った。

1) 第一章のおわりではリギムとして出て来る。
2) 写本によってはリム、リマン、リグニムの形で出る。
3) 写本によってはアズハン、ウハン、フザムの形で出る。なおこの名は、のちに(第十六章))エノクの居場所として示される地名アズハンと同じであるから、あるいは次のハリミオンとともに、「ハリミオンのアズハンに兄弟を呼んだ」となっていたのかもしれない。
4) 写本によってはヘルミオン、ヘルミアン の形で出る。本章注3を参照のこと。なお、レギム(またはリギム)以外のメトセラの兄弟の名は他の文献では知られていない。

第十五章

 「子らよ、聞きなさい。汝らの父祖アダムのときに、主はご自身がお造りになった大地とあらゆる被造物をおとずれるために地上にお降りになった。そして主はあらゆる地上の獣*1)と地上をはうあらゆる蛇の類と、あらゆるつばさある鳥を呼びよせ、それを汝らの父祖アダムの顔前に連れて来られた。それはアダムが地上のすべてのものに名を与えるためである。そして主はそれらをアダムのもとに置かれ、すべてを彼に服従させられた。また次に、すべてが人間に対して完全に従い、言うことを聞くように、つんぼに*2)された。すなわち人間をすべての所有物の主人とされたのであって、その所有物についてはあらゆる生きた魂*3)の裁きはなく、人間のみにそれがあるのである。あらゆる獣の魂のためには偉大な世に唯一の場所と唯一の囲いと唯一の牧場があるだけである。なぜなら主のお造りになった生きものの魂は裁きのときまで閉じこめられないで*4)、すべての魂が人間を非難するのである。獣の魂を不正に飼養する者は自分自身の魂についても不法を犯すのである。だが無垢の獣から犠牲を捧げる者は、癒しがあり、自分自身の魂を癒すのである。無垢の鳥から犠牲をもたらす者は、癒しがあり、自分自身の魂を癒すのである。また、汝らが食物のために持っている限りのものは、その四つ足を縛りなさい。それは癒しであり、自分自身の魂を癒すのである。あらゆる獣を縛らずに殺す者は、不法があり、自分自身の魂について不法を犯すのである。獣にこっそりと悪をなす者は、不法があり、自分自身の魂について不法を犯すのである。人間の魂に悪をなす者は、自分自身の魂に悪をなすのであり、その者には永遠に癒しがない。殺人を犯す者は、自分自身の魂を殺すのであり、その者には永遠に癒しがない。人間を網のなかに押し入れる者は、自分自身もそのなかにとらわれるのであり、その者には永遠に癒しがない。だが人間を裁きに押し入れる者は、その者の裁きが永遠に欠けることはないであろう。
 だから、いまやわが子よ、主の嫌悪されるあらゆる不正から汝らの心を守りなさい。特に主の作られたあらゆる生きた魂から*5)。人間が自分の魂のために主から求めること、そのこと通りに主はあらゆる生きた魂になしてくださるであろう。なぜなら、偉大なる世においては人間に多くの避難所*6)が用意されており、また非常によい家と無数の悪い家が用意されているからである。幸いなのは祝福された住まいに行く者、まことに悪い住まいには転換*7)がないのである。また人間が主の顔前に贈り物をもたらそうと心に言って、両手が それをなさな かった時には、主は彼の手の仕事をそむけられ、受領はない。また彼の両手がそれを行ない、彼の心が不平を言い、彼の心の苦しみがやまないときには、その不平は無益である。幸いなのは 忍耐*8)のうちに主の顔前に 贈り物をもたらす者、彼は報酬を見いだすであろうから。また人間が主の顔前に贈り物をもたらすために自分のロから時間を定めて、それを行なうときには、彼は報酬を見いだすであろう。しかしもし定められた時間が過ぎて約束を果たすなら、彼の後侮は嘉納されないであろう*9)。なぜならあらゆる遅れは罪だからである。また人間が裸の人をおおい、飢えた人にパンを与えるなら、報酬を見いだすであろう。しかしもし彼の心が不平を言うなら、破減を作ることになり受領はないであろう。そして彼の心が軽蔑していて*10)、貧者が満腹しているときには、彼のあらゆる善行は失われ、受領されないであろう。なぜなら主は軽蔑するあらゆる人間を嫌悪されるからである」。

1) 原文は「家畜」。
2) 明らかに「おし」の誤り。
3) 動物の魂のことである。
4) 「死に閉じこめる」、「滅ぼす」の意味であろう。
5) 「生きものの不正から」の意味であろうか
6) 原文は「貯蔵庫」。 これはヨハネ14-2の「すまい」のことである。
7) 意味不詳の語。ギリシア語 epistrophe の訳であろう。校訂者は「滞在」と訳す
8) 直前の「不平」の反対の概念。
9) 原文は「後悔があって、彼は祝福されないであろう」。校訂者に従って修正。
10) 原文では「貧者の心が軽蔑する」と解釈できるが、校訂者に従って修正。

第十六章

 そしてエノクが息子たちと民の長老*1)たちに語りおえた時に、主がエノクをお呼びになるのをすべての民と隣人たちが耳にした。彼らは相談して言った。「行ってエノクにあいさつしよう」。そこで二千人もの人々が集り、エノクと息子たちと民の長老がいた場所のアズハン*2)までやって来た。そしてエノクにあいさつして言った。「永遠の王である主に祝福されたかたよ、いまや汝の民を祝福してください。そして主の顔前でわたしたちをたたえてください。なぜなら、主はわたしたちの罪をとり除く者として汝をお選びになったのですから」。

1) 原文は「諸侯」。
2) 異本のひとつはアフザンの形を出す。

第十七章

 エノクは人々に答えて言った。「わが子よ、聞きなさい。万物が存在する前に、あらゆる被造物が現われる前に、主は創造の世*1)を設定された。そしてその後、目に見えるものも見えないものもすべての被造物をお造りになり、そうしたことすべてののちにご自分の姿に合わせて人間をお作りになり、人間に見るために目を、聞くために耳を、考えるために心を、判断するために知力を付与された。そのとき主は人間のために世を解き放たれ、それを時と時間に分けられた。それは人間が時間の移りかわりと終わり、一年の初めと終わり、月、日、時間を思いめぐらし、自分の生命の死を数えるためである。主のなされるすべての創造が終わりとなり、あらゆる人間が主の大いなる裁きにおもむくであろう時、その時には時間が消滅し、もはや年もなく、もはや月も日も時間も数えられることなく、ただ世だけが立つであろう。そして主の大いなる裁きを免がれる義人すべては偉大な世と合体し、またその世は義人とともに合体し、彼らは永遠*2)であるだろう。しかも彼らにはもはや労苦も病気も悲しみも暴力の予期も、また夜のつらさも闇もなく、彼らにあるのは永遠に大いなる光とこわれない壁で、彼らには永遠の生活の防壁となる偉大な天国があるであろう。幸いなのは主の大いなる裁きを免がれる義人たち、なぜなら彼らの顔は太陽のように輝くであろうから。
 だから、いまやわが子よ、汝らの心をあらゆる不正、主の嫌悪されるすべてのことから守りなさい。主の顔前を歩み、ひとり主のみに仕え、主の顔前にあらゆる捧げものをもたらしなさい。天を仰ぎ見ればそこに主がおられる。なぜなら天をお造りになったのは主だからである。地と海を眺め、地下のものに思いをよせるなら、そこにも主がおられる。なぜなら万物をお造りになったのは主だからである。またあらゆる物事は主のお顔から隠れることはできないであろう。長い忍耐と柔和さと汝らの苦悩の痛みのうちに、この苦しみの世を脱しなさい」。

1) 第十一章のアドイルのことである。
2) 教会スラヴ語においても、またおそらくスラヴ語エノク書の原文の言語であったギリシア語においても、「世」と「永遠の」は同語根の単語であり、ここでは一種のことば遊びが行なわれていると考えられる。

第十八章

 エノクが人々に語っていたときに、主は地上に闇をおくられた。そして闇となり、闇はエノクとともに立っていた人々をおおった。すると天使たち*1)が急ぎ来て、エノクを連れ去り、上の天にあげた。主は彼を迎え、永遠にご自身の顔前に置かれた。すると地上から闇が引き、光となり、人々は目が見えて、エノクがいかにしてあげられたかがわかった*2)。そこで彼らは神をたたえ、各人の家に帰った。

1) 最初にェノクを連れに来たセメイルとラスイルの二天使。
2) 異本では「わからなかった」。

第十九章

 *明らかに後代の挿入であるから、本文には含めない*)。

*) 異本のひとつに伝わる第十九章は、エノクの履歴をのべるもので、明らかに後代の挿入である。したがってここでは訳出しない。しかし参考のためにその要旨を掲げる。「エノクはパモボスの月の六日に生まれ、三百六十五年生きた。ニサンの月の第一日に天にあげられ、六十日間天にあって、三百六十六冊の本を書いた。地上にもどって三十日間いて、生まれた時と同月同日にふたたび天にあげられた」。

第二十章

 エノクの息子たち、メトセラとその兄弟は急いで行き、エノクがあげられた場所のアズハン*1)に祭壇を築いた。そして羊と牛を持って来て、主の顔前に捧げた。彼らはともに来た人々を慰み*2)に招いた。人々はエノクの息子たちに贈り物をもたらし、三日のあいだ慰みと喜びを行なった。

1) 異本はアフザンの形を出す。
2) 慰みの宴の こと。

第二十一章

 三日目の夕方、民の長老がメトセラに語って言った。「来て、主の顔前と人々の顔前、そして 主の 祭壇の前に立ちなさい。そして汝は民のなかでたたえられるであろう」。メトセラは民に答えた。「主よ、わが父エノクの神
よ。民の上に祭司を立てられるのはそのかたご自身である」。そこで民はその晩ずっとアズハンの場所で待ったそしてメトセラは祭壇の近くにとどまり、主に祈り、言った。「すべてのものの主よ、唯一にして、わが父エノクを選ばれたかたよ*1)、民に祭司を示されよ。そして彼らの心に主の栄光をおそれ、すべてを主の意志にょよって行なう分別を与えよ」。そしてメトセラは眠りこんだ。すると主が彼の夢見のなかに現われ、彼に言われた。「メトセラよ、聞きなさい。わたしは主、汝の父エノクの神である。民の声を聞き、彼らの顔前とわたしの祭壇の前に立ちなさい。そしてわたしはお前が生きているすべての日々に民の顔前で お前をたたえよう」。メトセラは眠りから起き上がると、自分に現われたかたを祝福した。また民の長老は朝からメトセラのもとに来た。主なる神はメトセラの心を、人々の声を聞くように向けられたので、メトセラは彼らに言った。「わたしたちの 主なる 神がその御目にかなうことを民になされんことを」。
 そこでサルサン*2)、ハルミス*3)、ザザスと民の長老が急いで来て、メトセラに特別の衣服を着せ、頭に輝く冠を置いた。また民も急いで来て、メトセラのために、主の顔前と民の顔前で犠牲に捧げるようにと、羊と牛、また島のうち正しく選ばれたすべてを連れて来た。そこでメトセラは、あたかも暁の星が昇るように、主の祭壇の場に昇り、すべての民がそれに続いた。メトセラは祭壇のわきに、すべての民は祭壇のまわりに立った。そこで民の長老は羊と牛をとり、その四つ足を縛り、祭壇の頭に置いた。民は メトセラに言った。「このナイフをとり、正しく選ばれたこれらを主の顔前でほふりなさい」。メトセラは両手を天に上げ、主を呼んで言った。「ああ主よ、あなたの祭壇とすべてのあなたの民の先頭に立つなど、いったいわたしはだれなのでしょう。いまや主よ、あなたの奴隷とすべてのあなたの民の頭とあらゆる心遣い*4)に御目を向けてください。そしてこの民の顔前であなたの奴隷にお恵みを与えてください。あなたの民に祭司を立てられたのがあなたであることを彼らが理解しますように」。すると、メトセラが祈っているあいだに、祭壇がゆれ、ナイフが祭壇から起き、すべての民の顔前でそのナイフがメトセラの手のなかに飛びこんだ。民はすべてふるえだし、主をたたえた。そしてこの日よりメトセラは主の顔前とすべての民の顔前でうやまわれた。そこでメトセラは民のもたらしたすべてのものを取り、ほふった。民は喜び、その日、主の顔前とメトセラの顔前にあって楽しみ、そののち各人の家に帰った。

1) この一節は原文に乱れがあり意味不詳。校訂者に従って修正。
2) 写本によってはサルサイの形で出る。
3) 写本によってはハルリスの形で出る。なおハルミスの名は、出6-14ではルベンの一族のひとりカルミとして、また外典ユディト6-15ではベトゥリァの町の長カルミスとして出て来る。また、第十四章のおわりにメトセラの兄弟のひとりとしてあげられているハルミオンと関係があるものと思われる。第十四章注3)、4)を参照のこと。
4) 原文は「探索」。正しく選ばれた犠牲獣をさす。

第二十二章

 その日よりメトセラは祭壇の頭とすべての民の先頭に立った。そして一千四百八十年*1)に彼は地のすべてを尋ね*2)、主人を信じる人々すべてを捜し、はずれた人々は教えさとし改めさせた。そしてメトセラが生きたすべての日々には、主のお顔からそむいた人間は見いだされなかった。そこで主は、犠牲とか、贈り物とか、その他主の顔前に仕えたあらゆる奉仕に関して、メトセラを祝福された。
 メトセラの日々が終わったのちに*3)、主が彼の夢見のうちに現われ、言われた。「メトセラよ、聞きな さい。わたしは汝の父エノクの神である。わたしはお前に、お前の生きる日々がつき、休息の日が近づいたことを知らせようと思う。お前の息子レメクの二番目の息子ニル*4)を呼びなさい。彼にお前の聖なる衣服を着せ、わたしの祭壇に立たせ、彼の日々に起こるであろうことすべてを告げなさい。なぜなら大地全体とあらゆる人間と地上を動くすべてのものの破滅の時が迫っているからである。すなわちその日には地上に大きな混乱が起こるであろう。なぜなら、人間は隣人をうらみ、民は民に襲いかかり、民族は民族に戦いを起こし、地上全体は血とひどい混乱で満たされるからである。そのうえ、彼らは創造主を捨て、天にかかるもの、地を歩むもの、および海の波をあがめるであろう。そして敵があがめられ、わたしにとって悲しみであるが、敵は自分の業を喜ぶであろう。地上全体が秩序を変え、あらゆる果実と草は時節を変えるであろう。それは破減の時を予期するからである。そしてあらゆる民族が、わたしにとって悲しみであるが*5)、地上でみずからを変えるであろう。そのときわたしは奈落に命じると、奈落は大地に襲いかかり、天にある水の貯蔵庫が大地に襲いかかり、第一材料によって大きな材料とするであろう*6)。そして大地の構成要素はすべて減び、大地全体がふるえ、その日から大地の確固たるものは失われるであろう。そのときわたしは汝の息子レメクの長男ノアを守るであろう。そして彼の種から別の世界を興し、彼の種は永遠に続くであろう」。
 メトセラは眠りから起きると、夢見のことを大いに悲しんだ。そして民の長老すべてを呼んで、主が彼に語られたことすべて、主が彼に現わされた夢見を物語った。人々は彼の 夢見のことを悲しみ、彼に答えた。「主はご意志に従って行なわれる力がおありだ。いまや主が汝に語られたことすべてをなしたまえ」。メトセラはレメクの次男ニルを呼び、すべての民の顔前で彼に祭司の服を着せ、祭壇の前に立たせ、民のなかでなすべきことすべてを教えた。そしてメトセラは民に言った。「これがニルである。きょうより汝らの顔前で諸王の指導者となるであろう」。民はメトセラに答えた。「彼がわたしたちにとってそうでありますように。また主が汝に語られたと同じく、主のみことばがありますように」。メトセラが民に語っているうちに、彼の魂は 乱れ、ひざを折って両手を天にさしのべた。そして主に祈り、祈っているあいだに彼の魂は出て行った。
 そこでニルとすべての民は急いで行き、メトセラの墓を作り、彼のために乳香と杖と多くの清めのものを置いた。ニルと民は行ってメトセラの体を起こし、彼のために作った墓に入れ、おおいをした。民は言った。「主の顔前で、またすべての民の顔前でメトセラは祝福された」。そして彼らはそこから去り、ニルは民に言った。「きょうこの日、急いで行き、羊と去勢牛と、きじばととはとを連れて来なさい。それらを主の顔前に捧げるためである。そしてきょうこの日は楽しみ、そのあとで各人の家に帰りなさい」。民は祭司ニルの言うことを聞き、急いで行き、犠牲獣を連れて来て、祭壇の前でそれを縛った。ニルは犠牲のためのナイフをとり、主の顔前に捧げた*7)。民は急いで行ない、楽しんだ。主の顔前で、また民の顔前でニルの救い主の神、主をたたえた。その日よりニルの時代の二百二年*8)のあいだ地上すべてに平和と秩序があった。その後、民は神から遠ざかり*9)、お互いをうらやみはじめ、民は民に対し反乱し、民族は民族に対し敵対し、大きな騒乱が起こった。祭司ニルはそれを聞き、大いに悲しみ、心のうちで言った。「時が近づいた、主がわたしの父の父メトセラに語られたことばが近づいた」。

1) もちろんこの年代は天地創造の時より算出したものであるが、スラヴ語に翻訳される前に挿入されたものであろう。なお、スラヴ語写本ではこの年代は四九二年または四八二年となっているが、これは字母による数値表記法を転写の際に誤ったものである。
2) 原文は「受け継ぎ」。校訂者に従って修正。
3) もちろん 「メトセラの日々の終わりが近づいた時に」の意味であろう。
4) またはネル。
5) 原文は「わたしのあらゆる望みを変えるであろう」。校訂者に従って修正。
6) この箇所は意味がはっきりしないが、第一材料とはカオスのことを言う。したがって、第十二章でも述べられたように、大地が泥沼と化すことを言うのであろう。
7) もちろん犠牲獣を捧げたのである。
8) これは期間を言うのではなくて、「二二〇〇年に」という年代を示すものかもしれない。そうすればこの年代はノアの洪水の年にだいたい符号する。なお、二〇二と二二〇〇との1二つの数値は字母による表記法ではごくわずかな違いしかないので、誤りやすい。
9) 原文は「変わって」。

第二十三章

 ニルの妻ソフォニム*1)はうまずめでニルに子をもうけなかったが、そのソフォニムが老年になって死ぬ日に腹にみごもった。ところが祭司ニルは、主が彼を民の顔前で立てられた日より、彼女とともに寝たことがなかった。ソフォニムは恥じて、毎日身を隠し、民のだれもそれを知らなかった。そして出産の日になったが、ニルは自分の妻のことを思いだし、彼女と話そうと自分の家に呼んだ。そこでソフォニムは夫のもとに来た。彼女はみごもって出産の時であった。ニルは彼女を見て、大いに恥じた。そして 彼女に言った。「妻よ、なぜそんなことをしたのだ。わたしにすべての民の顔前で恥をかかせたではないか。いまやわたしから去りなさい。お前の腹の恥をみごもったところに行きなさい。わたしがお前のことでわたしの手を汚すことなく、主の顔前で罪を犯さないために」。ソフォニムは自分の夫に答えて言った。「ご主人よ、これはわたしの老年の時であり、わたしには若さの血気はありませんでした。どうしてわたしの腹のみだらなことをみごもったのか知りません」。ニルは彼女を信じないでふたたび彼女に言った。「わたしから去りなさい。お前を打って主の顔前で罪を犯さないために」。ところがニルが妻に話しているうちに、ソフォニムはニルの足もとに倒れ、死んでしまった。   ニルは大いに非悲しみ自分の心のうちで言った。「彼女にこんなことが起こったのは わたしのことばからだろうか。いまや主はあわれみ深く永遠である。なぜならわたしの手が彼女の上にあったわけではないのだから」。そこでニルは急いで自分の家の扉を閉め*2)、兄のノアのもとに行った。そして妻に起こったことすべてを彼に語った。ノアは弟の部屋に急いだ。すると弟の妻の姿は死のうちにあり、彼女の腹は出産の時であった。そこでノアはニルに言った。「わが弟ニルよ、悲しむことはない。なぜなら主はきょうわたしたちの 恥をおおい隠してくだ」さったのだ。民のうちだれも知らないのだから。いまや急いで彼女を葬ろう。そうすれば主はわたしたちの恥辱を隠してくださるだろう」。そこで彼らはソフォニムを寝床にのせ、黒い服を着せた。そして扉を閉め、ひそかに墓を掘った。
 彼らが彼女の墓*3)へと出て行った時、ソフォニムの遺体から子供が出て来て、寝床にすわった。ノアとニルがソフォニムを葬るためにはいって来た時、彼らは子供が死体のそばにすわって、自分の着物*4)をかいているのを見た。ノアとニルはひどくおそれた。なぜならその子供は体ができあがっていて、自分のロでしゃべり、主をほめたたえていたからである。ノアとニルはよくよくその子供を眺めて言った。「わが兄弟よ、これは主からのものだ」。子供の体には祭司の印があり、姿は栄えあるものであった。 そこでノアはニに言った。「弟よ、 これは主がわたしたちののちに聖なる家を新たにされようとするのだ」。そこでニルとノアは急いで行き、子供を洗い、祭司の服を着せた。そして子供に祝福のパン*5)を与えると、彼はそれを食べた。彼らは子供にメルキセデクの名をつけた。そこでノアとニルはソフォ二ムの体をとりあげ、黒い服を脱がし、体を洗い、選りねきの輝かしい服を着せた。そして彼らは彼女のために別の墓*6)を作り、ノアとニルとメルキセデクは出かけて彼女をうやうやしく公然と葬った。そしてノアは弟に言った。「この子は時が来るまでひそかに守っていなさい。なぜなら地上すべてにおいて人々は性悪になっており、どうかして彼を見たら殺すだろうから」。そしてノアは自分の場所に帰った。
 さてニル の時代に地上いたるところであらゆる不法がはびこった。ニルはますますもって子供のことで心を痛めた。そして言った。「彼をどうしたらいいだろうか」。ニルは両手を天にさしのベ主を呼んで言った。「ああ、永遠なる主よ、わたしの時代に地上にはあらゆる不正がはびこっています。わたしはわたしたちの終末が近いことを知っています。いまや主よ、この子の現われはなんで、彼の裁き*7)はなんでしょうか。あるいは、この子がわたしたちとともに破滅にとらわれないためには、わたしは彼をどうしたらいいでしょうか」。主はニルの言うことを聞かれて、彼の夜の夢見に姿を現わされ、彼に語られた。「ニルよ、すでに地上には大きな減亡が起こった。わたしはもはやそれを我慢しないし、耐えないであろう。だからわたしはまもなく地上に大いなる破滅を下そうと考えている。だがニルよ、子供のことは心配ない。なぜならわたしはまもなく天軍の長ミカエル*8)をつかわし、彼はその子を連れ、エデンの天国に置くであろうから。そしてその子は滅ぶべき者とともに減びることはなくわたしが示したように*9)、わたしにとって永遠に祭司のなかの祭司メルキセデクとなるであろう。そしてわたしは彼を聖なる者となし、わたしをあがめる偉大な民のうちに彼を置くであろう」。
 ニルは眠りから起きて、彼に現われた主をほめたたえて言った。「わが父祖の神なる主はほめたたえられるべきである。主はわたしの父祖の祭司職においてわたしの祭司職にとがを与えられなかった。なぜなら主のみことばはわたしの妻ソフォニムの腹のなかに偉大な祭司をお作りになった。わたしには子孫がなかったが、この子がわたしの子孫のかわりとなり、息子となるであろう。主はご自身の奴隷たち、すなわちソンフィ、オノフ、ルシ、ミラム、セルフ、アルサン、ナイル*10)、エノク、メトセラ、そして汝の僕ニルとともに、彼をその数のうちに入れられるであろう。そしてメルキセデクは別の種族の祭司たちの長となるであろう。まことにわたしは知っているが、この種族は混乱のうちに終わり、すべての人が減びる。そしてわたしの兄ノアがその日*11)に繁殖*12)のために身を保つであろう。そして彼の種から多くの民が興り、メルキセデクは主に仕えたてまつる専制の民のなかで祭司の長となるであろう」。
 その子がニルの住まいで四十日を過ぎたとき、主は天軍の長ミカエルに言われた。「地上の祭司ニルのもとに降りて、彼とともにいる子のメルキセデクを連れ、エデンの天国に置いて守るように。まことにすでに時が迫っており、わたしは地上にあらゆる水を注ぐであろう。そして地上のすべてのものは滅びるであろう。わたしはメルキセデクを別の種族のうちに置き、彼はその種族の祭司の長となるであろう」。そこでミカエルは急いで夜のうちに飛んで降りた。ニルはその夜自分の寝床で眠っていた。ミカエルは彼に姿を現わし言った。「主はこのようにニルに言われるのだ。 わたしがお前に預けた子を渡しなさいと」。 ニルは自分に語っている者がわからず、心は動揺した。そして言った。「子供のことを知った人々が彼を奪って殺そうとするのだろうか。なぜなら民の心は主の顔前で性悪になっているから」。そこで彼はミカエルに答えて言った。「わたしには子供はありません。しかもわたしに話しておられるかたを知りません」。ミカエルは彼に答えた。「ニルよ、おそれることはない。わたしは主の大天使である。主がわたしをつかわされたのだ。わたしはきょう汝の子を連れて行き、エデンの天国に置くのだ」。そこでニルは最初の夢を思いだし、それを信じ、ミカエルに答えた。「きょうあなたをわたしにつかわされた主はほめたたえられるべきである。いまやあなたの奴隷ニルを祝福されたまえ。子供をお連れになり、あなたに主が言われたとおりになされんことを」。ミカエルはその夜、子供のメルキセデクを自分のつばさにのせ、エデンの天国に彼を置いた。 ニルは朝起きて家に行ったが、その子は見いだせなかった。そしてニルには非常な喜びと悲しみがあった。なぜなら彼は息子のかわりに子供を持っていたのだから*13)。
 わたしたちの神に常に栄光あれ、いまもいつも永遠に。アーメン*14)。

1) 写本によってははソフォニマ、ソフォニイ、ソパニマの形で出る。
2) 原文は「開き」。校訂者に従って修正。
3) 原文は「寝床」。校訂者に従って修正。
4) この着物は後産のことであろう。
5) 原文は「祝福されたパン」。
6) 「別の」は原文にない。校訂者に従って挿入。
7) 主がメルキセデクについて判断されること。
8) 原文は「大天使ガブリエル」。第十一章の主のことばによった訂正。以下同じ。
9) メルキセデク誕生の際の奇蹟のこと。
10) ニル以前の祭司の系譜のうち、知られている名はない。ただし異本によっては、「セツ、エノス、ルシ、アミラム、プラシダム、マレレエル、セロフ、アルサン、アレエム、エノク、メトセラ」の系譜、および「セツ、エノク、マレレエル、アアミラム、フラシダ ム、マレレエル、ルシフ、エノク」の系譜、さらに簡約化して「セツ、エノク、フラシダム、マレレエル、エノク」の系譜をあげている。
11) 原文は「別の種族にJ。校訂者に従って修正。
12) 直訳は「植えること」。
13) 異本によればこの一節は、「喜びのおわりに大きな悲しみがあった。なぜならかれはほかに子供がなかったから」とある。
14) 異本ではこのあとに第二十四章が付いている。明らかに後代の挿入であるが、参考のために要旨を掲げる。
 「主はノアをアララテ山にお呼びになり、箱船を作らせた。それから主は天の滝を開かれ、百五十日間地上に雨が降り、生きものはすべて滅びた。
 ノアは五百歳のとき、セム、ハム、ヤペテの三人の息子をもうけた。その百年後に箱船にはいった。箱船は四十日間ただよい、彼らは百二十日間箱船のなかにいた。ノアは洪水のあと三百五十年間生き、結局、九百五十年間生きた」。
 この第二十四章、特に後半の部分は、校訂者の指摘するように、ビザンチン時代のゲオルギオス・モナコス(ハマルトロス)の年代記に範を取った『キエフ年代記』の一節と酷似しており、おそらくエノク書写本作成者が付加したものであろう。

(森安達也訳)

底本:『聖書外典偽典第三巻 旧約偽典Ⅰ』森安達也ほか訳(1978年9月30日 2刷発行、教文館)

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