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フードファイティンガー爆食!!その6

 県予選 二回戦。爆食院 饕餮(ばくしょくいん とうてつ)は青山竜舌焼中学校(あおやまりゅうたんしょうちゅうがっこう)三年生 鍛 無金気(きたえ むかなけ)との激戦のクロスファイティングを制し、その場に倒れ伏した。その光景に、名門中学校の三年生を無名の一年生が食い下した快挙への歓声が、一転して沈黙へと成り代わった。教員らによる迅速な対応によって数分後には救急車のサイレンが会場の宮春巻鶯高校付属中学校(みやはるかんおうこうこうふぞくちゅうがっこう)に満ち、重たい空気のまま残りの試合が再開した。踊杭鮮海鮮中学校(おどりぐいせんかいせんちゅうがっこう)フードファイティング部の面々は皆が爆食院 饕餮の容態を心配をしていた。たった二人の上級生を除いて。

 その二人とは、なぜかこの日は会場に来なかった二年生の桜餅 大納言 猿田彦(さくらもち だいなごん さるたひこ)と三年生の控え選手で一人ベンチの隅で後悔している娑婆河原 笠六積(しゃばがわら かさろくせき)であった。



 娑婆河原 笠六積の三年間は、ほとんどが控え選手であった。公式の大会に出たのは二年生の夏、山俵 竜(やまだわら りゅう)の急な棄権により空いた穴で出場しただけで、それも一回戦で敗退した。娑婆河原 笠六積はフードファイティングにおける重要は相手までも喰らわんとする気迫を持たない選手であり、それに加え、技術、精神、と足りないものはいくらでもある選手であった。ただ、万年控えとして色んな選手を誰よりも落ち着いて見ていた。とくに部活のメンバーの気配を探るのは踊杭鮮海鮮中学校フードファイティング部のなかで誰よりもうまく、彼は部員の練習には遅くまで付き合い、体調や学業のケアを決して怠らなかった。そんな娑婆河原 笠六積は二回戦に臨む爆食院 饕餮の校舎裏でのウォーミングアップに付き合っていた。そして、爆食院 饕餮が明らかに本調子ではないのがわかっていた。

「なあ、爆食院。お前、平気か?」

「え?べつに・・・平気っすよ。どうしたんすか?しゃばさん」

「いや・・・。やっぱお前、本調子じゃないだろ?次の試合、出ない方がいい」

「待ってください!!なんでっすか!?」

「お前、気づいてないのか?それとも、誤魔化してるのか?」

 娑婆河原 笠六積はウォーミングアップ用のフードファイティングゼリーを指さす。

「飲めてないだろ、それすら」

 爆食院 饕餮はかつてないほどの満腹感を覚えていた。いつもなら試合前にこんなに満ちていることはない。もっと貪欲に何かを口に入れたくなるくらいに飢える。なのに、今日は、こんなにも喉が、舌が、手が、胃が、細胞が動かない。ウォーミングアップで口につけたゼリーは、身体に入った途端痛みに化けた。

「俺は、出るっすよ」

「馬鹿言え。相手は格上も格上、青校の副部長だぞ。そんな状態で出ても勝てなし、危ない」

「勝ちますよ、俺は。俺は勝つ」

「爆食院!お前は一年だ。また来年がある。それにまだお前の体は未熟だろ。無理はだめだ」

「しゃばさん。俺は出て、勝つんすよ。この県予選を突破する」

 もはや言い聞かせているとしか思えない爆食院 饕餮の返答に娑婆河原 笠六積はその震えている腕を取る。すると、人とは思えない熱量を、激しく脈打つ血潮を、そして頂点捕食者であった山俵 竜と同じ怪物性をその皮膚越しに感じる。それでも、目の前にいるのは心底弱った下級生。上級生として、守らねばならない。

「だめだ。顧問に言ってくる。お前は安静にしてろ」

「待って!!」



「待ってくださいよ。お願いです」

「なんでそこまでして出たいんだよ、爆食院」

「・・・先輩が、先輩が俺に”勝て”って言ってくれたんです。主将が”頑張ろうな”って言ってくれたんです。みんなが”頑張れ”って言ってくれたんです。窮奇君が”決勝戦で会おう”って言ってくれたんです。そんで俺は、俺に期待してるんです。ここなら、フードファイティングなら、俺は何かになれるかもしれなくて・・・だから、だから出て、勝つんす。しゃばさん」

「・・・爆食院」

「俺、行くっす。ウォーミングアップ、いつもありがとうございます。一緒に、全国行きましょうね。しゃばさん」

 会場へと歩いていく爆食院 饕餮のふらついた足つきは、次第にはっきりとしたものになっていく。控えとしてほかの部員のために役立ちたいという気持ちでやってきた自分の人生が、他人のために戦う爆食院 饕餮を止めることを許さなかった。俺はなんでこんなにも弱いのだろう。そんなふうに思いながら、その揺れる小さな背中に何かを託してしまいそうになる。

 気が付けば拳を握りしめていた。あまりに強く握ったその痛みで正気を取り戻した娑婆河原 笠六積は、ウォーミングアップの道具を急いで片し、爆食院 饕餮のもとへと駆けた。

「勝ってこい!爆食院!!」


 それが、爆食院 饕餮の救急搬送に繋がるとは思いもしなかった。



 爆食院 饕餮が病室で目を覚ますと踊杭鮮海鮮中学校フードファイティン部顧問機々織部(はたたっとりべ)が頭を下げていた。三回戦出場の意を爆食院 饕餮が示すと機々織部は一人のドクを紹介する。一週間後、山俵 竜と戦えるようにすると宣言するその男はさっそく爆食院 饕餮を退院させる。初めて桜餅 大納言 猿田彦以外からフードファイティングを教わる爆食院 饕餮は戸惑いの中で確実な成長を感じていたのだが・・・

 

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