地下鉄の電車を入れる話

 1978年3月ぐらいからいわゆる「ブルートレインブーム」が始まり、特に鉄道好きでもなかった子供を巻き込んで騒ぎになっていくのだが、テレビ等に取り上げられる鉄道は、この寝台特急という1枚看板に限らなかった。

 前年の1977年からは東京のテレビ番組の中のコーナーに「走れ!特急」ができ、国鉄特急全般が取り上げられた。「あずさ2号」のヒットもこの頃だった。
 日曜朝には「真珠の小箱」という番組の中で近鉄特急のCMが流れた。

 とはいえ、やっぱり子供に人気なのは特急であった。近鉄以外に小田急のロマンスカーは全国的な人気かあった。一方、通勤電車が話題になるのはその地元の子供たちだけであった。

 しかし、例外があった。春日三球・照代の「地下鉄の電車はどこから入れるんでしょうね、考えると夜も眠れない」という漫才である。
 これは「言われてみれば……」というお話で、何でもない通勤電車がミステリーの対象となるのだった。

 1978年、都営新宿線開業にあたっての車輛搬入作業のレポートを行ったのは、他ならぬ春日三球・照代であった。

 テレビ番組における「地下鉄搬入ネタ」はこれに留まらず、営団銀座線の上野にある車庫(意外だよね)から、踏切を通って車輛が地下に入っていく様子が「クイズ・ウルトラドボン」という特番で映し出された。
 ちなみに現在銀座線(と丸ノ内線)の電車はメーカーから到着すると、中野富士見町まで持って行って、ここから線路に載せている。複雑怪奇な搬入作業である。

 春日三球・照代の地下鉄レポートも他にあって、「ぴったし カン・カン」というテレビ番組では綾瀬にある営団千代田線の整備工場をレポートし、地下鉄電車の非常時の脱出口等を紹介していた。

 春日三球・照代はこれ以外にもいくつかの番組で地下鉄関連のレポートをやっており、中には「地下鉄弁当」(ご飯を掘り返さないと、おかずが見えない)というものまで紹介していて、これはどこで売っているんだろうと思うと夜も眠れないものだった。

 この頃の鉄道系レポートは吉村光夫(ロングおじさん)が印象に残るし、関根勤が乗り鉄のクイズ番組の出題者をやっていたし、今でも「新幹線の電車はどこから搬入するのか」を特番でやったりするけれど、春日三球・照代も「鉄道芸人」として活躍していたのである。

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