映画「おもひでぽろぽろ」における鉄道の描写について

 映画「おもひでぽろぽろ」は封切りで観た。当時3回ぐらい観ていたし(うち1回は「みかん畑」氏との旅の途中で「山形で『おもひでぽろぽろ』を観よう」と一緒に街中にあった映画館に入ったのだ)、金曜ロードショーで何度か観ている。


 当時のポスターに駅で本を読みながら列車待ちをする女性が描かれていたから、鉄道は出てくるんだろうなと思っていた。あとテレビスポットCMでも寝台列車のシーンが流れていたと記憶している。


 多くの人が指摘しているんだけど、この作品では鉄道が効果的に使われている。単なる背景や舞台装置ではなく、名脇役と言って良いと思う。


 この作品における「現代」(言い方がややこしいが、映画公開が1990年代はじめなのに対し、1980年代はじめが映画の舞台だ)、タエ子は東京都心でOLをしている。


 休みを取りたいと言うと「失恋でもしたのか」と返す嫌な(本人は嫌味を言っているつもりは多分無い)上司にもにこやかに対応するタエ子。


 そんなタエ子の日常描写に営団(今は東京メトロ)丸ノ内線が登場する。真っ赤な車体に白い帯、その中に「サインカーブ」と呼ばれる波形の飾り帯の入った独特のデザインだ。


 これが300形なのか500形なのかはよく知らない(先輩は戸袋窓で見分けられるよと言っていた)、しかしいずれにしろ1954年から変わらぬスタイルとデザインで、タエ子の少女時代も、この映画における「現代」も、映画が公開された頃も(さらにその後も)活躍していた。

 これは、この映画を観ていて観客が意識する「3つの時代」の橋渡しをしている。というのは考え過ぎか。


 いずれにしろ安易に国鉄(JR)の通勤電車(これも永く使われたが)としない、考えて使っている所が感じられる。


 余談ながらこの丸ノ内線の登場シーン、モブの三つ編みセーラー服の女子高生の何気ない仕草がいい。あ、「何気ない仕草がいい」ってのは作中にもなんかそんかシーンがあったな。


 タエ子の少女時代を描いた淡いトーンのパートにも鉄道は登場する。まだ本当に新しかった頃の東海道新幹線だ。タエ子は夏休みのある日、おばあちゃんと熱海の温泉に行く。


 この「熱海……」ってセリフがもう、少女の心情を描写しすぎている感じだけど、姉の「新幹線乗れるわよ」というセリフからは、まだ本当に新幹線ってのが普通の人にとっても特別なものだった時代を感じられる。


 そして、この少女時代当時の記録映像にありそうなアングルでぶっ飛ばす0系新幹線。そしてカットが変わっておばあちゃんはもう寝ている(つまり東京出発からかなり経っている)のに、横でまだ好奇心旺盛なタエ子。

 この後の温泉での展開が本当にあっけない事など知る由も無かっただろう。


 多くの映像作品に登場した上野駅。ここからタエ子は山形に旅立つ。時はまた「作中の現代」。この上野駅の列車に関する案内が、1980年代のそれを実際に見ていると、むちゃくちゃ懐かしい。


 で、ここで、折角ならなぜ1970年代終わりぐらいではないのか! まだ上野駅からの東北方面の特急列車全盛だぞ! 「あけぼの」なんか20系客車だぞ! と思う所だが、深読みすれば、それはそれでまずかったんじゃないかと思う。


 色々な列車が見られて嬉しいのは映画を観ている鉄道マニアだけでは無い、「当時のガキ」も一緒だ。「あけぼの」がまだ20系客車だった頃は「ブルートレインブーム」。L特急もイラスト入りの表示が入って人気だ。そして東北新幹線開業直前はまた一騒ぎ。夜中まで撮影する少年が問題視されていた。

 旅立ちのシーンに映り込ませるにはちょっと、という感じもする。


 もっともこの後の寝台列車車内の様子の描写は本当に素晴らしい(そりゃ食堂車も何も無いんだけど)。タエ子があの「通路の折り畳み椅子」に座る場面もある。


 これは寝台のセット作業の時とか、隣の寝台の人が着替えている時の待避とかに使っていたと思うけど、このシーンでは少しでも明るい通路で本を読むため(多分寝付けないから)だろう。


 山形到着の際には板谷峠を越えてきた証でちゃんと重連である。自分は気付かなかったが機関車が描き分けられているようだ。


 エピローグにも鉄道は登場している。高瀬駅まで送ってもらってディーゼルカー(キハ20? キハ52?)に乗り込む。後から乗ったおっさんのラジカセから「さよーおなーらー さよおならー すきになったひとー」で一瞬笑いを取る。


 この後は「作中の現代」のタエ子の揺れ動く心理が描写されていく。「思い出した過去のタエ子」に心を押される所である。


 心情の投影にも鉄道は効果的だ。加速の遅いディーゼルカーから山寺駅で折り返し乗り換えるのは451系か453系か455系あたり、この映画における「現代」より少し前は急行に使われた車両だ。

 少しでも早く戻りたいというタエ子の思いそのものを表しているように思う。


 この作品というと山形でトシオが乗っているクルマがスバルR―2というのも面白い。まだ10年落ちぐらいで、「おれ、このクルマが好きなんです」という位でも維持できるポジションのクルマだった。これか、ホンダのNかな。

 これがスバル360ではちょっとあざとさが目に見えてしまう(あと、空冷しかないからヒーターはどうなのかな)。

 また、いくら農業をやっているからとしても、ダイハツミゼットなどの軽三輪も、迎えに行くクルマとしては違うような気がする。

 どうもイメージボードには軽三輪も描かれているらしいんだけど。


 当時のジブリのスタッフにこれのオーナーがいたのか、あるいはスバル(というより中島飛行機)が嫌いらしい宮崎駿氏に対して意識したのか、その辺は良く解らないが。

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