杖と座席

力強い足取りで、両手に杖を持って。
その人は、杖のコツコツという音を立てながらも比較的スムーズに電車内に乗り込んできた。あたりを見回す事もせずに、まっすぐに入り口と反対方向のドアに正対し、杖を片方の手にまとめて、当たり前のようにつり革を握る。少し遠くの席に座っていたぼくは思わず立ち上がり声をかけようとしたが、つり革を掴む握りこぶしと、腕の太さ、一文字に結ぶ口元が目に入り、立ち上がるのを躊躇した。
普段、お年寄りが相手なら、すぐに席を譲っただろう。だけど今日はそうしなかった。
人の大いなる決意というか、自尊心というものに触れることは正しい事なのかと思ってしまうから。
彼は降車駅までの間ずっと建ち続けた。そして心もとない足取りで、降りていった。

もう一つ、高齢者同士での乗り合いが多い日中のバス車内において、杖をついて入ってきた高齢者に対して、優先席の高齢者が席を譲らないことをよく目撃する。優先席にて優先されるべき対象同士がかち合った場合、誰が優先されるのだろう。年齢なのだろうか。障害の度合いなのだろうか。目に入る杖をついた高齢者は、やはり空きないかあたりを見回している。超高齢化社会。一括りにしてはいけない現実もある。

高齢者になる頃、私たちはどんな意思表示をしているだろう。

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