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最恐の縁切りスポットへ?

時は2010年────
満を持して、通称「おやびん」が都内にSMクラブの事務所を開設した。構想2年。場所的要件と呼ばれる「用途地域」や「告示地域」を外してクリアした性風俗営業OKの賃貸物件を探して契約。行政書士と協同して届けた警察署への書類は無事に受理され、税務署に開業届も提出。モグリではなく正々堂々と営業できる、文句のつけどころがない優良店が誕生した。

それから干支が一回りするあいだに起こった実話である。

店がだんだんと軌道に乗ってきた頃、事務所の電話が鳴った。

「ぉっしぉしぃ〜」 

漏れ聞こえる独特の「もしもし」。そのもったりとした口調から、相手が誰かすぐに判った。

「あのさぁ、家賃3ヶ月滞納しちゃって……。今住んでるトコを追い出されちゃうんだよね。んでさぁ、ちょ、ちょ、ちょっと荷物だけでも置かせてもらえないかなぁ」

受話器を耳に当てたまま、怪訝そうにどんどん曇りゆくおやびんの表情。
電話の男はこちらの状況などお構いなしに話を続ける。

「あの、あのさぁ、できれば半年だけ?    いや3ヶ月だけでもいいからさぁ、そこ(事務所)に住まわしてほしいんだよねぇ」

必死に懇願するのは私たちの知り合いで、特におやびんとの付き合いは古い。バブルの頃に都内某所にてSMクラブを経営していた、尻フェチで有名なスドウだった。
当時は黙っていても、一晩中お客さんが途絶えないような景気の良さだったが────

詳しく話を聞いてみると、某県某市にあるN協の支店で◯億円もの横領事件を起こして新聞にも載り、実刑となったスドウの実兄(ダジャレではない)が刑期を終えて出所。保護司の取り次ぎで実弟のスドウとしばらく同居していたが、アニキは莫大な借金まみれで前科持ち。そのため普通の仕事には就きにくい。その頃、スドウの経営していたSMクラブはブームの下火で廃業し、兄弟してラブホテルで掃除のアルバイトをしていた。
そんな中、何人もの借金取りが幾度となくバイト先に押しかけてきては嫌がらせを繰り返し、雇い主に迷惑を掛けたらしい。ラブホテルのひしめき合うエリアで、この騒ぎは瞬時に各ホテルオーナーに知れ渡る。
「アニキのせいでどこからも雇ってもらえなくなり、ついに家賃滞納……」という言い分だ。

基本姿勢が来る者拒まず去る者追わず、困っている人には手を差し伸べてしまうおやびん。
「しょうがねぇな。じゃあ、半年だけだぞ」と受け入れると、スドウは即座に家財道具まるごと事務所へ、文字通り転がりこんできた。
以来、我が物顔で事務所に住みつかれ、事務所としての機能は不全気味となる。

この間(かん)、スドウは相変わらずラブホのバイトに通ったり辞めてきたり、勤め先を転々としながら「時給が安くてメシも食えねぇ」などと愚痴り、理由をつけては家賃を払ったり払わなかったり、水道料金は全額こっち持ち。私たちは事あるごとに常識のズレや金銭的な価値観の違いなどで揉めに揉めた。
それでもおやびんは「あいつもここを追い出されたら自分で部屋も借りられないんだし」などと手ぬるいが、本当のところは逆恨み防止策だ。表面上は穏便にしていないと「悪いことはすべて他人のせい」な考え方のスドウのこと、何をするかわかったもんじゃない。当店の営業面に差し支えないようにするためだった。

しかし、長年にわたるスドウの図々しさと常識のなさ、話の噛み合わなさに、おやびんのわりと大きめな堪忍袋もパッツンパッツンに膨れ上がり、2022年末ついに大爆発した。

「あーーーっ! もう我慢できねぇ! サヨさん、アイツどうにかなんないかねぇ」

「んー、縁切り神社へお願いに行きますか」

「おう、それだ!」

縁切り祈願なら間接的に(神仏が)手を下してくれるので表面的には穏便に解決できる。逆恨みされることはないだろう。

以前にも私が見るに見かねておやびんに提案をしたことがある。そのときは「神頼みするほどでもねぇや。(縁が)切れるときは勝手に切れてくだろうよ」と涼しい顔だったが、今回ばかりはすぐに話がまとまった。

さっそく縁切りのご利益がある神社仏閣をネットで検索すると、強弱大小取り混ぜてモニターにあらわれるマイナスパワースポット。中でも京都最強と言われる「安井金比羅宮」が検索結果のトップに躍り出た。有名どころで強そうだが、遠方で費用がかかりすぎて現実的ではない。
関東一円、できれば都内にないものか、さらに絞ると今度は関東最恐とされる「縁切り榎」を発見。場所は板橋区である。まるであつらえたような近さ! これならすぐにでも行けそうだ。

実は生まれ育ちが板橋区の私。小学校時代に学校から配布された絵本(?)があったことを思い出した。
たしか、「いたばしの民話」というタイトルだったと記憶している。この本の中に「縁切り榎」にまつわる民話も載っていたはずだ、たぶん。聞いたことがあるような気がするが、「???」だらけのうろ覚えで申し訳ない。

※ 執筆中、気になったのでネットを漁ると「いたばしの昔ばなし」を発見。各見出しに見覚えがある(よーな気がする)ので、これかもしれない。


続けてアクセス方法、お参りの仕方、口コミといった関連情報を次々に収集していく。

縁を切りたい、または縁が切れたという皆さんの体験談の数々が、ものすごい件数アップされており、読んでいるうちに真っ黒な渦に巻き込まれていくようで、なんだか具合が悪くなりそうに。
たとえばパワハラ上司✕やられ部下といった会社関係、いちばん多いのが恋愛問題(やっぱり)、次いで離婚、嫁姑。中には病気と縁が切れたというものまであり、実にさまざま。人の数だけ悩みはあるものだな、とあらためて思い知らされる。

ところが縁を切りたいと切に願っても難しいケースがあって、縁切り榎までたどり着けないことがある、という内容の個人ブログも散見する。
その場合、縁切り榎のある最寄り駅から道に迷うとか、予定が狂う、途中で自転車とぶつかるような不慮の事故に遭うなどでうまくいかないらしいと書いてある。

古くからその地に鎮座し、「悪縁を切り良縁を結ぶ」とされるご利益の神社なのだ、真偽不明な噂の20や30あるほうが自然かもしれない。

さて、正式名称が第六天魔王のような「榎第六天神」、通称・縁切り榎に無事到着したら絵馬に縁切りのお願いを具体的に書いて境内に奉納する、とあるが、神社は狭小で社務所はあれど無人。そのため絵馬は近隣の商店で扱っているとのこと。
絵馬のセットを購入したら、持参するか途中コンビニなどで調達した油性ペンで絵馬に願い事を書いて納めて参拝という流れのようだ。
紹介しているブログには、絵馬セットに同封された個人情報保護シールの画像があり、現代っぽい。

現地へ行くまで時間はたっぷりある。よし、先に下書きをしておいてあげよう。
……裏紙でいいか。

裏紙を使った、当時の下書き

お願いする人の住所も可能な限り書いたほうが、神様に認識してもらいやすいとのこと。
下書きした文面をおやびんに見せると、「ああ、良いねぇ」となった。あとは行くだけである。

年が明け、行けそうな日取りを1月21日に設定した。この日は一粒万倍日で大安、みつ(中段の吉凶:万象万物満溢の日)。
ところが当日、朝から強風が吹き荒れていて屋外(神社)で文字を書いたりするのは難しそうだ、と判断し、敢えなく翌日に延期した。
エンキリのエンキ。

翌日は新月で、お願い事をするのに向いている。しかし、前日の夜遅くに仕事でトラブルが発生し、対応のため睡眠不足で疲労困憊に。エネルギーを落としているときに神社仏閣へ行くのは良くないので、また延期。

こんどは大安、やぶる(中段:物事を突き破るとされている)の2月7日に設定したが、前日はおやびんの歯科治療予約日だ。高齢だし、おそらく疲れて行けなくなるだろう、そう思っていたら案の定。まぁ、これは想定内だから気にしない。

どんどん予定が延びているところを見ると、もしやこれが「縁の切れないケース」に当たるやつ、だったりして。心配しながらも、体調や暦との兼ね合いを見て前向きに次の予定を考える。

3月のどこかに設定したいが、おやびんの誕生日が過ぎてからにしようということになった。なぜなら星占いでは誕生日前の約1ヶ月間は自分の太陽(生命力、バイタリティなどをあらわす)が見えざるものや隠されたもののハウスを通過するので、ざっくり言うと、たとえば入院することになったり、シャバと隔離されるようなことが起こりやすく、大切なモノ・ヒトを失うという説があるからだ。
「関東最恐」とまで謳われる場所へお願いに行くため、いつもより慎重に。

早く行けば早く叶うというものでもないだろうが、お願いしておかないと神様に伝わらないだろうと少し焦る。さらに4月21日からは水星逆行が始まってしまうので、その前までには行っておきたい。

そう思っていた4月はじめ、私が原因不明(外傷なし)の急性硬膜下血腫に見舞われ、緊急入院することになってしまった。手術した場合は死亡率が60〜70%だと後から知り、ゾッとする。
私の場合は手術なしの点滴療法。10日ほどで止血でき、退院したのは良いがアタマの中の出血だったせいか自分の脳力がふだんの60%ほどに低下して、まさにアタマが働かない状態。しかもこの間におやびんの認知症がかなり進行して、もう縁切りどころではなくなった。

あきらめ、というよりも他のことを考える余裕がない。こうなったら目前の問題を一つずつ片付けていくしかない。

おやびんはもう仕事ができない状態なので事務所解約の旨、管理会社に連絡し、警察と税務署へ廃業届を提出しよう。居候しているスドウには退去の交渉だ。チャンス到来!
手のひらにツバを吐いて、たすき掛け、腕まくりの心意気でぃ!

スドウに退去の話をしたのは5月────

「こういう状況だから8月20日までに引っ越せよ」と3ヶ月間の猶予をやったが、それでも「せめて年内は居させてよ〜」とか「なんでもっと早くわからなかったのよぉ」などとわめいている。

「うぉい! 半年だけって言ってたヤツが10年以上も居座っておきながら!    盗人猛々しいたぁ、このことだよ。感謝されてもいいくらいなのに文句垂れるたぁ筋が違うだろがい!!    おぉ!?」

半世紀ちょっとの人生で初めて、「盗人猛々しい」というコトバが口をついて出た。よしんば百歩ゆずってもスドウに文句を言われる筋合いは一切皆無だ。
ぐずぐずと逆ギレされるたびにド正論を突き返すと「もう、あんたにもおやびんにも今後ぜったい会いたくないから出てってやる!」と来た。まぁ、なんでもいいから、とにかく出ていってくれ。

なんと、この勢いのまま長引くことなく5月下旬にはキレイさっぱり退去となった。
あれから約1年経つが、その後スドウからの連絡は一度もない。

というわけで結局、縁切り榎にはたどり着けなかったものの急転直下、長い間こびりついていた悪縁が、あれよあれよという間に切れたのである。

やがて奇跡のような良縁の数々に恵まれることになるが、その話はまた別の機会に。

はたして、バタフライエフェクトの発端はどこだったのか。

<おわり>

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