Maison book girl「孤独な箱で」のメモ

テーマは「境界の消失」だったように思う。前回のSBOも言わばそうだった(ブクガ側の世界とこちら側の世界の間にある境界の消失だった)。しかし、今回は時間や存在の境界の消失を含む点においてさらに美しさとグロテスクさを増したと言える。

森の奥底にある部屋で、いつも通り閉じこもり、考えている。空想と現実が混じりあい、あり得た未来を映し出す。明るく、楽しく、爽やかな、あり得た未来。あるいは、そのような願望。数か月前から継続する世界規模の暗澹たる現状との明確な対比。ぼくたちはそれを願っていたのに。Remixの曲調と普段の彼女らとは異質なパフォーマンスをもって、現状の暗喩を示す。空想の世界が支配していく。

映画のエンドロールが流れ、無かった現実は終わる。かと思ったら、エンドロールは巻き戻り、時空は過去へ遡及する。この時点で一度「現在」という時点は明確に消失しており、過去と現在の境界が曖昧になっていく。ぼくは自分がどこにいるのか、次第にわからなくなっていく。

唯一明確なことは、ぼくの世界には確かにMaison book girlがいたということだ。現実、過去。「悲しみの子供たち」、「十六歳」、「教室」と人間的な過去を彷彿とさせるような曲が続き、ぼくたちは美しくも儚いノスタルジーを感じる。誰もが経験した景色がそこある。過去はいつだって美しい。

しかし、ぼくたちが漂う「過去だと思っていた世界」も一気に怪しくなる。

「夢、見たの。」

それは果たして現実にあった過去だったのか。すべて夢の世界の出来事だったのかもしれない。現在と過去の境界が消失したかと思えば、その過去と夢の世界が隣接し溶け合い、過去という時点すらも消失していく。現実と非現実の境界がここで崩れていく。メンバーが向かいあう、360度の夢の世界。ステージと客席という、本来交わらない世界での文字通り夢のような出来事。死ぬときはこのような美しい空間で死にたいと思うような、叶わない世界。次第に、ぼくはMaison book girlを見ているのではない、と感じた。すべてが溶け合い、存在の境界が消失するような、美しい体験。

しかし、その夢の世界は確かに存在した世界であったことが、写真という媒体を通し明確になる。夢というフワフワした空間に比し、圧倒的な現実を誇る写真という実在。しかし、音声の逆再生に伴うかのようにその写真は色を失くしてゆき、写真自体が過去に遡及していく。ぼくは部屋で配信を見ているだけなはずなのに、もう自分の立ち位置がわからなくなる。時間も空間も歪み、自分の世界が確たるものなのか自信がなくなるような不安に駆られる。過去-現在、現実-非現実という境界が曖昧になっていく。

ここで、唯が20:56と書いた紙に火をつけて燃やしてしまう。これが最後に重要な意味を持つ。(ぼくはもちろんライブ中に現在時刻なんて見ていないので、今が20:56で、唯は「現在」を燃やすことで全ての境界を消失させたのか?と思った。)

その後の「karma」は、確実に現実のそれではなかった。Maison book girlにモザイクや奇妙な模様、自身が離散したグロテスクなコラージュが映し出され、自己が溶解していく様を見せつけられた。見ているぼくたちは「Maison book girlは本当にそこにいるのか?ぼくが見ているMaison book girlは現実なのか?」という実在への問いかけを否応なくさせられてしまう。世界が徐々に大きく乱れ始め、ケイオスが全てを飲み込んでいく恐怖に似た感覚が身体中を支配する。

実在が消失して残るのは、本質である。

そこに、メゾンブックガールは、います。

この文章を見て、あたかも実在を明示しているかのように思っていたが、正反対だったことに気づく。Maison book girlは、その本質としてぼくたちの側で唄っていた。ぼくたちの現実で言う存在という境界を消失し、本質としていつだってそこにいるということ。

最後に、Maison book girlは外へ飛び出す。紛れもない現実。見慣れた風景。ぼくたちがいる場所。そこにMaison book girlはいた。

ライブが終わった。その時刻、20:56。つい先ほど消失(焼失)した時刻。ぼくたちが恐れるその境界までも、Maison book girlは無くしてくれた。何が現実で、何が非現実だったのか、ぼくはわからない。そのおかげか、心地よい余韻が普段より長く続いているような気さえする。

「孤独な箱で」は、誰もが見たことのある様々な景色をもって、あらゆる境界を消失させることで誰も見たことのない恐ろしく、心地よく、あまりに美しい景色を見せる、「追憶的ケイオスコラージュ」とでも呼べるような壮絶な体験だった。
孤独を持って孤独に寄り添う、Maison book girlだった。

過去、現在。現実、非現実。実在、本質。

そこにメゾンブックガールがいるのである。

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