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百科事典的宇宙遊泳ノ酔生夢死

小学校高学年の時分に、父が百科事典を購入した。
小学館「大日本百科事典」全18巻と記憶している。各巻、大体A4寸で700頁にも及ぶ重厚長大且つ万里長城の如き巨大書籍群であった。居間の書棚の大半を占有し、圧倒的存在感で威光を放出していた。

「大日本百科事典」は当時、驚愕の4百万組を販売したと記録されている。
昭和40年代日本は高度成長の恩恵により家電製品、自動車等が急速普及し、その狂騒を評論家大宅壮一は「一億総白痴化」と揶揄(やゆ)した。その反動か否かは関知せざるも、日本の中流家庭が大挙して百科事典を購入した事実は興味津々である。

衣食足りて礼節を知ると巷間(こうかん)、膾炙(かいしゃ)されるが、百科事典大流行の背景には、物欲に塗(まみ)れ切った己が痴態を隠蔽するが為の擬態があった事に相違ない。事実、全集乃至(ないし)百科事典の外函のみ購入して、書棚を粉飾していた家庭もあったと側聞する。

当家でも百科事典を親が活用していた事実は皆無で、穀潰し(ごくつぶし)たる私の暇潰しの玩具であった。
しかし、百科事典は宇宙そのものだった。

頁を開けば、百科の名称に恥じることなき、三千世界の森羅万象が細大漏らさず記述されている。小学生の如き矮小な存在から見れば、この広大無辺かつ万丈深遠な気宇壮大さに圧倒されつつも、身体の奥底から制御不能且つ抵抗不能な好奇心が惹起(じゃっき)されるのだ。

以来、私は百科事典の虜囚(りょしゅう)となり、連日連夜の如く事典と対峙し、百花繚乱たる言語と事象の世界に耽溺したのだった。
事典故に、各頁に配置されし用語は五十音順であり、当然各用語間に関連性は皆無だが、その断片性によって逆に世界を構成する要素の複雑怪奇さを実感体感できるのであった。
一方において、関連語から関連語へと言葉を追跡することで、未知の領域が開拓され、私の語彙と知識量は飛躍的に向上した。

英国映画「007」第一作「否博士(Dr.No)」において、主人公が遭遇する南海美女が、百科事典を読破して学習したと吐露する場面で、私は膝を打擲(ちょうちゃく)したものだ。

さて、今日はやたらに漢語を使いまくったスタイルにトライしてみた。いやはや、疲れた。そんなに漢字知らないから、類語、漢和、四字熟語辞典を使ってムリに漢字にしてみたが、これが限界です、おはずかしいっ、て、なんのためにこんなことしてんのか?読みにくいだけじゃん。


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