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副作用を癒やすものとは

シャンソン歌手のクレオは癌の疑いにおびえていた。7時に医師と会う約束をしている彼女は、診断結果を待つ間パリをさまよい、死について考えをめぐらせる。
※「5時から7時までのクレオ」Amazonの商品説明より

「5時から7時までのクレオ」(1961年:仏映画)は昔から大好きな映画だ。
あらすじは深刻だが、パリの日常と登場人物たちが楽しくて、とってもチャーミングな映画だ。

今年の2月頃、癌かもしれないという健診結果が出た。
最終判断が出るまでの約2週間、私はこの映画を観なおしてみようと思った。
主人公と同じ心理状態で観たら、何か違うものが見えるのではないか?と思って。しかし、できなかった。

この映画が製作された60年前、癌は死に直結する病気だった。
今も癌のレベルは5年生存率であらわされる。放置すれば危険であることに変わりはないが、治療方法が進化したのでステージによってはそこまで深刻に考える必要はない。

それでも、長年積み上げられてきた癌のイメージは患者とその周辺の人たちを不安に追い込む。
私は自分をもっと客観視していると思ってたが、それほどでもなかったな。

死への不安だけでなく、治療に対する恐怖心もある。
小説、映画、ニュースなどで癌はいつも闘病として描かれてきた。
その方が劇的だけど、実際に経験してみてやりすぎではないかと思う。
治療は病気を治すためのものだ。苦しみを乗りこえるから治るのではない。副作用をおさえる技術もすごく向上している。

私は癌治療をもっと普通のものと見てほしいと思っている。
そうしたら健診に対する意識も上がり、深刻な癌になる可能性も減る。
治療の苦しさやつらさを語るよりも、痛みや不快感や不安をじっくり聞ける人にならなくてはならない、と私は考えている。
日本人の半分が癌になるという時代なのだから。

治療後半になって、ようやく私はこの映画を観た。
サラサラと流れていくような映画の魅力は変わらないが、ラストで主人公の気持ちが変化していく理由がよくわかった。寄りそわれることの安心感。
今日はその気づきを書きとめておこうと思った。



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