『物々交換社会はなかった!?』経済学が無視する最新貨幣史の実情 3
さてさて、第2回までに解説した現代の貨幣史の理解を前提として、経済学者たちが従来の経済学の学説を見直した結果、現在盛り上がっているのがMMT理論というマクロ経済学理論です。が、私の興味は別に経済学のほうについてはあまり向いておりません。やはり、私は歴史のほうが好きですので歴史の話をnoteではしていきたいと思います。MMT理論の話なんて、もっとちゃんとした専門家が山のようにしているのでしょうしw
人類が巨大な共同体(国)に育って最初に築いた国家群のことを、世界史では世界四大文明と習います。第二回でちらりと黄河文明の殷王朝についてふれましたが、文明と呼ばれるほど巨大な共同体に育って本格的な農耕を始めても、人類は現在と同じ形の貨幣を発明してはいませんでした。
ですが、このサイズの共同体になりますと国内全ての人間と顔見知りというわけにはいきません。貨幣は信頼に裏打ちされた決済システムなのに、同じ文化に属するとはいえ、顔も知らない相手と口約束で決済を行うことができたのでしょうか?
結論から先に言うと、できませんでした。
こうして現在我々が知る形の貨幣が誕生した……かというとそんなことはありません。信頼できない相手との決済に対して、人類がまず最初に発明したのは「借金を記録する手段」でした。そう、お金よりも先に「借金」が生まれたのです。しかしこの時まだ、人類は文字を発明していませんでした。
文字を持たない人類が、見ず知らずの相手とのやりとりで債務を記録するのに何を用いたのかというと……これです。
これは「トークン」と呼ばれている粘土製のフィギュアです。一つ一つが、パンや小麦、家畜などを表しています。小麦を1kg借りる場合は、このトークン一つが、借りた小麦1kgや家畜一頭を表すというルールです。発明したのは世界四大文明の中でも最も古く、そして最も最初に農耕を始めた小アジアのメソポタミア文明です。メソポタミア文明の人々は見ず知らずの人から借金をする際、当時もっとも公平で誰の前でも平等であった神殿へむかいました。そして、神官のと貸主の前で、借りる商品を模したこのトークンを「ブッラ」と呼ばれる粘土製のボールの中にい入れて封印し、焼くことで取り出せなくしました。返済の期日が来ると再び借主・貸主双方が神殿に集い、利息を含めた返済を行います。きちんと返済されたらブッラとトークンはその場でたたき割られ、債務はチャラとなりました。
このシステムはやがて、神殿に集められる税金の管理にも応用されていきます。なぜなら在庫の管理が簡単だったからです。例えばAという村から治水工事のために集めた人足の給料用の小麦が余ったとします。国としてはこの小麦を眠らせておくわけにはいかないため、ほかの事業に予算を回そうと考えるはずです。ちょうどB村の畑の開墾用に人を集める必要があったため、この予算としてA村の小麦を充てることにしました。従来はその事業を行うため倉庫から倉庫へ小麦を動かして管理していましたが、トークンとブッラを使えば、フィギュアを動かすだけで倉庫内の在庫管理ができます。こうしてフィギュアを使った帳簿システムが出来上がりました。この帳簿システムができたことで、メソポタミア文明は四大文明の中でも飛びぬけて農耕が発達し進歩していきます。いつの時代も、投資の選択と集中を効率よく行える地域は経済的に強いのです。
しかし、見てわかるとおり、トークンは複雑な形をしております。さらに、経済の規模が大きくなると、貸し借りをする商品の種類も増えてくるためトークンの種類自体も増えていきます。そのためいちいち粘土細工をつくることが大きな手間となってきました。そこで神官たちが考えたのが、フィギュアを表す記号をそのまま粘土に刻んで在庫を管理してしまおうという方法でした。
この記号がより複雑になっていったものを、我々は「楔形文字」と呼んでいます。
現在、考古学の世界では、楔形文字は債務の帳簿をつけるために発明されたと考えられているのです。楔形文字から発展していくアルファベットなどが、漢字などと比べてはるかに種類が少ないのは、もしかしたら簡潔につけなければならないという帳簿の特徴が残っているのかもしれませんね。
まとめます。共同体が大きくなり、見ず知らずの人と私財の貸し借りを行わなければならなくなったことが、人類文明の発展に大きな革新をもたらしました。まず、借金を記録するための帳簿という概念が生まれトークンが誕生します。結果として、トークンによる帳簿で在庫管理が簡単に行えるようになったことで投資の選択と集中が可能となりました。国家による公共投資のような大規模投資が行えるようになったことで、経済はますます発展し、簿記の機会は増大します。すると従来のトークンを使った簿記の方法では記録や管理が間に合わなくなってきました。そこで、簡易型のトークンとして楔形文字が発明されます。人類はこの文字を使い帳簿以外のあらゆる物事を記録し、後世に伝えることが可能となりました。
個人の経験を、第三者に知識として伝えられるようになることが、どれだけ文明の進化速度を速めるかは容易に想像がつくことでしょう。こうして文明はさらに発展していき、経済の規模も拡大。貨幣誕生の誕生の下地が整ったのです。
ちなみに、楔形文字は、構造が極めて現在のアルファベットに近いため、ほぼ完全に解読が終了している古代文字です。この楔形文字が庶民(といってもある程度の上流階級でしょうが)にまで広がった時代の粘土板に書かれた文字を読み解くと、そのほとんどが、個人の借金の記録や取り立ての文言、金を返さないことへの苦情なんだそうです。人類はキリスト誕生以前から借金に右往左往していたんですね。
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