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ヴァナヘイムの国家転覆計画【2:3:0】【ファンタジー/シリーズもの】

『ヴァナヘイムの国家転覆計画』
作・monet

所要時間:約50分

●あらすじ●

これは、本来の名を捨て、悪の組織で生きる人間達のお話。

【配役】

フェンリル/♀/N(エヌ)-フェンリル。コードネーム。戦闘部隊所属。大体15歳くらい。よく笑いよく泣く。負けず嫌い。シグルズのことを慕っている。【組織階級:C】

アールヴィル/♂/K(ケー)-アールヴィル。コードネーム。悪の組織の幹部補佐で、ナンバースリー。ボスの次の次に偉い人。年齢的には24歳くらい。喋り方は物腰柔らかな方。【組織階級:SS】

カーラ/♀/R(アール)-カーラ。コードネーム。戦闘部隊所属。大体18歳くらい。基本的にクールで冷静沈着。才能型のエリートで、ボスにも気に入られている。【組織階級:B】

シグルズ/♂/Y(ワイ)-シグルズ。コードネーム。戦闘部隊のトップで指揮官。年齢は35~36歳くらい。【組織階級:S】

【世界観・用語・名前だけ登場する人物説明】

大まかな世界観としては、国家組織と対立する悪の組織があるというお話です。
悪の組織の目的は国家転覆。国を作り変えることです。
台本上に出てくる名前は全てコードネーム。本名ではありません。

組織は
・戦闘部隊
・科学者・研究者チーム
・諜報部隊
と三つに大きく分かれています。

名前だけ登場するキャラクター
・T-オーディン
悪の組織のボス。

・O-ユミル
悪の組織の女幹部でオーディンの愛人。

・イズン(T-イズン)
N-フェンリルの同僚であり友達。

・フレイヤ(M-フレイヤ)
N-フェンリルの同僚であり友達。

・シグムンド(S-シグムンド)
R-フレイの部下で薬剤師免許を持っている。

・A-ヴァーリ
K-アールヴィルの実弟。故人。

・J-ヘズ
「見える」超能力者。洗脳を受けている。

・Y-ロキ
R-フレイの上司。

・U-ウルド
人間型アンドロイド。

・Z-エイル
「書いた文章が現実になる」超能力者。

【ここから本編開始】

●戦場●

(シグルズからの無線が戦闘員に飛んでくる)

シグルズ:『撤退だ。』

フェンリル:嫌です!

シグルズ:『撤退だと言っているだろう!』

フェンリル:嫌です!まだ残弾だってあります!

シグルズ:『聞こえないのか!N-フェンリル!上官命令だぞ!』

フェンリル:私はまだやれます!っっ……ぐっ!!

 (横から入ってきたカーラに手首を強く掴まれるフェンリル)

カーラ:……上官。私が連れて帰ります。

シグルズ:『……カーラ。助かる』

 (無線が切れる)

 (フェンリルの手首を持って無言で歩きだすカーラ)

フェンリル:っっちょっとぉ!!離してよ!離してったら!!

 (カーラ、立ち止まる)

フェンリル:……??

カーラ:あなた、馬鹿なの?死にたいの?(※顔面を近づけて、圧をかけるイメージ)

フェンリル:っ……。(※圧倒されている)

カーラ:上官命令よ。Y-シグルズ上官は私達の上司で、指揮官なの。あの人の戦闘指揮は、一度も狂ったことが無い。
それに……本来であれば

フェンリル:(被せて)上官に逆らうことは裏切り行為とみなされ、処分される。
私だってそれくらい知っています。
あなたよりずっと長く組織に居るんですから。

カーラ:それでも階級は私の方が上だし、年齢も私の方が上です。
「戦闘部隊・階級Cクラス・N-フェンリル」。
元気なのはいいけど、少し発言と行動を慎みなさい。

フェンリル:わかり……ました。
「戦闘部隊・階級Bクラス・R-カーラ上官」。

カーラ:「カーラ」でいいって言ってるでしょ?
それに敬語も無しでいい。

フェンリル:~~っっ!!(※怒り)
さっき「階級が~」とか「年齢が~」とか言ったのは誰よ!?
偉そうにしちゃって!このアホカーラ!

カーラ:ねえフェンリル。あなた「自分は強い」って思ってるでしょ。

フェンリル:……。

カーラ:死ぬわよ。そんな気持ちじゃすぐにね。

フェンリル:私は……

カーラ:あのね?フェンリル。勝手だけど私、あなたのこと妹みたいだって思ってるの。

フェンリル:妹……??

カーラ:……もう、二度と死なせたくない。

フェンリル:あの、カーラ……。

カーラ:帰るわよ。きっとシグルズ上官が、血相を変えて心配してる。

 ●悪の組織本部・戦闘部隊基地・中枢●

カーラ:R-カーラ、ただいま戻りました。

フェンリル:……N-フェンリル、ただいま戻り……ました。(※不服そう)

シグルズ:二人ともよく戻った!本当によくやってくれたよ。
ありがとう。心から感謝する。

フェンリル:シグルズ上官!私は納得が行きません!

カーラ:ちょっと、フェンリル……

フェンリル:私の手榴弾は、まだ一つ残っていました!
これを投げ込んでいれば、敵にもっとダメージを与えられたはずです!

カーラ:フェンリル!!いい加減にしなさい!!

シグルズ:ははは……。まるでカーラはフェンリルの姉のようだな。

フェンリル:さっきもカーラに、いや、カーラ上官に言われました!
私のこと、からかってるんですか!?
いつまで子ども扱いするつもりなんですか!?

シグルズ:いや、そんなつもりはないよ。
あれから十年経った。……フェンリル、お前はもう立派な戦闘員だ。

フェンリル:じゃあ何故!!

シグルズ:だからこそ、死んでほしくないんだよ。分からないかい?

フェンリル:……っっ!!(※取り乱す)
私は、組織の為に戦って……それで死ねなかったら、どうすれば……

 (白衣の女性が部屋に入ってくる)

フレイ:こりゃあ、駄目、みたいだねえ。シグルズ上官殿。

シグルズ:ああ、フレイか。音も無く入ってくるのはやめてくれ。警戒するだろう。

カーラ:……私も不意をつかれて警戒しました。
「科学者・研究者チーム・階級Bクラス・R-フレイ」さん。
ここは戦場でも何でもないんですから、普通に入ってきてください。

フレイ:いやあ、すまないすまない。
アタシの立場じゃあ戦場に出ることも無いもんでね。少し試したくなってしまったのさ。
……そして、話を聞いていたけれど、フェンリルちゃん?

フェンリル:は、はい!フレイ上官!

フレイ:少しこちらにおいで。話を聞こうじゃないか。

フェンリル:えっと……。

シグルズ:ああ、よろしく頼んだよ。フレイ。……私には、無理そうだ……。

フレイ:任せたまえよ。

 (フレイ、フェンリル、その場から退場)

カーラ:あの、シグルズ上官?お言葉ですが「私には無理」とはいったい……

シグルズ:彼女をああさせてしまったのは、他でもない私だからね。

カーラ:……(※何かを察する)
それでもシグルズ上官は、私達、戦闘部隊の立派な指揮官です。
私だけでなく、他の戦闘員も皆、尊敬していると思いますよ。

シグルズ:……ありがとう。カーラ。君は相変わらず、強い目をしているな。ボスに気に入られるのも、納得が行くよ。

カーラ:ボス、ですか……。(※ぼそりと)T-オーディン……。

シグルズ:というわけで、早速そのオーディン様からお呼び出しだ。

カーラ:!?(※聞こえていたのか、という動揺)
は、はい。わかりました。ボスが……。すぐに向かうとお伝えください。

 ●場面移動●

 ●科学者・研究者チーム、フレイの研究室●

フレイ:さあて、フェンリルちゃん。
君は5歳のときにY-シグルズ、まあつまりは、今のシグルズ上官殿に身代金目的で誘拐された。

フェンリル:はい。そうです。

フレイ:君の家庭はとても裕福で、身代金はすぐに支払われるものだと、誰もが思っていた。
……そう、当時のシグルズ上官殿も、そして君自身も。

フェンリル:……はい。その通りです。

フレイ:まあでもその身代金は、なかなか支払われなかったわけで。
大人を信じられなくなった君は、ボスにコードネームを貰い、結果、この組織で生きていくことを決意した、と。
ここまでが、前に君を担当していた精神科医が残したカルテだね。
まあ彼は、裏切り行為で殺されてしまったみたいだけどね、一家もろとも。
あ、一人生き残りが居たんだっけか。
まあいっか。今は君の話をしていたんだった。

フェンリル:……。

フレイ:シグルズ上官殿が何を考えているのか、まったく分からないわけじゃないだろう?

フェンリル:……優しい人、だから。私に死んでほしくない、とか……。
あとは、私を組織に引き込んだ負い目……とか?

フレイ:はっはっは!!なんだいなんだい!
ちゃあんと分かってるじゃないかい!!

フェンリル:……。

フレイ:分かっててあんな特攻みたいな戦い方をするのかい?君は。
剣の扱いだって、銃の扱いだって申し分ないはずさ。
なにせあの戦闘部隊で、君はシグルズ上官殿に英才教育を受けている。

フェンリル:シグルズ上官は私に生きてほしい、死んでほしくないって言う!
でもそれが私には分からない!
ここで生き延びたって、何が待ってるっていうの!?
……役立たずのまま生き延びるくらいなら、私は特攻でも何でもして、組織の役に立ってから死にたい……。

 (場面移動)
 ●悪の組織最上部・幹部以外立ち入りを禁ず●

カーラ:「戦闘部隊・階級Bクラス・R-カーラ」です。
ボスからのご命令で馳せ参じました。

アールヴィル:……ああ。君が噂の。こりゃあ、いい目をしたお嬢さんだ。

カーラ:……噂、ですか?
あ、これはとんだ失礼を!申し訳ございません。
私はR-カーラと申します。
戦闘部隊・階級Bクラスの――

アールヴィル:(※遮って)ああもうさっき聞いたから大丈夫だよ。
僕の方こそ、自己紹介が遅れてすまなかった。
初めまして。僕はこの組織で幹部補佐をやらせてもらっている。
K-アールヴィルだ。よろしくね。

カーラ:か、幹部補佐って……つまりは……ナンバー……スリー……??(※警戒を見せる)

アールヴィル:まあまあ、そう身構えることも無い。
……ただ、組織設立からの初期メンバーってだけだよ。
僕が君に危害を加えることは無い。そこは安心してくれ。

カーラ:えっと……それで、アールヴィル上官。ボスは……

アールヴィル:「アールヴィル」でいいよ。上官はいらない。

カーラ:しかし……

アールヴィル:アールヴィルでいい。敬語もいらない。
オーディンは、前の仕事が少し長引いているんだ。
呼び出しておいて、すまなかったね。

カーラ:……かしこまり、ました。ではアールヴィル、と。

アールヴィル:しかしオーディンも、戦闘帰りの構成員をすぐに呼び出すだなんて、酷な真似をするものだ。
……疲れているだろう?
いつまでもそこに立っていないで、ソファに座るといい。

カーラ:お気遣い恐れ入ります。

アールヴィル:堅いなあ、カーラは。
あれかい?表(※表社会の意)にいた時代は「コミュ障」ってやつだったり?

カーラ:……。

 (カーラ、黙って俯く)

アールヴィル:軽口を叩いたことは謝るよ、カーラ。
ここには、いろんな事情の子達がいるからね。
オーディンを待っている間……何か飲むかい?ホットミルクでいいかな?

カーラ:……お構いなく。アールヴィル。

アールヴィル:ではお構いなくさせていただくよ。
最近僕はホットミルクにきなこを入れるのにハマっていてね。
あ、カーラ、きなこは苦手だったりしないかい?

カーラ:苦手ではありません。

アールヴィル:よし!それじゃあ、ホットきなこミルクで決定だな!

 ●アールヴィルが飲み物を用意しに行っている間●

 (ペンダントを開き、中の写真を眺めるカーラ)

カーラ:……写真の中のあなたは、今日も変わらないのね。
……恐竜のキーホルダー、買ってあげればよかったな。

アールヴィル:弟さんかい?

カーラ:え!?あ、えっと……。

アールヴィル:……はい。ホットきなこミルクだ。
我ながら分量は上手くいったと思う。少し甘すぎるかもしれないがね。
まあ、今の君にはちょうどいいだろう、カーラ。

カーラ:ありがとうございます。
その、いただきます。……アールヴィル。

 (カーラ、ホットきなこミルクを一口飲む)

カーラ:熱っ!!

アールヴィル:はっはっは!カーラ、君は猫舌なのかい?

カーラ:~~。(※むくれる)

アールヴィル:むくれた表情もかわいいね。普段のクールな君も素敵だけどさ。

 (アールヴィルに連絡が入る)

アールヴィル:お、じきにオーディンがこっちに戻ってくるよ。
長いこと待たせてすまなかったね。
そのホットきなこミルクは……そうだな、多少冷めてから、飲むといい。
じゃあ僕はこれで。あとはオーディンによろしく。

カーラ:は、はい!アールヴィル上官!……ぁ、じゃなくて、アールヴィル。ホットきなこミルク、ありがとうございます。
「ますますのご活躍をお祈りし、ここに敬礼させて頂きます」

 (カーラ、敬礼)

 (アールヴィルはその場から立ち去る)

 (以後、アールヴィルの独り言でも、誰かに話している風でも、お任せします)

アールヴィル:はっ。上官に対しての規定の挨拶か。
一言一句完璧だったなー。……どこまでも真面目、か。
そして強い目をしていた。オーディンが気に入るのも納得がいく。

 (一人残されたカーラ)

 (ホットきなこミルクを飲んでいる)

カーラ:……ホットきなこミルク、甘い。
アールヴィル……私の弟の写真に反応してた……。
あれはいったい……。

 (オーディン、部屋へ入ってくる)

カーラ:…っっ!

 (カーラ、立ち上がり敬礼)

カーラ:はっ!「戦闘部隊・階級Bクラス・R-カーラ」です!
この度、ボスからのご命令で、馳せ参じた次第でございます。

 (場面転換)

 ●戦闘部隊基地・中枢●

 (言い合いをしているシグルズとフェンリル)

シグルズ:……だから違うと言っているだろう!!

フェンリル:違くない!!

シグルズ:違う!!

フェンリル:違くない!!

シグルズ:違う!!

フェンリル:どうして!?ねえ、私はそんなに役立たず!?

シグルズ:役立たずじゃない!!
お前は十分に頑張っていると、何度も言っているだろう!?

フェンリル:……じゃあ、なんで、どうして、今度の前線には、連れて行ってくれないの!?

シグルズ:非常に危険な戦いになるからだ!

フェンリル:そ、それは……私がもし強かったら、役立たずじゃなかったら、連れて行ってくれてたってことじゃん!!

シグルズ:違うんだよフェンリル……。どうして分かってくれないかな……(※頭を抱える)

フェンリル:私はシグルズと戦って一緒に死にたい!
お願いだよ。前線に連れてってよシグルズ!!
訓練だって今まで以上に頑張る!!弱音ももう吐かない!!

シグルズ:(ため息)フェンリル、お前はフレイのところに行って何を聞いてきた?

フェンリル:……フレイ上官は別にこれといって何も言わなかったよ。
「シグルズは、私に死んでほしくないと思っているんじゃないか」
って私が話したら、その通りだよ、間違ってないって。

シグルズ:そしてお前は、それに対してどう思った?

フェンリル:全ッ然分からないって思った。

シグルズ:(さっきよりも大きめなため息)私もフレイのところへ行ってくるよ。
今日は疲れただろう。イズンやフレイヤも別任務から帰ってきている。
ゆっくり休みなさい。

 (その場から去るシグルズ)

 (一人取り残されるフェンリル)

フェンリル:シグルズの馬鹿!!
私の気持ち、全然分かってくれないんだから!!
……親子ほども歳が離れてる、ってフレイも言ってたけど、私は……シグルズのこと、大好きなのに。愛してるから、役に立ちたいのに。
私がガキじゃなかったら、シグルズとの出会い方があんなじゃなかったら……
クソッ!!クソッ!!クソッ!!!
私だって!!私だってええ……(※泣き崩れる)

 (場面転換)

 ●科学者・研究者チーム、フレイの研究室●

 (時刻は深夜を回っている)

フレイ:おや、シグルズ上官殿。
組織内でも、規則正しい生活で有名な上官殿が。こんな時間に珍しいじゃあないか。どうしたんだい?眠れないのかい?
……いや、挨拶が先だったね。
これは失礼しました、上官殿。
「科学者・研究者チーム・階級Bクラス・R-フレイです。夜も更けて参りましたが、ご機嫌はいかがでしょうか?Y-シグルズ上官殿」

シグルズ:……ああ、いやあ、いいんだよ挨拶なんて。こんな時間だし。
しかし君も君だな。フレイ。いったい、いつ寝ているんだ?

フレイ:寝てる寝てる。けっこう寝てるよー。

シグルズ:まだ若い女性が。 美容にも良くないだろうに。

フレイ:あーもう!そういうこと言うから、フェンリルちゃんに親父臭いって言われちゃうんだぞ~。

シグルズ:え?フェンリルが親父臭いと?私のことをか?

フレイ:……あれ?これ、もしかして本人には言ってないやつ?
アタシが、口滑らせちゃった系?……参ったなぁ。
まあいいか……面白そうだし。

シグルズ:……そうか。フェンリルが、私のことを親父臭いと。

フレイ:そうだよ!シグルズ上官殿!
度々、父親面してきてうざいとよくアタシに愚痴ってくる。

シグルズ:……そうか。

フレイ:嬉しそうだね。

シグルズ:フェンリルのことは、娘の様に思っているからな。
誘拐した身で父親の真似事など、アホらしいにも程があるが。

フレイ:そうだな。どの面下げて言ってんだって話だよ。
でも、フェンリルちゃんが5歳の頃からずっと面倒を見てきたのも、シグルズ上官殿だ。

シグルズ:子育てなんて全く分からなかったから、本当に大変だったよ。

フレイ:それこそM-フリッグが居なかったら、下着の付け方も分からなかっただろうさ。

シグルズ:ああ、フリッグには本当に感謝している。
彼女がいなければフェンリルは今頃、自身の性別が女とも認識できないような、男子のような存在になっていただろう。

フレイ:そして、シグルズ上官殿も、彼女を男として戦闘に使っていただろうね。

シグルズ:ああ、それは否めない(笑う)

 (少し間)

シグルズ:だからこそ、女性として育てられて良かったよ。本当に。

フレイ:……「女性として育てられて良かった」か。

シグルズ:ああ。危険過ぎる任務に向かわせずに済むし、何より大切に出来る。
私は最低な人間だが、フェンリルの……彼女の実の父親よりかは、まともな父親でありたいと思っているんだよ。

フレイ:……父親、ねえ。

シグルズ:?どうしたフレイ?

フレイ:いんや?……残酷だなあと思って。

シグルズ:残酷?この組織に居て、今更その言葉が出るか?

フレイ:ふっ、(※鼻で笑うイメージ)……それもそうだね。

 (少し間)

フレイ:ええっと?シグムンドはまだ起きているかな?
……うん。起きているみたいだ。よかった。
彼が居ないと、アタシは薬を処方できないからね。
うん。明日に響かない睡眠導入剤を、処方しといてあげるよ。

シグルズ:ありがとう。助かるよ、フレイ。

フレイ:フェンリルちゃんは、ちゃーんとシグルズ上官殿のこと慕ってるよ。安心して眠りな。

シグルズ:ああ、だいぶ落ち着いたよ。本当にありがとう。感謝する。

フレイ:……だけど、もう少し彼女のこと、見てあげなね。
親としての立場じゃなく、一人の男としての立場で。

シグルズ:?

フレイ:おやすみ!シグルズ上官殿!
「ますますのご活躍をお祈りし、ここに敬礼させて頂きます」

 (フレイ、敬礼)

 (シグルズ、去っていく)

 (場面転換)

 ●女子寮●

フェンリル:ねえ、カーラ。カーラって、好きな人はいるの?

 (ぼーっとしていたカーラ)

カーラ:っっ!?えっ!?何っっ!?きゅ、急にどうしたのフェンリル……!?
あなたがそんなこと聞くなんて、珍しい。

フェンリル:カーラがそれだけ取り乱すのも、かなり珍しいと思うんだけど……。いるのね。好きな人。

カーラ:いや、好きな人っていうか……その……
身分違いだし?ちょっと気になってるだけっていうか。

フェンリル:知ってるよー!そういうのって、恋っていうんだって!
気になってる人っていうのは、もう好きな人ってことなんだって!

カーラ:そ、そんな話、どこで聞いたのよ……。

フェンリル:えっとねえっとね!昨日、イズンとフレイヤと話したの!
恋バナってやつ!初めてだった!楽しかったなあ~~。

カーラ:……そもそも。(※冷たく)

フェンリル:え?

カーラ:そもそも、いつ誰が死ぬかも分からないこの組織の中で、色恋だなんて、恋バナだなんて、そんなの馬鹿馬鹿しい!!

フェンリル:……。カーラ。あのね?
表の世界から来たカーラには、そう思えるのかもしれない。
イズンだってフレイヤだって、実際のところどう考えてるか分からない。
でも!でも私は!シグルズ上官のことが好きだよ!

カーラ:えっ。

フェンリル:愛してるって、自信を持って言える。
私はね、5歳のときからこの組織にいるから、表の世界での恋愛の常識とか全然分からない。
だけど、シグルズ上官のことは好き!!
(※だんだんと感情があふれる)
……だから、大好きなシグルズ上官の役に立ちたい。
どうせ死ぬなら、シグルズ上官の役に立ってから死にたいんだよぉ!!

 (フェンリル、衝動的に泣いた後、泣き止む(※又は衝動的に声を荒げた後、落ち着く))

 (間)

 (カーラ、一旦席を立ち、マグカップを持って戻ってくる)

カーラ:……フェンリル。少しは落ち着いた?
あなたの気持ちはよく分かったわ。あなたのその、危なっかしい戦い方の理由も。
……はい、これ。
ちょっと熱いかもだけど、ホットきなこミルク。

フェンリル:……ホットミルクじゃなくて?

カーラ:うん。
その……気になってる…………好きな人が、淹れてくれたことがあって。

フェンリル:カーラの好きな人が?!

カーラ:しっ。あんまり大きな声で言わないでよ。

フェンリル:ごめん……。

 (フェンリル、ホットきなこミルクを二口程飲む)

カーラ:熱くない?

フェンリル:ぜんぜん!これ、甘くて美味しいね!

カーラ:あれ……私が本当に、猫舌だっただけなのかな……。

 (数日後)

 ●組織最上部●

 (幹部とそれぞれの部隊・チームのトップが集まり会議をしている)

アールヴィル:J-スルトの様子はどうだ?ヨルムンガンド。

シグルズ:彼次第で、全てが決まりますからね。

アールヴィル:ほう。裏切りの兆候は無い、と。
まあ、ヨルムンガンドがそう言うなら、問題ないだろう。

シグルズ:……諜報部隊・J-スルトが、国家への爆破テロを起こし、その後すぐ我々、戦闘部隊が、国家中枢へ突入。

アールヴィル:さすが!戦闘指揮官の、Y-シグルズは違うねえ!
作戦がしっかり頭に入ってる。

シグルズ:……当然です。
それに今回の作戦は、一つのミスも許されません。

アールヴィル:よく分かってるじゃないか。Y-シグルズ。
今回もしっかり頼んだよ。

シグルズ:勿論です。
戦闘部隊指揮官として、貴方がたのご期待には、お応えいたします。

アールヴィル:……作戦の実行は三日後だ。諜報部隊トップ・S-ヨルムンガンド。お前とJ-スルトに全てはかかっている。よろしく頼んだぞ。

 ●別室で一人、ホットきなこミルクを飲んでいるカーラ●

 (弟の写真が入ったペンダントに一人語り掛けている)

カーラ:写真の中のあなたは、今日も変わらない。いい笑顔ね。
……お姉ちゃんね、もうすぐ、とっても大きな戦いに出るの。
もしかしたら、死ぬかもしれない。
……でも私は、たくさん悪いことをしてきちゃったから、きっと死んでもあなたと同じところにはいけない。
それでも……それでもいい事もあったのよ。
……このホットきなこミルク。あの人は私に温かさを教えてくれた。
妹みたいな女の子もできてねえ。そそっかしいんだけど、とってもかわいいの。
……だからお姉ちゃん、死んで地獄へ行っても、もう構わないわ。

 (会議が終わり、部屋へ入ってくるアールヴィル)

アールヴィル:ホットきなこミルクは冷めてないかい?

カーラ:はっ!アールヴィル上官!(※敬礼)
(※体勢をゆるめて)……じゃ、なくて、アールヴィル。
会議は終わったのですか?お疲れ様です。

アールヴィル:言い直してくれるところが可愛いね、カーラ。

カーラ:か、かわいい!?かわいいなんて要素は、自分にはありません。

アールヴィル:はっ、(※鼻で笑う)
……でもオーディンからは散々言われてるんだろう?

カーラ:……!!私は……何度も嫌だと……

アールヴィル:知ってるよ。何回ナイフを突き立てたんだっけ?

カーラ:そんな……アールヴィルが知ってたなんて……(※声が震え始める)
私は、何度も嫌だと言ったんです。
……ボスには、O-ユミル上官という、愛人がいるじゃないですか。
嫌なんです。
ユミル上官とすれ違う度に、ゴミを見るような目で見られるんです。

アールヴィル:……女の嫉妬は怖いね。
まあ、ユミルはオーディンに対して、色目だけを使って、幹部まで成り上がったからね。きっとそれが崩れるのが、怖いんだろう。

カーラ:私は……!そんなつもりなんて無いのに!いつもボスが、無理……やり!
それにボスは……T-オーディンは、見てたんですよ……。
私の家族が惨殺されるところを!わ、私が……犯人を殺すところを!
何もせず、ただただ笑って見てたんですよ!

アールヴィル:……ああ、知ってる。

カーラ:私、家族のこと大好きだったんです。
両親は勿論、歳の離れた弟が居て……可愛くて……
いつも「お姉ちゃん」って慕ってくれて……(※泣き出す)

 (アールヴィル、カーラの頭を撫でる)

カーラ:ご、めんなさい……そのっ、子供みたいに泣きじゃくって……

アールヴィル:うん。大丈夫だよ。泣いたらいいさ。

カーラ:頭を撫でてもらったのなんて、いつぶりだろう……
こんなにあたたかくて、嬉しい、ものなんですね……(※泣きじゃくる)

 (間)

アールヴィル:……弟、か。(※ぼそりとつぶやく)

 (間)

 ●過去回想・アールヴィル●

アールヴィル:……ヴァーリに単独任務だと?

シグルズ:はい。A-ヴァーリは最近メキメキと力を付けてきています。
きっと実兄である貴方に追いつきたいのでしょうね。アールヴィル上官。

アールヴィル:しかしあいつは出来損ないで前線に出すことはできないと、ついこの間言っていたばかりではないのか?Y-シグルズ戦闘指揮官。

シグルズ:……ええ。実兄である、アールヴィル上官の前で言うのも、なかなかに憚られるのですが、ヴァーリは実戦向きではありません。
戦場に出すことも、今の私では出来かねます。
……しかし、今回の任務は、逃走した非力な精神科医と、その家族を殲滅すること。ただの一般人です。
彼の妻は一般的な専業主婦。子供は二人いますが一人は女子高生、一人は男子小学生です。
これなら今のヴァーリ一人でもできるはずです。

アールヴィル:……なるほど。まああの精神科医は、確かに生かしておけんな。しかし一人で行かせる理由はなんだ?

シグルズ:あいつは、ヴァーリは!やる気だけは人一倍あるんです。
戦績をあげることができれば、自信もつきます!
それに、二人も構成員を使うような任務ではございません。
どうか、行かせてやってはくれませんでしょうか?

アールヴィル:……ヴァーリはなんと言っているんだ?

シグルズ:「ぜひ自分にやらせてください」と。

 (長めの間)

フレイ:ああ。アールヴィル上官。ヴァーリのことは、残念だったね。
でも彼はよくやったよ。
問題の精神科医はきっちり殺してくれたし、その妻も、下の子供もね。
……ただ単に、彼女が規格外過ぎた。それだけだよ。
ボスはえらく彼女を気に入っているみたいでね。
「R-カーラ」と名付けて傍に置きたがっているそうだ。
O-ユミルはもう用済みなんだとさ。
ひと悶着ありそうだよねえ。
……聞いてるよね?アールヴィル上官?
言葉は話せるかな?

 ●回想終了・現在に戻る●

 (カーラとアールヴィルが二人でいる部屋)

アールヴィル:……僕にも、居たんだよ。

カーラ:……え??

アールヴィル:歳の離れた弟が居た。
まだガキの癖してさ?いっちょ前に銃構えて、ナイフ持って、「俺だって役に立てる構成員なんだぜ、兄ちゃん!」ってさ。

カーラ:……ふふっ。かわいいですね。

アールヴィル:まあ、もう死んだよ。

カーラ:そう、でしたか……。すみません。

 (間)

アールヴィル:カーラ。抱き締めさせて、くれないか?

カーラ:え?えっと、急にどうして……。っあっ!ちょっと……アールヴィル!

 (アールヴィル、カーラを抱きしめる)

アールヴィル:君が愛おしいんだ。カーラ。
この組織で生活をして、たくさんの罪を犯して、たくさんの人を殺して、たくさんの仲間を殺されてきた。
だけど今は、ただただ、君が愛おしい。

カーラ:アールヴィル……。
私も、私もです。アールヴィルは上官で、幹部補佐でもありながら、こんな下っ端の構成員にも手を差し伸べて、あたたかさを教えてくれました。
ホットきなこミルク。美味しかったです。あのあたたかさは、一生忘れません。
 (間)
アールヴィル:……カーラ。カーラ、ごめんよ。

カーラ:?

アールヴィル:僕がカーラに優しくしたのは、僕が優しいからじゃないんだ……。

カーラ:どういうことですか、と問いたいですけど、いろいろ、ありますものね。

アールヴィル:……ごめんよ。本当にごめん。

カーラ:いつか、話してくれますか。

アールヴィル:ああ。次の戦いが終わったら教えるよ。

カーラ:分かりました。では、生き残らなくてはなりませんね。

アールヴィル:そうだな。今回ばかりは、僕も前線に出る。

カーラ:シグルズ上官も前線に出るとお聞きしました。

アールヴィル:これが最後の戦いだ、カーラ。

カーラ:……国家の転覆。

アールヴィル:ああ、文字通り、世界がひっくり返るぞ。

 ●国家転覆計画・当日●

フェンリル:……国家の中枢が、燃えてる……。
あれがキノコ雲っていうの?ねーねーシグルズ上官!!

シグルズ:はしゃいでいる暇は無いぞフェンリル。
ここからは上官として、厳しく行くからな。

フェンリル:分かってます上官!
でも私は、シグルズ上官と一緒に戦場に来れたことが本当に嬉しい!

シグルズ:組織命令だからな。
戦闘部隊は階級を問わず総動員。諜報部隊も裏で動いているようだ。
科学者・研究者チームも全力でバックアップをしてくれている。

フェンリル:うん!本当に、最後の戦いなんだね!
私、参加出来て嬉しいです!シグルズ上官!
戦闘に参加させて貰えたからには、戦って死にますね!

シグルズ:滅多なことを言うもんじゃない!生き延びることだけを考えろ!

フェンリル:じゃあ!もし!もし生き残ったら、約束してください!

シグルズ:何だ?

フェンリル:もし生き残ったら、私と結婚するって、約束してください!

シグルズ:ぶっ!……お、お前、正気か!?
いや、アドレナリンが出過ぎているんだろう、正気じゃないよな――

フェンリル:(※被せて)正気です!!正気ですし、本気です!!

シグルズ:……そうか!ははは!はははは!分かった!分かったぞ!
結婚してやろうじゃないか!だから必ず、生き残れ!

フェンリル:やったー!勿論です!

シグルズ:よし、行くぞ!フェンリル!

フェンリル:はい!シグルズ上官!

シグルズ:うおおおおおおおお!!!!(※戦闘の掛け声・ほぼ同時に)

フェンリル:うおおおおおおおおお!!!!(※戦闘の掛け声・ほぼ同時に)

 ●その頃・組織本部●

 ●科学者・研究者チーム●

フレイ:おお、やってるねえ。
……善戦中……なのかな?いやー、五分五分ってとこ?
うーん。なんとも。戦闘に混ざれないのがもどかしい。
しかし君の目は本当に便利だねえ。J-ヘズ。
J-ヘズを洗脳して、彼の力を他者にも使えるようにしてくれた、Y-ロキ上官や、M-レギンにも大感謝なんだけどさあ。
さながらちょっと便利な双眼鏡!なんつって!ハハハ!

 (U-ウルドがフレイに話しかける)

フレイ:……ん?ウルド、どうしたんだい?
あーらら。もうそんなに負傷者が?
ウルドも凄いよねえ。
見た目はまったく人間と変わらないし、感情もあるのに、君が出すデータは、一つも狂いがないんだからさ。

 (少し間)

フレイ:流石にアタシらも、眺めてるだけじゃあ行かないねえ。
……分かってますよ。ロキ上官。
アタシらの任務は救援と救護のみ。
アタシは確かに人の殺し方を幾つか知ってますが、組織に逆らうような真似はしません。

 (一呼吸)

フレイ:戦場に向かうのは、ロキ上官とシグムンド、アタシ。……レギンも連れてくんですか?まあフリッグが居れば大丈夫か。
本部に残るのは、ウルドとヘズとエイルか。
エイルー?本部での任務は分かるね?
……そう、ヘズの「目」と、ウルドの分析能力を利用するんだ。
そして最悪の場合は、ウルドに通信が入るから、その時が来たらウルドの言う通りに能力を使うんだ。
……さながら最終兵器~♪
なーんてねっ!かっこよくない?

 (フレイ、ロキに呼ばれる)

フレイ:はいはーい!ちゃーんと行きますよ!行きますってば!
伝えたいことは全部伝えられたかな。
……よし。
……アタシも死にに行きますかね。

 ●戦場●

 (戦闘中のカーラとアールヴィル)

 (※戦いながら話しています)

カーラ:アールヴィル!!今のは動きが遅すぎです!!……ぐっ!

アールヴィル:…っごめん、カーラ!足を引っ張るつもりは……うっ!
なかったんだがっ!ぐっ!

カーラ:どいてください。私がやります。

アールヴィル:カーラ、しかし……。

カーラ:アールヴィルが戦闘向きじゃないのは、ご自身でもよく分かっているはずです!

アールヴィル:カーラ……でも僕は!

カーラ:私のことを「愛している」って言うなら、絶対に生き延びてください!!

アールヴィル:……カーラ……。

カーラ:それが、死んだ弟さんへのっ、はなむけにもっ、なるんじゃないですかっ!!

アールヴィル:っ!それならっ!カーラはどうなるっ!

カーラ:私は死にませんっ!アールヴィル上官より、ずっと強いですからっ!

アールヴィル:ははっ、そうだったな!
R-カーラは、オーディンのお墨付きだったもんなっ!!

カーラ:皮肉ですかっ!私はあの人のことっ!大嫌いですよっ!

●戦場・シグルズとフェンリル●

 (シグルズは虫の息)

 (フェンリルは泣いている)

フェンリル:シグルズーーーっっ!!!!シグルズ!!
シグルズ!!ねえしっかりして!!

シグルズ:……ばか、フェンリル。「上官」が抜けているぞ……。

フェンリル:そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!?
もう喋らないで、もう喋らないでいいから!!
なんで!?なんで特攻なんてしたの!?
普段あれだけ私に、「特攻するな」って言うくせに!!
しかもほとんど自爆みたいなこと……なんで、なんでよ……
結婚してくれるって言ったのに……
そんなに私と結婚するのは嫌だったの!?

シグルズ:……結婚……したかったよ……お前と……

フェンリル:え?

シグルズ:……新しい、世界で……フェンリル、お前と、幸せに、暮らしたかった……
ずっと……娘のようだと……思っていたが、お前は、もう、立派な「女性」だったんだな……

フェンリル:きっともうすぐ救護が来る!!
もう少しだから頑張ってよ、シグルズ!!

シグルズ:……私は、もう、生きられないよ……

フェンリル:なんでそんなこと言うんだよ!!

シグルズ:私は、古い人間、だからね……。
……新しい……時代を……新しい、世界を、……どうか、幸せに生きてくれ。
あの時、誘拐して本当にすまなかった。

 (握っていた手から、すっと力が抜ける)

シグルズ:……愛していたよ、フェンリル。

 (間) 

フェンリル:(※泣き演技しばらく。不可能であれば、過呼吸又は言葉にならない唸り声)(※泣き演技の最後に囁くように)……シグルズ。

(フェンリル、短刀を取り出し自分の首に突き刺そうとしたところをフレイに止められる)

フレイ:おっとぉ!

フェンリル:……っ!?

フレイ:……連絡を受けて救護に来たのだが、どうやら間に合わなかったようだ。……申し訳ない。

フェンリル:止めるなっ!!止めるなああ!!私も死ぬんだ!!
シグルズが居なかったら、生きてる意味なんて無いんだ!!
うううううう!!!

フレイ:フェンリル。落ち着け。
アタシと話をしたときのことを覚えているか?
シグルズ上官はな、君に、「生きてほしい」と言っていたんだ。
フェンリル、君だって自覚していただろう?
シグルズ上官の遺した想いを、無駄にしてどうする!!
フェンリル、君が自ら命を絶ってしまったら、シグルズ上官の想いも何もかも、無駄になってしまうんだぞ!!

フェンリル:……。(※泣き止んでいる)

フレイ:アタシと一緒に本部に戻るか?

フェンリル:……いえ、戦います。

フレイ:ふふっ。強い目になったな、フェンリル。
よし、分かった。
ウルドの情報によると、近くの海辺でR-カーラと……おお、これは……
幹部補佐のアールヴィル上官が共に、国家組織と交戦中だ。
しかし何処の戦場も殲滅戦だな……。
これは困った。
Z-エイルの能力が発動するときも近いかもしれない。

フェンリル:Z-エイル、ですか?

フレイ:いやいや、こっちの話だよ。
とにかく海辺に向かって、カーラ達と合流するといい。

フェンリル:分かりました!

フレイ:道中も気を付けるんだよ!

フェンリル:それくらい分かってます!!

 ●海辺・戦場●

 (カーラとアールヴィルの二人と、国家組織が交戦中)

フェンリル:(※走ってきている)カーラっ!!アールヴィル上官っ!!

カーラ:フェンリル……!!!良かった、生きてたのね!

アールヴィル:フェンリル、君一人か?一緒に居たシグルズはどうした!?

フェンリル:…………シグルズ上官は、死にました。

カーラ:そんな……。

フェンリル:でも私、戦うって決めたの!!

カーラ:フェンリル……。

フェンリル:シグルズ上官は、私に生きてほしいって願ってくれてた!
ずっとずっと……誘拐されたときからずっと、そう思ってくれてたの!
私、やっとその意味が分かった!
シグルズ上官はもう居ないけど、今更気づいて遅いなんてことはない!
……私は、戦う!!
死ぬ為じゃない、生きるために、戦うの!!

カーラ:フェンリル……強い目になったわね。

アールヴィル:ああ。あの調子なら、死んだシグルズも安心して空へ逝けるさ。

カーラ:私達も、負けていられないわね。

アールヴィル:ああ、そうだな。新しい世界をこの目で見るためにも、

カーラ:……今ここで、死ぬわけにはいかない!!

 (間)

フェンリル:カーラ!!アールヴィル上官!!

アールヴィル:どうしたフェンリル!?

フェンリル:……何か、来る!!

カーラ:伏せて!!アールヴィル!!

アールヴィル:っっ!!

フェンリル:きゃああっっ!!

 (もの凄い地響き)

 (世界が崩れ去っていく)

 ●路地裏●

 (シグルズの遺体を庇うようにして息を切らしているフレイ)

 (地響きは続いている)

フレイ:……ははっ。やっぱり、やっぱり劣勢だったのか……。
……勝てるわけが無いんだよ。国家組織なんぞにさ……。
どうだったかい?シグルズ上官殿。愛するフェンリルの腕の中で逝く気分は。

 (少し間)

フレイ:はあ……それにしても、凄い力だな。ここまでのものとは、聞いていなかったぞ。
……Z-エイル。書いた文章が、そのまま現実になってしまう、超能力の保持者。
いや、でもこれは彼女の意思では無いのか……。
……そうか。U-ウルドの指示、なのだな……。
……人間そっくりのアンドロイド。
このままだとこの世界は何もかも破壊され、更地(さらち)と化すだろう。

 (間)

フレイ:……これが彼女の、最後の意志、か。

 (間)

フレイ:結局人間は、人間社会は、アンドロイドに破壊されるのか。
……皮肉なものだな。
でも、面白い。人間は醜くて……そして面白い。

 (間)

フレイ:さあ、シグルズ上官殿。……そろそろ全てが、終わるよ。

 (しばらく間)

 ●赤く染まった海辺●

 (建物などの文明は全て崩壊し、ただ波の音が静かに聞こえている)

 (海辺で戦っていた国家組織の敵陣は全滅)

 (フェンリルは運良く生存)

 (アールヴィルも生存)

 (アールヴィルを庇ったカーラは虫の息)

フェンリル:カーラ!!カーラしっかりしてよ!!
ねえ、カーラ!!返事をして!!私の姉さんなんでしょ!?

カーラ:……姉さん、なんかじゃ、無いわよ。

フェンリル:嘘つき!「妹みたいに思ってる」って言ってくれたじゃない!!

カーラ:……あなたが死ななくて、本当に……よかった。

フェンリル:みんな!!みんなが私を生かそうとする!!どうして!?
私は皆に生きてほしい、それだけなのに!!(※泣く)

アールヴィル:……カーラ。……君は、君って奴は、何故僕のことを庇ったんだ!僕は悪の組織の、幹部補佐なんだぞ!?
死ぬべき人間は……僕だ。

カーラ:……弟さんの、こと。

アールヴィル:カーラ、君、まさか……。

カーラ:ごめん……なさい。気になって、こっそりフレイに聞いちゃったの。
……私、殺してたんだね。アールヴィルの弟さんのこと。

アールヴィル:カーラ!!それでも僕は……!!

カーラ:……だから、死ぬべきなのは、私。

アールヴィル:カーラ、それは違う!!僕はそのことを知っていた!
それでも、君のことを愛したいと思ったんだ!

カーラ:……ホットきなこミルク、美味しかった。
私に……ナイフの冷たさしか、知らなかった私に……
……あたたかさを、教えてくれて、ありがとう。

アールヴィル:待ってくれ!逝かないでくれ!

カーラ:……愛して、いました。アールヴィル……上官……。
……フェンリルも、元気でね……。

フェンリル:っっ…!

アールヴィル:ああ、僕も勿論、愛しているよ!だから過去形になんてしないでくれ!
一緒に、未来を……。君と一緒に未来を見たかったよ。カーラ!!

 (自身の喉元に拳銃を突き立てるアールヴィル)

アールヴィル:ぐっ……、カーラ……

 (それを見て瞬時にアールヴィルの手を払うフェンリル)

フェンリル:だめ!!

アールヴィル:……っ!!フェンリル、お前、上官に向かって何をする!

フェンリル:上官だろうと関係ありません。
死んじゃ、駄目です。……死んだらダメなんです。
カーラだって、アールヴィル上官に生きてほしいって思ってるはずです。

 (間)

フェンリル:だから、死んじゃ、駄目なんです。

アールヴィル:でも僕は、愛する人を目の前で亡くして、もう耐えられないんだ!

フェンリル:私だってそうです!!

アールヴィル:……フェンリル。

フェンリル:シグルズ上官は、私の腕の中で息を引き取りました!!
辛かったです!耐えられなかったです!
でも、生きなきゃ、生きなきゃ駄目なんですよ……。
それが、残された者の宿命だと、私は思います。

アールヴィル:……強く、なったな。フェンリル。

フェンリル:……はい。
亡くなったシグルズ上官の為にも、私はもっと強くなりますよ!

アールヴィル:……ありがとう。お陰で少し冷静さを取り戻せたよ。
 (間)
アールヴィル:……こうして僕たちが生き残っているということは、敵、つまり国家組織にも生き残りは少なからずいるだろう。

フェンリル:うちの組織の生き残りは?

アールヴィル:……少なくとも、T-オーディン、ボスは生きてる。
それ、と。通信が来たな。
フレイも重症こそあれ生きているみたいだ。

フェンリル:よかった……!

アールヴィル:組織本部からの連絡は無いが、戦いはまだまだ続くぞ。
ついてこれるか?「戦闘部隊・階級Cクラス・N-フェンリル」!

フェンリル:はい!勿論です!K-アールヴィル上官!!

●END●

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