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porte-bonheur(ポルトボヌール)【1:1:0】【ラブストーリー/西洋風】

『porte-bonheur(ポルトボヌール)』
作・monet


所要時間:約20分


◆あらすじ◆

一一それは、幸せになる為のお守り。


クーレ/♀/クーレ・シャン。女性。いいところのお嬢様。若い娘。社交パーティーでグランと出会う。

グラン/♂/グラン・カップ。男性。成金の資産家。クーレより十歳程年上。社交パーティーでクーレに一目惚れをする。


◆以後本編スタート◆

クーレ:(M)わたくしは可愛いからこそ価値があるの。美しいからこそ生きていていいの。
そこそこ裕福な家庭に生まれて、それこそ「蝶よ花よ」と育てられてきた。
だからそれがずっと怖かった。もし若さを失って、お父様にもお母様にも見放されてしまったら、わたくしはどうやって生きていけばいいのかしら。
打開策なら何となく分かっていた。素敵な殿方を見つけて、娶(めと)って貰えばいい。その為に本日わたくしは、この社交パーティーへと足を運んだのだから。

 (間)

グラン:(M)たかだか仕事の付き合いでの、お偉いさんが集まる社交パーティー。
一庶民から成り上がった俺からしてみれば、肩身が狭くて仕方が無かった。
「いい人はいないのか」「結婚はしないのか」。おまけに「君はゲイなのか?」なんて質問まで飛んでくる。
俺は結婚はしないと決めている。恋愛だって、もう二度としない。
――そう、思っていたはずだったんだ。

クーレ:(M)やっぱり社交パーティーなんてつまらない。わたくしには向いていないのだわ。
わたくしはシャンパンを傾けながら、会場全体を見渡していた。
誰も彼も、恋愛をしようと必死になっていて。わたくしから見ればそれはとても滑稽(こっけい)で、気持ちの悪いことだった。
――「早く帰りたい」。
わたくしの頭の中は、それだけで埋まっていった。だけれどわたくしもいずれは、この中の誰かと結婚をしなくてはならない。そう考えただけで、怖気(おぞけ)が走る。
パンを食べられないような子供も居る中、贅沢な悩みだとは分かっている。だけれどわたくしは、わたくしの人生は、このまま終わってしまうのかしら――
そう考えていた時、後ろからトン、と軽く肩を叩かれた。全く気配に気が付かなかった。わたくしは突然の事に驚いて、お相手を睨みつけてしまう。

クーレ:貴方、突然後ろから肩を叩くだなんて、無礼ではないのかしら?

グラン:いや、そう思わせてしまったのなら済まない。詫びよう。

クーレ:(※きっ、とグランを睨みつける)

グラン:……ただね、お嬢さん。僕は先程から、貴女に話しかけていたんだよ。

クーレ:えっ。

グラン:余りにも反応が無いものだから、もしかしたら聴覚に問題があるのでは無いかと思ってね。肩を叩かせて頂いたんだ。

クーレ:そ、それは……悪かったわ。わたくしに聴覚の問題はありません。ほんの僅(わず)かだけ、ぼうっとしていましたの。

グラン:ふぅん。ぼうっと、ね。……どこかお身体の具合が悪かったり?

クーレ:貴方は先程から、お医者様のようだわ。

グラン:ははっ。仕事柄、人を見る目には長けているんだよ。だが、お医者様ではないね。

クーレ:それは貴方の立ち居振る舞いを見ていれば分かることですわ。

グラン:はははっ。少しは恰好つけられると思ったのだが、お嬢様の前では、隠しようが無いみたいだね。

クーレ:何が目的ですの?

グラン:ん?

クーレ:シャン家の財産かしら?お見かけしたところ、貴方は事業でひと山ふた山当てた程度の成金さんですものね。
上流階級との繋がりを作って、資産を安定させたい、といったところかしら。

グラン:(※呆気に取られている)

クーレ:驚きました?ですが、わたくしに言い寄ってくる殿方は皆そうなのです。わたくしももう、慣れ切ってしまいましたわ。

 (少し間)

グラン:いやあ、これは驚いた。お嬢さんがあの「シャン家」のご令嬢だったとは。

クーレ:…………え?貴方、もしかして、知らずに……?

グラン:どこかのお嬢様であることは分かっていたよ。僕も素人ではないのだからね。だが貴女が言い当てて見せた通り、僕はただの成金さ。
上流階級様の事情には、詳しくないんだよ。

クーレ:そう…だったの、ですね……。ではわたくしの事も知らない、と。

グラン:「シャン家」のご令嬢なんだろう?貴女が先程言っていたことじゃあないか。

クーレ:……違います。

グラン:どういうことだい?

クーレ:貴方はわたくしの事を「シャン家のご令嬢」だと仰いました。ですが、わたくし自身の事は、微塵も知っていらっしゃらないでしょう!?

グラン:(※しばし呆気に取られてから、笑いだす)ふふ…はっはっは!その通りだ。お嬢さんの言う通り。僕は貴女のことを何も知らない。

クーレ:何がおかしいのですか。

グラン:僕の名前は「グラン・カップ」。グラン、と呼んでくれ。お嬢さんの見立て通り、成金の資産家さ。だから無礼を働いてしまうことは許してほしい。
……さあ、お手を。

 (グラン、クーレに膝まづいて、手の甲にキスをする。)

クーレ:(※少し照れて)わ、わたくしは「クーレ・シャン」と申します。……ミスター・カップ。

グラン:おや、グランでいいと言ったはずなのだがね。

クーレ:とにかく!無礼ですわよ。ミスター・カップ。……わたくし本日はこの辺りでお暇(いとま)いたします。迎えが来ますので。

グラン:ええ。気を付けてお帰りくださいませ。クーレ嬢。

クーレ:(※またグランを睨みつける)

グラン:えっと……僕はまた何か、無礼を働いてしまったかな?

クーレ:「クーレ」でいいですから!それでは、また!ミスター・カップ!

 (小走りで去っていくクーレ。)

グラン:……「それではまた」か……。期待、してしまうな。

グラン:(M)ハシバミ色の瞳が綺麗だと思った。その日はそれだけだったんだ。
パーティー会場の隅(すみ)で、ひとりぽつんと立っている彼女が気になって話しかけた。
まるで「この世の全てがつまらない」と目で語っているようなお嬢さんだった。

 ◆後日◆

 ◆閑静な喫茶店にて◆

クーレ:あの……いい加減にしてくださらない?ミスター・カップ。

グラン:何の話かな?(※ニコニコ)

クーレ:まさかご自分で分かってらっしゃらないのですか……?

グラン:嘘、嘘(笑)からかって悪かったね。クーレ。今日は、デートに付き合ってくれてありがとう。

クーレ:はあ!?何を思い上がっていらっしゃるのかしら!?ミスター・カップ。わたくしはですね――

グラン:こうして二人でお茶をしてくれているということだけで、僕は嬉しいんだよ。

クーレ:……そうですか。ですが、有耶無耶にはしたくありませんので言わせていただきます。
郵便受けに、山ほどのお手紙を送りつけるのは辞めて頂けませんでしょうか!?

グラン:それは「ラブレター」というものなんだよ。クーレ。

クーレ:ですからわたくしは、そういったことが言いたかったのではなく――!

グラン:……迷惑、だったかな?

クーレ:いえ、その、別に……迷惑、という程でもありませんけれど。
お父様やお母様、そして使用人が「遂にクーレ様にもいい相手ができたのね!」と騒ぎ立てるのですよ。

グラン:クーレは、それが嫌?

クーレ:言ってしまえば、そうなりますわね……。

グラン:それじゃあ、こうしよう。今後はもう、山ほどのラブレターを貴女の家には送らない。

クーレ:えっ。

グラン:その代わり、週に一度、同じ時間にまた、この喫茶店で会おう。その時にラブレターも持ってくるさ。

クーレ:べ、別にラブレターは持ってこなくて良いんですのよ!?

グラン:ふふっ。……でも、僕と会う約束は承諾してくれたね。

クーレ:なっ!そ、それは……!

グラン:それじゃあ、また一週間後。同じ時間に、またこの場所で。

クーレ:あっ!ちょっと、ミスター・カップ!ちょっと…!

 (足早に立ち去るグラン)

クーレ:……何かしら。全く無礼な方。

クーレ:(M)社交パーティーで出会った殿方と、ここまでお話をすることは初めてだった。免疫が無いことも相まってか、わたくしは常にドキドキしていた。
数ヶ月ほど二人で話をして、わたくしはすっかりミスター・カップと打ち解けるようになっていった。
恋愛なんて、わたくしには縁遠いものだと思っていたのに、本当に不思議な気持ちだった。

 ◆別の日◆

 ◆閑静な喫茶店にて◆

クーレ:ミスター・カップ?本日はどのようはお話をなさいましょうか?

グラン:クーレの話したいお話で構わないよ。

クーレ:わたくしばかりお話をしていてもつまらないわ。本日は、ミスター・カップ?貴方のお話を聞かせて頂戴?

グラン:ははは…。参ったなあ。自分の話をするのは、あまり得意ではないのだけれどね……。

クーレ:それでも、わたくしは聞きたいわ。

グラン:……分かったよ。クーレ。

 (一呼吸)

グラン:僕は元々は、貧しい農村の家に生まれたんだ。そして、身体も強くなかった。

クーレ:まあ……。

グラン:両親は生活費を削ってまで、僕の事を入院させてくれたんだよ。

クーレ:そうだったんですの……。もう、お身体はよくなりましたの?

グラン:……。ああ、もう心配ないよ。(※歯切れ悪く)

クーレ:(※グランの違和感に気づかないクーレ)それは良かった!

グラン:だから僕は、迷惑をかけた両親の為にも必死で働いた。それで資産家になったんだ。

クーレ:それは、たいへん素晴らしい事ですわね。

グラン:そうだろう?

クーレ:あら、謙遜はなさらないのかしら?笑

グラン:まあね(笑)

 (二人でしばらくクスクスと笑う)

グラン:……クーレ。

クーレ:どうしましたの?唐突にそのような、真剣な面持ちで。

グラン:真面目な話なんだ。聞いてくれないか。

クーレ:え、ええ…。(※動揺)

 (間)

グラン:もう今日で、二人で会うのは終わりにしよう。

 (間)

クーレ:は……。

グラン:というわけで、さよならだ、クーレ。

クーレ:…っっ。お待ちになってくださいましっ!

グラン:……。

クーレ:一体どうして?どうして急に、わたくしと会うのを辞めるだなんて、仰いましたの?

グラン:ごめん。クーレ。

クーレ:理由は言えませんの?

グラン:……ああ。

クーレ:どうしても?

グラン:どうしてもだ。

クーレ:…………。

グラン:済まない。クーレ。

クーレ:じゃあ!こうしましょう!グラン!

グラン:?

クーレ:もう一度、わたくしの家にラブレター…、お手紙を!送ってきてもいいです!
会えなくなってしまうのでしたら、わたくしは貴方からのお手紙が欲しいですわ……。グラン。

グラン:……分かったよ。やっと、名前で呼んでくれたね。

クーレ:わたくしは、グラン、貴方の事を――

グラン:もう行かなくてはならない。済まないね、クーレ。

クーレ:グランっ……

グラン:お手紙は僕から必ず出すよ。だから、楽しみに待っていてくれ、クーレ。

 (グランはクーレの頭を撫でる)

クーレ:(※照れながら)…ぁ、貴方今、頭、を……撫でて……

グラン:可愛いね。クーレ。

クーレ:えっと……

グラン:でも貴女は可愛さだけじゃない。美しさも兼ね備えた、素敵な女性だ。

クーレ:……もうわたくしの事を、「お嬢さん」だと馬鹿にしないの?

グラン:しないよ。というより、最初からそのようなことは思っていない。軽口を叩いて済まなかったね。

クーレ:ねえグラン!わたくしは、貴方の真意が分からないわ!教えて頂戴!

グラン:…………。

クーレ:……やはり、わたくしには教えてくださらないのね。

グラン:済まない。

クーレ:分かったわ。お手紙、楽しみにしているわね。行ってらっしゃい。グラン。

 ◆一月後◆

クーレ:(M)わたくしはグランからのお手紙を待った。それはもう毎日郵便受けを確認しながら。
本日は入っているかしら。明日は入っているかしら。明後日は……?
そんな悶々とした日々が続く中、わたくしが求めていたお手紙は、遂に郵便受けへと投函された。

クーレ:やっと……!やっと届きましたわ!グランからのお手紙よ……!

クーレ:(M)わたくしは走って走って、自室の扉を閉め、ゆっくりと封筒を開く。
クーレ:そこには不格好な筆跡で書かれた、何枚もの便箋が入っていた。

クーレ:(※泣きながら)やっぱり……グランは、わたくしのこと、嫌いになったわけじゃ、なかったんじゃない……。

クーレ:(M)わたくしはゆっくりと、グランからのお手紙を読み始める。

グラン:(※手紙)『やあ、クーレ。元気にしているかな。僕は今、クーレが住んでいる国から遠く離れた国で生活をしているよ。
クーレには話していないことが多すぎたね。本当に済まない。僕は確かにクーレに恋していたし、クーレの事を愛しても居たよ。
社交パーティーで初めて出会って、その綺麗なハシバミ色の瞳を見た途端、恋に落ちた。
だけどねクーレ。僕はもう、誰とも恋愛をしないし、結婚もしないと決めていたんだ。
その理由が中々話せなかった。僕は一度結婚をしているのだけれどね、別れているんだ。それは僕の病気が原因だ。』

クーレ:病気が……原因?嘘でしょう?グランは、ずっと病気だったというの?

グラン:(※手紙)『僕の病気は命に関わるものではない。そこは安心して欲しい。だけれどね、だからこそ、残酷なんだ。
僕の病気の症状は、進行と共に記憶が無くなっていくというものだ。家族で過ごした記憶も、親や兄弟、そして元妻のことも。
今ではすっかり忘れてしまった。離婚をしたのも、それが原因だよ。まあ、子供が居なかったのが唯一の救いだったかな。
この手紙が届いている頃には、もしかしたらクーレの事だって忘れてしまっているかもしれない。
クーレの事は愛しているし、大切だけれど、僕はクーレの人生に責任を持つことが出来ないんだ。
本当に申し訳ない。僕は「誰とも恋愛をしない」と決めていたはずなのに、クーレ、貴女に恋に落ちてしまった。
こんな惨めで滑稽な僕を、どうかどうか許してくれ。僕はこれからもこの土地で一人で生き続ける。
だからクーレも、クーレ自身の人生を歩んでくれ。自分勝手で本当に済まない。愛していたよ。クーレ。』

クーレ:(※泣く)

 ◆時間経過◆

クーレ:(M)あの手紙が届いてからひと月後。わたくしは船旅に出ることになった。その目的は勿論、グランを探す為。
彼がわたくしのことを覚えていなくたっていい。この世界のどこかで、きちんと生きている。
それだけで、わたくしにとっては、心の支えになるのだ。

 (船の甲板から海に向かって)

クーレ:……待っていてね。グラン。また、お話をしましょう。そして今度こそ、「愛している」と、伝えるわ。

 ◆END◆

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