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ゆすらうめ【2:2:0】【大人向け/ラブストーリー】

『ゆすらうめ』
作・monet

所要時間:約60分

 ◆あらすじ◆

若くて可愛くて、真っすぐで無鉄砲で。
――そういう娘なんだよ。彼女は。

ちょっぴりビターな大人のラブストーリー。

※夜職、風俗、水商売、浮気、不倫などの要素を含みます。
※苦手な方、トラウマがある方などはどうかご注意ください。
※推奨年齢20歳以上。(※直接的なR表現などはございませんが、お話の内容故です。)

 ◆登場人物◆

あやせ/♀/鶴舞 あやせ(つるまい あやせ)。20歳。そこそこ人気のある風俗嬢。素直で純粋で真っすぐ。涼介のことが好き。
※ラストで若干センシティブな描写があります。ご確認ください。

奈美/♀/刈谷 奈美(かりや なみ)。28歳。売れないキャバ嬢。怠惰な性格。愛犬はポメラニアンのチャッピー。涼介と同棲をして10年になる。

孝/♂/岩倉 孝(いわくら たかし)。37歳。風俗店「ラブリー・ドッグハウス」の店長。涼介、奈美からの呼ばれ方は「岩ちゃん」。基本的には真面目な性格で面倒見がいい方。元々はキャバクラでボーイをしていて、その時に涼介、奈美と出会っている。犬は苦手。

涼介/♂/伏見 涼介(ふしみ りょうすけ)。38歳。風俗店「ラブリー・ドッグハウス」のマネージャー。不器用さから来る女癖の悪さ。愛犬はゴールデンレトリバーのアース。元々はキャバクラの店長をしていて、その時に奈美とも、孝とも出会っている。
※ラストで若干センシティブな描写があります。ご確認ください。

 ◆ここから本編◆
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 ◆夕暮れ時◆

 (あやせと涼介は二人きりで歩いている)

あやせ:あの……。伏見(ふしみ)、さん。好き、です。

涼介:(M)既視感を覚えた。いや、もう既にそれは、そこにあったのかもしれない。

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 《回想》
 (十年前)

 ◆朝焼けが綺麗な繁華街◆

 (奈美と涼介は二人きりで歩いている)

奈美:あの……。伏見店長。好き、です。

 《回想終了》
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涼介:……嬉しいよ。ありがとう。 あやせちゃんは俺にとっても大事な女の子だ。 だけど、……あやせちゃんの思うような気持ちに、俺は応えられない。

 (少し間)

あやせ:……ですよね!分かってました! 言ってみただけ!言ってみただけです! そもそも、伏見さん彼女さんいますしね。駄目ですよ?浮気とかしたら。

涼介:(※困ったように笑う)

あやせ:でも、私きっと諦めきれないと思うので。 ……これからも、好きでいてもいいですか?

涼介:それは勿論。好きで居てくれたら嬉しいよ。

あやせ:ありがとうございます。それじゃあこれからも私、伏見さんのこと、好きで居ますね……!

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 (場面転換)

 ◆小さな事務所◆

孝:涼介、こっちのサイトの更新、やっといてくれるか?

涼介:了解。

孝:あと、昨日飛んだ娘(こ)の写真は消しといてくれ。

涼介:……相変わらず岩ちゃんは真面目だねえ。

孝:馬鹿野郎。俺はクリーンな風俗店を目指してんだよ。……あと、今は俺のほうが上司なんだから、敬語使え敬語。

涼介:へいへい。岩倉店長。

孝:……ったく、しっかりしてくれよ。伏見マネージャー。
(※独り言)あの頃の伏見店長とは似ても似つかねえな……。

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 《回想》
 (十年前)

 ◆開店前のキャバクラ店・事務所◆

孝:おはようございます。……って、伏見店長、また泊りですか?

 (孝が電気を付け、眩しくて起きる涼介)

涼介:……ん。……あ、岩ちゃん。今何時?

孝:17時半です。

涼介:ひぇーっ。真面目だねえ。18時でいいよって言ってんのにさ。

孝:オープン一時間前に起きる予定だったんですか?店長。

涼介:……いや、それだといろいろまずいんだけど。まあ、寝る前にやれるとこまでは仕事したし!

孝:今日出勤予定の嬢は、アイ、ミズキ、ユナ、ヒナノ、ナミ、ですが……。

涼介:さっすが岩ちゃん!俺よりも把握してんのな!

孝:いや、店長が一番把握してる存在であってくださいよ……。

涼介:あははー。ごめんごめん。

孝:……で、「ナミ」についてなのですが。

涼介:おおう、ナミか。

孝:……まだ出勤確認の連絡が取れておりません。

涼介:そうか……。

孝:店長!また、ですよ!また!!当欠・遅刻罰金、最高額の、堕落のキャバ嬢!ナミが!また!!

涼介:いや、今日は来るかもしれないだろ?

孝:え?

涼介:いやだから、まだ出勤確認の連絡がつかないってだけで、来るかもしれないだろ?

孝:……店長、前から思ってたんですけど、ナミに甘すぎませんか? うちのナンバーワンは、アイなんですよ?ナミなんて、接客態度も悪くてよくクレームの対象になりますし、あんな底辺嬢のどこが――

涼介:岩ちゃん。

孝:……は、はい。

涼介:ボーイがキャストの悪口を言うのは、ナシだ。誰に食わせて貰ってると思ってる。

孝:……す、すみません。確かに、今のは失言でした。

 (少し間)

涼介:(※明るく)うっし!岩ちゃんも来たことだし、開店準備すっかー!!

孝:はい!!

孝:(M)……伏見涼介(ふしみりょうすけ)店長。歳は俺より一つ上。 夜職(よるしょく)をする上での心得を教えてくれたのは、間違いなく彼だった。 ……彼から教えてもらった「大事なこと」を、俺は今でも大事にしている。……大事にしているんだがな……

 《回想終了》
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 (現在)
 ◆小さな事務所◆

孝:あやせちゃんお疲れ様。今日もありがとうね。お客さんからの評判もめちゃくちゃいいよ!

あやせ:ありがとうございます!店長!それもこれも、店長が宣伝と電話営業で頑張って、お客さん付けてくれるお陰です!

孝:……(※ため息)ほんっとうにいい子だな。君は。

あやせ:?

孝:今日は俺が車で送っていこう。

あやせ:……あ、ありがとうございます!

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 ◆孝の車の中◆

孝:……悪かったね。涼介じゃなくて。

あやせ:い、いえ!お仕事なんですから、仕方がないですよ。

孝:最近どうだい?涼介とは。

あやせ:えっと……。こないだご飯を食べに行って……居酒屋なんですけど。

孝:事務所の近くのところか。二人で行ったの?

あやせ:二人で、行きました。それでその帰りに、その、告白を、して。

孝:……ほー。

あやせ:ご、ごめんなさい!本当はダメだって、分かってたんですけど、でも、

孝:別にそこは気にしなくていい。元々あやせちゃんは涼介のことが好きだっただろ?それを分かってて、涼介もあやせちゃんを俺の店に引っ張ってきた。

あやせ:……すみません。こんな私なのに、採用してくださってありがとうございます……。

孝:それで?どうだったんだ?

あやせ:え?

孝:告白、したんだろ?涼介はなんて答えたんだ。

あやせ:あー……。それなんですけど。ほとんど振られちゃったみたいな感じで。

孝:……ま、そうなるだろうな。

あやせ:でも!これからも好きで居ていいって言ってくれたから、私は、これからも伏見さんのこと好きで居ようと思うんです。 ……だって、そんなに簡単に諦めつかないですし。 店長の、岩倉さんの作ったこのお店で頑張って働き続けていれば、いつかは……!

孝:……(※ため息)。いつかは振り向いてくれるって?

あやせ:えっと……。

孝:若いねえ。

あやせ:……やっぱり、諦めた方がいいと思いますか?

孝:いや?凄くいいことだと思うよ。涼介がそう言うなら、諦める必要なんか無いんだろうさ。 君くらいの歳の子にとって、恋愛というのは原動力だ。それこそ全ての、ね。 あやせちゃんが今一生懸命にうちの店で働いて、これだけの数字を出してくれているのも、涼介のことが好きだから。そうだろう?

あやせ:……えっと、なんだか、不純な動機、みたいですね。

孝:いいんだよ。それで。

あやせ:あと、その、店長って……もしかして……

孝:なんだい?

あやせ:いや、失礼に思わないで欲しいんですけど……

孝:(※被せて)恋愛脳だよ。俺は。こんなオッサンが何言ってんだキモいって思うかもしれんが、あやせちゃんの恋バナを聞くのは実はとても楽しい。

あやせ:ふふっ。店長さんだから、聞いてくださってるのかと思ってましたけど。……不純、ですね。岩倉さんも。(※笑う)

孝:(※あやせにつられて軽く笑う)

あやせ:店長は、無いんですか?恋バナ。

孝:んー?

あやせ:恋愛脳、なんでしょう?今も誰かに、恋してるんじゃないですか?

孝:(※自嘲気味に笑う)……こんなオッサンの恋バナが、聞きたいか?

あやせ:聞きたいですよ!すっごく!

孝:……そんなに純粋な瞳で見つめないでくれ。綺麗な話ではない。

あやせ:そんなこと言ったら、私だって、綺麗な話じゃないです。

孝:……そう、だな。(※軽く笑って) どこから話そうか……。

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 《回想》
 (十年前)

 ◆開店間際のキャバクラ店内◆

奈美:……はよーざーまーす。

涼介:おお!おはようナミ!今日はちゃんと出勤したんだな!偉いぞ~。

奈美:えっへへ~。でしょー?店長。

孝:(※大きめのため息)……何言ってるんですかナミさん!何回電話掛けたと思ってるんですか!出勤確認のメッセージだけでも返してくださいよ!

奈美:……ああ。……ごめんごめん。岩ちゃん。私通知切ってるし、すっかり忘れてた。

孝:これで何回目ですか!?今回はきちんと開店前に出勤できたからいいものの……あなた罰金でお金無いんだから、頑張らないとお客さんも掴めませんよ!?

奈美:(※唸り声)……相変わらず岩ちゃんは真面目だねぇ。私はゆるーく働けたらそれでいいのーっ。チャッピーを養ってさえいければねーっ。

孝:ほら、頑張って働かないと、そのチャッピーちゃん?さえ養えなくなっちゃいますから。えっと、チワワでしたっけ?

涼介:チャッピーはポメラニアンだぞ?岩ちゃん。

孝:なんで店長が知ってるんですか……。まさか風紀違反とかしてないですよね?

(【用語説明】※風紀違反=店のキャスト(女の子)とスタッフ(ボーイ)が恋愛関係になること。夜の業界では御法度で、厳しい罰金があったりもします。以降、「風紀」と略します。)

奈美:違うよぉ~!店長も犬飼ってるでしょ?アースくん。ゴールデンレトリーバーのねぇ。

涼介:それでこの間営業終わりに盛り上がったんだよなぁ。犬トーク。

奈美:そうそう!マージで犬って天使だよねぇ。岩ちゃんも飼ったらいいのに。犬。

孝:(M)い、言えない……。犬好きしかいないこの場で、「犬が苦手」だなんて……。

孝:(台詞)あ、あっはは~。そう、っすねえ……。いいですよねえ、犬……。 ……というか早く着替えてきてくださいよ!ナミさん!お店開いちゃいますから!

奈美:はーいよー。着替えてきまーっす。

 (奈美、退場)

孝:……店長。あの、もしかして……なんですけど。

涼介:お?どうした?岩ちゃん。

孝:店長がナミさんびいきなのって……もしかして。

涼介:ふっふっふ……。犬好きに悪い奴はいない!!

孝:……ああ、やっぱり。(※頭を抱える)

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 《回想終了》
 (現在)

 ◆孝があやせを車で送った日から数日が経過している◆

 ◆焼き肉店◆

 (男女が向かい合って座っている)

孝:……おい。奈美?

奈美:んー?(※肉をもぐもぐしている)

孝:遅れるから先に食べてていいとは言ったが……それ、何皿食ったんだ?

奈美:(※肉を飲み込んで)……えっとね、三皿?

孝:相変わらずよく食うのな……。体型も全然変わってねえし。

奈美:あっはは。そういう岩ちゃんはだいぶ太ったよね。

孝:うるせえ。俺はストレスで太るタイプなんだよ。会社立ち上げて、仕事頑張ってる象徴だと見てもらいたいね。

奈美:あー……デリヘルね。順調なの?

孝:ま、そこそこだな。

奈美:涼介は?ちゃんと仕事してんの?

孝:……ま、そこそこだな。というか、直接涼介に聞けよ。一緒に住んでんだろ?

奈美:(※自嘲気味に笑う)むーりーだよぉ。ここ何年口きいてないんだろって感じぃー。

孝:……いい加減別れたらどうだ?あいつに結婚願望が無いことくらい、とっくに気づいてるだろう。

奈美:……気づいてるよ。気づいてるし、……「あやせちゃん」だっけ?最近はあの若くて可愛い女の子にご執心なのも、気づいてる。 別れたいよ?別れたい。でもね、今更どうしたらいいか分かんないんだよ。結婚する気もない癖に10年も同棲して、法律上では、私もう「内縁の妻」だよ?(※自嘲気味に笑う) ……愛の無い瞳を向けられるのにも、もう慣れ切っちゃった。10年間住んだ家だって、本当は今すぐ出ていきたいのにさ、二人の思い出とか、そういうのが脳内ちらついて。 まだ涼介のことが好きなのか、とか以前にさ、私、この先一人で生きていけるのかどうか分かんないし……。

孝:ま、……そうだなあ。奈美には無理だろうなあ。

奈美:実家帰ろうにも、結婚はどうしたとか聞かれるの死ぬほどヤだし。

孝:……ま、そうなるだろうな。

奈美:それでなんだけどさ、ほら、昔馴染みっていうのもあるし、よかったら――

孝:(※被せ気味に)雇わんぞ。

奈美:……え?まだ私、何も言ってない……。

孝:俺はお前みたいな女、絶対に雇わない。 ……度重なる当欠に遅刻、無断欠勤。そして最終的には店長と風紀して、罰金を全部涼介に払わせて退店。 忘れた、とか言わせないぞ?

 (奈美、顔を伏せる)

奈美:……冷たいじゃん。

孝:優しくしてもらえると思って、俺を呼んだのか?

奈美:……だって、今私、可哀そうな女だよ?10年付き合った彼氏に浮気されて、すっごく可哀そうな被害者じゃん。 最高に傷ついて、最悪に弱ってる女にくらい、優しくしてくれたっていいじゃん……。(※だんだんと涙ぐむ)

孝:……おいおい。ここで泣くなよ。

奈美:(※涙をこらえながら)分かってるよ。……私ももう、子供じゃないんだし。 だってあれから、10年経った。10年だよ?18歳だった私ももう28歳。 あんな、若くて可愛い女の子に、勝てるはずない……。

孝:……あんたもな、若くて可愛い女の子だったんだよ。

奈美:え?

孝:若くて可愛くて、真っすぐで無鉄砲で。そんな、可愛い18歳のキャバ嬢だった。涼介を好きなことに一生懸命で。どうにか振り向いてもらえないか努力して。

孝:……あやせちゃんはな、そういう子なんだよ。若い時の奈美に、本当によく似てる。

奈美:若い時の……私に……。 ……じゃあ、今の私は……

孝:若さも可愛さも、真っすぐさも無鉄砲さも、一生懸命さも、努力も、今のあんたからは感じられないな。

奈美:……最ッ低!!

 (奈美は机を叩く)

奈美:……何?岩ちゃんもその、あやせちゃんがいいとか、そんな感じなの?

孝:(※奈美の言葉は無視して)奈美。あんたがこの10年で、積み上げてきたモンは何だ?

奈美:え……?積み上げて、きたもの……?

孝:どーせいろんなキャバ転々として、あの時みたいにゆるーく働いて、チャッピーの飯代稼いで、そんな感じだろ?

奈美:……なんで分かるの。

孝:涼介から聞いてたから。

奈美:……涼介が?私のことを?

孝:あいつなりに、いろいろ心配してたみたいだぞ。……まあ、でも。

奈美:もう、その心も、あやせちゃんのもの、なのか。

 (少し間)

奈美:(※大きくため息)(※深呼吸)(※顔を上げる)駄目だなぁーっ!私!!何にも積みあがってない。……ダメ女だ。

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 ◆数日後◆

 ◆小さな事務所◆

あやせ:おはようございます。

涼介:おう、あやせちゃん。おはよう。

あやせ:今日は、店長はいらっしゃらないんですか?

涼介:……ああ、あいつは今日は、外回りってやつだな。

あやせ:そう、なんですね。

涼介:……だからって訳じゃねーけど、今日は俺とあやせちゃんの二人っきり。

あやせ:ふ、二人っきり!?

涼介:滑り出し順調とはいえ、出来立てのデリヘルだからなぁー。キャストもまだ少ないし、たまたま今日出勤希望出してくれてたのがあやせちゃんだけだった、ってわけ。

あやせ:……なるほど。二人きり。

涼介:ん?

あやせ:その、私、嬉しいです!大好きな伏見さんと、二人きりでお仕事が出来るだなんて。

涼介:あっははー。それは良かった良かったぁー。

あやせ:あの、ですね。これは私の我儘なんですけど、聞いてくださいますか?

涼介:お?なんだい?

あやせ:……二人っきりのときは、「あやせ」って呼び捨てにしてくださいませんか?

涼介:いいの?呼び捨てにしても。

あやせ:はい!そっちの方が嬉しいっていうか。

涼介:……じゃあ、あやせ。早速予約が入ってるから、準備してホテルに向かおう。

あやせ:か、かしこまりました!
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 ◆涼介の車の中◆

涼介:それにしても、流石だなあ。あやせ。

あやせ:え?な、何がですか?

涼介:……凡人じゃ泊まることもできないような超高級ホテル。毎回高級なプレゼント。しかもあやせは本番もしてないと来た。

あやせ:本番しないのは、お店の決まりだから当たり前です。リピートしてくださるのは有難いですけど。 優しいお客様ですし、いつもロングコースで入ってくださるから、お店の利益にもなりますし。

涼介:……ほんとに、いい娘(こ)だな。お前。

あやせ:ふふっ。それ、こないだ店長にも言われました。(※笑う)

涼介:……前の店から引っ張ってきて大正解だったよ。

あやせ:あら、嬉しい。でも私、面倒くさいですよ?伏見さんに、恋しちゃってますから。

涼介:……。……それを差し引いても、お前は優秀だよ。あやせ。

あやせ:ありがとうございます!(※笑顔)

涼介:…………吉祥寺(きちじょうじ)の方に、さ。

あやせ:え?

涼介:俺の親戚の叔父さんがやってるオイスターバーがあってさ。安いし、旨いんだよな。

あやせ:そう、なんですね……。オイスターバーかあ、行ったことないなあ。

涼介:蠣(かき)自体は、嫌いじゃない?

あやせ:はい!とっても好きです!というか私、食べ物の好き嫌いありませんし!

涼介:……一緒に行くか。今度。

あやせ:え……?いいんですか?

涼介:……いつも頑張ってくれてるお礼に。俺が連れて行ってやるよ。

 (少し間)

あやせ:わ、私、とっても、嬉しいです……!楽しみにしてますね!

涼介:よーし。目的地到着、だ!

あやせ:行ってきます!頑張って、働いてきます!オイスターバーの為にも!

 (あやせがホテルへと入っていく)

涼介:(※ため息)……何言ってんだか、俺。……結局、絆されてんのかなあ。
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 ◆涼介と奈美の家◆

涼介:ただいまー。

 (犬のアースが駆け寄ってくる)

涼介:おうおう。アース。ただいま。すまんな、最近全然構ってやれなくて。……飯、だよな。

 (アースは興味無さげにリビングへと向かう)

涼介:……違う、か。……そうか。……奈美がお前の分も用意してくれたんだな。

 (リビングへ向かう涼介)

 (小型犬のチャッピーが軽く吠える)

涼介:おーう。チャッピー。ただいま。今日も可愛いなあ。

 (チャッピーは涼介を警戒している)

涼介:……相変わらず、懐いてくれねーよな、お前は。 ははっ。……全部お見通し、ってか。

 (涼介はリビングのソファに腰掛ける)

涼介:(※大きくため息)……奈美のことは、大切だよ。……今の生活も、勿論、な。 ……「好きです」か。 ……分かんねえな。……恋愛って、なんだ。

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 《回想》
 (一年前)

 ◆古びた店舗型風俗店・事務室◆

あやせ:死にます。

孝:……は?……え?

あやせ:ここで雇って貰えなかったら、私死にます。

孝:……ちょっと待って。落ち着いて。

あやせ:(※声を震わせながら)……勇気を出して、風俗に面接に行って!! そしたら三店舗も落ちるだなんて……!!! これってもう死ねってことですよね!?!?

孝:……どうしてそこに繋がるかなぁ……。

あやせ:私!!もう全財産13円しか無いんです!!他の店に行こうにも、もう電車賃すら払えません!! 家出をしてきたので、実家にももう帰れません!!!終わりですよ!!!終わり!!!

 (息を切らしているあやせ)

孝:……あー……。……とりあえず、今日体入(たいにゅう)していく?(※体験入店の意)

あやせ:え?

孝:時間あればでいいんだけど。

あやせ:え?それって――

孝:うん。君若いし、業界未経験でしょ?他の店では断られたかもしれないけど、……うん。うちの店でなら売れると思う。

あやせ:え!!!します!!!体入します!!!ぜひ働かせてくださいっ……!!!

孝:何歳だっけ?

あやせ:19歳です!

孝:……よし。……「18歳、業界未経験の女子大生」って設定でいこう。

あやせ:……え?でも私、大学なんて途中で辞めちゃって――

孝:その方が売れるから。

あやせ:………売、れる。

孝:早速だけど、講習を受けてもらおうか。マネージャー呼ぶからちょっと待ってて。

あやせ:え?店長さんが、講習してくださるんじゃないんですか?

孝:……ああ、俺はもう上がりだから。後のことは、マネージャーに。(※電話をかける) ……もしもし?……ああ、新人の子。体入。未経験だっていうから、講習してあげて。……うん。よろしく。

あやせ:えっと……

孝:すぐ来るから。マネージャー。ちょっと待ってて。

あやせ:あ……はい……。

孝:(※軽く笑って)大丈夫。怖い人じゃないよ。優しい優しい。

 (長めの間)

涼介:どうもこんにちは。初めまして。……あやせちゃん、だっけ?
この店のマネージャーの伏見です。講習、よろしくね。

あやせ:……!!(ときめく)
あやせ:は、はい!!よろしくお願い、いたします……。
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 《回想終了》
 (現在に戻る)

涼介:……若くて。無鉄砲で。危なっかしくて。……どこか放っておけない。それだけだった。……はず、なんだけどな……。 …………奈美と、別れる?

 (間)

涼介:……ははっ。今更過ぎ、だよな。
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 ◆あやせの自宅◆

あやせ:……オイスターバー。デート、ってことでいいんだよね? しかも!伏見さんの親戚がやってるお店って!……私、どう紹介されるんだろう。 え、もしかして……期待、しちゃってもいいやつ?! ……伏見さん、彼女いるって言ってたけど。冷め切ってるって言ってたし。 何より、昔から伏見さんのこと知ってる店長が応援してくれてるんだし……!!

 (あやせ、自分の姿を鏡で見る)

あやせ:私と伏見さん、18歳も歳離れてるけど……。「ガキ」だって、思われたくないな……。

 (あやせ、一つ息を吐いて)

あやせ:……よし。頑張ろ。伏見さんのこと好きな気持ちは、誰にだって負けないんだから!!
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 ◆涼介と奈美の家◆

奈美:ただいまぁーっ。

 (アースとチャッピーが駆け寄ってくる)

奈美:あははっ。……んもう、ふたりったら。可愛いんだから。 ご飯だよねー?分かってるよ。よしよし。

 (少し間)

 (奈美は餌を食べている二匹を見ている)

奈美:……可愛いなぁー。ほんと。……犬はいいよねぇー。……私の唯一の癒し。 ほんっと……。 涼介が居ないタイミングを狙って帰ってきてるけど、ほんっと、何もないモンだなぁ。 ……涼介も、分かってんだろうなぁー。……この家で、涼介と二人で……いや、アースとチャッピーも入れたら四人で……。

 (奈美、一つ息を吐いて)

奈美:……時間って、残酷。

 (少し間)

奈美:わっかんないなぁもう……ほんとに。分かんない。

 (奈美、アースを撫でながら)

奈美:……ねぇ、アース?あんたはどう思うわけ?あんっなクズな飼い主とずっと一緒に居て、嫌になったりしないの?

 (アースは落ち着いている)

奈美:…………しない、んだろうなぁ。……だって、私だってそうだもん。……ほんっと、救えないねぇー。
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 ◆小さな事務所◆

 (PCに向かって事務仕事をしている孝)

孝:……早く別れてやれよな、本当。……今のままじゃ、あやせちゃんの為にも、奈美の為にもならないだろ。 何やってんだよって話だよな。……罪な男だぜ。 …………俺はいつまで、相談役やらなきゃなんねーんだか。

 (孝、深呼吸)

孝:……さ、仕事仕事。

 (孝、キーボードを打つ手が止まる)

孝:……なるようにしかならねえよ。……大っ嫌いな女、だったはずなんだけどな。 あんなにだらしなくて、いつも俺のこと困らせやがって。 …………あんなに弱った姿、俺に見せやがって……。

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 ◆数日後◆
 ◆オイスターバーに来ている涼介とあやせ◆

あやせ:すっごく……お洒落なお店……。

涼介:ははっ。だろ??俺のお気に入り。

あやせ:そんなお店に連れてきてくださって、本当にありがとうございます。

涼介:いやいや、いつも頑張ってくれてるお礼だから。

 (奥から涼介の叔父が出てくる)

涼介:あ。叔父さん。どうも、ご無沙汰してます。……メニューは、とりあえずいつものコースで。

あやせ:ど、どうもっ。

涼介:あやせ。あと他に頼みたいものある?これメニューだけど。

あやせ:あっ、はい!えっと――

 (長めの間)

あやせ:美味しい!すっごく美味しいです、蠣(かき)!

涼介:だろー?どの料理も美味えんだよなあ。はずれがない。

あやせ:ほんっとに美味しい~!私、めちゃくちゃ幸せです!

涼介:外食も久々だったんじゃないか?

あやせ:確かに!いつもコンビニご飯ばっかりだったから……

涼介:……今度から、定期的に行こうか、外食。

あやせ:え……?いいん、ですか?

涼介:ま、俺もそんなに金持ってねえから、たまに、に、なっちゃうとは思うけどな。

あやせ:嬉しい!嬉しいです!私また、伏見さんとご飯行きたいです!

涼介:……そうか。……まあ、喜んでくれてよかったよ。

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 ◆帰り◆
 ◆涼介の車の中◆

あやせ:伏見さん、今日は誘ってくださって本当にありがとうございました! 蠣(かき)美味しかったですし、いろいろお話できて楽しかったです。

涼介:……それは良かった。俺も楽しかったよ。

 (涼介、おもむろに紙袋を取り出す)

涼介:あと、……これ。はい。

 (紙袋をあやせに渡す)

あやせ:え……?何ですか?これ……

涼介:中身、見てみて。

 (あやせ、紙袋の中に入っているものを取り出す)

あやせ:え…………。これ、……アロマキャンドルが、二つ?

涼介:そう。一つは、俺の好きな香り。もう一つは、あやせに似合いそうな香り。

あやせ:これ……。え。……素敵。

涼介:いつも頑張ってくれてるお礼。諸々含めて。

あやせ:…………これ、私、に?

涼介:おう。

あやせ:貰っても、いいんですか……?

涼介:……おう。

あやせ:……プレゼント、ってことでいいんですね?

涼介:言わせんなよ。恥ずかしい。

あやせ:(※感極まって)っっ!!嬉しいっ!私、めちゃくちゃ嬉しいですっ!ありがとうございます!!大事にします!!!

涼介:あー……、使うときは、やけどに気を付けろよ?

あやせ:はいっ!気を付けます!!っっ嬉しい……。伏見さんの好きな香りと、私に似合いそうな香り……。嬉しい…………。

涼介:いや、ほんとさ、お礼……だから。……あやせには感謝してるんだ。 前の店でもそこそこに稼いでたのに、俺と岩ちゃんがデリヘル始めるって言って、付いてきてくれてさ。 他のキャストの子は前の店の方が稼げるからって、けっこう戻っちまったりしたんだけどよ。あやせは、そんな中でも頑張ってくれてて。 ……本当に、いつもありがとう。

 (少し間)

あやせ:ありがとう、は、私の台詞ですよ?伏見さん。

涼介:……。

あやせ:伏見さんは、人生のどん底だった私を救い上げてくれた。命の恩人です。

涼介:それはあやせを採用した岩ちゃんの方じゃないのかな。

あやせ:もちろん店長だって命の恩人ですけど、伏見さんはね、また違うんです。 伏見さんは、慣れない仕事で戸惑う私をいつも優しく受け入れてくれて。 私がちゃんと風俗嬢として仕事が出来るようになったのは、何度も何度も教えてくださった伏見さんのお陰ですし、こんなに稼げる嬢に育ててくれたのは、伏見さんなんです。……だから、本当に感謝してます。感謝してますし、それに――

 (あやせは涼介を真っすぐに見つめる)

あやせ:私、やっぱり伏見さんのことが好きです。振られたくらいじゃ、諦めきれません。迷惑かもしれないですけど、でも――

涼介:そう、だな。

あやせ:え?

涼介:……好き、だな。

あやせ:……。…………えっ!?

涼介:ま、そういうことで。……また明日から仕事だから。今日はゆっくり休めよ。

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 (涼介、帰宅)

涼介:ただいま……って、あれ?電気ついてる……。

奈美:おかえりなさい。

涼介:…………奈美。

奈美:楽しかった?あやせちゃんとのデート。

涼介:いや、デートってわけじゃ……

奈美:行ったんでしょ?叔父さんのお店。

涼介:……行ったけど、それは慰労会(いろうかい)というか、そんな感じで――

奈美:で?どうするの?別れる?

 (少し間)

奈美:……なんか言ってよ。

涼介:…………。

奈美:私が今、めちゃくちゃ勇気出して喋ってるの、分かるでしょ?

涼介:…………。

奈美:どうなの?

涼介:……奈美、いったん落ち着いて――

奈美:すごく落ち着いてるよ。分かるでしょ?

 (少し間)

奈美:ねえ、私、全然怒ってないよ。全然怒ってない。浮気される原因なんて、自分でも分かってるから。 ――だから怒ってない。あやせちゃんに対しても、涼介に対しても怒ってないよ。

涼介:だったら、奈美――

奈美:怒ってないけど、許してもいない。

涼介:……ごめん。

奈美:……謝罪も要らない。 これからどうするのか、きちんと決めて。涼介が決めて。私任せじゃなくて、涼介が。

 (長く感じる間)

涼介:…………俺は、今の生活を、壊したくないよ。

奈美:本当に?

涼介:……本当、だよ。

奈美:本当にそれでいいの?

涼介:……だって、アースもチャッピーも居て……。

奈美:あやせちゃんのこと、好きなんじゃないの?

涼介:それは……

奈美:ねえ涼介知ってる?男女が10年以上同棲したらねえ、事実上の結婚になるの。だから私は内縁の妻。この事を不倫として、裁判も起こせる。

涼介:裁判って……!

奈美:(※薄く笑って)馬鹿ね。裁判なんて起こすつもりないわよ。

 (少し間)

奈美:……本当にこれからも私との生活を優先するっていうなら、今この場であやせちゃんに連絡して。 ……「もう二度と二人で会わない」って、私の前で誓って。

涼介:…………。

 (奈美、肩を震わせる)

奈美:……なんで……即答しないのよ……。どっち?どっちなの?涼介は。

涼介:どっちとかいう問題じゃ――

奈美:どっちとかいう問題でしょ!?選んでよ!!……どっちも、なんてのは……私が許さないから。

涼介:……少し時間をくれ。

奈美:ダメ。今この場で決めて。 ……時間なら、腐るほどあったでしょ!?この10年間は、何だったっていうの!?

涼介:…………ごめん。俺が不甲斐なくて。

奈美:ほんと……ほんとよ……ほんっと……不甲斐ない……馬鹿……。

涼介:奈美、ごめん、本当に、

奈美:でも馬鹿なのはお互い様だね。私も馬鹿だった。こんな男に10年も費やして。せっかくの若い女の期間、全部あんたに捧げて。

 (お互い何も喋らない、長く感じる間)

奈美:……別れる、ってことで、いいのかな?

涼介:…………。

奈美:……なんかさ、昔のこといろいろと思い出したよ。元々は、私から無理やり、だったもんね。 お店の風紀破って、無理な約束たくさんさせて、周りの信頼とか、涼介からいろんなもの奪った。 (※無理に笑って)ごめんね!長々と10年も付き合わせちゃって!……涼介、断れない性格だもんね。

涼介:……奈美。

奈美:何よ……。

涼介:ごめん。

奈美:だから謝罪は要らないって言ってるでしょ!?もうやめてよ、これ以上私を惨めにしないで……。

涼介:…………。

奈美:明日までにはチャッピーと出ていきます。今まで、ありがとうございました。伏見店長。

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 ◆小さな事務所◆

孝:おい。涼介。

 (涼介はぼーっとしている)

涼介:…………。

孝:涼介!

涼介:……あ、ああ。岩ちゃん。何?

孝:仕事中だぞ。気合い入れろ。

涼介:……悪い。

孝:次、ホテル「ザアパールク」。あやせちゃん指名だ。

涼介:……了解。

孝:(※大きくため息)おいおい。くれぐれも事故とか起こすんじゃねえぞ?お前の運転ただでさえ危なっかしいんだから。 ……はーー。早くドライバー雇えるくらいに頑張んねえとなあ。

涼介:……あのさ。岩ちゃん。

孝:奈美と別れたんだろ?知ってるよ。

涼介:……そう、か。

孝:ま、今まで当たり前にあったものが突然無くなる気持ちは、分からんでもない。

涼介:岩ちゃん。

孝:……元妻も、娘も、俺の前から消えた。 キャバクラ時代の、輝いてた伏見店長も、問題嬢だったナミも。突然俺の前から消えた。

涼介:……悪かったよ。

孝:でもさ、そういうもんなんだよ。きっと。永遠に思えるものも、実のところは永遠じゃない。ある日突然消えやがる。 ……だから、今この瞬間を大事にしろよ。ってな。

涼介:……ああ。

孝:ちゃんと責任持てよ?今度こそ、な。

涼介:……責任。

孝:あやせちゃんのことだよ!分かってんだろ!?

涼介:……分かってるよ。……俺なりに、やってみる。

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 (場面転換)
 ◆大衆居酒屋◆

孝:……飲みすぎだぞ。奈美。

奈美:んん~~!!だってさぁーーー。

孝:……気持ちは、分かるけど。

奈美:そっか。岩ちゃん離婚してんだもんね。

孝:……ああ。元居た不動産屋クビになって、それでも何とか家族を支えていかなきゃと思って、生活を建て直そうとしてたところを、元妻に見限られた。 娘の親権も持ってかれて、俺には何も残らなかった。 ……そんな時に俺を救ってくれたのがあいつだ。

奈美:……涼介ってさ。そういうところは情が深いというか、優しいよね。 私も、そうだったなぁー。ほんっとにダメダメでだらしなかったのに、伏見店長は私を見捨てなかった。

孝:ははっ。ほんとだな。……俺、最初はキャバクラの仕事なんて、って馬鹿にしてたんだよ。夜職なんて、って。

奈美:してたしてた(笑)いっつも見下されてんなーって思ってたもん(笑)

孝:……でもさ、あいつが、伏見店長が夜職にかけてる情熱に感化されて、今では俺もドップリよ。

奈美:キャバのボーイを経て、老舗風俗の雇われ店長からの、独立してデリヘル作っちゃったんだもんねぇー。

孝:ああ。こんなに素晴らしい仕事は他に無いよ。不動産やってた頃より、ずっと毎日が楽しくて飽きない。

奈美:……カッコいいよな。

孝:は?

奈美:いんや?仕事に一生懸命な岩ちゃん。カッコいいよなぁーって。

孝:……お前、酔いすぎじゃないか?

奈美:酔ってはいるけど本心だよ?「ラブリー・ドッグハウス」。軌道に乗るように願ってます。

孝:……なんだよお前、随分と――あ、雇わないからな!?

奈美:元彼が働いてる店で働きたいなんて思いませーーん!!

孝:……ふっ。はっ、はっはっは!!!まあ、そうだろうなあ!!!

奈美:末永く幸せに爆発しろーーぉ!!!

孝:本当だな。爆発しろ。

 (少し間)

奈美:……28歳かあ。28歳。独身。彼氏ナシ。売れないキャバ嬢。……人生詰んでるね。ウケちゃう。

孝:それを言うなら俺だって。37歳。バツイチ。独身。彼女ナシ、だぞ?
オマケに好き好んで風俗店開くような変態野郎だ。……もう結婚は諦めるしかねぇな。

奈美:んえ?岩ちゃん結婚願望あんの?

孝:そりゃああるぞ?子供好きだしな。早くに一回結婚したのも、憧れてたからであって。

奈美:ふーん。そうなんだ。……いいよね。子供可愛いし。

孝:は……?奈美って子供好きだったのか!?

奈美:好きだよー。めちゃ好きー。私こう見えて結構子供に懐かれるタイプだしね。

孝:……うん。精神が子供だからだな。

奈美:ま、それは否定できない。(※笑う)

 (少し間)

孝:……そろそろお開きかな。

奈美:えーー!!もう一軒行こうよお。

孝:ダメだ。飲みすぎだし、金もそんなに使いたくない。

奈美:えぇーー。私、可哀そうな女なのに?付き合ってくれないの?ねえねえ?

孝:(※ため息)……店で飲むのはナシだ。……だが、……俺ん家(ち)で飲みなおす、とかなら。

奈美:えーーっっ!!!行く!!!岩ちゃん家(ち)行きたいーー!!

孝:……じゃ、そういうことで。酒買って帰るか。

奈美:うん!

 (居酒屋を出た二人)

奈美:……岩ちゃん、ありがとね。

孝:なんだよ。改まって。

奈美:岩ちゃんが居なかったら、私本当に潰れてた。

孝:ま、酒に酔いつぶれてはいるがな。

奈美:介抱してよぉ!してくれるんでしょーぉ?

孝:(※ため息)本当にお前は、ダメな女だな。

奈美:そうです!ダメ女であります!

孝:……ま、仕事に支障が出ない程度でなら、面倒見てやるよ。

奈美:そうそう~!面倒見てよね~~!!……って、……えっ?

孝:……好きだ。そういうこと。

奈美:えっ、えっ!?

孝:ほら、行くぞ?

奈美:……待って、いつから!?いつから好きだったの!?……ねえ、待って!!待ってってばぁーー!!!

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 (場面転換)
 ◆営業終了後◆

 (車であやせを家まで送っている涼介)

涼介:……あのさ、あやせ。

あやせ:はい?なんでしょう?

涼介:……なんで俺だったんだ?

あやせ:好きになった理由、ですか?説明しませんでしたっけ?

涼介:……いや、でも俺はオッサンだし、もっと同年代の子と恋愛をした方が――

あやせ:ふふっ。今更そんなことですか?もう伏見さんも、私のことが好きになっちゃってるのに?

涼介:……う。いや、それは……。

あやせ:私は伏見さんのことが好きで、伏見さんも私のことが好き。それ以上の理由、要ります?

涼介:……ほんとに、若いなあやせは。眩しいよ。

あやせ:えへへ。まだ20歳(はたち)ですから。 ……でも。伏見さんにだって輝きはありますよ。

涼介:……輝き?38歳のオッサンにか?

あやせ:私の人生を、きちんと照らしてくれました。そりゃあもう、眩しいくらいに、ね。

涼介:……そうか。

 (車があやせの家に到着する)

あやせ:あーあ。もう着いちゃいましたね。

涼介:…………あやせ。

 (涼介、おもむろに紙袋を取り出す)

涼介:これ、なんだけどさ。

あやせ:……え?ま、また何かくださるんですか?

涼介:けっこう迷ったんだけど。……開けてみて。

 (あやせ、紙袋の中身を取り出し、箱を開ける)

あやせ:これって…………

涼介:ピアス。あやせに似合いそうだと思って。

あやせ:っっ!!嬉しいです、ありがとうございます!!

涼介:あと、……彼女と別れた。

あやせ:えっ?そ、そうだったんですか……?

涼介:……だから、ちゃんとしたいと思って。だけど、指輪とかはまだ重いかなって。……だから、ピアス。

あやせ:それって――。

 (少し間)

あやせ:ふふっ。実質、このピアスはエンゲージリングってことでいいですか?

涼介:そう、いう、こと……だ。(※恥ずかしそうに)

あやせ:大切にしますねっ!……いつか本当に指輪が貰える、その日まで。

 (少し間)

涼介:……あと、会わせたい奴がいるんだ。

あやせ:会わせたい奴……?

涼介:俺の相棒で、ゴールデンレトリーバーの、アースって言うんだけど。

あやせ:あ、伏見さんがよく話してるワンちゃんですね!ぜひ会いたいです!

涼介:……そう言ってくれて安心したよ。……家族なんだ。俺の。

あやせ:じゃあ、アースくんとも仲良くなれるように頑張ります!

 (少し間)

涼介:……あと、何度も言うが、俺は本当にロクな人間じゃないぞ。

あやせ:分かってますよ。彼女いるのに若い女に靡(なび)いちゃうような、ダメおじさんです。

涼介:う。分かってるのか。……そうか。ははっ。そうだよな。……分かってる、よな。

あやせ:分かってますよ。大丈夫です。……分かってて、ちゃんと好きなんですから。 ちゃんと好きだし、支えたいって思ってます。……だから、安心してください。

涼介:……おう。……俺も、あやせを安心させられるように、頑張るよ。

 (少し間)

涼介:……本当に綺麗だな。あやせは。

あやせ:え?き、急にどうしたんですか……!?

涼介:……客に嫉妬してしまいそうなくらいだよ。

あやせ:あ、え、あ……。仕事、やっぱりやめた方がいいです……?

涼介:いや、やめなくていい。……でも。

あやせ:でも?

涼介:最後にあやせを抱くのは……俺がいい、かな。

あやせ:…っ!伏見さん……。

 (あやせに顔を近づける涼介)

涼介:好き、だ。あやせ。

あやせ:はいっ……!私も、大好きです……!

 (二人は何度もキスを交わす)

あやせ:………あ、あのっ……。続きは、うちで、しませんか?

涼介:入ってもいいのか?家。

あやせ:勿論ですよ。……その、緊張しますけど。

涼介:それは俺もだな。

あやせ:伏見さんは手慣れてるように見えますけど。

涼介:そうでもないんだなぁ。これが。

あやせ:……んもぅ。鍵、開けますよ。

涼介:おう。

 ◆

涼介:あやせ。似合ってるな。そのピアス。

あやせ:……はい。 私が世界で一番愛する人が、くれたピアスですから。

涼介:……俺のもの。

あやせ:はい。あなたのものです。

◆END◆

※この作品は『金盞花-ノストフォビア-』と世界観を共有しています。
※この作品はフィクションです。

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