金盞花-ノストフォビア-【2:2:0】【女性の友情/初恋】
『金盞花-ノストフォビア-』
作・monet
所要時間:約30分
結菜:女。寺本結菜(てらもと・ゆいな)。30歳。元・売れっ子キャバ嬢。当時の源氏名は「ユナ」。
真面目だが抜けている。私生活はダメダメ。死にたがり。高校時代は陰キャ。現在は無職。
雄大:男。大江雄大(おおえ・ゆうだい)。紬の幼馴染で、結菜の初恋の人。高校が同じだった。
※1台詞だけ「涼介」を兼ね役。
紬:女。八幡紬(やわた・つむぎ)。30歳。元・売れないキャバ嬢。当時の源氏名は「ツバサ」。
世話焼きでしっかりしてる。現在は半熟女パブ『シルク&スパイス』で働いている。
孝:男。岩倉孝。(いわくら・たかし)。38歳。現在はデリバリーヘルスのオーナー。結菜と紬が働いていたキャバクラでボーイをしていた。
最近彼女ができたみたい。
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結菜:(M)死んだら全部チャラになる。本気でそう思って生きてきた。
結菜:遺書よーし!ロープよーし!薬も飲んだしっ。
結菜:(M)お金も、人間関係も、もう何も気にしなくていい。けっこう頑張ってきた方だ。もう流石に神様も許してくれるだろう。
結菜:(深呼吸)それでは皆様、よき倫理を!
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雄大:『寺本、まだこっちに来るな。』
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紬:(N)寺本結菜は、売れっ子キャバ嬢であった。
0:回想
0:接客中の結菜
結菜:ゴメンねぇ!サカモトさぁん!いつも待たせちゃってぇ。「ユナ」今日ね~?ずっとこの卓来たかったのぉ。…え?なんで、って?
結菜:ふふん。分かってる癖にぃ~。(耳元で)ナオくんに会って、癒されたかったからだよっ。
結菜:え!?今日はそんなに高いの入れてくれるの~!?何かの記念日だっけぇ!?「ユナ」忘れてないよね!?
結菜:……え?「ユナ」と会える日は毎日が記念日?嬉しいなぁ~!やっぱりナオくんは、優しいね。
紬:(N)清楚な見た目と甘え上手な性格で、キャバ嬢「ユナ」は大変な人気を博した。
0:回想終了
0:インターホンを鳴らす紬
紬:おーい!ユナ様~!?生きてる~!?
紬:(M)え?私は何者か、って?
紬:(M)実は私も元キャバ嬢である。…………「ユナ」のように売れたことは、一度も無い。
0:玄関を開ける紬
紬:え……?鍵開いてるんですけど……?こわ、え?まじで死んでないよね……?
結菜:(部屋の奥から呻くように)……つーちゃん……水。
紬:(クソデカため息)やれやれ、またか。
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0:『ラブリー・ドッグハウス(デリバリーヘルス)』事務所
孝:(M)年齢を重ねたキャバ嬢が、起業して成功する……といったような話は本当に一握りである。
孝:(M)だって昔からそうだろう?遊郭があった時代から、この業界は変わらない。
孝:(M)遊女が見受けされて幸せに暮らしましたとさ。……なーんてことはほとんどなく、大体は夜鷹(よたか)なんかになって、蕎麦一杯の値段で買われるようになっていく。
孝:(M)それは現在も変わらない。キャバクラで稼げなくなった女の子は、ほとんどが風俗に流れていく。
孝:(M)煌びやかなドレスを着ていられるのも、若いうちだけだってことだ。
0:キャストの女の子が事務所に戻ってくる
孝:お、おかえり。リオちゃん。(封筒を取り出す)はい、これ。今日の分。最近頑張ってるね。写メ日記も毎日更新してるじゃん。えらいえらい。
孝:写メ日記できない女の子多いからね~。これはかなり強みだよ。実際、ネット指名の電話もよく鳴ってるからね。この調子でこれからも頑張っていこう。それじゃ、おつかれさん。
0:キャストが事務所から出ていく
孝:(アイコスを吸って、煙を吐き出す)ま。キャバから流れてくる子達のせいで、地道に風俗頑張ってる女の子が追いやられていくのも、困った話ではあるんだがな……。
孝:(M)年々、風俗嬢に求められるスペックも上がってきている。それは俺がさっき言ったように、キャバ嬢崩れの顔面偏差値が高い女の子がどんどん流入してきているからだ。
孝:(M)いくら「風俗嬢は顔じゃない」とはいえ、美人と不細工が並んでたら美人を選ぶのが男の心理であろう。
0:着信
0:孝はディスプレイを見る
孝:お。懐かしい名前。(電話に出る)もしもし?
紬:岩ちゃん?「ツバサ」です。久しぶり。お忙しいところすみません。
孝:おーおー。いつの間にか礼儀正しくなっちゃって。
紬:そりゃあちゃんともう大人ですから! って、そんなことはどうでもいいの!
孝:すまんすまん。本題があるんだったな。
紬:「ユナ」様が自殺未遂してさ、……生きてるんだけど、その、ちょっと様子見に来てもらえない?
孝:……。状況は?
紬:オーバードーズ。アルコールも入れてるかな~?あとは首吊った痕跡がある。
孝:意識はあるんだろ?
紬:うん。まあ……けっこう虚ろだけど。ずっと気持ち悪いって言ってる。
孝:分かった。すぐ向かう。とりあえず水道水でいいから水飲ませとけ。
紬:……分かった。
0:(間)
紬:ねえ。
孝:なんだ?
紬:岩ちゃんってさ、キャバのボーイ辞めてから暫く経つのに、未だにうちらのこと見放さずにいてくれるよね。
孝:……まあな。
紬:すごい有難いんだよ。そういうの。……うちら、いろんな人間から見放されてきたからさ。孤独なんだ。ずっと。
紬:だからね。岩ちゃんみたいに、頼れる場所になってくれる人って。本当に貴重なの。
孝:……そうか。
紬:「ユナ」様のこと、見捨てないであげてね。
孝:分かってるよ。
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0:過去回想
0:高校時代
雄大:寺本ー。おーい。寺本?聞こえてるか?
0:結菜は本を読んでいた
結菜:っ!?び、びっくりした。な、なに……大江……。
雄大:え、俺そんなに警戒されてる?ちょっと悲しいわあ。
結菜:ごめっ!ちがっ!そうじゃなくて!
雄大:わーってるって!!ははは!!寺本はほんっとーにマジメだなあ!!
結菜:ま、真面目なんかじゃ、ないよ……。
雄大:そうかあ?こんなに字がちっちぇえ本、俺は読めねえけどなあ。っと。(本を取り上げる)
結菜:あっ!ちょっと!やめてよお!返して!!
雄大:はっはは~!!そうだな~!じゃあ、この本の内容教えてくれたら返してやる。
結菜:え……。やだよ、恥ずかしい。
雄大:そんな恥ずかしい内容なのか?
結菜:うん……。
雄大:ジャンル?とかはどんなのになるんだ?
結菜:えっと、その……れ、恋愛系。
雄大:……。(ふーんの間)
結菜:……。(気まずいの間)
雄大:ほい。じゃあ返すよ。この本。
結菜:(小声で)きもいって思ったでしょ。
雄大:はあ?
結菜:こんな陰キャが、教室の隅で恋愛小説読んでるなんて、きもいって思ったんでしょ!
雄大:ちげえって!落ち着けよ、寺本!
結菜:だって。住んでる世界が違うのに、わざわざ本読んでる私に話しかけに来るのおかしいもん。
雄大:いやいやいや、住んでる世界は一緒だろ……。てか!俺が本に興味持っちゃダメか?
結菜:ダメ……ではないけど。必要ないじゃん。いつも楽しそうにサッカーしてるんだから。
雄大:あれっ?俺が休み時間にサッカーしてること、話したことあったっけ?
結菜:言われてないけど。この席から学校のグラウンド、よく見えるの。
雄大:へえ。(ニヤニヤしている)
結菜:な、何。
雄大:俺だけかと思ったけど。寺本も案外、俺の事見ててくれたんだな。
結菜:ち、ちがっ!そういうわけじゃ――
雄大:嬉しいよ。
結菜:……なんで嬉しいの。
雄大:なんでって言われてもなあ~!嬉しいものは嬉しいからな~!
結菜:ほ、ほら!!そうやってまたからかう!!
紬:(M)大江雄大(おおえ・ゆうだい)は、私と結菜の高校時代のクラスメイトだ。いつも明るくて、クラスの中心人物だった。
紬:(M)結菜の高校時代はというと、それはもう絵に描いたような真面目な学生で……言葉を濁さずに言うなら、超絶根暗陰キャであった。
紬:(M)それでもそんなこと、雄大は気にしない。まったく気にせずに、毎日毎日話しかけていた。
紬:(M)結菜もそれが嬉しかったんじゃないかな。って、今ならそう思う。
0:回想終了
0:結菜の家
結菜:(うわごと)……もう……大江の……ばか
孝:おい。
結菜:うわっ!(飛び起きる)い、いい、岩ひゃん(=岩ちゃん)!?へ!?あえ!?(※呂律まわってない)
孝:悪かったなあ。俺で。ツバサから連絡貰ったんだよ。
結菜:つーちゃんから?ふぇ?なんで?
孝:お前は覚えて無いだろうけど、死にかけのお前を救ったのはツバサだからな!?
結菜:あ……そう、だったんだ。
孝:で、様子を見といてくれって頼まれたから、俺がここに来たってわけだ。
結菜:……え。ちょっとまって、鍵は!?どうやって入ったの!?不法侵入だよ!?おまわりさーん!!
孝:おまっ!普段から家に鍵かけないやつが何言ってんだ!
結菜:それは~~……え、えへへ……。
孝:とにかく、目覚めたんなら水飲め。まだ抜けてねえだろ?薬。
0:孝が差し出したコップの水を飲む結菜
結菜:お水、おいしい……。
孝:で?今回はなんで死のうとしたんだよ。就職決まったって言って無かったか?携帯販売の。
結菜:あ。……えっとね、研修初日で爆睡してクビになって。……それで、もう私は社会から必要とされてないんだなって。
孝:(クソデカため息)お前なあ……。困ったら連絡しろって言ったろ。それにツバサもいるんだし。
結菜:つーちゃんは……私とは違うよ。立派に働いてて凄いし。私はつーちゃんみたいにはなれない。
孝:キャバ居た頃はお前の方が凄かったろ。
結菜:ううん。全然だよ。全然凄くない。……結局ナンバーワンにはなれなかったし。
孝:おまっ、ナンバーにすら入れなくて、泣いてる女の子だって大勢いるんだぞ……。
結菜:知ってるよ。だから私がナンバー入れたのなんて本当に奇跡だし。私は凄くない。なんにもできないダメ人間。
孝:(ため息)一日に何百万と売り上げたことのある、元・売れっ子キャバ嬢が何言ってんだ。ツバサに聞かせられねえぞ?それ。
結菜:でも、それでも、そんなの昔の話だし。今はつーちゃんの方が凄いよ。私なんてゴミ。底辺以下。
孝:……相変わらず自己肯定感低いのな。昔っからなんも変わってねえ。
結菜:変わってないよ。私は昔からずっとこうだもん。根暗で陰キャで、一人じゃ何にもできない。……それが本当の私。
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0:過去回想
0:高校時代
0:結菜はぼーっとしている
紬:――な!ゆーいーな!
結菜:ふぇ!?あ。つーちゃん……。
紬:何ぼーっとしてんの?次移動教室だよ?
結菜:ご、ごめん。……行こっか。
紬:あれ?結菜がいつもと違う感じの本読んでる……えっと、、え!?恋愛小説!?
結菜:(慌てて)やめてっ!!……み、見ないでよ……。
紬:ははーん。
結菜:な、何さ……。
紬:さては結菜、好きな人出来たな?
結菜:ちっ、違うもん!!!
紬:嘘つかなくていいって~。で?誰なの?教えてよ~!
結菜:違うったら違うから!!……そ、それに、もし、もし仮に!私に好きな人ができたとしても、つーちゃんには絶対分からないよ。
紬:(M)分かった。すぐに分かった。雄大と話してる結菜の顔を見たら、一発だった。
紬:(M)……それはもう、悲しいくらいに。
0:紬は旧校舎の廊下に一人で居る
紬:(独り言)(ため息)私の方が、ずっと昔から雄大のこと知ってたのになあ……。
紬:(M)私と雄大は、家が隣の幼馴染だった。そう、よくある話。小学校に上がる前から親同士が知り合いで、「仲良くしなさい」と言われてよく遊んでいた。
紬:(M)雄大の気持ちは分からない。でも、私はずっと、小さい頃からずっと……雄大のことが……――。
雄大:つむぎー??
紬:…っ!
雄大:やーっと見つけた。旧校舎のこんなところで何してんだよ。
紬:な、何の用。
雄大:ええ?何か冷たくねぇ? 今日うちで鍋やるから、お前も来いよ!
紬:……やだ。
雄大:えええ!?なんでだよ!!お前、鍋好きだろ!?
紬:やだったらやだ。
雄大:……。なあ、なんかやっぱり、怒ってる?俺悪いことしたか?
紬:別に。……じゃあね。
0:紬はその場から足早に立ち去る
雄大:あっ!……おいっ!! 紬っ!!
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0:回想終了
0:紬が働く半熟女パブ『シルク&スパイス』
0:紬は何度もため息をついている
紬:はあ……。
孝:なんだァ?今日はため息が多いな。
紬:(びっくりして)い、岩ちゃん!?めっずらし!!
孝:(苦笑して)俺はお客様だぞ。
紬:す!すみません!!いらっしゃいませ……何飲まれますか?
孝:ラフロイグのロックで。
紬:かしこまりました~。お作りしますね。。
孝:偉いんだな。オープンから出勤して。
紬:べ、別にぃ……?お金無いし、若くも無いし。キャバ上がりの私はママからも好かれてないから、必死にしがみついてるだけぇ。
孝:いや、普通に偉いだろ。
紬:……。岩ちゃんはお仕事忙しいんじゃないんですかあ?その、デリヘル。
孝:今日は出勤してくれてる女の子すくねえの。涼介に任せてきてる。
紬:うわ。伏見店長か……(嫌そう)
孝:はっはっは。あの時相当怒ってたもんな、ツバサ。
紬:だってあり得なくない!?店長自ら風紀して(※キャストとボーイが付き合うこと。夜の業界では禁忌です。)、しかも一番若くてまだ未成年だったナミちゃんをさー!
孝:……何もかもツバサの言う通りだな。
紬:あれから岩ちゃんだって、他のボーイ達だって、本当に死に物狂いで頑張ってたのにさあ……。
孝:そうだったなあ……。
紬:だから、私は伏見店長のこと嫌いだよ。
孝:そうか。
紬:……なんで岩ちゃんは好きで居られるの?だって岩ちゃん、ずっとナミちゃんのこと――
孝:ナミはもう俺のモンだ。それにな、いろんな恩があるんだよ。
0:沈黙
紬:え。は。……え!?
孝:別れたんだよ。あの二人。少し前にな。
紬:えええっっ!?まじ!?
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0:過去回想
0:高校時代
結菜:(M)卒業式の日に告白しよう。そう思っていたんだ。それまでは誰にも言わない。つーちゃんにだって秘密。だって……
紬:ちょっと!雄大!お弁当忘れてる!おばさんに迷惑かけちゃダメでしょ!
雄大:まじ!?わりぃ!!全然気づいてなかった!!今日メシ抜きになるとこだったわー。ほんとサンキュな!紬!
紬:もう、ほんとに仕方ないんだから。
雄大:あ!それはそうと!今日さー!紬の家行っていい?新作のゲーム、レベル上げしたい!!
紬:あーあーもう。静かにして。あんた人気あるんだから変な誤解されたら大変でしょ。
雄大:わ、わりぃ……昔からの癖で。
紬:知ってる。何年付き合いあると思ってんの。
雄大:ははっ。さすがは紬だな!
紬:うるさい。
結菜:(M)きっとつーちゃんは大江のことが好きだ。二人は幼馴染で。私なんかが入り込める余地はない。
結菜:(M)だから、高校生活最後の日。卒業式に思いを伝える。それで諦める。……終わりにするんだ。
0:少し時間経過
0:一人で居る雄大に結菜が話しかける
結菜:あっ、あのさ!大江。
雄大:お?なんだー?
結菜:明日、さ。卒業式だね。
雄大:だなー!華の高校生活が終わっちまうぜ。寺本は大学だっけ?
結菜:そう。一応第一志望受かって。
雄大:すげえな!!おめでとう!!春からも楽しみだなあ!!
結菜:うん……。ありがとう。その、それでさ、……。
雄大:ん?
結菜:卒業式終わった後、時間ある?ほんと、少しでいいんだけど……!
雄大:終わった後?一応、オカダ達とカラオケ行く予定はあるけど、それまでだったらちょっと時間あるし、いいよ!
結菜:(小さく)やった。
雄大:?
結菜:ありがとう!大江!また明日ね!(満面のかわいい笑顔)
雄大:(ちょっとドキッとして)お、おう……。また明日な!
紬:(M)「また明日」は、雄大には来なかった。
紬:(M)――交通事故。大型トラックが雄大に突っ込んだ。運転手は失神状態で。制御不能のトラックは、卒業を控えた一人の男子高校生の命を奪った。
紬:(M)雄大は――――即死。だった。
0:葬式会場・外
紬:結菜っ!!ねえ待ってよ結菜あっ!!
結菜:……(ため息)なに?つーちゃん。
紬:進学辞めるってどういうこと!?あんなに受験勉強頑張ってたのに!!もう一度考え直して――
結菜:考え直さないよ。つーちゃんまで親たちと同じこと言わないで。もう決めたの。私は進学しない。家を出る。
紬:進学せずに家を出る、って……。どこか行く宛てはあるの?
結菜:歌舞伎町。
紬:……ぇ。
結菜:もう分かってくれた?じゃあ、私行くから。
紬:……。
0:結菜の姿は遠くなっていく
0:紬の呼吸は荒くなっていく
紬:…………待ってよ!!!
結菜:……っ。(立ち止まる)
紬:私も……私も!結菜と一緒に歌舞伎町、、行く!
結菜:(M)それが私たちの始まりで。
紬:(M)そして終わりだった。
0:数か月後
0:歌舞伎町のキャバクラ『シャリーズ』で働き始めた二人
結菜:よろしくお願いしますっ!「ユナ」です!
紬:よ、よろしくお願いします……。「ツバサ」です。
涼介:お~~。新人ちゃんふたり。わっかいね~。よろしくね~。んじゃあ、「ユナ」ちゃんはあっちの卓にヘルプでついてもらって、「ツバサ」ちゃんは待機してよっか。
結菜:はいっ!頑張ります!
紬:は、はい……。了解、です。
紬:(M)明らかに、結菜と私の待遇は違った。当たり前だ。やる気を持って店に入った結菜と、やる気のない私。全部見抜かれてしまうんだ。
0:数週間後
紬:は、初めまして~!「ツバサ」って言います!高校卒業したての18歳ですっ。えへっ。よろしくお願いします~!
紬:(M)初めてヘルプで付かせて貰えた卓でも、私の扱いは散々だった。
紬:あの~……ドリンクとかって、、え?ダメ、ですか?あはは、そうですよね~。水、飲んでますねえ~(作り笑い)
紬:(M)向こうの卓では、結菜があんなに頑張っているのに。
結菜:え!?今日はご指名で来てくれたんですか~!?「ユナ」嬉しいです!! ……記念にシャンパン?いいんですか!?嬉しい~!!好きになっちゃいそうです!!
紬:……。
孝:(小声)ツバサさん。ちょっと。
紬:あ、はい。
0:バックヤード
孝:(あくまで優しく)伏見店長から伝言なのですが、今日はもう女の子足りているみたいなので、早上がりしていいですよ。
紬:(M)分かってた。分かってたよ。分かってたけど……。
紬:(M)――そっか。私はこの世界から必要とされてないんだ。
0:更に数週間後
紬:初めまして~。「ツバサ」です。「ユナ」が来るまで、お隣失礼しますね。
紬:(M)結菜、いや「ユナ」はどんどん売り上げを伸ばしていった。それに比べて私は……指名の一人も取れたことが無い。
結菜:ゴメンねぇ~~!おまたせ~~!つーちゃんもありがとうねっ。…え?うん、そうなの!つーちゃんは高校の時からの友達!!
紬:(M)私こと「ツバサ」にあったのは、売れっ子キャバ嬢「ユナ」の友達、というステータスだけだった。
紬:(M)私は結菜のことを侮っていたのかもしれない。私が居なければ何もできない子だと思っていたのに。違った。
紬:(M)むしろ何も出来ていないのは、私だ。私は……なんで……
0:バックヤード
結菜:つーちゃん。
0:結菜は紬を抱きしめる
紬:っ!?な、なんで、「ユナ様」……。次のお客さんは?
結菜:二人の時くらいその呼び方辞めてよぉ。ちょっと来るの遅れてるの。金剛寺さん、忙しい人だから。
紬:そ、そっか。
結菜:それに。つーちゃんが暗い顔してたから。
紬:え。
結菜:ぎゅーってしてあげないとなって。
紬:…………そっか。
結菜:大丈夫?
紬:結菜、変わったね。
結菜:……へ?
紬:……え?あ!もちろんいい意味でだよ!?
結菜:……そうかな。ありがとう。つーちゃん。だーいすき。
結菜:(M)そうか。私は、変わったのか……。
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0:回想終了
0:深夜
0:紬が半熟女パブ『シルク&スパイス』から退勤する
紬:お疲れ様でーす。お先に失礼します。
結菜:つーちゃん。
紬:んえ!?!結菜!?!
結菜:ごめんね。急に。
紬:いや別にいいけども。どうしたの?こんな時間に珍しいね。
結菜:つーちゃんに会いたくなっちゃって。
紬:……。偶然だね。私も結菜に会いたかったよ。
0:(沈黙)
0:どちらともなく喋り出す
結菜:大江のこと、思い出してたんだ。
紬:雄大のこと、思い出してたの。
0:(少し間)
結菜:ふっ、ふふふふふ!!
紬:あはっ、あははははっ!!!
紬:なんっ、なんなんだよっ!あいつ!もう死んでから12年も経ってんのに!!存在感ずうずうしすぎ!!
結菜:ほんとだねっ。もう、12年かあ!まだ私達、馬鹿みたいに生きててさ!!
紬:あんたは死のうとしてたでしょうが!何回も!
結菜:だって死んだ方がコスパいいもん。
紬:はぁあ~~~。理解できんね。ほんと。
0:(少し間)
結菜:ねえねえ、つーちゃん。
紬:はいはい。なんですか?結菜さん。
結菜:私、行きたいところあるんだけど。
紬:偶然だね。私もある。
0:何かを察したように笑う結菜
結菜:行きますか!深夜の墓参り!!
紬:あんなすぐ死んじまったクソ男には、深夜の墓参りがお似合いだー!
0:場面転換
0:深夜の墓地
紬:とはいっても、深夜の墓地怖すぎ~~!お化け出ないかなあ?
結菜:お化けくらいでるでしょ。
紬:やめてよ!!
結菜:つーちゃんビビり過ぎ。
紬:結菜がビビらなさすぎなんだってば!
0:結菜は「大江家」と書いた墓を見つける
結菜:あ。あったあった。
紬:うわ~。ちゃんと綺麗にしてんだな~。
結菜:ほんとに12年も来てなかったの?つーちゃん。
紬:うん。来てなかったよ。……向き合えないと思ってたから。
結菜:……そっか。
紬:でも、何がきっかけになるか分からんね。……今こうやって来れてるんだから。
結菜:……だね。
0:紬は墓を見つめる
紬:雄大~?私ね、あんたが死んでから、キャバ嬢になったんだよ~?でもぜんっぜん売れなくてさ。マジでしんどかったわけ。それでもお酒作ったりするのは好きだから、今はパブで働いてる。
結菜:半熟女パブね。
紬:そ。私らもう30歳なんだよ~?信じられる??もう30歳なのにさ、この隣の女はしょっちゅう自殺未遂繰り返してね~?
結菜:やめてよつーちゃん~!……あ。でもね、こないだ死ねなかったのは大江のせいな気がする。
紬:……は?何それ!私が助けたんじゃん!
結菜:そうだけど!そうだけどさ、……聞こえたんだもん。大江の声が。
紬:……怪奇現象じゃん。
結菜:……怪奇現象かなあ?
0:二人とも軽く笑う
0:結菜は墓を見つめる
結菜:大江~?私さ、卒業式の日に時間頂戴って言ったじゃん?あれね、告白する予定だったんだ。大江のこと、ずっと好きだったから。
紬:わーたしも、好きだったよ。結局言えなかったな。
結菜:え!?言って無かったの!?
紬:言って無いよ!なんでよ!?
結菜:だって私は二人が付き合ってると思ってて――
紬:はああ!?両想いだったのはそっちのほうでしょ!?
結菜:うっそだあああ!!!
0:わちゃわちゃ
雄大:(M)はあーあ。うるっせえなあ、二人とも。静かにしろよ。深夜の墓地だぜ?
雄大:(M)……でも、二人が今でもちゃんと生きててくれて、俺は嬉しいよ。なんやかんや、仲直りもできたみたいだし?
雄大:(M)ホント、ありがとうな。――二人とも。
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0:場面転換
0:焼肉屋
紬:で、どうなのさ!?
結菜:最近どうなのさー!?
孝:お前らなあ……。(やれやれ)
紬:だって気になるし!
結菜:私も気になるし!
孝:まあ、上手くやってるよ。ナミの性格は矯正しつつ、な。犬は嫌いだったが――ようやくチャッピーも懐いてくれるようになった。
紬:ひゅーひゅー!
結菜:ひゅーひゅー!
孝:なんかお前ら……キャバ居た頃より仲良くなってねえか?
紬:元から仲いいですけどぉ~?
結菜:まあ、気まずかったことが一つ解決したって感じかな。
孝:そうか。それならひとまずよかった。
0:(少し間)
結菜:あ。そうだ、岩ちゃん。
孝:ん?なんだ?
結菜:私ね、就職決まった。元お客さんの会社なんだけどね。今度こそクビにはならないと思うから、頑張るよ。
0:沈黙
孝:(噴き出す)
紬:きたねえ!
孝:おっ、おまえ!!頑張ったな!?…いや、頑張るのはこれからか。
結菜:うん。これから頑張るよ。まだ死にたい気持ちはあるけど、でも、……頑張る。そう決めたの。
孝:そうか。そりゃよかった。
結菜:……うん。何にもできないって悲観的になるんじゃなくて、自分にできることをやってみようって思ったんだ。
孝:ほーう。随分変わったな。誰の影響だ?
結菜:初恋の人。
孝:……そうか。(微笑む)
0:間
孝:ま、二人とも困ったらまた連絡して来いよ。
紬:もっちろ~ん!そのつもりで~す!!
結菜:頼って良いって言われたんだもん、そりゃあ頼るよねえ!!
孝:おまえら……(嬉しいため息)いいよ。遠慮しなくて。これからも頼って来い。
紬:はーい!さすが岩ちゃん!また焼き肉奢ってね~!
結菜:わたしもわたしも!
孝:おまえらなあ!!!
0:わちゃわちゃ
孝:(M)人は生きていく。どんな経験をしようとも、生きていくしかない。前を向いて、未来を信じて。
孝:(M)「自分には何もない」なんてことは、実際無ぇんだよ。誰もが必ず何かを持って、生きていやがる。
孝:(M)最近は「若い頃に女を売っちまったら手遅れだ」とかよく言うが、こいつらを見てみろ。ボロッボロになりながらも、力強く生きてるじゃねえか。
孝:(M)これだから人間は面白いんだよ。……俺もまだまだやめらんねえな。
0:おわり
◇◆補足◆◇
(※読んでも読まなくても大丈夫です。)
(※自由に演じたい方は読まない推奨。)
※当作品は『ゆすらうめ』と世界観を共有しています。
※金盞花の花言葉→「別れの悲しみ」等。
※ノストフォビアの意味→ノスタルジアの反対語。故郷や家郷に対する恐怖や嫌悪が生じること。
※結菜がキャバ嬢になった理由※
雄大を突然失い、初恋を終わらせることができなかった結菜。大学に進学して頑張る意味も、生きている意味も分からなくなる。
キャバクラで別の自分を演じれば、現実逃避になるかもしれない。
だけど稼げば稼ぐほど、本来の自分との乖離から、どんどん精神を病んでいく。
自殺未遂やオーバードーズなどは日常茶飯事に。
※紬がキャバ嬢になった理由※
結菜の為。
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