バレンタインの犬と猫


うふふ。
コハクさんとコマコさんは、喜んでくれるかな。
よしよしって、頭を撫でてくれるかな。
そうしたら、ボクは二匹に「大好き!」って伝えるんだ。

バレンタインミント

猫だけの星、モンシェリネコ。そこに住むただ一匹の犬、まろ。
でも、まろは一匹ぼっちじゃありません。猫のピエロ、コハクとコマコという家族がいるからです。今日の彼らはどこかへお出かけしてるのか、まだ家には帰っていないようです。まろは(しめしめ)とお菓子屋さんの包みをテーブルへ置きました。

「今日はバレンタインなんだって!」
椅子にちょこんと腰かけ、まろは弾むように呟きました。包みの中身はお小遣いを貯めて買ったチョコレート。正真正銘、生まれて初めてのチョコレートです。
「だってニンゲンのいる星では、ボクたちチョコが食べられなかったもの」
でも、モンシェリネコでは違います。
なんだって食べていいし、どこへだって行けるのです。
「チョコレートって、甘くってとろけそうでにっこりしちゃうんだって。すごいや!」
鼻をひくひくさせながら、まろは想像を巡らせてうっとりします。ふさふさぎざぎざの尻尾が、どったんばったん左右に大きく揺れました。なんだか、嬉しくてたまりません。
「ちょっとだけ出してみようかな。見るだけ、見るだけ……」
我慢できずに包みをめくると、宝石のような粒がころころ転がりだしました。
「これが……チョコレート!」
大きな両耳をピンとたて、まろは興奮のあまりジャンプします。
「チョコレート! チョコレートだ!」
すごい、すごい、すごい。
チョコって、小さな夜の塊みたい。
きらきらして、わくわくして、眠れない夜を閉じ込めたみたい。
こんなに綺麗で可愛らしいものを、まろは今まで見たことがありませんでした。
「おいしそうだなぁ」
そろそろと伸ばした前足を、はっと我に返って引っ込めます。だめだめ、これはコハクさんとコマコさんにプレゼントするんだから。そう自分へ言い聞かせ、深呼吸をして椅子に座り直しました。まろはじいっとチョコを見つめながら、早く帰ってこないかな、と呟きます。二匹の喜ぶ顔が早く見たい、と思いました。
目の前のチョコからは、香ばしくて甘い匂いが漂ってきます。
だめだめ。絶対、食べちゃだめ。
だけど……ちょっとだけなら、わからないんじゃない?
だめだめ、絶対にだめ!
まろはぶんぶん首を振って、必死に誘惑をこらえました。


「あ~あ」
コマコが呆れたように声をあげ、やがて「ふふふ」と笑い出しました。
「びっくりした。雨も降ってないのに、雨漏りしたかと思った!」
「あまり大きな声を出すな。起こしちゃうぞ」
コハクが注意すると、おっといけない、と前足で口を塞ぎます。でも、そんな気遣いは無用でした。テーブルに頭をあずけ、まろはすうすうと眠っています。あれほど待ちわびていた二匹が帰ってきたのに、まだまだ気づきそうもありません。
「これ、ぼくたちに用意したんですよね」
「まろ、頑張ったんだなぁ」
コハクがため息をつき、コマコと顔を見合わせて苦笑いを浮かべました。
よっぽど我慢をしたのでしょう。
テーブルの上は、まろのよだれで大きな水たまりができていました。
「あと一センチ広がってたら、チョコが溺れるところでしたね。コハクさん」
「ああ、ギリギリセーフだったな。まろが起きたら、みんなで食べるとしようか」
「そうしましょう! ぼく、うまいコーヒーを淹れますよ!」
あっ、それから。
コマコが抱えていた箱を、そっと寝ているまろの隣へ置きました。
「こいつは、おまえの分だよ、まろ」
真っ赤なリボンをかけられた箱には、ハート型のカードがついています。
コハクとコマコの肉球がスタンプされた、特製のメッセージ付きです。
「こいつが起きたら、大好きって言ってやろうな」
「そうですね。バレンタインだもの!」
二匹はまろの頭へそっと前足を伸ばすと、よしよしと優しく撫でました。

コハクのコピー


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