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えんそくべんとう

子が遠足に持っていくお弁当。
作り続けた3年分のエッセイを寄せ集めてみました。

いちねんめ

保育園に迎えに行った僕は、娘に聞いた。
「おべんとう、ぜんぶ食べた?」

それを聞いた娘の顔から、笑みが消え、目が潤んだ・・・


娘が初めての遠足に行った。
遠足といえば間違いなく、お弁当であると思う。

お弁当は手作りしたい。もちろん、様々な暮らし方や考え方、食生活に教育的視点、ありとあらゆるご意見はあろう。ただ、ただ、親として娘のために出来ることをしたい、それがお弁当を作ること、そんな感じである。

遠足の日が決まってカレンダーを見ると、次の日には先約がいた。妻の出産予定日であった。はじめから、お弁当づくりは僕がやりたいことだったし、たまたま近くになっただけ。そんなふうに考えていたけど、実際に母親が入院などしたら娘の気持ちは不安定になるだろう。楽しくて嬉しい遠足になるように、お弁当はどうしようか。

決めた。

娘の「好きなものだけ」にしよう。いやいやそれって、なんて意見は無視だ。リクエストを何度も聞いた結果、オムライス、玉子焼き、コロッケ、おむすび、ミニトマト、ブロッコリー、ウインナー等々。

比較的人気と思われる鶏の唐揚げ、ポテサラは出なかった。むしろ、野菜が挙がって来たことは意外であったし、嬉しい。そして、おかずに野菜をこっそり混ぜるという緊張感が不要になる。オムライスを除けば、娘の好きなものだけでお弁当ができそうだ。しかし、コロッケは作ったことがなくて、手作りとなるとハードルが高いように感じた。事前に作って、いちど試しに食べてもらう必要がある。美味しく食べ切れる、それは子どものお弁当の鉄則だ。お弁当の試作のため、遠足前の週末にピクニックをすることにした。

台風一過の日曜日、朝ごはん前に娘と芝生のある近くの広場へ。心配だった芝生は乾いていて、娘は無邪気にゴロンと横になっていた。娘もピクニックも、大丈夫そうだ。帰宅し、小判型にしたかわいいコロッケを恐る恐る揚げた。

朝とは別の公園で遊び、試作(写真)のお弁当を広げた。盛り付けはまぁいい(可愛くはないが)として、内容はどうか。美味しく食べ切れるだろうか。

娘はなんの問題もなく、食べ終えた。むしろ足りなかったかも知れない。感想は「おいしい」、嬉しくて飛び上がりたい気分になったけれど、油断はできない。劇的に空腹ならば、何を食べても美味しく感じる傾向があるからだ。

次の日、一緒に材料の買い出しに行く道すがら、あらためてお弁当の感想を求めた。

「あのー、コロッケはソースが少なかったよねぇ。おにぎりは三角にして、海苔を四角にペタッとしたほうがいい。」具体的な感想が聞けた。スーパーの野菜売り場で、ミニトマトとブロッコリーを選ばせると、きゅうりも手にとって「これもお弁当に入れて」と言った。なんと野菜を追加してほしいと言うのだ。野菜が好きな僕としては、どうぞ丸ごと持っていきなさい、と言いたいところだけど、ほかの友達の手前、それは無理である。

いよいよ当日、朝からお弁当の準備をした。たまたま、仕事を休む予定があったので気持ちは楽だったが、朝から重たい雲が空を覆い、雨粒も落ちていた。遠足の朝としては、とても不安である。「雨天でも遠足ごっこをやります」と知らされていたけれど、年に1度の遠足が「ごっこ遊び」になるのは切ない。ぜひ、外で食べてほしいという願いとともに、ソースを多めにかけたコロッケを詰めた。おむすびも三角にして、ふだんは手でちぎる海苔は、工作のようにハサミで綺麗に切った。

ウインナーの飾り切りも、まぁなんとか形になったところで、きゅうりの存在に気がついた。きゅうりの飾り切りまでは、手が回らなかった・・輪切りで入れるか、それは味気ないような。せめて何かの形に・・あ、抜型あった。星形のキュウリは、一見すると何か分からない。念のため、朝ごはんにも出してみたら「メロン?」と言われてしまった。ごめん・・それは、きゅうり。

お弁当のフタを開けた時の、ふわりとした雰囲気を感じてほしくて、あえて中身を見せずに娘のリュックに詰めた。盛り付けはあまり変わっていないが、可愛い雰囲気になるように努めた。フタをかぶせる直前、何となく不安になって、ウインナーときゅうりを追加したのは、親心というものかも知れない。

キャラ弁でもなく、毎日でもないお弁当作りが終わった。娘のことを考えながら作る時間は、不安で楽しくて、とても貴重であった。自己満足と知りつつも、写真を撮った。迷った挙句、お昼になってからSNSに投稿した。娘は、きっとお弁当を食べ終わっているはず、美味しく食べ切れただろうか。SNSには同僚の方や、友人からコメントが入っていた。

うっかりしていた。

年に一度だけのお弁当作りを投稿してしまったことは、とても恥ずかしいように思えてきた。毎日、何人分も作っている方も大勢いるというのに、たったひとりのひとつのお弁当を、ドヤ顔(していないと信じたい)で自慢してしまったのではないか。他人からいい父親として認められたいという、浅はかな気持ちがあったことは否めないが、大切なのは家族である。

果たして、娘は美味しいと思ってくれただろうか。そして、全部食べてくれたのだろうか。

保育園に迎えに行った僕は、娘に聞いた。
「おべんとう、ぜんぶ食べた?」

それを聞いた娘の顔から、笑みが消え、目が潤んだ・・・。一体何があったのか。

絞りだすように娘が言ったのは、こんな結末だった。
「あのね、お父さんの作ってくれたコロッケ、半分落としちゃったの・・ごめんね」

泣き出しそうな娘に、精いっぱいの笑みを見せる。こっちも泣きそうだった。
「それは悔しかったね。でも、半分でも食べてくれて良かった。」

帰宅してお弁当箱をあけてみると、半分のコロッケ以外はすべてなくなっていた。食べ切れなかったことは、娘にとって悔しいことだったかも知れないけど、父としては、お弁当を通して娘のことを考える時間が持てたことや、コロッケが作れたことは、良い経験になったと思う。

数日後、遠足の思い出を描いた絵が飾られていた。娘が描いていたのは、芝生の上を走っている様子だった。お弁当じゃないのか・・と寂しい気持ちになったのは事実だが、お弁当は遠足の醍醐味なんて思っていたけれど、そうではなさそうだ。楽しい遠足に必要な「ひとつの部品」として、お弁当があるのかも知れない。

考えてみたら、遠足の思い出といえばお弁当の中身・・ではない。友達と遊んだことや、行った場所の景色、そして僕の場合は乗り物酔いが酷かったことだ。娘の初めての遠足、いい思い出が作れただろうか。その元気を支える、お腹を満たすためのお弁当になっていたら、それが親にとって幸せなことなのだろう。


にねんめ

遠足のおべんとうを作る。1年に一度のたった一つのおべんとう、昨年初めての体験だった、子へのお弁当作りを記事に書いた。

今年は中止だと思っていたのだが、そんなことはなくて「動物公園に行く」とお知らせが来たのだった。それを知ったのが先週のこと。

昨年は、下の子が生まれたタイミングで、妻が入院していたこともあり、初めての遠足ということもあり、かなりドキドキしていたが、今年は「あ、遠足あるんだね、良かったね」とストンと安心した。

そして、今日がその日。おべんとう、作った。

朝からぱらつく雨模様は去年と一緒だ。

数日前に確認したリクエストは、ハンバーグ、トマト、ハートに抜いた卵焼き、梨のドライ、りんごのウサギ。

ハンバーグは柔らかく焼けるように、普段ならやったことのない牛乳浸しパン粉を入れて、前日に焼いておいた。

卵焼きを焼いて、ハート型で抜いて、おにぎりはふりかけを変えて2色にして。海苔もハサミできっちり切って。ウインナーは、何となくタコか花かに見えるように切って焼いて。見た目の可愛さのためにピックも使ってみたりして。
昨年は星型に抜いたきゅうり、今年は花の形に。星の型は、使いすぎて壊れてしまった(笑)

梨のドライ、は妻が作る地元産の梨のセミドライフルーツのこと。たくさん作って冷凍して、少しづつ食べていく。梨の地元ならではの保存+食べ方。梨っ子だ。

りんごのウサギは妻が作り、鮮やかな赤が彩りになった。

朝の忙しない時間帯に、あれこれ考えながらできることは、大変だけれどとても幸せなことだ。

さて、動物たちには会えたかな。

おべんとう、食べてくれたかな。


さんねんめ

3年目にして、保育園最後の年の遠足弁当。

3年前、初めて作った時の緊張感を、未だに覚えていた。それは、このnoteにも書いたことがあるし、それがなければ、3回目の遠足弁当もなかったのではないかと思う。年に一回だけの、おべんとう作りを自慢させて欲しい。

毎年、同じのお弁当箱だった。テーマパークのランチボックスとして提供されているお弁当箱。3年前、こんなに食べられるのかなぁなんて不安に思っていたけど、今年は反対に、足りるのかなぁと不安になっている自分。

その間に、子は成長した。大きく。

今年も、子の好きなものを詰めるお弁当ということで、数日前から何度も「お弁当に何入れる?」とリサーチ。例年、おにぎりを入れていたけれど、今年はサンドイッチのリクエストだった。

サンドイッチはいちごジャム、そしておかずに卵焼き、ブロッコリーとコーンのサラダ、ミニトマト、りんご、というリクエスト。お弁当箱にサンドイッチを入れるかどうか迷ったけれど、詰めてみた。

前日にはほとんどのおかずを作り終えて、当日はサンドイッチを作るだけ。そして詰めるだけ・・だったけれど、結構時間がかかった。妻が買ってきてくれた、アンパンマンポテトも入れると、お弁当箱はかなり狭くなっていた。


3年目で慣れたというのもあるかも知れないけれど、お弁当作りにかかる時間はとても短くなった。家族の状況もかなり変わっていて、3年前は下の子が生まれたばかりだったり、妻の働き方も違っていたし。

保育園の遠足は、園から歩いて向かうらしい。いつものお散歩コースのもっと先へと歩き、初めていく公園(隣の市)で遊んで、お昼を食べて帰ってくる。天気が良くなければ、園で遠足ごっこというプランだった。

例年、なぜか朝の天気がスッキリとせず、日中に回復して遠足は決行されるものの、今年も同じように朝から曇り空だった。

子どもにとって、お弁当を作るのは父でも母でもどちらでもよくて、自分の好きなものが、美味しく作ってあれば、きちんと食べられる・・とは思う。それでも、3回目のお弁当づくりも関わることができたのは、とても嬉しい経験になった。

このところ忙しくて、なかなか平日に遊べていないこともあって、せめて遠足弁当は・・と思っていたので、ちゃんと作ることができてよかった。そして、全部食べてくれて、良かったなぁ。

お弁当の写真をInstagramに投稿したら、高校の同級生からコメントが入った。

「同級生の子供と自分の子供が、同じ保育園で一緒に遠足に行くなんて、20年前は想像すらできなかったよね」

コメントをくれた同級生は、子どもが通う保育園が同じ。そしてクラスも同じ。お互いに、稲城は出身地ではないけれど、たまたま近くに住むことになったのだった。

そして偶然にも同い年の子どもがいて、保育園も一緒。それは奇跡のような運命のような、そんな不思議で温かい繋がりを実感して、空っぽのお弁当箱を洗っていた(食洗機が笑)。



おしまい


あと5回くらい寝たら、遠足なんだよねえー。

え?いまなんて?

家族で食卓を囲んで夕食を食べていた時、子が具体的な数字とともに、遠足が近いことを教えてくれた。詳しく聞くと、平日で数えてあと5日だった。

そういえば、保育園にも修学旅行のように、最終年齢のときに「おわかれえんそく」があったのだった。

その時は、全く覚えていなくて、こんな年度末の迫りつつあるタイミングで遠足なんて、ましてこの状況で・・と不安が湧いたけれど、子はずっと保育園に通っているから、おわかれえんそくに行ってほしいとも思う。


ちょっと話題が逸れてしまうけれど、子が通う保育園では、保育に参加する意味合いで親が保育園で半日ほど過ごす機会があった。こんな状況になってから、毎年のように中止になってしまい、上の子は4歳以降、その機会に恵まれていない。

親としては、園ではどのように過ごしているのか、友達との関わりなどが見られるチャンスであり、同じ園に通う子たちの成長を見られる素敵な時間でもあった。当時、子は、園に親がいることを喜び、友達と親が遊ぶことを禁止したがった(笑)

出来るだけ両親で参加したいと思い、0歳の頃から参加してきたが、上の子は再開を待たずに卒園となる。また、下の子はまだ1度もできていない。さびしい。

そんなこともあって、子には、良い思い出が出来たらと思うのも親心。楽しみにしていた遠足に行ってほしいと思った。

「おわかれえんそく」というだけあって、園からはかなり遠い大きな公園に、バスで行くことになっていた。僕たちは家族でもよく行っている公園でもあって、ちょっとほっとしている。

秋の遠足で、子のお弁当作りもいったんおしまいと思っていたけれど、また遠足がある、またお弁当が作れることは、嬉しいことだった。

リクエストを聞いてみたら、卵焼き、ミニトマト、すみっコぐらしのかまぼこ、ふりかけご飯。

作り手には、手間がかからないようなメニューだったけれど、何故か悔しくて、ハンバーグ焼こうか?と追加を申し出て、採用された。

お弁当箱は、”伝統の”キティと思っていたけれど、今回はマイメロディーがいいのだそうだ。

最初に遠足弁当を作ったのは、下の子が生まれて妻が入院している時だった。そして、その時の内容がいちばん手が込んでいたように思う。

今回はハンバーグを事前に焼く以外は、準備らしいことはなくて、当日の朝に卵焼きを焼いて詰めるという工程だった。

ご飯を弁当箱の中にある容器に詰めて、ふりかけご飯に。好きな鮭の味にしよう。ハンバーグの下には、人参と玉ねぎのサラダを隠し、卵焼きをいくつか入れて、スキマにミニトマトと、すみっコぐらしのかまぼこ。

プリンセスのピックも彩りを見ながら。かまぼことピックの色味が同じで、ふりかけもオレンジ色の、パステルカラーなお弁当に。

すみっコたちを2つ入れると、なかなかの存在感。ハンバーグの下の野菜たちは、この時点では見えていない(友達と一緒なら食べるはず)。

なんとなく“キティ”も最後一緒にお弁当にしてほしいなぁなんて思ったので、ほぼ同じメニューを大人用ということで、詰めた。

かくして、上の子の遠足弁当に合わせて、大人用弁当も完成。キティのサイズ感では大人には足りないかもだけれど。

じゃーん!

大人はすみっコではなくて、ちくわを。僕の(わっぱ)だけ、隙間が埋まらず、アンパンマンポテトを入れた(笑)

このあと、僕のご飯にもふりかけをかけた。お弁当のご飯にふりかけがかかっているのは、幼い頃の僕のささやかな夢でもあった。

お昼ご飯に。と思っていたのだが、妻は「仕事でランチの予定が入っていて・・」とのこと。残念。みんなで場所は違えど、同じお弁当を食べられたのに・・と思ったけれど、そうそう、下の子がいた。

ついさっき起きてきて、眠たそうな顔をしていた下の子に「お弁当、食べる?」と聞いてみたら、「!!たべる!!」と元気な返事。

さっそく、キティのお弁当は、下の子の朝ごはんになった。妻が「食べたかった・・」と言っていたけれど、下の子は絶賛イヤイヤ期。分けてはくれないだろうなぁと思いながら、食卓をあとにした。

寒い時期だけれど、雨じゃなくて良かった。遠足の日は、毎回朝の空模様があやしいのだけれど、今回は違った。

これを書いているのは、仕事帰りの電車内。

子は全部食べてくれたかなぁ。

保育園からの報告では、みんなでお弁当の時間を楽しんだ様子が伝わってきた。なんでもかんでも保育園でのイベントには「最後の」がつくようになって、あっという間に残り1ヶ月くらい。

こんな状況にあっても、ほとんどのイベントを開催して来られたのは、保育士の先生方のおかげ。工夫と準備と、そして情熱がなければ、子どもたちは守れない。そんな難しい局面でも、笑顔で子どもと接してくれるプロには、これから先も頼っていきたくなる。

「おわかれえんそく」のことをすっかり忘れていたけれど、またお弁当が作れてよかった。

相変わらず、子が好きなものを詰める“甘々な”お弁当で、あんまり可愛げがないけれど。

そして、期せずして遠足弁当(仮)を食べることになった下の子にも、感想が聞きたい。

遠足弁当は父が作る、その流れは絶やしたくないと、カラの弁当箱をぶら下げて、ひとり静かに決意する、帰り道。





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