甘えと諦め

　おそらく、俺にとって「甘え」という概念は一生涯のテーマだと思う。
　俺は甘ちゃんだ。高すぎる理想を諦めきれず、現実逃避をしたまま三十年生きてきた人間だ。

　人は、色んなものを諦めながら大人になっていくという。
　逆に言えば、色んなものを諦めて身の丈を知り、現実を受け入れた人物を大人というのだろう。
　齢三十にもなってまだ現実から目を逸らし、空想の中に耽溺している俺は、きっと嘲笑に値するクズなのだろう。

　今、また何度目かも分からない足踏み期に入っている。
　方針が決まって、やることが決まってさぁ後は行動あるのみとなる度に足が止まる。
　これでいいのか。この方向性で間違っていないのか。俺の人生を懸けるに値するのか。
　指摘されるまでも無く、これが甘えであることは自覚している。
　結局、今の負荷の少ない日々を手放すのが怖いのだ。回り道の末の失敗が嫌で、少しでも最適解を選びたいのだ。
　なるべくスマートに、最小の労力で効率良く目標を目指したい。そんなの誰にだってある欲求で、大抵の場合叶わない。少なくとも俺は、そんな要領のいい人間であるはずがない。
　であるなら、これは諦めるべき欲求なのだろう。何故なら、既に俺はもっと譲れないものを固持すると決めてしまっているのだから。

　俺はどうしても、格好いい人間になりたいのだ。悩んで、失敗して、傷ついて、辛酸を舐めて、踏みつけられて、それでも譲れないもののために戦い、人の痛みを知り、人の世のために人生を懸ける人間でありたいのだ。
　俺は自分の命そのものには、さして価値を感じない。でも価値が無い人生を生きるには生きるのはしんど過ぎて、でも死を選ぶには負けを認めるのが嫌で、だから自分の命に、人生に価値があると思いたい。
　俺はこんなことを成し遂げ遺したんだぜって思えるような生き方をしたい。それにそもそも、今の世の中は時代の進み具合に世の中の仕組みが追い付いていなさ過ぎて歪で歪みがあり過ぎて、このままで良いと思えない。
　ごちゃごちゃ理屈を並べても、詰まる所既存の仕組みに則った仕事は嫌だ、世の中に変化を促すアプローチをしたいという身の程知らずな我が儘だ。そんなことを言って、普通の仕事に就くことから逃げている。
　だけど、それでもこの願いだけはどうしても手放すことが出来ないのだ。
　もっと皆根本的な所を考えようよ、現実に向き合うのは大事だけど現実に屈従するだけはよく無いんじゃないかと、物申したいのだ。
　それが身の丈に合っていなくても、誰にも求められなくても、金にならなくても、これだけはどうしても諦めきれないのだ。そこを避けようとしても納得がいかなくて結局心身が参ってしまうのだ。
　それだけは、どうしても譲れなかった。諦めきれなかった。まだちゃんと挫折出来てないから言えるだけかもしれないけど、現実に屈従するくらいなら死んだ方がマシとさえ思ってしまうのだ。
　だからそれを譲らない代わりに、非力な俺は他の色んなものを諦めなければならない。そうでないと帳尻が合わない。というかそもそも、スマートに事を進める人間より泥臭く足掻く人の方が格好いいと思うんだから、矛盾している。
　やはり、どう考えても、そして考えるまでも無く、俺はスマートに事を成せる未来を諦めるべきなのだ。即ち、楽したまま現状を変える事は出来ないのだと諦めるべきなのだ。これは、乗り越えるべき甘えなのだ。

　こんなことは、誰だって通り過ぎている当たり前のことで、議論の余地もないくらい自明のことで、俺だって当然最初から分かっていたことだ。
　でも、それでも今の今でも諦めていなかったのが俺の、一番の甘えなのだろう。甘えが必ずしも悪いだけのものではないと今では多少思えてはいるが、それでもこれは悪い甘えだ。
　それでも怖いのだ。
　今の楽な生活を手放すことが。
　盲目的になって誰かに迷惑をかけることが。
　何より、また一生懸命取り組もうとして自分が逃げ出してしまう可能性が。

　これまでの人生で、俺は何度も何度も逃げてきた。取り組んでやり遂げた記憶なんて、大学受験の時の一度きりだ。
　仕事も、人間関係も、趣味も、責務も。
　逃げて逃げて逃げて逃げて。モノによっては逃げ切って、モノによっては未だに負債が付いて回っていて。
　いつも言い訳を探しては仕方がないと逃げて、呆れるくらい逃げ癖が付き過ぎた。
　だから俺は、他の誰よりも俺自身に不信感を抱いている。いずれ踏ん張ることを止めてまた逃げ出すんではないかと疑っている。そしてその時にまた自分に失望することをとんでもなく恐れている。
　ひきこもりながらの内省を経て、どうして俺が逃げてきたのかは分かっている。いや、仮説は立っている。
　HSP気質で疲れやすい事、ADHD的な過集中の反動の虚脱が不快事、そもそもずっとコレジャナイ感に苛まれて取り組むことに嫌気がさしてくること。
　だから理論上、自分が納得の出来る興味の対象に、ちゃんと休みを取りながら取り組むのであれば、ある程度は解消されるはずなのだ。
　そして悩みに悩んで、俺が人生を懸けるに値すると思えるものが何なのかも、しつこい位に確認を繰り返し済みなのだ。
　もう、考えるだけの時間は終わった。脳内をこねくり回して準備できる部分はやり尽くした。残る殆どがやってみてから再考すべき段階で止まっているのだ。理屈の時間は終わったのだ。

　なぁ、そうだろ、俺よ。
　何回こんな感じのnoteを書いたよ。何度今度こそ動こうと念押しして、やっぱり踏み切れずに、甘えを諦めきれずに思考に戻ったよ。
　そりゃ確かに少しはうまく説明できる部分は増えたさ。だけど説明の仕方が巧くなろうが、結局やろうとしていることは何も変わってないだろ。
　どう足掻いても、言い訳しても、正論並べても、自分を戒めても、誰かと話そうとも、本や記事や動画を見ようとも、結局やろうとしていることは変わらない。分かるだろ、これはブレないじゃなくて変えられないだ。少なくとも俺はこれを避けては通れない。例え別の生き方をすることになる未来があろうとも、それはちゃんと挑戦して挫折してからじゃないとたどり着けないんだ。
　もう、十分言い訳が立つだろ。俺には言い訳が必要だった。普通の生き方を選ばないためにも、失敗して苦い思いをするためにも、誰かに助けを求めるためにも。その罪悪感と苦しみを耐えるために、もうこの道を通る以外他に無いと誰よりも俺自身が納得できる言い訳が必要だった。実体験が必要だった。
　だから俺はこの回り道した三十年を飲み込める。皆が当たり前に出来ていることを受け入れるのに余計な時間をかけすぎている事を、必要だったと言う事が出来る。そんな自分をクソだと嫌いつつも、その生き方自体は受容できる。
　俺にとっては必要だった。ニーチェの言うところの蛇が、俺にとってはそれだけ強大で、なんとかのたうち回って逃げ出したかった。覚悟を決めるのに時間がかかった。

　ここから先に必要なのは行動で、その為に必要なのは覚悟だ。
　自信なんて無い。不信しかない。他者への信頼も無い。むしろあるのは隔意だ。
　だから俺は、バカにはなれない。酔えない。信じるという、思考を固めて突き進むやり方は出来ない。
　常に疑問を呈し、批判し、再解釈をやり直すのが俺のスタイルで、俺はそのやり方に意地がある。
　だから覚悟を決めるには、他のやり方を満足するまで考えつくしたという自負だ。

　なぁ、分かっただろ？
　最初から分かっていたけど、それでも今の俺には他にやり様がないと諦めが着くくらいには考え直し続けてきただろう？
　ならば、動け。動けよこのポンコツ。