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【エッセイ】父と私とビッグブック

「うちのお父さんはよその家のお父さんみたいにふつうにお酒を飲むことができない」

これは私の子供時代の命題である。父はユーモアがあってみんなの人気者だった。私が小さい頃は、父のたくさんの同僚たちとも家族ぐるみの付き合いをしていた。父はいつも誰よりも濃い水割りを、誰よりもハイペースで、必ず一番最後まで飲んでいた。子供たちが成長して同僚たちの生活が変わっても、父だけは変わらず、気がつけば周りには誰もいなかった。何度も体を壊しても、母があらゆる手を尽くしても、家を半焼させても、「何杯か飲んだら帰る」を実行することができない。他のことはたいてい何だってできるのに。これほどの謎が他にあるだろうか。

そこで私がこの命題を「偽」とすべく(むろん正しくあって欲しくない)、立てた仮説は以下の三つ。
     ①意志が余りにも弱すぎる
     ②異常なほどに卑しい
     ③私が本当の娘ではないから

人は不可解なことに原因や理由を求めるものである。ところが、この仮説が私に深い闇をもたらすことになった。この闇は、父の人格を否定し、父が私にしてくれたすべてのこと打ち消し、私の声を聞かれないものとした。これは多くの家族が(そしてもちろん本人も)抱えるアルコホリズムの最も大きな苦しみの一つであると思う。

父が亡くなり十四年。その闇に光を当ててくれたもの、それこそが、ビッグブックの通称で呼ばれているAAの『アルコホーリクス・アノニマス』である。この本に書かれている言葉が、私の仮説を完全にくつがえし、私の命題を堂々「真」としてくれた。

「うちのお父さんはふつうにお酒が飲めなかったんだ!!!」で歓喜するというのはあべこべに聞こえるが、これがまさにアルコホリズムという病の複雑さを象徴している。


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