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無給の〝闇研修〟が横行する都立病院 〜墨東病院薬剤師パワハラ・賃金未払い事件和解成立〜

 「この裁判の目的は、私個人の賃金未払い問題を解決することだけでなく、医療従事者の労働環境改善のために一石を投じることにありました。ひとりでも多くの方に都立病院の労働環境の実態を知ってほしい。泣き寝入りせず、行動を起こした意味はあったと思います」

 3月18日、記者会見の場でそう語ったのは、2019年3月まで都立墨東病院の薬剤科に勤務していた薬剤師のAさん(20代)。

 Aさんは、サービス残業を強要されたり、有休休暇の取得を阻止されたりしたうえ、パワハラまで受けたとして2019年9月、東京都(都知事;小池百合子氏)を相手取り、未払いの残業代と慰謝料を求めて提訴していた。

 18日は、労働環境の改善と和解金80万円を支払うことを条件に和解が成立。冒頭のように喜びと安堵の感想を述べたのだった。

■夜勤の練習と称したタダ働き
 いったい墨東病院でどんなことが起きていたのか。記者会見で笹山弁護士は、事件の内容をこう説明した。
「都立墨東病院薬剤課では、1年目の新人で夜勤をしたことがない職員に対し①〝夜勤の練習〟と称して無給で当直させる(闇研修)、②休日であっても残業代を支払わずに勉強会への参加を強制する、③9時始業なのにもかかわらず8時半に出勤を求める、といったことが行われていました。
 また、残業をするには本来前もって超過勤務申請を行う必要があるのですが、現実にはしばしば事前申請することができず、超過勤務が行われたあとで上司に超過勤務として認めたもらうために申請するのですが、④申請しようとすると上司に阻止される、⑤タイムカードを押したあとに〝自己学習〟と称して21〜22時頃まで残業をさせられる、ということも。⑥退職にあたって、Aさんが有給休暇を取得しようとすると『自分勝手だ』などと言われ取得させてもらえないといったこともあったのです」

 ざっとあげただけでも、ひどくブラックな労働環境だが、Aさんだけではなく、ごく当たり前に行われていたという。

■志を砕かれたAさん
 Aさんは「薬剤師として地域の患者さんに貢献したい」という大きな志を持って薬剤師としての一歩を踏み出した。
 というのも意見陳述書によれば、Aさんの母親は、Aさんの姉として生まれるはずだった胎児を妊娠中にマイコプラズマ肺炎に罹患。そのとき抗生剤を投与したが、医師から「その薬は奇形が生まれる可能性がある」と言われて胎児をおろしてしまったという悲しい経験を持つ。
 しかし、あとからその薬には催奇性がなかったことが判明したという。
その話を母から聞いたAさんは、「薬は人の命を救う素晴らしいものだけど、正しい知識がなければ逆に人を傷つけうるものだ」と痛感し、薬剤師を志すようになったのだ。

 しかし、都立墨東病院の労働環境は、Aさんの志を打ち砕いた。
「たとえば薬剤師ひとりが入院患者さん何人に服用指導しないといけないというノルマも課せられていて、午前中だけで5人の患者さんに指導して記録を書かなくてはいけなかったのです。結局、指導記録を書く時間もとれず、終業後に(サービス残業で)記録を書くことが常態化していました。患者さんに対して、ていねいに親身になって指導したいという気持ちがあったのですが、それもできませんでした」(Aさん)
 こうしたことが積み重なり、結局Aさんはうつ病を発症。墨東病院を退職せざるを得なくなったという。

■和解条項は、再発防止を求める内容に
 「都立病院の労働環境をよくしたい」という気持ちで起こした裁判の和解内容は、Aさんの主張の大部分を認める内容になっている。
 笹山弁護士は、和解内容でとくに画期的だった点について、記者会見でこう述べた。
「これほど再発防止条項が細かく入った和解内容は珍しい。裏を返せば、墨東病院では法律にのっとった正しい運用がなされていなかったということです。裁判長自らが、『コロナ禍の厳しいなかで、医療従事者が不当な対応を受けることがあってはならない』と発言し、こういう確認条項を盛り込むことができました」

 和解条項には、職務と認められる場合は超過勤務申請を認めることや、始業時間より早い出社を求めないこと、所定労働時間外に「夜勤の練習」などとして手当を支払うことなく就労させないこと等が盛り込まれている。

IMG_6361のコピー

■墨東病院以外でも、同様のことが……
 こうなると心配なのが、墨東病院以外の都立病院でも、同様のことが起きているのではないかという点だ。
「起きていると考えてまちがいないと思います。都立病院での労働組合には、Aさんと同様の悩みを抱える薬剤師さんからの声も多く寄せられていますし、私のところにも『名前は出せないが同じ目にあっている。応援しています』というメッセージが届いています」(笹山弁護士)

 また、都立病院の労働組合(病院支部)が、東京都病院経営本部に調査を要求したところ、「新人薬剤師の配属がなかった松沢病院を除くすべての都立病院で、夜勤の練習と称した無給の闇研修が行われていたことをあっさりと認めた」という。

 しかし筆者が病院経営本部に電話取材したところ、「通常では(そのような違法なことは)ないはず。指導はしているはずなので(法令を遵守しないといけないことは)管理職はみんなわかっているはずです」と回答。

 また、都立病院すべてで労働状況に関する調査を行ったのか、という質問についても、「コメントできない」と述べた。
 さらに、今回の和解内容については、「墨東病院で不適切な運用があったからということではなく、引き続き法令に基づき適切に処理をしていくということを確認しただけだ」とも……。

 〝ワークライフバランス〟を掲げ、都庁での働き方改革を進めているはずの小池都知事。はたしてこんな姿勢で再発防止できるのだろうか。

■人件費を削減すれば評価される
 元外科医でNPO法人医療制度研究会、副理事の本田宏氏は、不当な働かせ方が横行している背景をこう指摘する。

「政府はこれまで、医療費が増えたら国が滅びるという〝医療費亡国論〟のもと、どんどん医療費を削減してきました。とくに都立病院などの公立・公的病院では、公務員の定数や総人件費の抑制が強く求められています。
 上からのプレッシャーを受けている管理職は、人件費を低く抑えることが評価につながるので、こうしたことが起きてしまう。薬剤師に限らず、医師や看護師も同様の状況に置かれています。労働環境が悪くなれば、現場の士気が落ち、それが医療ミスにつながって患者にも悪影響を及ぼすことになるのです」
 
 本田医師が指摘するように、図4で、同規模のがん専門病院である都立駒込病院と癌研有明病院、三次救急病院である都立駒込病院と日医大付属病院をそれぞれ比較した場合、どちらも都立病院において100床あたりの薬剤師数が少ないことがわかる。

図4のコピー2

また、Aさんがノルマを課せられていたという薬剤師1人あたりの服用指導件数も、都立病院のほうが2倍近く過重労働になっていることが読み取れる。

名称未設定

※図4・5は「墨東病院薬剤師パワハラ・賃金未払い事件裁判を支える会」作成資料より引用

 都立病院をはじめ、全国の公立・公的病院の役割の重要さは、コロナ禍で大きく証明されている。

日本を安心して生きられる国にするためには、こうした医療従事者の賃金を削るのではなく、人員や資金をいま以上に投じるべきだろう。
 まずは、この和解条項に沿って現場の労働環境が改善されることを望む。

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