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「南相馬・避難20ミリシーベルト基準撤回訴訟」のヒドイ判決を分析してみた

 福島第一原発事故後、〝年間20ミリシーベルト〟という、通常より20倍も高い被ばく基準を押しつけられている福島県。

「つぎに、どこかで原発事故が起こったら、この〝20ミリ〟という、とんでもない数値が適用されてしまう。そうさせたくないから闘うんだ」

 そんな思いで立ち上がった「南相馬・避難20ミリシーベルト基準撤回訴訟」の原告たち(206世帯、808人)は、2015年4月、国を相手取り「年間被ばく量20ミリシーベルト」基準の見直しと、〝特定避難勧奨地点〟の解除取消を求めて提訴。
 6年間にわたって闘ってきた。求めた慰謝料は、ひとりわずか10万円だ。

この判決が7月12日、東京地裁で言い渡された。

「特定避難勧奨地点の〝解除〟は、行政が〈年間20ミリシーベルトを下回ることが確実になった〉という〝情報提供〟をしたにすぎず、帰還は〝強制〟ではないため、解除しても住民らの権利侵害には当たらない」

 鎌野真敬裁判長は、そう判決を述べて、〝特定避難勧奨地点〟の解除の「違法性」はない、として却下。原告たちの訴えを、すべて退けた。

判決を読み上げた時間は、わずか数十秒。約6年間にわたって、南相馬から東京地裁に通い続けた原告たちの思いは、一切考慮されることなく〝門前払い〟の判決だった。

■たんなる〝情報提供〟なのか?

 原告たちが住んでいるのは、下記の地図に記されている、南相馬市の山間部に位置する8行政区だ。

地図

 私は、この数年、このエリアに通い、原告の方々の聞き取りをさせていただいた。(「南相馬・避難勧奨地域の会 住民証言集」

 このエリアは、全村避難になった飯舘村と隣接しており、同じ南相馬市の中でも、比較的放射線量が高い。

 そのため政府は、2011年7月から順次、「年間20ミリシーベルトを超える恐れがある」場所を〝住居ごと〟に指定。子どもや妊婦がいる世帯を中心に避難を勧めた。
 これが〝特定避難勧奨地点〟と呼ばれるものだ。

 たしかに、避難も帰還も〝強制〟ではなかった。
しかし、「特定避難勧奨地点」に指定された世帯は、被ばくを避けるために避難していたし、指定されなかった世帯の多くも、自宅周辺の放射線量が高いことを理由に、住宅提供が打ち切られるまで避難を継続していた。

 こうした状況にもかかわらず、国は、「年間20ミリシーベルトを下回った」として、2015年12月28日に住民の反対を押し切り「特定避難勧奨地点」を解除。
 解除されて約半年後には、東電からの精神的賠償も打ち切られ、2017年3月には住宅支援も打ち切られた。

 結果的に、賠償や支援が打ち切られたことで、避難していた住民たちは経済的に厳しくなり、「仕方なく放射線量が高い自宅に戻らざるをえなかった」という方も少なくない。
 とはいえ、「健康影響が心配な若い世代だけは、なんとか避難を継続させたい」と考え、老夫婦だけ自宅に戻った世帯も多い。
 逆に、老夫婦が「戻ってきてほしい」と望んでも、被ばくのリスクを考えると、移住することを選んだ若い世帯もいた。

「年間20ミリを下回った」とはいえ、一般人の被ばく限度量〝1ミリシーベルト〟には、ほど遠い状況だからだ。

結果的に、家族はバラバラになり、地域の過疎化は急激に進んだ。

■そもそも指定の仕方に問題があった

〝解除〟以前に、そもそも〝指定〟の仕方にも大きな問題があった。

 特定避難勧奨地点の指定の基準は、「地上1メートルで毎時3.2マイクロシーベルト以上」(子ども・妊婦がいる家庭は、地上50㎝髙で毎時2マイクロシーベルト)と決められていた。
 しかし、測定するのは、自宅の玄関先と庭先の2点だけ。ほかに、放射線量が高い場所があちこちにあっても、その線量は、まったく考慮されなかった。

 しかも、測定器には〝誤差〟があるにもかかわらず、わずか0.1でも基準値を下回れば指定されない。

「すでに自分で玄関を除染していて、わずかに線量が下がっていたため指定されなかった」という話も、住民たちから多く聞いた。

 そのうえ、測定の方法が「測定マニュアルも無視した非常にずさんなやり方」だったことも、住民らの証言であきらかになっている。

 
 そもそも、〝住居ごと〟に指定するというやり方には無理がある。
少し考えればわかることだが、放射能は、敷地境界線でとどまるはずがないからだ。 

 原告も参加している「ふくいち周辺環境放射線モニタリングプロジェクト」の調査によると、下記のように、汚染は面的にが広がっていることがわかる。

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<放射線管理区域の4万ベクレル/㎡を下回るエリア(青色)は、わずか9面しかない。空間線量も、年間1ミリシーベルトの目安となる毎時0.23マイクロシーベルトを上回る場所がほとんど>

 当然のことながら、こうした住居ごとの指定は、「線量はほとんど変わらないのに、隣は指定されて、ウチは指定されない」という住民間の〝分断〟を招いた。

 こうしたいくつもの問題点について、原告は裁判の中で訴えてきたが、判決文には、それを考慮するような内容は一切見当たらない。

■国民を被ばくから守る〝法的義務〟がない

 もっとも看過できないのは、「年間被ばく量20ミリシーベルト」という通常より20倍も多い被ばく量を、裁判所が〝軽視〟している点だ。

私が住民に聞き取りを行っているとき、多くの方が口にしていたのが、こんな訴えだった。

「原発作業員でも、年間5ミリシーベルト被ばくして、〝白血病〟を発症した場合、労災が認められる。我々は、一般住民なのに、〝年間20ミリ〟の場所に帰れと言われるのはおかしい」

「一般人の年間追加被ばく線量は1ミリシーベルトなのに、我々だけ〝20ミリシーベルト〟も押しつけられているのは不条理だ」

 この〝年間20ミリシーベルト〟という被ばく量は、民間団体のICRP(国際放射線防護委員会)が、2007年に勧告した基準で、日本政府がそのまま参考値として取り入れたのだ。         

 ただし、ICRPは、こうアドバイスしている。

「(事故が起こった直後の)〝緊急時被ばく状況〟においては、年間20ミリ〜100ミリシーベルトの間で基準を設ける。
また、(事故からの回復期である)〝現存被ばく状況〟においては、年間1ミリ〜20ミリシーベルトの間で基準を設ける」

 つまり日本政府は、ICRPの勧告さえ無視して、〝現存被ばく状況〟に変わっているにもかかわらず、「年間1ミリ〜20ミリシーベルト」という参考値のもっとも高い〝20ミリシーベルト〟を解除の基準にしているのだ。

   また、放射線被ばくから、労働者や一般公衆を守るための「放射線障害防止法」などでは、原子力発電所などを含む事業所に対して、「敷地境界線線量限度を〝年間1ミリシーベルト〟を超えない」よう定めている。
 ところが、原発事故が起きたあと、住民に対しては〝年間20ミリシーベルト〟という20倍の数値を適用したのだ。

 当然のことながら、こうした問題についても、原告らは裁判で争ってきた。
しかし、裁判所の判決文には、このように記されている。

「規制法や放射線障害防止法などが定める〝年間被ばく1ミリシーベルト〟は、ICRPの〝計画的被ばく状況〟(事故のない平常時)における基準を参考に定めているのであって、原発事故が起きたあとの回復期において、国は、追加被ばく線量を年間1ミリシーベルトにする〝法的義務〟を追っていない」(要約)

P78切り抜き

 つまり、〝年間1ミリシーベルト〟は、平常時において「事業者を規制するために設けた法令なので、事故が起きた場合に、住民を放射線被ばくから守るための法律ではない」
 よって、事故が起きた場合、国は「追加被ばく線量〝年間1ミリシーベルト〟を守る義務はない」ということだ。

 〝土壌汚染〟についても同様だ。

国は、ICRPが勧告している〝計画的被ばく状況〟(事故のない平常時)の基準を参考にして、規制法や放射線障害防止法の基準を定めている。
よって、
事故が起きたあとの〝緊急時被ばく状況〟や〝現存被ばく状況〟の時期に〝放射線管理区域〟に相当する土壌汚染があったとしても、国は、その汚染を慎重に考慮する〝法的義務〟を追っていない」(要約)

P79切り抜き

 つまり、ひとたび原発事故が起こって、環境に放射能がばらまかれたら、
国は、被ばくから住民を守る〝法的義務を負っていない〟というのが、裁判所の判断ということだ。
 
 あまりにも無責任ではないだろうか。
 
「電離放射線障害防止規則(電離則)」では、表面汚染が4万ベクレル/㎡を超えると放射線管理区域となり、立入が制限され、除染が必要になる
上記の「南相馬市・原町区西側 土壌マップ」を見ると、4万ベクレル/㎡を下回る場所は、わずか9面しかない。(青色部分)

 つまり、住民が住む場所の多くは、本来、放射線管理区域として立入が制限されるような場所なのだ。

■被ばくに関するリスク評価は、せず

 もうひとつ問題なのは、肝心の〝被ばく〟のリスク評価をしていないことだ。
 被告である国は、追加被ばく線量を「1ミリシーベルト」以下にしなくてもよい理由として、下記のように記している。(判決文から引用)

「国際的な合意に基づく科学的な知見によれば、がん発症の確率的影響について、少なくとも100ミリシーベルトを超えない限り、リスクが高まるとの確立した知見は得られておらず、LNTモデルについても、明確に実証する生物学的、疫学的根拠はいまだ得られていない
(※「LETモデル」とは、放射線の被ばく線量がどれほど少なくても、その線量に比例して人体への影響があるとする考えのこと。)

名称未設定

「100ミリシーベルトを超えない限り、リスクが高まるとの確立した知見は得られておらず」と言うなら、どうして「電離放射線障害防止規則(電離則)」では、年間被ばく量が5ミリシーベルトを超えて白血病を発症した場合に、労災認定の基準になると定めているのだろうか。


 「LNTモデルについても、明確に実証する生物学的、疫学的根拠はいまだ得られていない」とあるが、世界的には、100ミリシーベルト以下の被ばくでも、発がん等のリスクが高まるという論文が、数多く出ている。

 
 たとえば、放射線影響研究所が、広島・長崎の被爆者の健康影響を長年にわたって調査している「寿命調査(LSSコホート)」の最新版(14報)には、こう記されている。

「全固形がんについて過剰相対危険度が有意となる最小推定線量範囲は0–0.2 Gy であり、定型的な線量閾値解析(線量反応に関する近似直線モデル)では閾値は示されず、ゼロ線量が最良の閾値推定値であった」

 つまり、0線量が最もリスクがなく、少量であっても放射線の被ばく量に応じて、全固形がんのリスクは高まるということだ。

 裁判所は、いつまでも被告である国の主張に従うのではなく、認識をアップデートして、もういい加減こうした被ばくの評価を、しっかり行うべきではないだろうか。

■暮らしは奪われたまま


 最後に、6年間、裁判を闘い続けた原告は、この判決を、どう受け止めたのか。記者会見で原告団長の菅野秀一さん(80)は、こう述べた。

「空間線量が下がっても、土壌汚染が高いことは、我々の調査でわかっています。我々の地域では、山菜やきのこを生活の糧にしているが、いまだに線量が高くてどうにもなりません。そういう現状を、国はなにも見ていない。そのうえ、7年目くらいで放射線量も下げ止まり、最近は、むしろ上がってきているんです」

 今回の判決は、原告たちが守ってきた〝暮らし〟や〝文化的な背景〟さらには、現状をまったく無視したヒドイ判決だと言わざるを得ない。

  原告らは、控訴に向けて動き始めている。

 司法は今度こそ、原告たちの声に、真摯に耳を傾けてほしい。
そうしなければ、不幸にも、また原発事故が起きたとき、原告らと同じ辛い思いを味わう人が生まれてしまうのだ。

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※判決文の引用に間違いがあり、修正しました。(7月19日)

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