ぴえん越えたらぱおんになった件

「別れよう」

かれぴがあたしにそう告げた。

突然の告白にあたしの頭は理解が追い付かなかった。

死刑判決を言い渡された罪人のように、あたしは呆然とかれぴを見つめた。

深刻な眼差しであたしをじっと見つめるかれぴの様子を見るうちに、止まっていた思考が徐々に動き出した。

冗談じゃない、ということはかれぴの顔を見てわかった。

でも、あたしはそれを認めたくはなかった。あたしはまだかれぴのことがダイスキだったから。

「な、なんで?理由は?」

現実から目をそらすように、あたしはありきたりなことを聞いた。

「他に、好きな子ができたんだ…」

かれぴは千切るように視線を外して、申し訳なさそうに伏し目がちにして、あたしと決して目を合わせることはなかった。

「は、はは、あははは」

あたしはなぜだか笑ってしまった。

人は自分の理解が及ばない事態になると笑ってしまうのだとこのときに初めて知った。

乾いた声を上げながら、他人事のようにかれぴの顔を見つめた。

かれぴの女子みたいに長いまつげが白い頬にうっすらと影を落としていた。

まるでその影の一点に、世界中の悲しみが押し固められているような気がした。

あたしの道化じみた笑い声が途切れると気まずい沈黙が訪れた。

あたしは何も言えなかった。

このままじゃいけない。。。

乾いた唇をそっと舐めて何か話そうとしたところで、かれぴの方が先に口を開いた。

「おれ、いくわ。。。」

かれぴはよろりと立ち上がって、おぼつかない足取りで玄関まで這うように歩いていった。

追いすがって泣きわめけばかれぴは思い直してくれるかもしれない。

そう思ったが、結局あたしはかれぴが出ていくのを物言わぬ石像みたいにじっと見ていることしかできなかった。

たぶん、心の底では無駄だとわかっていたのかもしれない。

あるいはこんな時でさえ、醜態をさらしたくない、かれぴに幻滅されたくないというプライドが邪魔をしたのかもしれなかった。

「さよなら」

かれぴの言葉が首をはねるギロチンみたいにあたしの耳に飛び込んできた。かれぴは最後まであたしを見てはくれなかった。

放心するあたしと、がちゃん、とドアの閉まる音だけがその場に取り残された。

すっかり熱量が失われた部屋にうずくまるうちに、胸の奥から熱いものがこみ上げてきた。

「ぴえん」

あたしは泣いた。」

「ぴえんぴえんぴえん」

その日、あたしは一晩中ぴえんしていた。

一晩中泣き続けて涙が枯れても、あたしは泣くことをやめなかった。

やがて悲しみはかれぴの好きな女への憎悪に変わり血の涙を流すようになったころ、あたしのぴえんはぴえんを越えてぱおんになっていた。

「ぱおんぱおんぱおん」

血を流しながらあたしは叫んだ。

「ぱ…おん…ぱお…ん」

一体どれだけそうしていたのか、声も枯れ果ててなおも怨嗟の言葉を吐き続けるあたしの身体は、気づけば一匹の象になってしまっていた。

「ぱおん」

かれぴを失い、人の身体すらも失ってしまった。

重くなった身体を起こし、長い鼻を動かして扉を開けて外に出た。

あたしの抱くどす黒い憎悪とは裏腹に、外では朗らかな陽射しが差し込み、晴れ渡った青い空がどこまでも続いていた。

この光があたしの闇をつくっているのだとふいに感じて、心が怨嗟であふれた。

あたしが歩くごとに大きく地面が揺れる。このまま世界など崩れ落ちてしまえばいいのだとさえ思った。

野に放たれたあたしはその悪魔のささやきに従い人を襲っては食べ続けた。

あたしが生きるためでもあったし、あたしがやりたいことでもあった。

象になってからどれほど経ったか、人食い虎のように身を潜め次なる得物を選別するあたしの前を見知った顔が通り過ぎた。かれぴだった。

「ぱお…!」

地獄に垂らされた一本の糸を見つけた罪人みたいに、物陰から飛び出してかれぴに駆け寄ろうとして、あたしはたと気づいた。

かれぴの横にはあたしの知らない女がいて、かれぴはあたしの知らない顔で笑っていた。

「他に、好きな子ができたんだ…」

いつかのかれぴの言葉が脳裏をよぎり、あたしは理解した。

「ぱおおおおおおん」

あたしは叫んだ。

いったい何事かと周囲の人々があたしに視線を向ける。数えきれないほどの眼光を浴びる中、人ごみに揉まれるかれぴと目が合った。

「…ッ!」

かれぴは何かに気づいたようにあたしに駆け寄ってきた。

あたしの身に何があったのか、かれぴは聞きたがった。

「ぱおん」

あたしはかれぴに言った。

「あたしが獣に身を落としてからの生活はとうてい語るに忍びない」

かれぴは変わり果てたあたしの声を聞いて泣きそうな顔になった。

「だいじょうぶ。あたしはしあわせになれるだろう」

そう言ったあと、あたしは道の真ん中に躍り出て、空に向かって咆哮した。

「ぱおおおおおおん」

そして再び物陰に踊り入って、街の闇に消えていった。

再びあたしの姿を見たものは誰もいない。

ぴえん越えてぱおん🥺

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