サヨナラまでの距離 #月刊撚り糸 (2022.1.7)
「別れようと思うの」
「え? 蓮くんと?」
少し驚いたように、綾は私の顔を見つめた。
「うん、蓮と」
「そっか、うん、それがいいと思うよ」
綾に背中を押してもらって、私の小さな決心がしっかりと固まる。
私といるときだけは、私のことを愛してくれれば、それでいいと思ってた。
だけど、やっぱりどんなに愛してもらっても、蓮が部屋を出ていくその後ろ姿を独り占めできないことが、いつからか私を苦しめるようになっていた。
この部屋にいるときは、私だけを愛してくれているのに、あの玄関で靴を履いている蓮の心には、私の存在はひとかけらもない。
それがわかってしまったからこそ、このままの関係を続けていけないと思うようになった。
「でも、大丈夫? ちゃんと、別れられる?」
綾が心配するのも、無理はない。
蓮に抱かれてしまったら、きっと私のちっぽけな決意は簡単に壊れてしまう。
だから、蓮に会うのがとても怖かった。
「今きっと、蓮は私の書いた最後の手紙を読んでると思うの」
「手紙を書いたの?」
「うん、きっと会ったら、またこのままの関係を続けてしまうから」
そんなの、もうイヤ。
私は、私だけを愛してほしい。
私といないその時間も、私だけを想ってほしい。
「手紙、なんて書いたの?」
「お元気ですか、って、それだけ」
「なにそれ。普通、サヨナラとかじゃないの?」
綾が不思議そうに首を傾げる。
「蓮は普通の人じゃないから。蓮ならきっと、その一言で私が伝えようとしてる言葉、わかるはず」
「そうなの? 本当に大丈夫?」
「うん、大丈夫。ちゃんと、読んでさえくれれば」
もう蓮は、私の書いた手紙を読んだ頃だろうか?
スマホを確認しても、蓮からのメッセージは、なにも届いてはいなかった。
「ねぇ、真帆は幸せだった? 蓮くんと一緒にいられて」
「そうね、後悔はしてない。後悔したら、自分のことまで否定したくなっちゃうでしょ」
恋の終わりは、自分で決めたい。
そしていつか、もしも偶然蓮に会うことがあったとしたら、また同じ言葉をかけよう。
「お元気ですか」って。
このシリーズは連作となっています。よろしければ上記マガジンよりお楽しみください。
2022.1.7
いつか自分の書いたものを、本にするのが夢です。その夢を叶えるために、サポートを循環したり、大切な人に会いに行く交通費にさせていただきます。